第八話 ネコで会話
白いネコは、宰相パスゼナ様の、ブリリアンという名の猫らしい。
「あまりに自慢してくるから、とても興味が出てしまって。一度見せろと頼んだら、連れて来てくれたのです。おとなしい品のある子でしょう。触っても怒らない。こちらに連れて来るのも許可をくれたのです」
今は姉ベルベットが興味深そうに頭を撫でているその猫は、満足そうに短く「ニャ」と鳴いた。
「我が家はウサギ好きが多いのですけれど、この子はネコでも素敵ですわね・・・あぁこの白い毛並み! あら雄ですわね。あなたは多くの貴婦人を魅了してきたのかしら・・・っふふふ、良い事を思いついたわよギニアス」
「その話は後でゆっくり聞かせてもらうよ、ハニー」
ベルベットの企む様子に、夫ギニアスは落ち着き払って紅茶を飲みながら答える。そして第一王子ルドルフに穏やかに話しかけた。
「パスゼナ様の高貴なネコを連れて来てくださり感謝いたします、ルドルフ様」
その言葉にルドルフは笑顔を返す。
この二人はどうやらとても親しい様子だ。
ルドルフはユフィエルの様子を伺った。
「・・・ユフィエル様も、ウサギがお好きなのですか?」
コクリ、とユフィエルは頷く。
小さくてフワフワでとても好きだ。
「そうですか」
とルドルフが答え、コクリ、とユフィエルが頷く。
静かになった。
少し間が空く。
ルドルフの目が少し泳ぐ。必死で次の言葉を探している感じ。
ユフィエルは待つ。
じっと二人で見つめ合っているのを、じっと姉夫婦が無言で見守っていた。
「ニャァ」と短く聞こえた猫の声に、二人でハッとその様子に気づいて赤面した。
「・・・私たちはお邪魔だから、行きましょうかギニアス」
「二人とも、どうぞごゆっくり」
ユフィエルが動揺する中、姉夫婦がゆったり立ち上がる。
「ルドルフ様、猫のブリリアン様はいかがいたしましょう」
ベルベットが猫を抱きかかえたまま尋ねると、ルドルフもどこか慌てていたようで、少し声を詰まらせて答えた。
「っ、ユフィエル様が、・・・抱かれますか?」
途中でユフィエルに問うてくる。
その様子に、ユフィエルはコクコクと頷いた。
きっと、ルドルフ様は、自分が好むかもしれないと宰相様からこの猫を借りてきてくださったのだと、察せられたから。
ルドルフとユフィエルも立ち上がる。姉ベルベットが夫に、夫ギニアスがルドルフに猫を受け渡した。
傍に近寄っていたユフィエルに、ルドルフは「どうぞ。ブリリアン、大人しくしていろ」と猫にも言い聞かせながら、猫を抱かせた。
猫を抱くのは初めてで、身体が伸びて動く猫の様子に、ユフィエルは少し緊張した。
居心地悪そうに動く猫を、「少し失礼」と一度ルドルフが手を差し入れて体勢を整えてくれて、腕の中に納めてくれる。
猫は満足そうに落ち着き、ユフィエルもホッとした。
「じゃあね、ユフィー。何かあったら知らせなさい、すぐに駆けつけるわよ」
「ルドルフ様、どうぞごゆっくり。何かございましたら何なりと、側の者にお申し付けください」
姉夫婦が微笑んでいた。
「ああ、ありがとう、ギニアス様。ベルベット様」
ルドルフが答え、ユフィエルも会釈した。礼をきちんと返すには、猫を抱いたままなので動きづらい。
二人残されると、目が合った。ユフィエルが目元を和らげると、ルドルフが嬉し気に目を細める。
ルドルフはやはり少し会話に迷ったような雰囲気だったが、
「猫のブリリアンも、落ち着いていますね」
と言った。
それだけの言葉なのにルドルフがすでに照れているのが分かる。
ユフィエルは、くすぐったい気持ちになった。
腕に抱えた猫は重くて、でも暖かい。
ふと、言葉で伝えたいと、ユフィエルは思った。
「・・・どう、されました?」
ユフィエルの心の動きに気づいたのか、ルドルフが少し不思議そうに聞いてきた。
ユフィエルが口の動きで使用人に紙とペンを用意させる。
猫はルドルフが受け取った。
ユフィエルは、紙に書いて尋ねた。
〝もし、私の声が戻らなかったら、どう思われますか?”
じっと書く様子を見つめられている。ユフィエルはさらに文字を書いた。
〝声が戻らなくても、ルドルフ様は、”
その後をどう続けていいのか分からなくなった。
・・・自分は、心配している。
声が戻らなかったら、愛想を尽かされてしまうのでは、なんてことを・・・。
ルドルフを見つめる。
身が震えるように、緊張している自分を知った。
私は、ルドルフ様を。