第二話 裏切り
世界は、簡単にユフィエルを裏切った。初めから味方などでは無かったのかもしれない。
仲を裂く、その女性が現れた。
オーギュットは初めこそ自分を粗末にしなかったが、彼女に新しい煌めきを見つけていくのがユフィエルには分かった。
まさかと思ったし、手を打とうとしたが、何故だか空回りする。
早い段階でユフィエルは手を引くことを決めた。
あれは悪夢であり、予知夢であると知っていた。今、全てがその通りに始まっただけだ。
なんて愚かなのだろうか。
あの昔、きっぱりと恋を終わらせておけば、こんな痛みと苦しみは知らなくて良かっただろうに。
夢のように甘く幸せだった。けれど自分が心から信じてしまったものは、たった一時のものだったのだ。
ユフィエルは己の気持ちに顔を背け、無かったもののように扱う事にした。
オーギュットに関わる事象から可能な限り手を引く。
周りは、表情の乏しくなったユフィエルを心配した。
仲の良かった婚約者たちの間に現れた邪魔者である彼女を、周囲が排除しようとした。
現れた彼女の方が風紀を乱す存在であるのだし、己の国の第二王子の相手として、彼女を周囲が認めたくなかったのだ。
国を思うなら、彼女を排除する行動を、本来ユフィエルが率先して行うべきだった。
けれど、ユフィエルには彼らに関わる事に、もう耐えられなかった。
美しく明るかったユフィエルの変わりように、周囲は心底同情し、手を貸そうとしてくれた。
それでも、ユフィエルは動けなかった。
可能な限り自室に籠った。何もする気も起きなかった。
***
「私の可愛いユフィー。そろそろいい加減目を覚ましなさい」
強引に、ユフィエルの部屋に踏み込んできたのは母だった。
「あんな馬鹿は屑です。私のユフィーにはもっと良い人がいるわ」
あまりの言い様にユフィエルは母の方を見た。
母は、一番上の姉も連れていた。女しか生まれなかった家を継ぐために養子を迎え、母屋ではなく別棟で過ごしている姉ベルベットと会うのも久しぶりだった。姉ベルベットはユフィエルの姿に軽くショックを受けている。
「ユフィー、髪も肌もこんなに荒れて・・・」
姉ベルベットはユフィエルに近づき涙を浮かべんばかりにして手を取った。
それから、キっと目線を強くした。
「良い事? 今からミラルカのところに行きましょう。すぐ着替えて」
「え・・・」
ミラルカとは、二人目の姉だ。父の気質を色濃く受け継いだ二人目の姉のミラルカは独自の道を歩んでいる。他家なら許されなかっただろうが、この家の直系の変人気質を色濃く継いでしまっただけなので、この家では諦めるように許容されている。
戸惑うユフィエルに、母も傍に来て、ユフィエルの髪をなでつけながら言い聞かせた。
「あなたは幸せになるのです。私たちの可愛いユフィー」
幸せになど。
信じられない顔をするユフィエルの頬を、まるで幼いころのように、姉ベルベットが軽く指でつついた。
「悲劇のお姫様の時間はもう終わり。今はまだ、周囲はあなたに同情中だわ、ユフィー。でもね、これよりもっと長く続いてごらんなさい。そのうちこう言われるのよ。『いつまでもグジグジと暗い女! だから捨てられるのよ!』」
ハッキリした物言いにショックを受けるユフィエルに、姉は笑みさえ浮かべた。
「ね? 冗談じゃないわよね」
そんな姉を母が咎めた。
「止めなさい、ベル。ユフィーはあなたと違って、まともな子なのですよ」
姉は肩を竦めてみせた。
母はユフィエルに向かって告げた。
「とはいえ、ベルのいう事ももっともです。それに、あんなお馬鹿なお子様のために泣くのは、もうおよしなさい。あなたは幸せが似合うのですから」