第十話 謁見の間にて
王宮にて。
両陛下が、謁見の間に集めた面々を見回す。
両陛下を中央に、向かって左に第一王子ルドルフが、向かって右に第二王子オーギュットが立っている。
本来は着席しているところを、先ほど名を呼ばれて立ち上がったのだ。
そして、ユフィエルも名を呼ばれて、多くの貴族たちの中、前に出て両陛下に対面していた。
国王陛下が、告げた。
「我が息子第二王子オーギュットと、キキリュク家の第三女ユフィエル嬢との婚約を、この時をもって白紙とする」
部屋は静かだった。どよめきもない。
続けて告げられる。
「次に、我が息子第一王子ルドルフと、キキリュク家の第三女ユフィエル嬢との婚約を、この時をもって宣言する」
どよめきが静かに漏れた。感嘆のような息づかいがあった。しかし、この厳粛な場を乱すほどでは無かった。
ただし、第二王子オーギュットが、目を見開いていた。皆の方に顔を向けて立つために、その表情の変化を多くの者が見た。
「以上だ。なおこの決断に至る経緯は、その方が相応しいと考えての事であり、国益を思っての事である。異論があるものは声を上げよ」
誰の声も上がらない。
「ならば、解散とする」
「っ、父上! お待ちください!」
第二王子オーギュットが声を荒げた。
皆がオーギュットに注目した。
オーギュットは顔を赤くしていた。それは怒りからのようだった。
「私とイセリ嬢とのお話を!」
「そんな話は、無い」
国王が酷く硬い声で告げた。
オーギュットが驚きのために身を震わせ、しかしキッと決意したように声高に話す。
「なぜです、私とユフィエル嬢との婚約を解消した理由をお伝えになるべきだ! 私は、イセリと婚約いたします!」
ギュっと、王妃が眉をしかめた。
「オーギュット、場をわきまえなさい。ここは家族会議の間ではありません」
「場ならわきまえております!」
オーギュットは、王妃にそう返し、中央に呼び出されているユフィエルをキっと睨んだ。
「ユフィエル嬢! なぜ、兄上と婚約などと。あなたは本当に性根が悪いと見える。私たちへの嫌がらせか。人の良い兄上につけこみ、まんまと婚約にこぎつけるなどと。・・・父上、母上。それに、兄上! 言うのは心苦しいが、国を思って言わせていただきます。ユフィエル嬢は、学友であるイセリ嬢に数々の嫌がらせを行い、心身ともに苦しめた。そんな人は我が国に相応しくない。それに、なぜ私と婚約しながら、すぐに兄上との婚約話になったのです! 私の婚約者の身でありながら、兄上に色目を使ったからに他ならない! こんな女は、」
「オーギュット!」
第一王子ルドルフがたまらず上げた制止に、第二王子オーギュットはかみついた。
「兄上、騙されているのです、兄上の不運につけこまれたのです、どうか目を覚ましてください、この女は、綺麗な顔をしているだけで、」
「オーギュット、黙れ! 彼女を侮辱するな、お前の方に非があったと気づかないのか!」
昂る感情のために顔を赤くしたルドルフがオーギュットの方に歩み寄り、その動きに気づいてオーギュットも立ち位置から動く。
二人は壇上から数段の階段を降りて、両陛下と、ユフィエルを含む対面する貴族たちの間で対峙した。
国王陛下はじっと何かを押し殺すように黙っている。
王妃は、歯ぎしりしそうな表情で、オーギュットを気にしている。
話題の中心にさらされているユフィエルは、顔色を悪くして、すぐ目の前の様子を見つめていた。
ルドルフがチラとユフィエルの様子を見て悔しそうに顔を歪めた。
「兄上はご存じないのだ、私は知っている、この女は守るべき民の立場にある者を、権力をつかってつまはじきにしようとした! 己は閉じこもっているふりをして、周りを巻き込み図る、そんな陰険で、」
「オーギュット! お前!」
悲鳴のようなルドルフの声がして、ゴッ、という音がした。ドン、という音がした。
ルドルフが肩で息をしていた。オーギュットが、茫然としていた。
ルドルフが、オーギュットの横っ面を殴ったのだ。
思考が後からついてきた。
ユフィエルは息を飲んだ。
国王陛下は、ため息をついたようだった。王妃が、黙って持っていた扇を折り曲げた。ベリッという音が、一瞬静かになった部屋に響いた。
「あ、あ、あに、うえ」
オーギュットが左頬を抑えて、立ち上がろうとした。ぐしゃり、と悔しそうに顔を歪めている。
ルドルフが右手を握って顔をしかめている。
そんな中で、悲鳴が上がった。
「オーギュット!」
さわっと、部屋の皆が動揺した。第二王子の名を敬称無しに呼んだのは、皆には聞き覚えの無い若い女性のものだった。
ただし、ユフィエルはその声の主に思い当たるところがあった。とはいえ、まさかこの場所で聞いて良い声ではないはずで、ユフィエルは耳を疑った。
部屋の右端の方から、ユフィエルと第二王子の婚約解消の原因となった女性、イセリ嬢が飛び出してきた。




