第二撃 「遊ぼうな!」 『あそんでね?』
ハリセンで殴られた翌日、俺は駅前の商店街を自転車で進んでいた。
調子の悪い携帯をショップに持っていったのだが、そういうときに限って正常に動くと来た・・・仮にこのまま修理に出しても直しきれるかわからない上に診断料は取られるのだと言う。
とりあえず携帯は修理に出さなかった。直らないかもしれないものを修理に出しても金を損するような気がしたからだ。
かといって買換えできるような金があるわけでもない。
「学生は金が無いんですよ」
誰に話すでもなくそんな言葉が出てしまった。ちなみに玉高はバイト禁止である。
「どうすっかな・・・・・・」
高校になったら色んな意味で付き合いも多くなるらしい。今の小遣いではやっていけないのは明らかだ。そんな事を考えながら駅前の通りを自転車で進んでいった。
「おっと」
交差点に差し掛かった・・・信号は赤。自転車のブレーキをかけて止まる。一息ついて少しだけ周りの景色を見た。
・・・わかっていることだが知っている人は誰もいない。携帯を開いてメール欄を確認する。
引越し前は東京の友人たちから結構メールは着ていたが、こちらに引っ越してからメールは一通も届いていない。
しかし、向こうの連中も今は何だかんだで忙しい時期、遠くに引っ越したヤツのことなんて二の次になってしまうのは仕方がない。
そして、この街に俺のことを知っている人は誰もいない・・・・・・
「あ」
いや、一人だけいた。昨日知り合ったハリセンを振り回す妙な女の子・・・・・・
「ハリセンのみらにジュース、奢らないといけないしな・・・・・・」
ふと、つぶやいておかしくなる。よっぽど印象が強いんだろうな・・・・・・
「・・・・・・ウチがなんやって?」
そう、初対面でこんな話し方で・・・って、あれ?
「なに往来でニヤニヤしてんの? つかちゃん、ちょいキモいで??」
「・・・・・・なんで・・・ここにいるの?」
気が付けば目の前に当の本人、結城みらが立っていた。
* * *
「いや~嬉しいなぁ! 約束きっちり守ってもろうて!」
出会った交差点から少し放れた公園の自販機前。みらはその前で仁王立ちして俺が奢ったオレンジジュースを上機嫌でぐびぐびと煽っている。お前はおっさんか? そして、俺はその光景を自転車にまたがったまま見つめていた・・・まぁ見る必要は無いんだけど。
みらの傍らには昨日も持ち歩いていた大きなスポーツバックが置かれている。多分ハリセンが入っているんだろう。
「それにしてもホンマ偶然やね? 何してたん? あ、もしかしてナンパ?」
「んなわけないだろ」
みらの発言を軽く無視してポケットに入っていた携帯を取り出す。みらが小声で「中々のスルースキルや」と呟いたような気がするが放っておく。
「携帯の調子が悪くてな。ちょっとチェックしてもらいに来た」
「ふ~ん・・・で、どっかおかしかったん?」
「いや、今見てもらったら何とも無いって言われた。詳しく点検するなら、しばらく預けた上に何も無くても診断料がかかるんだと・・・・・・」
「あ~・・・それはきっついなぁ・・・・・・もしかして昨日送ったメアド、なんかおかしかった?」
「いや、それは大丈夫だったけど・・・・・・」
そこで話が途切れてしまい、そのまま気まずい沈黙が出来てしまう。
・・・・・・話題が無ければきっかけも掴めない。どうしたものか・・・・・・
「なぁ・・・つかちゃん?」
とか考えていたら、みらの方が話しかけてきた。ジュースを持ったまま、じっとこっちを見ている。
「・・・・・・!?」
目が合った瞬間ドキっとしてしまった。かろうじて平静を保ちつつ、みらに向き直る。女の子の容姿を評価できるほど偉いわけではないが、みらの容姿は・・・まぁ、可愛いほうだと思う。
ハリセンを持ち歩く嗜好にはちょっと癖があるかもしれないが、最近はそういうキャラクターで売り出し中のアイドルとかいてもおかしく・・・・・・
「いや・・・ないな」
「へ? 何??」
「ああ、いやなんでもない・・・・・・で、なに?」
思わず素直な思いが声に出てしまった。俺の思わぬ返答に戸惑ったのか、みらの顔はきょとんとしていたが、それはごまかす。
「あ・・・別にたいしたことやないけどな・・・・・・なんか調子、悪いんかな~と思って」
「いや、そんなこと無いけど・・・・・・何で?」
質問の意図がよくわからない。
「昨日、つかちゃんと会った時からな? なんか顔がどんよりって言うか・・・元気ないって言うか・・・・・・」
「あ~・・・どうなんだろうな?・・・」
そういうのは顔に出していたつもりは無いが、やっぱり出ていたんだろうか?
「ほら、新生活に対する不安ってヤツじゃないかな? 俺の場合は急な転勤でこっち来たから、そのせいで環境の変化が倍増したというか・・・・・・」
「こっちに来るのイヤやったん?」
「え?」
俺の言葉を遮ってストレートに来た。思わず言葉と思考が一瞬、止まってしまった。
みらがまたじっと見つめてくる。頼むからそんなに見ないでほしい。問い詰められている気分になるから。
「まぁ・・・急な話だったし、こっちに来るのがイヤじゃなくて、向こうに残りたかったって言うのが本音かな。こっちには俺のこと知ってる人はいないし・・・・・・」
「・・・・・・」
みらに言った事は本音だと思う。それにしても何で昨日会ったばかりの子にこんなことまで話しているのだろう?
「つかちゃんは携帯に友達のメアドとか入ってるんやろ?」
「あ? ああ・・・・・・」
昨日から向こうの連中からのメールは入っていないがアドレスの登録自体は残っていた。
「それやったらつかちゃんを知ってる人たちと連絡は取れるやん? それに・・・・・・」
「それに?」
「今は無理やけど・・・ほら、つかちゃんは何年か経って同窓会とかあったら前の場所に戻れる機会はある。つかちゃんが戻ろうと思えば、いつか戻れる時は来ると思うんや。戻られへんのやったら、これからどないするかを考えた方がええと思うで?」
「・・・・・・」
みらの言う事は意外にも筋は通っていた。確かにメールで連絡を取り合う事はいつでも出来る。そして時間が経てば俺がもといた場所に戻る事は出来るかもしれない。でも・・・・・・
「・・・戻りたくても戻られへんヤツもおるんやから・・・・・・」
言葉を続けたみらの表情がほんの一瞬だけ曇った。
「・・・まさか・・・・・・?」
「んにゃ? ・・・あ~いやいや! ウチの事やないで!! そういう人を知ってるってだけな話!」
俺の視線に気づいたのかみらは慌てて否定する。
「・・・な~んか説教臭くなってもたな!?」
ニカッと笑うとみらがジュースを一気に煽った。どうやら飲み終えたらしい。そのまま缶を備え付けのゴミ箱に放り込んだ。
「ゴメンな~なんか偉そうに語ってもた」
そう言ったみらの表情は昨日初めて会ったときの顔だった。明るくてどこか抜けたような、ちょっとおバカな顔。
「いや、色々参考になった。ありがとう」
「へ!?」
素直な気持ちで礼を言った途端、素っ頓狂な声を上げて、みらの表情が固まった。何か変な事言っただろうか?
「どうした?」
「あ~いや、予想外の返答でびっくりしたわ。お礼言われるとは思わんかった・・・・・・」
ちょっと照れたような表情でぽりぽりと空いた手の人差し指で頬を掻いている。
そんなに意外だったのだろうか?
「・・・おっと、もうこんな時間か」
その場をごまかすように時計を見たみらは大声を上げた。さすが関西人、自分にとって都合の悪いツッコミが入りそうな空気を察したのだろう。
「あんな? ウチこの後用事あんねん! 悪いんやけど・・・・・・」
「そっか、引き止めて悪かった」
「ゴメンな~」
いや、こちらとしては何も気にしていない。
「んじゃ、ジュースごっそうさん! また玉高で遊ぼうな!」
バイバーイと手を振りながら、みらは公園の出口に行ってしまった。その後姿を見送る。
「礼を言ったのは素直な気持ちなんだけどな・・・・・・」
みらが立ち去ったあと1人つぶやく。発言した本人は感じていないようだが、みらの言葉に気持ちが軽くなったのは事実だ。
玉高で会ったらまたジュースでも奢ってやるか・・・・・・。そう考えながら自転車を押しつつ俺も公園の出口に向かった。
* * *
『あれ?』
気が付けば、また夜の街を歩いていた。辺りを見回してみるがここがどこだかわからない。
ふわふわした感覚は昨日と同じだった。とりあえずこの場所に来る前に何をしていたか思い出そうとする。携帯ショップから帰ったあと晩飯を食べて風呂に入って寝た事は覚えている・・・ということは・・・・・・?
『・・・・・・また夢か』
そう結論付くのは当然だろう。確か昨日は街を徘徊している途中で急に後ろに引っ張られたと思ったら目が覚めた。
あれ? そういえばその途中で誰かに会ったような・・・・・・?
『・・・・・・』
そう思った瞬間、目の前に小さな女の子がいた。無言で俺のことをじっと見つめている。
『・・・・・・あ』
そうだ。昨日俺はこの子と会った・・・・・・。そのまま無理やり鬼ごっこに誘われたんだが、途中で目が覚めてしまったんだ・・・・・・
『や、やぁ・・・・・・今日もお父さんやお母さんはいないの?』
夢の中の相手に何を言ってるんだろう? そんな事を考えつつも目の前の小さな女の子に声をかける。
『・・・・・・』
女の子は無言で左右に首を振るだけで応える。ここまで無口だと正直やりにくい。
『良かったら探すの手伝ってあげるけど・・・・・・?』
『・・・・・・』
またも女の子は無言で左右に首を振った。そして・・・・・・。
『・・・・・・あそぼ?』
それだけを口にした。
・・・・・・やばい。この娘が発した言葉は『あそぼ』の一言だけど、それを上目遣いで言ってきた。
そっち系の趣味は無いが、純粋な視線というものには耐え難い。
『じゃ、じゃあ・・・・・・遊ぼうか? あ、あんまり長い時間は無理かもしれないけど・・・・・・?』
つい、そう言ってしまった。だが、これは仕方ないだろう・・・いつ目が覚めるかわからないのだから。
女の子は黙ったままこっちをじっと見ている。
・・・これはダメかな・・・・・・? そう思った瞬間、
『・・・・・・いいよ』
女の子は頷きながらそう言った。そして、指きりの形で左手を差し出してきた。
『じゃあ・・・それまでは一緒に遊んでくれるって・・・指きり』
・・・・・・これはするしかないだろう。俺も左手を指きりの形にして女の子の小さい小指に自分の小指を絡め、歌った。
『ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはーりせんぼんのーます♪』
『・・・・・・ゆびきった♪』
『ゆびきった』のフレーズでようやく女の子が少しだけ笑ってくれた。その笑顔を見てちょっとだけ安心した。
『で、最初は鬼ごっこ?』
『・・・・・・』
無言でコクンとうなずくと道の先をまっすぐ指差した。
『・・・・・・ここ、まっすぐいったらこうえんがある。そこまでおにごっこ・・・・・・おにいちゃんがおにね?』
『わかった』
昨日いきなりいなくなったし、そのぐらいはしょうがない。そう思って鬼を引き受けることにする。
『じゃあ、よーい・・・どん!』
そういって女の子は夜道を走り出した。俺もその後を追って軽く走る。まぁ小さな女の子の走るスピードなんてたかが知れてようかな、なんて思いながら。
* * *
結論から言えば鬼ごっこは俺の負けだった。女の子に追いつかないよう、見失わないように走る速度を調整していたつもりだが、どうも体が上手く動かない。
かろうじて見失わないようにするのがやっとだった。
『わたしのかち・・・おにいちゃん、まけ・・・・・・』
女の子にそんな事まで言われてしまう。・・・その時にちょっとだけ笑ってくれたのは唯一の救いか。
『そうだな・・・負けちゃったな・・・・・・」
そんな事を言いながら自分の体の動きを確認する。
―――特に異常は無さそうだ。夢の中だから上手く動かないのだろうか?
『じゃあ次は何する?』
とりあえず、そんな疑問は脇において女の子に声をかける。指切りもしたし今日はたっぷりと遊ばないといけない。
『・・・・・・あれ』
公園の中には幾つかある遊具。その中から女の子が指差したのはブランコだった。
* * *
キーコ・・・キーコ・・・・・・
キーコ・・・キーコ・・・・・・
俺が立乗りして、女の子が俺の足元に座りブランコのチェーンを握る形でブランコを漕いでいた。
『もうちょっと早くしようか?』
体が少しずつ動くようになったので足元の女の子にお伺いを立ててみる。
『・・・・・・このままでいい』
女の子にはちょうどいい高さと速さのようだ。
『わかった』
キーコ・・・キーコ・・・・・・
キーコ・・・キーコ・・・・・・
そのまま無言で同じペースでブランコを漕ぎ続ける。
しばらくして、足に違和感。
『・・・・・・?』
漕ぎながら自分の足元に目をやると女の子がその小さな手でブランコのチェーンではなく、俺の両脚を掴んでいた。
そんなにスピードも高さも出ていないが危ないことには変わりない。
『・・・・・・どうしたの?』
『・・・・・・』
女の子は何も答えない。うなずくでもなく首を横に振るでもなく、ただ無言で俺の脚を掴んでいる。
『・・・・・・チェーン持たないと危ないよ?』
やっぱり女の子は答えない。 ・・・一度ブランコを止めようかと思った時、
『・・・・・・おりる』
女の子はそれだけ言った。
俺はゆっくりとブランコを止めると女の子はピョンとブランコから跳ね降り、そのまま公園の奥に走っていく。
『ちょ・・・どうしたの!?』
俺もブランコから降りて追いかけようとすると、女の子が俺の方を振り返った。
『きょうは、おしまい・・・おにいちゃん・・・また、あそんでね?』
その後ちょっとだけ笑ってから、女の子はそのまま公園の奥に走って消えてしまった。
『・・・・・・?』
残された俺はわけもわからず立ち尽くしていた。何かあの子の気に触ることを言ったのだろうか?
とりあえずここはあの子を追いかけないといけない。そう思い走ろうとしたら・・・・・・また体が動かなくなった。直後、体が後ろに引っ張られる感覚・・・昨日、目が覚める時に味わった感覚だ。
『あ・・・・・・』
あの女の子、大丈夫かな・・・体が後ろに引っ張られながら、そんな事を考えているうちに昨日と同じように意識が途切れた。
* * *
そして目が覚めた。時計を確認すると夜の3時過ぎ、昨日と同じぐらいの時間だった。それにしても、昨日と同じような夢を見て同じような時間に目が覚めるとは偶然なんだろうか?
「まぁ・・・引っ越したばかりだしな」
そう考えてもう一度ベッドに入りなおす。環境がすっかり変わったからそんな夢を見ているのだろう。
そう思いながら俺はもう一度眠りに付くことにした。
ただ、女の子が両足を掴んだ感覚がなんとなく残っているような気がした。
* * *
「まったく・・・何やってるんだか・・・・・・」
自分専用の部屋の中で、出張中に溜まっていた報告書の中から、私は1人の部下が先日起こした事件・・・というには軽微なものだが、それについての報告書を見てつい、そうこぼしてしまった。
まぁ、今回のケースについてはそれほど問題も無いだろう。そう思って時計を見る。
―――そろそろ、帰って来る時間か。
見回りに出ていた別の部下が戻って、その報告を聞いて今日の仕事はおしまい。とりあえず荷物だけは纏めておく。
どうやら戻ってきたようだ。
「ただいま戻りました」
「ご苦労。・・・で、首尾は?」
「はい・・・例の方は残念ながら今日も発見できませんでしたが、最近、別のモノがこの近辺でウロウロしているそうです」
そのぐらいの事なら日常茶飯事だ。警戒レベルを1つ上げるだけでいいだろう。
「そうか・・・それについては明日の担当から厳重に警戒するよう伝えておく。他には?」
「後は・・・あまり大したことないとは思いますが・・・・・・」
そのあまり大したことの無い報告を聞いた直後、さっきまで見ていた報告書を確認する。
―――頭が痛くなってきた・・・・・・。




