第五話 いた人は。
ユフィエルは療養を理由に、再び部屋に引きこもった。
あの断罪の日、ユフィエルは公の場でさんざん詰られた。
ユフィエル自身の行いでは無かったことでも、ユフィエルは己の罪とした。誤解にも反論しなかった。
あれほどユフィエルに協力しようとしていた周囲は、ユフィエルと距離をとった。周囲がしていた事を、国の第二王子オーギュットが罪としてあげつらったのだ。気まずくて動きを潜めている者もいるだろう。
それに、王家の一員に公に罵倒された者に、少なくとも表立って手を貸すような者はいるはずがない。
そんな中、二人目の姉のミラルカから誘いが来た。
「ユフィー、あなたが酷い状態だと承知の上なのです。気持ちは分かりますが、行ってきなさいな」
と、母は言った。
***
話を聞いてくれたミラルカなら、と、ユフィエルは出かけた。
ところが、訪れてみると、そこにミラルカは居なかった。
短い手紙がユフィエル宛てに残されていて、こう書かれていた。
『ユフィー! ごめんなさいね! ワング様の卵からヒナがかえるっていうの! だから見てくる。お茶とお菓子は用意したのだから食べていってね』
案内されるままに、姉たちと会う時に使うテーブルに向かうと、いつもなら一番上の姉ベルベットが座る席に、なぜか第一王子ルドルフが座っていた。
***
「声が出ないと聞いて。・・・喉に良い薬があるから、差し上げたくて。・・・まぁ、ハチミツなのだけど」
少し自信が無さそうに、第一王子ルドルフがユフィエルの表情を伺う。
声の出せないユフィエルは、ただ頷きを返事にした。
それを第一王子ルドルフは控えめに笑って、使用人に持参のハチミツの瓶を渡して指示を出す。
なぜここにルドルフ様がいるのだろう。
ユフィエルは不敬ながらその様子をじっと見つめた。
「・・・私の婚約者の事は、聞いたことがあるでしょう」
と、ルドルフが静かに話を始めた。
戸惑いながらも、ユフィエルはやはり頷く。
第一王子ルドルフは、婚約者に縁が無い。
元々、国同士の友好のために、彼には隣国の姫との婚約が決まっていた。
それが、流行り病で、5人も亡くなった。亡くなって数年後に次の婚約者が決まり、その方がまた亡くなり・・・。それが繰り返された。
彼も大変ショックを受けたに違いない。
一方で、彼の婚約者になると死ぬという悪評まで立っている。不運の王子などと言われ、現在、彼の婚約者は空席のまま。
「・・・別に、不幸話を自慢したいわけではないのですが」
自分でその話題を上げておきながら、ルドルフはふっと自嘲した。
ユフィエルは訝しんだ。
ひょっとして姉ミラルカは、ルドルフ様と引き合わせるために自分を呼んだのだろうか。
ならばルドルフ様の身分と今の言動からみて、ルドルフ様がこのように頼んだ気がする。
未婚の男女だから外聞を気にしての配慮だろう。加えて、ミラルカの元なら、噂をたてるような人物もいないだろうから。
けれど、なぜ。
婚約者の不運に見舞われた同士として、互いを同情しあいたいのだろうか。
ルドルフはどこか宙を見つめる眼差しで、それでもユフィエルに話しかけた。
「でも・・・亡くなったのは、本当は4人なのです」
その言葉に、予感がした。ユフィエルは震えた。逃げ出したい、と瞬間に思った。
けれど気づかず、ルドルフは言った。
「1人は、私を避け、他の者を選んだのです」
ギュゥっと心臓が締め付けられたように感じて苦しくなる。耳をふさいでしまいたい。
ルドルフは気づかない。
「死んだというのは、王家の誇りを守ろうとした詭弁です」
硬く両手を握り息を止め顔を真っ白にしているユフィエルに、ルドルフはやっと気が付いた。
自分の失言に気づいた彼は、あっという間に後悔に顔を赤くして、椅子から立ち上がりユフィエルの傍にひざまづく様にして詫び、弁明した。
「違うのです、そうではなく!」
傍で使用人が、ハチミツを入れただろう暖かい紅茶を用意して、戸惑っているのをルドルフが受け取り、非常識なほど強引にユフィエルの手に握らせた。カップの熱が指に伝わりそれが熱くてユフィエルは顔をしかめ、身じろぎした。
その様子にルドルフはまた気づいて、さらに後悔を募らせた様子で手を離し、カップもテーブルの上に戻す。
指の熱さと苦しさでユフィエルは涙を浮かべた。
ルドルフは心から悔いているようだった。