第00-01 はじまりの話
四月……それは始まりの季節。
出会いの季節。
淡いピンク色の桜が風に運ばれ宙を舞う。
私、鳥居杏子は父親の転勤によりここ"汐葉大学附属高校"へ転校してきた。
転校してきた………のだけれど…………。
――現在進行形で迷子になっています……。
御手洗いに出てしまったが故に、私はどうやら取り残されてしまったみたいだった。
私は小さい頃からうっかりしていて、今日もまた迷子になってしまっていた。
兎に角
今は探すことに専念しないと!
私は宛もなく廊下を彷徨った。
人の気配が全くしない静まり返った廊下は少し冷たくて恐怖を感じる。
ナニか……私たち人間には見えないナニかに監視されているような感じがして振り返った。
誰もいない……。
安堵と共に私の中に恐怖が影を落とす。
私はこの恐怖から早く逃れたくて走り出そうとした。
「きゃっ」
体に軽い衝撃を感じてよろめく。
床にぶつかると思い目をキュッと強めに閉じた。
「おっと! !」
そのまま床に倒れてしまうかと思ったが誰かが私の体を支えてくれたようだった。
目を開けるとそこには……
透き通るような白い肌。
優しく細められた瞳。
艶のある綺麗な黒髪を束ね肩から垂らした髪型。
外を舞う桜の色にほんのり染まった唇。
服装は学校指定の男性服を着ているので性別はきっと男性だと思うが、女性と見間違えてしまう程、人形的で美しい顔立ち。
思わず見蕩れる程の人が私の体を支えてくれていた。
「キミ、大丈夫かい?怪我はない?」
「はっはひっ! !」
「そう。良かった
女の子に怪我をさせちゃ悪いからね」
盛大に咬んでしまったのをあえて無視してイケメンスマイルを振り撒く彼に私の鼓動は更に急加速をしていく。
これ以上は私の命に関わってしまいそうなレベルでヤバイ。
「おーい! ! 保住氏ぃ~はぁやぁくぅ~~」
「今行くよ、ひな
それじゃあね」
そう言うと彼は笑顔で立ち去る。
私はあまりの出来事に呆然と彼の後ろ姿を見送った。
「こんな所に居たのか鳥居
全く……転校初日から俺に迷惑をかけるな」
自分にかけられた声に驚き振り返るとそこには担任である畔永常太瀧先生が不機嫌そうに立っていた。
どこか冷たさを感じる鋭い瞳。
伸ばしっぱなしの毛を適当に結んだくしゃくしゃの髪。
着崩したスーツ風の洋服。
高い鼻と美しく整った顔立ち。
三十代らしいのだが、そうとは思えない程若々しく見える。
「す………すみません、畔永先生……」
私が謝ると先生は溜め息を一つついた。
「まぁいい。生徒は全員体育館だ
ちゃんとはぐれないようついて来いよ」
私は先を進んでいく先生からはぐれないように小走りでその後を追った。
*****
体育館へ向かうと既に全員整列していた。
私はいそいそと自分のクラスの一番最後尾に並ぶ。
これから何が始まるのだろうか……。
しばらくすると一人の生徒が壇上に上がった。
どうやら司会進行役なのだろう。
ザワついている生徒たちに静かにするよう叫んでいる。
静かになったのを見計らうと「これから部活紹介を始めます。最初の部活は発表を始めてください」とだけ言って幕内にハケて行った。
サッカー部、吹奏楽部、野球部、卓球部、茶道部、剣道部…………数々の部活が華々しくも自分たちの部に新入生を獲得しようと邁進していた。
そして最後の発表となった。
急に体育館の電気が消えて暗くなる。
あまりの事に周囲が一気にザワめいた。
なっ……ナニ?ナニが起きたの?!
ワケもわからず私も辺りを見回した。
すると、壇上の壁に映像が流れ出す。
まるでアンティークドールのように愛らしい姫君と凛々しくも美しい騎士が古城で運命的な出会いをする恋愛映画であった。
王や許嫁との戦いの末、二人は真に結ばれると言う物語で、私はその映画に釘付けになった。
凄く素敵……! !
私はこれが切っ掛けでこの部活"映画同好サークル Iris"に入部することを決意した。