第六話 約束
ルドルフのその様子に、ユフィエルは、オーギュットとは酷く違う、と思わざるを得なかった。
第一王子と第二王子。兄弟であり、顔立ちはよく似ているのに。
この第一王子は、あまりにも不器用で人の機微に疎い。
オーギュット様なら、決してこんな風には・・・、そう思いかけてユフィエルはギュっと唇をかみしめた。
「私は・・・」
第一王子ルドルフは、迷うように、確かめるようにして、それでも、やはり言った。
「私は、あなたが・・・、あなたが、私を、慕ってくれればいいと、思った」
何を言われたか分からず、意図が分からず、ユフィエルはルドルフの顔を見た。きっと自分は酷い顔をしているだろうとどこか茫然としながら、ユフィエルは思った。
「私は・・・。私は、あなたが、弟を、一途に想っているのを、美しいと、思いました。あんな風に、なっても、なお、あなたは、」
知られている、と、ユフィエルは慄いた。
この人は、私が、まだ、潰れた心を、オーギュット様にだけ捧げている事を、知っているのだ。
ひょっとして、逃げられた他国の姫に、この人も心を捧げたのだろうか。
亡くなった方たちにも?
ユフィエルは混乱しそうになった。
五人? 五人に心を捧げて、なお、私を口説こうというの?
「・・・っ、本当に、申し訳ない、私は、」
ユフィエルの表情から恐れを読み取ったのだろうルドルフが、また悔いを深くした。
「・・・どうか、お願いです。私を見て、貰えませんか。・・・あなたなら、私は幸せになれると、そう思ったのです。裏切らない、あなたなら」
最後の言葉に、ユフィエルは震えが止まった。
浮かべていた涙をそのままに、ルドルフを見る。
自分が呼ばれた理由が、分かった。
ルドルフは、全く王子らしくなく、まるでユフィエルに縋るように頼んだ。
「・・・あなたは、美しくて、教養も深く・・・王家に迎えるのに相応しい選ばれた人です。・・・お願いです、どうか。私を、見てほしい。お願いです。あなた以外、決してこの目にいれないと誓います。絶対に、神に誓って」
声の出ないユフィエルはじっと相手を見つめた。
ルドルフは見つめ合って数秒の後、顔を赤くして俯いた。
あぁ、やはりオーギュット様とは違う、と、ユフィエルは思った。
なのに、違うというには面影があって似ていて。
とても無理だと、ユフィエルは思った。
「・・・すぐにではなくて、良いのです。どうか、けれど・・・また会っていただきたい。どうか、それだけは今、約束してもらうことは、できないでしょうか」
身分のある人なのに、なんて弱気な人かしら、と、ユフィエルは思った。
どうしてこの人の方が泣きそうになっているのかしら。
こんな風に言われて、断る事はできないと思った。
とはいえ、すぐ頷くのも無理だと思った。
ユフィエルの迷いを見て取ったのか、ルドルフがスッと息を吸って、決意したように顔を上げた。
オーギュットに似ていてドキリとした。けれど勿論、オーギュットではない。
「どうか、私に、あなたへのアプローチをお許しください。・・・両親には、許可は貰っています」
ユフィエルは目を丸くした。
第二王子オーギュットとの婚約はまだ続いている。
なのに、国王陛下と皇后陛下は、第一王子ルドルフに、そんな許可を出すなんて。
「私は、あなたを、絶対に、裏切りません。どうか、私だけを、見てほしい」
「でも、その前に、私に機会を与えていただけませんか。あなたと会う約束を、どうか私に」
頷きを返さないユフィエルに、ルドルフは泣きそうになって必死に笑った。
「私は、一人を一途に想っているあなたが恋しいのです。だから、すぐに私を見てくださらなくて良い・・・少しずつで、良いから」
不器用な人だ、と、ユフィエルは泣きそうになって思った。
ユフィエルはギュっと目をつぶった。
私は、ルドルフ様、あなたを見ると、オーギュット様の面影を見てしまう。私はあなたを見ていない。
それでも、良いのでしょうか。
そもそも。両陛下が許可を出したのなら、自分に否と言えるのだろうか・・・。
痛む心のままに、ユフィエルは目をあけて、ルドルフに向かってコクリと頷いた。
ルドルフが一瞬息を飲むように驚き、パァっと嬉しげに柔らかく表情を崩した。
その表情の変化に、ユフィエルは目を丸くした。