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第三話 二人の姉

母ばかりか一番上の姉にまで来られては、ユフィエルには抗いようがなかった。

しっかり手配をしていた様子で、ユフィエルは化粧を施されて明るい色のドレスに着替えさせられた。

それでも、鏡の中に映った姿は、幸せな女性ではなく、傷心中の女だった。


姉ベルベットに手を引かれて馬車に乗り込み、母に見送られ、もう一人の姉ミラルカのところに出かけた。

姉ベルベットは馬車の中に菓子を持ち込み、ユフィエルにいくつも勧めてきた。

これから人気がでるはずの店の菓子だと言って何かを企んでいるように笑う姉に、ユフィエルも少し笑った。

笑ったユフィエルを、姉ベルベットが満足そうに見ていた。


***


二人目の姉ミラルカは、変り者だ。もっとも、一番上の姉のベルベットも他の人から見れば変り者だと言われるのだけれど。ユフィエルだけが、『まともな子』と言われて育ち、両親は姉二人にでは無くユフィエルに王家との縁談を持ってきた。


久しぶりに会った姉ミラルカは、どこか落ち着きが無かった。いつもマイペースで様々な産地の品を管理している彼女が、何があったのかすぐに立ち上がろうとしたり独り言を呟いたりしている。

姉ミラルカの奇人の加速っぷりをみて、ユフィエルは心配になった。

「ミラお姉さま、どうなさったの・・・?」

「え、えぇ、いえ、違うのよ、違うの。ベルお姉様、えっと、あらまだかしら」

一番上の姉ベルベットは、知人に顔を見せてくると言って今ここにはいない。

急に連れて来られたユフィエルもどうして良いのか分からず、少し首を傾げるようにして姉ミラルカを見つめた。


「・・・ユフィー」

ミラルカが急に椅子から浮かしかけていた腰を落ち着けて座り直し、ユフィエルの手を握った。

土と草の匂いがした。

ミラルカがじっと見つめる。

「ねぇ、何でも、私に言ってくれていいのよ。安心して、私にはおしゃべりな友達もいないもの、知っているでしょう。だから何を話してくれても、人に漏らすことは決してないわ。お父様やお母様、ベルお姉さまにも聞かせたくないなら絶対に言わない。一人で悩むのはつらいでしょう。絶対に人に漏らさないから、何でも言ってちょうだい」

ユフィエルの心が震えた。

「・・・ありがとうございます、ミラお姉様」


今言うべきか、ユフィエルは迷った。

悪夢の事を。人は到底信じないだろう、物語を。その世界に生きているという話を。

そして、信じたのに、結局捨てられているのだという事を。


「いつでも聞いてあげると言いたいけど、お互い、なかなか会えないでしょう。絶対誰にも言わない。言うような相手もいない。時間は少ししかないわ。今よ。小さな声で打ち明けて」

話すと決まっているかのように、ミラルカが真剣な目をしてユフィエルとの距離を詰めてきた。


ユフィエルは、話した。


ミラルカは、目を丸くした。

「馬鹿じゃない」

その言葉にユフィエルは酷くショックを受けた。

「あぁ、違うわ、違う。違うわよ。あなたじゃないわ。違うわ、ユフィー。・・・あぁでも」

姉ミラルカは急に辛そうにしてギュっとユフィエルの手を握った。

「思うのだけど、ユフィー」


何だろう、とユフィエルは見た。


「ぶん殴っても、良いと思うの」

「・・・誰を?」

「名前を言うと不敬になるからさすがに言えないわ」


言ったのも同然だとユフィエルは思った。


「良い薬があるの。うふ。か弱い女子が男を殴るなんて難しいもの、だからこれをお使いなさい」

どこかうっとり歌うように薬について語りだす姉に、ユフィエルは慄いた。


ポクっと、姉ミラルカの頭が下に落ちた。

姉ベルベットがミラルカの頭の上に葡萄の入った籠を置いたのだ。

「ベルお姉様」

「秘密の女子会? 良いわねぇ、嫉妬しちゃうわ」

「ベルお姉様なのね!? 後頭部が重いわ」

「ミラ、両手をそのまま上に。籠をがっちりつかんで。新種の葡萄だそうよ! あなたへプレゼントするわ」

「・・・。まぁ見事! 何これ葉っぱ見たこと無いわ、くるくる巻いている、何これかけ合わせたの、誰にもらったのベルお姉様!」

「サイオン様よ。お礼は最近あなたが入手したミミズの幼虫が良いとかなんとか」

「まぁ、お目が高い!」


さすがはサイオン様・・・。

うふふ、と葡萄の実よりも葉っぱを見つめる姉ミラルカを、ユフィエルは少し理解しきれない。

とても良い姉だけれど、周囲には姉の善良さはもっと分かってもらえないだろうとユフィエルは寂しく悲しく思う。

来たるはずのあの日に、婚約者オーギュットが、家族もろとも、常軌を逸した行いをする家系だなどと、非難してしまうほどに。

まだ来ない日に痛みを覚えた。

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