第四話 お忍びと失望
「はい、じゃあ、ユフィーはこっちに貰うわよ」
姉ベルベットが、姉ミラルカの様子を見守っていたユフィエルの腕をひっぱり、立ち上がる事を促した。
きょとんと姉ベルベットの顔を見ると、姉は何か企んでいそうな目をして、人差し指を自分の唇にあてて笑う。
戸惑いながらも、姉二人の相変わらずの様子に、ユフィエルは救われるような気分になった。
***
「お忍びよ。私たちもね」
こっそりと耳打ちされた言葉に瞬いたが、直後に理解した。
姉ベルベットの旦那様のギニアスが、人好きのする柔和な雰囲気で待っていた。
その傍に、よく知っていると既視感を覚える、あの人によく似た人がたたずんでいる。
姉と共に、礼をする。
この国の第一王子、ルドルフ様だ。オーギュット様に、似ている。
「こんにちは。新種の葡萄ができたからと招かれてね。あなたたちも?」
「私たちは、妹に呼ばれたのですわ。サイオン様にいただいた葡萄が大変おいしいから、一緒に食べようと」
それは仲が良いね、と、第一王子ルドルフがどこか寂しそうに笑う。
無言の時間ができた。
ユフィエルは戸惑いを覚えた。
ルドルフが、悲しみをこらえるような目をして、自分を見ている。
まるで、これからユフィエルに降りかかる不運を知っているかのように。
***
ユフィエルは少し元気になった。
姉たちと過ごした時間が思いのほか癒しになったようだ。
久しぶりに外出した事が良い刺激になったのと、二人目の姉ミラルカに状況を打ち明けたのも大きいと思える。
特に、ミラルカに『ぶん殴っても良いと思う』と言われたことが効いた。
まさか婚約者オーギュットをぶん殴るなんてあり得ないけれど、そんな風に言って貰えて力づけられたのかもしれない。
ミラルカの言葉を思い出すとユフィエルは可笑しくなって、自分の胸のうちの痛みを忘れることができるような気分がした。
そして、部屋に引きこもるのを止めて、再びいつものように過ごし出した頃だった。
まるで不意打ちのように、断罪の時間がやってきた。
***
大衆の前で、第二王子オーギュットが、あの彼女を守るように立って、ユフィエルを詰った。
冷たいどころか、酷く憎々し気にユフィエルが悪いと告げていく。
ユフィエルが部屋に引きこもっていたのも含めて、非難があの彼女にいくようにと計算した、卑怯で非情な人間だなどと断罪される。
ユフィエルは本当に目の前が真っ暗になったように感じた。
分かっていたはずなのに。自分はまだオーギュットに縋っていたのだと、この時思い知った。
ここまで嫌われているなんて。
オーギュットの隣に立つ彼女に数々の嫌がらせや誹謗中傷を行ったと、詰られる。
ユフィエル自身がしたことではなかった。
ユフィエルを憐れむ周囲がしたことだ。
けれど、ユフィエルの力になろうとしたそれら行いは、ユフィエル自身の行いだと思った。
反論する気も無く、そもそもそんな気力が出てこない。
それは誤解だ、などと声を上げることももう無理だった。
それでも、こんな大勢の前でみっともなく泣くなど、それだけはしたくない。唇をかみしめて耐えることでプライドを必死に守った。
余裕をみせて微笑むべきだ。
できない。涙を落としていないだけで、実際酷い顔をしているはずだ。
苦しくて悔しくて。でも取り繕う余裕もない。
- 私は、あなたが本当に好きでした。
今でもこんなにお慕いしていたなんて。愚かすぎると思う程です。
でも、好きだったのです。こんなに絶望を覚えるほどに。
オーギュット様。あなたには、罪はないのでしょうか。こんなに慕わせておいて、突き放すなんて。酷い行いではないのですか。
あんなに、愛していると言ってくださっておきながら。こんな仕打ちを。
あなたこそ罪人ではありませんか。
どうして私は、こんなに心の全てをオーギュット様に差し出してしまったのかしら。
もう、私には、かけらさえ心が残っていない。全て黒く潰れて消えた。
これから私は、生きていけるか、分からない。
***
ユフィエルは、声が出なくなった。