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第一話 ユフィエルは決めた

お傍にいるのはもう止めよう、と、ユフィエルは決めた。

3日間の悪夢は予知夢だと知っていた。

ユフィエルは自分に何度も言い聞かせた。

「オーギュット様は、私のものでは無い」

震えた声で呟きはじめると涙が零れ落ちたが、繰り返すうちに涙も枯れて、声も落ち着いた。


***


「ユフィー。私が何かしたか?」

切り離そうと決めたのに声を聞くと揺れ動く。

婚約者でありこの国の第二王子オーギュットが、真剣で緊張した面持ちでユフィエルに尋ねた。

ユフィエルは答えようとして、言いよどむ。

自分が知ったことを明らかに告げる勇気が無いのなら嘘をつくしかない。

けれど、言い訳ならすでに決めていたのにも関わらず、いざその時が来ると苦しくて告げられない。


-あなたが心変わりをして私を糾弾するのです。私の愚かさを公にして、私を追放するのです。

あなたが私へ向ける敵意に私はとても耐えられない。

私は、あなたを心からお慕いしていますけれど・・・砕け散るのが分かって進めるほど強くもありませんの。


『いいえ。何も』

せめて、そう一言。今は、ほほ笑むだけで良い。


それなのに口を開くだけで涙が滲みそうになるので口を開こうとして止める。

顔を上げ毅然と微笑んで見せるのが正解だというのに。人の機微に敏いオーギュットに内心を見抜かれそうで、顔も上げられない。


「・・・ユフィー」

小さな声の呼びかけは、どこか切羽詰まっていた。

知らず握り込んでいた手に手を重ねられてクィとひかれ、どこか恐る恐る、軽く抱きしめられた。

「何か、悩み事なら、どうか打ち明けてほしい。どうか、私を嫌いになったなど言わないで。・・・それとも、どうして?」

酷く傷ついたような声に思わず顔を上げると、声音通り恐れを抱いたようなオーギュットの顔がすぐそこにあった。


あなたを、嫌いになんて、なるはずありません


ギュっと抱きしめられて、安堵の息をつかれてから、ユフィエルは、自分が無意識に自分の気持ちを言葉に乗せていた事に気が付いた。


どうすれば良いの・・・。

困惑するユフィエルを抱きしめて、オーギュットは、嬉しげに囁く。

「良かった。・・・嫌われたのかと・・・。・・・良かった。ユフィー、私は、あなたを愛しています」


いつもなら、すぐに私も、と、答えていた。

けれど答えることができなくて、困惑と戸惑いの気持ちはすぐにオーギュットに伝わった。

オーギュットはユフィエルの顔を数秒じっと見つめて、それからそっと口づけた。


「どうか、私の傍にいて」


ユフィエルは泣いてしまった。

嬉しかったのだ。

同時に、詰るように訴えたかった。


私を捨てるのは、あなたの方です。オーギュット様。


でも、とてもそんな事は言えない。

ユフィエルはいつの間にか、自分の手をオーギュットの背に回して服を掴んでいるのだから。


***


嘘をつく事もできなくて、けれどオーギュットの真剣な様子に、ユフィエルは少しずつ話した。

『あなたのお傍に相応しいか悩んでいたのです。他に相応しい方が、おられるのでは、と』

などと。


ユフィエルの悩む様子に、オーギュットはどこか不安そうに、ユフィエルを安心させようと、時間を前より積極的に持つようになった。

二人のお茶会。

誰も見ていないところで、手を繋いで、お散歩。

世界には二人しかいないような気分になる。誰にも割って入る事などできない。


ユフィエルは、オーギュットの自分への執着ぶりを目の当たりにして、同時にほっと安心した。

折々で囁かれる言葉は本心からの愛が感じられた。

ますます熱の籠った視線で見つめられる。

少し節度を守り、少し節度を外した接触が増え、二人でクスクスと、恋人の秘密を共有した。


ユフィエルは悪夢のような予知夢を忘れたわけでは無かった。

けれど、真っ直ぐな愛情を向けられ、周囲から未来を祝福されている日々を過ごす中で、今度はこう自分に言い聞かせる事に決めた。


大丈夫。大丈夫。私たちの絆は、他の人に邪魔される事などありません。


口にするたびに、それは真実となって世界に溶け込んでいくようだった。

ユフィエルは、今を生きているこの世界が、自分に愛情深いと信じる事にした。

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