第6話〔ひけんみらい〕⑥
足から全身に、進むことすら不可能な速度で一人が消えて数秒。死んだように立ち尽くしていた脚が背から倒れ込み。少女はそれを受け止めて顔色を伺った。
「洸! 大丈夫なの!?」
刺し傷は未だ短剣が刺さり、流血は既に止まっていたが流した量を考えると残りの生命は遠ざかっていく。
「ふむ。いちお人間だからね、君と違って血は多くない」
「こんな時になに冗談言ってんの――……どうして、どうして私なんかを助けるのよ!」
血は引き、肌は死人のそれに徐々に近付いていく。
「俺にとって全てだからだ。ずっと勘違いをしてるんだよ君は、十三年前の記憶なんてどこにも残っていない。俺の魔眼は存在自体を無かったことに、喰われたものを世界の記録から消す。勿論俺自身の記憶からもね。
――魔眼の力を知るのは、持ち主か力を目の前で視て存在が消えていない者だけ。俺は爺さんから両親の最後を聞いただけで、記憶には姿すら残っていない。残るのは喰った相手の力だけだ。それも使えるというだけで、存在を思い出すには――……」
黒布に飛び散った、見え難い紅。確実な死のイメージ。
「ちょっと! もう少し我慢しなさいよ! 直ぐに助けをよぶわ」
未だ残る戦闘の傷は骨折は、歯を食い縛ろうと動くことはない。
「無理はしなくていいよ。君がいくら後先を見なくても、最初から見えないものは見えないんだ」
「な、に……格好つけてんのよ。いつも人を馬鹿にしてる癖に」
「君が冗談を言うなと言ったんだが。ま、言った本人が納得しないなんて――君らしい、が」
ゆっくりと、しかし着実な速さで迫る最悪に、依存したような声は力を失っていく。
思い浮かべれば思い浮かべるほどに情けない気持ちが、少女の頬を落ちて膝の上で死を迎えようとする男の頬を濡らした。
「済まない刹那。また君を泣かしてしまった。情けない献身だ」
驚愕した頬に血でぬめった指が触れる。
「名前を呼んでくれたの、初めてね」
「ああ、本当は一生口に出す気はなかったがな。別れが怖くて」
「どうして私にそんなこと言うのよ。私は洸の人生を奪ったのよ。洸だって、最初は私を嫌がってたじゃない」
「君が白化衝動を起こす切っ掛けを起こしたのは俺だ。白化は傲慢な執着が生む。最初、会った時一目で誰かが解かった。手紙に書かれた内容は、俺に別れを告げていたよ。だから少しでも避けてとね」
「そんなの私が望まなければ洸の両親を! 洸が消すこともなかった……だから私を、恨んで避けてるんだって」
「幼い時の記憶は殆どが両親だった。空いた空洞がそれを物語っていた。が、それを埋めたのが唯一残った記憶、君の存在だ。救いは恨みが生まれなかったこと。ただ、もう一度逢いたいという気持ちが、――この仕事を……始め、させた」
声は絶え絶え、息はしていることさえ忘れそうになる。さらに溢れ出す涙は情けないほど少女の頬から落ちて、頬を打った。
「全く、君に涙は……似合わない、な――」
一粒の粉雪が涙に濡れた頬に落ちた。それを境に舞い降りる氷の結晶が、冷たくなった頬に残る、紅い涙の跡を消していく。
――舞い降りる透明の聖誕祭に、冷めた温もりが重なった。