第十四話 幸せを願う
ルドルフが、ユフィエルの手のひらを包むように握った。
優しさが伝わる仕草に閉じた目を開けると、ルドルフが嬉しげにじっと見つめていて笑いかけた。
「どうぞ、私と生涯を共に」
「はい。ルドルフ様。・・・喜んで」
「・・・私は、あなたを、幸せにして差し上げたいと、思ったのです」
ルドルフが昔を思い出すように言った。
「・・・お姉さまのところでお会いした時、私は、思ったのです。この人を私が幸せにしたい。笑ってほしい。私を、見ていて欲しい。私が、幸せにしたい。私は、きっと幸せになれるから」
「・・・私はすでに幸せです。ルドルフ様は?」
「・・・とても、幸せですよ、ユフィエル様」
ルドルフが少しユフィエルから距離をとり、改まったように気取ってみせた。
「どうぞ、よろしくお願いいたします。私の婚約者様」
「こちらこそ。末永くどうぞよろしくお願い申し上げます。私の婚約者様」
少し見つめ合ってから、二人で照れたように笑った。
「お願いがあります」
ふとルドルフが真剣な顔をした。
ユフィエルも真剣に見つめ返す。
「どうか、長生きしてしてください。・・・私よりも長く生きて、欲しい」
ユフィエルは、ルドルフの過去の婚約者たちの事を思い出した。
ユフィエルは頷いた。
「はい。必ず長生きします。しぶといぐらいに」
そう言うと、ルドルフは嬉しそうに笑った。
「ルドルフ様。私からも」
「はい」
「・・・今、キスをねだっても、宜しいでしょうか?」
ルドルフが面白いほど挙動不審になった。
***
「ところで、この部屋に来る途中で、キキリュク家ご当主・・・あなたのお父様に肩を叩かれました」
「えっ!? も、申し訳ございません、父がなんという失礼な事を・・・!」
「え、あぁ、いえ、構いません。ただ、『でかした、息子よ』などと言われたので、少し驚きました」
「・・・え?」
「あなたと婚約しましたから息子と言ってくださったのでしょう。ですから良いのですが・・・どうやら、私がオーギュットを殴った事などを褒めてくださったようです」
「・・・」
「他にも、ギニアス様やマフェス様、それからウッドラック様・・・とても沢山の方に賞賛の言葉をいただきました」
「・・・婚約を祝うお言葉、では、なく?」
「どうやら、あなたは思った以上にご友人に心配されています。そのご家族にも。スッキリしたと言われました・・・」
「・・・」
「あなたを泣かせたら、周囲が黙っていませんね」
「まぁ。泣かせるおつもりが?」
「まさか!」
「ふふふ。・・・皆様に、感謝とご心配をおかけしたことをお詫びしなくては・・・なりませんね」
「そうですね。私も、皆に褒められるよう努めます」
***
その日から一週間ほど、国内のいたるところで、お祭り騒ぎの様に酒を飲み笑う者たちがいた、とかなんとか。
***
「かーんぱーい!」
「ミラルカ姉さんの妹ちゃんにー!」
「ルドルフ様にー!」
「ばんざーい! かんぱーい!」
「わはははは、あはははは!」
「新種ブドウの酒が美味いー!」
***
「お母様! ギニアスから使者よっ! 思いがけない成果よっ、お母様ー!」
「何があったの! ユフィーは無事なの!?」
「無事に決まってるわ、何のためにルドルフ様とくっつけたか! ざまぁ見ろオーギュット! ほら手紙! 私、すぐに出かけるわ! この話をばらまいてくる! アンナ、カトレーヌ、準備して!」
「えっ、・・・ベル! もう! ・・・エリーヌ、手紙を見せて。・・・。・・・まぁ・・・王妃様・・・」
***
「あなた。ルドルフの事、本当に良かったですわ。ユフィエル様も娘になってくださいますし」
「そうだな。他家にとられなくて安心したよ。まぁ、キキリュク家の主張もこちらに都合が良かったから上手くいったわけだが」
「・・・あら、それに関しては、私はキキリュク家の言い分はもっともだと思いましたわ。あのまますぐに婚約を取り消しては、ユフィエル様が余計にお辛かったでしょう。・・・その場合、もう王家に来てはくれなかったでしょうね・・・」
「ふむ」
「でも・・・あぁ、オーギュット・・・」
「大丈夫だ、あの子は根っからの馬鹿ではない。頭を冷やして反省するだろう。まだ若いのだから、そのうち成長する」
「・・・そうですわね。ねぇ、許してあげる方法を、きちんと考えておいて下さいませね」
「過保護だね、マグニセル。大丈夫だ、オーギュットは自分で考える。話をしてきた時に、私たちがまず耳を傾けてやれば良い」
「えぇ・・・」
「それからな、イセリ嬢も気にかけてやるべきだよ。あの子は貴族ではない。礼儀を知らないのは仕方ない。それは大目に見なければ・・・マグニセル、そう怒らないでくれないか」
「知りません!」
「まぁまぁ。まぁ、どちらにしても、今後の彼ら次第だがね」
***
婚約してから、半年後。
第一王子ルドルフ、有力貴族の第三女ユフィエルの結婚式が行われた。
***
六年後。父王の崩御によりルドルフが新国王となる。
新国王夫妻は、多くの優秀な人材とその協力に恵まれて、国を良く治めた。
その治世は長く続いた。二人とも長命であったためである。
また生涯仲睦まじく、国民の理想の夫婦と敬われた。
なお、一時期不仲であった事で有名な弟であるオーギュットは、両親の在位中に臣下に下っている。数年後に彼は不仲となった原因について兄夫婦に謝罪をし、受け入れられている。結果、オーギュットは臣下の地位から国王となった兄をよく支えた。
オーギュットは、臣下に下ってから出会った平民の女性を妻に迎えている。なお、兄弟不仲の原因となった女性についてのその後は知れない。
国王ルドルフの御代は、高齢での急病により幕を閉じる。妻ユフィエルに看取られた。
次の御代は彼らの息子の一人、クァントが継いだ。
ルドルフの死後もユフィエルは彼を思い、毎日墓前を訪れ、彼を慕う歌を歌ったという。
悪役令嬢ユフィエルの恋 -END-




