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【完結】白紙の許婚  作者: プロト・シン
四章【卑見ミライ】
11/16

第2話〔ひけんみらい〕②

 膝を叩く急激な負担。目が眩みそうな斜線に伸びる段の列。たかが布を重ね合わせただけの重量に、十三年を通し初めて建造者への不満が数段の内に鬱積(うっせき)していく。


「こんなに買って、いったいどこで着る気だ」


「なきより多き。それよりも体勢低いわ、もっと姿勢よくしてよ」


 事務所を過ぎた辺りから段々と両手の荷に傾き出した姿勢。手ぶらな先導は腰下に手を当てて、優雅な姿勢を保ちながらこちらに振り向く。


「こんな急坂(きゅうはん)な場所で立ち止まるな。落ちたらどうする」


「それは困るわね。私の服が落ちちゃうから」


 よいしょと姿勢を正し、数段に気合を入れ直す。先に上り始めた軽々しい足取り。さっきから思っていたが、彼女の姿勢は優雅というよりも、スカートを尻に押し当てて何かを隠しているように思える。


「なにか尻にあるのか? 漏らしそうとかなら急ぐが」


「へ――?」


 顔だけを振り向かせた疑問に対し、指で問答を示す。


「そうやって両手で尻を隠しているから。漏らしそうなのかと」


 唖然とした顔、一変してわなわなと震える拳が振り翳され――。


「そんなわけないでしょ!」


 ――一人通るのがやっとの斜線を一度の接触なしに落ちて行く。






 次々と横一列に並べられていくシートに包まれた衣服。一つ確認するごとに生まれる安どが、これで最後の二十回目。


「よかった、全部なんともないみたい。まさに奇跡ね」


「それは良き事で。俺は生きてたことが奇跡だと思えるよ」


 後頭部に袋詰めした氷を当てながら入れたての珈琲を啜る。


 頭部の冷気と口内からの熱気がいい具合に傷みをチラつかせ、先程の落下劇が目に浮かぶ。


「あれ、もう飲まないの? せっかく入れてあげたのに」


「後で温めなおして飲むよ。それより、客がくる。荷物を部屋に直すかして除けて貰えると、助かるんだが」


「ええ、分かったわ」


 意外な素直さと、十分を掛けて出した荷を十秒で片付ける早業をみせ、リビングを出て行く浮かれ背を見送る。と同時に、チャイムは部屋に鳴り響いた。


 廊下を突き進む足音は一度も止まらず。見送ったばかりの扉は、真新しい外見からは想像出来ない軋みを立ててゆっくりと押し開かれる。


「これ歪んでる。物は大切に扱うもんだ」


 まるで自宅に帰ってきたかのようにズカズカと開けた記憶のない玄関から入って来た訪問者は、喫茶(ミラー)と縫い付けられた黒のエプロンを首から掛け。腰まである茶髪を束ねることなく垂れ流し、口から焚き昇る煙を吐いていつもの壁に寄り掛かる。


「俺がやったんじゃない。それは一件前の騒動で受けた傷痕だ」


「報告には自宅進入がなかったね。偽証とは犯罪もんだ」


「身内での被害だ。不法侵入のが犯罪と思うが」


「仕方ないことだよ。こっちゃんは訪問者に冷たいから」


 ケラケラと煙草を銜えたまま笑う顔は、笑い方とは似つかぬ女性らしい品を保つことで唯一名前と同等の性別判断要素。しかしそれも面識のない相手には絶対にみせぬもので、由利(ゆり)という名を聞かなければ常に無表情を刻んでいる彼女の美男な顔に、性別を判断するのは難しい。二年前からそれを苦に髪を伸ばし始めたようだが、作業中は髪を束ねる為にあまり効果は得ていないと嘆いていた。


「こっちゃんはやめろ。呼び易い名に呼び名が工夫されるのは構わないが聞いているこっちが忘れたくなるような呼び名では意味を持たない」


 固いねーと、ヒラヒラ手を動かし笑う。


「で、用件は。出向いたってことは上からなんだろ」


「そうそう、久しぶりの確信犯ってやつ。ここんとこ偶然出くわしが続いてたみたいだけど。そんな奇跡は三度も続かないよ」


「ああ。ここ十年では俺が初めてなんだろ」


「みたいだね。ちなみに概要なしに出くわして二度も除葬に成功したのは歴代初らしいよ。敢えて言うけど賞品はなしだから」


「そういうのは期待してそうな奴に言うんだな。それより、用件を早く頼みたいんだが」


 はいはいとポケット灰皿に火種を押し付け。既に用意されていた新しい煙が焚き昇る。


「対象は、双方の国家教会から手配中の大物らしいよ。向こうでは童子染みた(チャイルド・カラー)って異名まで付いてる。こっちでの名はないんだと。向こうと違ってこっちは生身だからね。目撃者は皆、話せなくなっている」


「異名が付くほどか……、手が掛かりそうだ」


「手どころか、命が掛かる仕事だよ。なにせ数十年に亘り向こうとこっちの領内を好き勝手移動してる相手だからね」


「くだらん。生に執着がある人間がこの仕事をしてるのか? 寝惚けてないでそいつの情報と、上の理想を教えてくれ」


「こっちゃんこそ寝惚けてんじゃないの。こっちでの目撃者はいないって、言ったろ」


「ってことはまさか、派遣が入るのか」


「ん? もう来てたじゃん。てっきりおちょくってるのかと」


「誰のことを言ってるんだ」


「両手に袋を背負って、空き部屋だったところに女の子が入ったのを目撃した」


「いや……あの子は全くの無関係で」


「無関係の人間を傍に置くような人柄でないのは知ってる」


 苛立つようにノブが二度左右に回り扉が勢いよく開け放たれる。


「もう! この扉、いつになったら直すのよ洸……」


 叩きつけられた扉は僅かに跳ね。目の前で二つの驚愕が合い見えて、下から上へ観察した後の同時に動く双方尋問。


「『この人誰?』」


 綺麗にハモった問いに顔を押さえて呆れ返る。






 互いの身分を明かし、いつのまにかテーブルの上で団欒している厄介者を間で観察して十分が経った。


「んじゃ、こいつ甲斐性を失ったらうちで働きな。人手ならいつも困ってる」


 普段を考えて今日初めて会った相手とは思えない口数の多さ。本当に相性が合う人間とは、一目でこうも上手く付き合っていけるものなのだと思い知らされる。


「なら、明日からでも行こうかな」


 御出で御出でと手を振る口煙草。


 好い加減頭部の傷みは引き、氷は半分以上が溶けて水となった。


「悪いが。いつまで和気藹々とやっているつもりだ」


「景気よくこのまま」指で輪を作り、口元に持っていく動作で酒を交わす仕草を見せる不法女。 


「相手は未成年だ。いや、そんなことより馬鹿なこと言ってないで仕事をして帰れ」


「しろってね。せっちゃんいれてやんの?」


「彼女は、白を知っている」


 キッ、と酒が抜けたみたいに視野を細め、普段の彼女が現れる。


「他言無用の規則を破ったか。その辺は安心していたんだが」


「それが依頼なんだ。依頼を忠実にしている間は、規則は守っていると思うが」


「はて、そんな依頼は目にしていない。上以外の依頼を守ったところで、規則を守ったとはいえないよ」


「なら白の被害者といえばいいか。神の件で異材が出たと記載したろ。あれを()てたのはこの子だからな」


「とおしてある。名を聞いた時点でそれには気づいた。しかし別件と区別して構わない内容に入るよ」


 二人の会話に無言を決め込み、理解を得ようと必死に見つめる彼女の顔をチラリと一度だけ流し見る。


「気づくと思ったが。――彼女の歳を、思い出せ」


 煙草を挟んだ手で口を隠し、悩み耽る姿は喫茶店を経営しているよりも探偵に近い。実際の切れはそれすら凌駕するが、今に限って分析力は低下していたらしく。口元から煙草を離す頃には完璧なまでに低酸素障害を目にしない活性を終えたらしい。


「確信でもあって?」


「後日か、後にでも見せるよ」


 そう、と。やっと落ち着きが椅子の背に沈まり。


 ――紙を引き裂くような感覚と共に、侵入を捉えた。


「客だな。由利、彼女を頼む」


 探知出来るのは自分だけだが。新たな火種を銜え込む瞳が、付き合いで生まれた納得を承諾で映し返す。


「どうして、私も行くわよ」


 切り替わりに付いてくる分析を持つ彼女を――。


「ここはこっちゃんに任せて。下からなら、いくらでも引き付けが出来るよ」


 ――さらに上をいく分析が制止させ。椅子に掛けたジャンパーを羽織り、未だ進行を止めぬ異物を追う。




  *




 日は完全に落ちた。七時を回った部屋を照らすのが窓から差し込む向かいの光だけだとしても、捜索する場所を困難にさせるツマラナイ空間を照らし出すには十分な余力があった。


 暇潰しを費やす為に割こうとした計画が台無し。椅子や机ばかりのこの部屋で、いったいどんな義務を行って過ごしているかが疑問に思う。


「昼寝くらいしか出来ない」


 この部屋には正面と、ビルばかりが見える窓が二箇所備え付けられている。丁度今触っているソファーはビルが見える窓の側に、寝転がれば空が見れそうな位置に置かれてる気がする。


 ここの管理者は大層昼寝が好きだと推測。その割りに、入り口に仕掛けられていた罠は上出来だった。昼なら来客、夜なら自分のような人間を察知する為に貼られていたが。式を視る限りではかなりこの国でも特化した術者が貼ったに違いない。


 と、こんなところで紅茶を啜る時間を費やしてたら駄目だ。こっち目的は、一目の確認。これ以上この階に居座っていては気づかれる場合も想定できる。


「業と異変を気づかせてしまうのもいい」


 そうすればきっと管理者自ら下りて来るに違いない。こういった術者は他人に陣地を守られるのを極端に嫌う。そうして手薄の上へ回り込めば顔を見られずに、こっちだけが顔を伺うことが出来る。


「手練れも確認したい。それでいこう」 


 思考を巡らせるのは不得意。いつもみたいに勘を頼りにしてさっそく「バレた……」


 恐らくさっきの式に遅行で知らせる式を組み込んでいた。


 行動も早い。既に臨戦態勢を取って向って来てる。


 逃げるには――勘を頼りに――窓へ――。




  *




 壁に背を押し付け、ノブに掛けた手を一気に中へと押し込む。


 部屋に灯りが点いていない。何故ならこの時間は窓から差し込む光がいい具合に二階を照らすからだ。しかし、それを知っているのはここを管理する人間か、住宅する人物。灯りを点けないのはそれを知っているか、点けれない侵入者(ほうもんしゃ)


 なら、ソファーを見る立ち姿は明らかに後者だと言える。


「悪いがこの時間は受付け終了だ。仕事なら明日改めて来てもらえると嬉しい。逃げるのに遅れたなら待つが」


「今来たばかり、もう帰らないといけないの」


 フードを頭に被り。紫陽花色の衣服は、中に着込んだセータの上から羽織ったワンピース。真っ白なフードとセータは、そのどちらもが紫陽花を引き立たせる為だけに一歩抑えた色をしている。


 付け加えれば振り向いた人物は女。それも上にいる居候と年の頃が、見た目変わらない。


「時間外ではここはなにもでない。紅茶くらい……こんな殺風景な場所に、置いてないのね」


「あまりゴチャゴチャとした類いは嫌いなんだ。で、用件は。ここを訪ねる人物の目的は大体解かるが、反していると困るからね」


「話しは通ってるはず。上からきてない?」


 すらすらと、雪とでも話しているような冷えた言葉が過去の記憶を探り当てる。


「君が派遣か……若いな」


「十八。けどそれ互いに言える。元最上位白霊師工藤(くどう)奏喜(そうき)の後継者で、二十歳にして最年少最上位白霊師、工藤洸サン」


 日頃観察されるのに慣れている筈の体を寒気が走る。どうやらこの少女は、見た目以上に異常者のようだ。


「どうやって調べ上げたかは知らないが噂通りの優秀振りだ――雪片の魔術師(スノーフレーク)ラーチカ、だったかな」


 こちらの言動に初めて積雪が崩れ、口元に動揺を積もらせた。


「ワタシ、そんな有名になってた?」


「これでも上位と呼ばれる等級だ。国は違えど優秀処は目を通している。今回のような件は珍しくないんでね。感じたままに該当を(めぐ)らしたが、一発で当たりとは異名は見た目通りだ」


「……アナタ。異名似合わない思ってた、けど――」


「悪いが、俺のは出さないで貰えるか。あまり好きじゃないんだ」


 さて、さっきの時点でこの客は招かざる訪問者でなくなった。いつまでもこんな殺風景な場所に居ては、話しも進まない。


「上に行こうか、少し聞きたいこともある」


「構わない。でもその前に、ききたい」


 開いたままだった扉のノブを握り、振り向く俺に少女は冗談抜きの真剣な眼差しを向けて言う。


「アナタ、寝るのが好きなの?」




  *




 客を見てくると言って部屋を出て行ってから二十分は経過した。フローリングとクリーム色の壁に囲まれた、このビルでは中心とも言うべきリビング。外装からは想像できない三階の神秘。


 そしてその宮殿に取り残された二人の女は、出て行ったビルの管理人を今か今かと待ち続けていた。


「遅い。いつまで待たせる気よ」


「二十分か。これだけ経ってここになにも起きないのは、下で片が付くか相手が帰ってくれた。どっちにしても遅いか。お客さんと御丁寧にも自己紹介を交わしているなら仕方ないが」


「普段ぼーっとしてるからって、そこまで抜けてないですよ」


「こっちゃんは仕事に関しては一流だろうね。それだけにせっちゃんが居ることに、不満を持ってしまった」


「秘密にしてくれって言ってたけど。誰かに話すって言うのは、どれくらい重罪なんですか?」


 天井を白い煙霧で隠した責任をベランダから外部へ逃がす黒布を下げた探偵。女性らしい由利という名を持つ内には、美男な外見を苦に伸ばし始めた髪を煙草の煙から気遣う心配性な一面を持つ。


「学校で習ったろ、霊師は死と隣り合わせな職だと。それは本人だけじゃない、関わる他人にすら害を及ぼす。こっちゃんはそれを他の、どの霊師よりも知ってる。だから傍に誰かを置くのを極端に嫌うんだ。今せっちゃんはここに居るけど、本人は悩んだだろう」


 徐々に薄くなっていく天井に、ベランダの側で背を預けている発煙から新しい煙霧が吹き上がった。それをテーブルに一人居座っている、制度のある黒い服を着衣している少女が眺める。


「そう。……由利さん。恨みと憎しみって……どっちか勝つと、思いますか」


 聞きそびれてはいない。しかし、似た性質を持つ二つの単語に、煙に包まれた探偵は意味を問い質そうとして、口をつむんだ。


「憎悪、怨恨、どちらでも人は狂気に満ちれる。平気で殺人を楽しむ程度のね。売買は両方共避けるべきものだ。どちらが脅威と区別は無理じゃないかな。生きていれば避けられない反感とはいえ、聞くだけで興を害せる言葉だ」


「ごめん……、変なことを聞いたわね」


 煙幕の下に隠れた瞳が閉じる。探偵の中では巻き昇る思考が一つの答えを搾り出していた。しかし、それを言葉にしていいものかと躊躇う言の葉は。二度三度左右に舞った後、静かな波紋を立てて池に落ちた。


「疑問を解消する答弁を出せないけど、確実に存在する一つの答えがある。思念程度の汚染では色を変えることのない。この世の重圧など、工藤洸に渦巻く軽重な罪の解説不可能と言えるよ。つまりは思念に悩むのも悪くないんだが、疑問を超える疑問があると知れば少しは自問解決に至るんじゃないかな」


 そこで二人の世界に、二人が扉を開けて現れた。




  *




「遅いから心配してたんだぞ。選りにも選って女とあいびきか、射殺ものの大喜劇だな」


 こっちはこっちで慣れない視線を相手にここまでやって来たというのに。迎えの第一声がベランダで火種を点すそれだった。


 御蔭でテーブルから、後が怖い殺気を飛ばされる羽目となる。


「馬鹿言ってないで話しを続けるぞ。彼女はおまえが言っていた派遣員だ。さっさと椅子につけ」


「若いな」長い付き合いは第一印象が一緒らしい「いいから座れ」


 そして、外気との別れを名残惜しそうに席へと着く片手灰皿。


「先に言っておく。ここに関係している人間は全て関係者だ。だから、全員今回の件では関わりを持ってもらう」


「待って聞きたい。ワタシと煙草の人は分かる。この人は?」


 さっそく指し上げられた講義。


 派遣を受けた以上、自分が何をするべきかを目に通しているのは聞かなくても、解かり切ったことだ。だからこそ表記されぬ人材が居ることに対し生まれた、当然の意義。


「彼女の名は――」舌戦は「知ってる」と制止される。


「水緒刹那、神友恵を除葬に失敗。付け加え失態、一般人を中て覚醒させた。そんな格下と、どうして組まないといけない」


 現在外国へ留学中の卓真君が時折り解説する、人の怒りが音になる。それをここにいる四人の内、二人には聴こえたはずだ。


「ご、ご丁寧な挨拶ね――アンタどこの誰か知らないけど表出て」


「挨拶? 挨拶はまだしてない。せっかく家に入ったのに、外に出てなにをする?」


 会話の空回りを一人受ける煙幕の奥。窓を開けたままなのは彼女なりの気遣いなのだろう。


「要は、初対面で嫌いになった。表で殴ってやる、ってことさ」


 いつか軽率を知らしめてやらなければいけないようだ。


「好かれたくはない。決闘なら構わないが、殺人罪で捕まる」


 ダン!とテーブルに手の平が打ちつく。


「上等。この場で終わらせるわよ!」


 と、くることが解かっていた。ので、先手を取らしてもらう。


 白線が立つ少女「え――?」――。


 ――動きを見せた腰下ろす少女「な――」を軸に舞い、自由を縛り付ける。


 蛇のように下からとぐろを巻いて現れた白線の縄に、一人は立ったまま。一人は椅子ごと。両手を巻き込み胸に締め付けを獲た。


「ちょっと、なにこれ!」


「ここは俺の家だ。暴れるな。いつも言ってるだろ、君には理解力が欠けると」黙り込む立ち縛り。「ラーチカ、相手を挑発しては仕事が進まない。君には悪いが、もう少し冷静な代わりを代行しかねない」歪む椅子縛り。


「くくく、久しぶりだね。こっちゃんの鶴縛り」


 二人の少女を縛る縄。それは一つの紙から三つの鶴を作る、連鶴と呼ばれる折り紙の技法。本来稲妻と名付けられる折り方を駆使して出来上がった鶴列は、三つなどと生易しい数ではなく。目を凝らさなければ形すら視認出来ない、数百の列となって少女達を縛り付けていた。


「誰がそんな名を付けた。本人を無視してくだらん名を付けるのは人権侵害だ」


「名前ないだろ。だから付けてあげたんだ」


「もう一本あるが」


 ジョークジョークと、ケラケラ笑みを作り二人の相手をするよう甲を振るう逃走者。


「全く、話しが進まない。とにかく座ってくれ」


 立ったまま、自分を縛る縄を何とか解こうと頑張る力動を指で空を押さえつけ着席させる。もう一つの力闘は目で静止。


「断っておくが後で解く。こっちは話しをしたいだけなんでね。異論があるなら聞くが」


 講義無益と思われた場に冷ややかな意義が鼓膜を打つ。


「ある。ワタシ椅子に縛られて動けない。けど、あっち動ける」


 こんな状況で尤もな意義を発した少女に感心してしまう。


「そうだな。次からはもっと状況を把握してやるよ」


 コクコクと頷く通った意義。ここで自由に気づいた片方が暴れ出さないのに不審を感じつつ、やっと場は会談な雰囲気となった。


「んじゃ、話しの続きをするか」


 一件全て無関係を装った発展場所が、微笑して煙草を押し消す。


「依頼は子供染みたの排除。全国手配されるほどの強敵に上は向こうの人材を派遣した。排除には原則二人が協力。それ以外は決定権を得ているこっちが増援を考えていいそうだ」


 押し消した火種は、どうやら彼女の仕事に火を点けたようだ。


「待て。排除――?」


「相手は白師だ。白とは違って生身を持つ人間に、除葬とは言わないだろ」


「聞いていない。どうして一番にそれを言わなかった」


 忘れてた。それだけで終わらせる呆けを睨む。


「派遣があれば想像できなくもない事前だ。所為にするな。ごねたところでなにか変わるのか」


「吸った数はいくつだ」


「向こうに滞在した合計期間で百だ。未だに除葬しきれなかった残りが存在している」


「百は分かった数、推測は計りに入らない。吸ったというのが変異なら、犠牲者は全部子供。異名はそこからきてる」


 青黒い瞳。憎悪はそこから実存しない目標を射抜く。


「滞在期間は、こっちのデータには残ってないのか」


「いんや。期間だけならこっちの分も聞いてるな。今から十三年前を最後の滞在にして五年だ」


 ――過去は今を駆け巡り返った。






 深夜の動静。時刻は一時を指しかけ、月は夜空で今日も朧で依存する。急斜面は段を見下ろすだけで落ちた時の絶望を想像し、下りる途中は踏み外す瞬間を考慮して、掴まる箇所無き平面へと勝手に手が伸びる。


 そんな毎夜の危機は、今日も何事なく地へと辿り着いた。


「出かけるのになぜ言わない」


 冬の気温にも負けない冷ややかな出迎えが、階段を下り終え地に立った場所からは見えない、出入り口直ぐ横の壁に背を預けて待っていた。


「早起きだったのか。それとも貸した空き部屋に不満を?」


「部屋に不満ない。熟睡できるはず」


「なら、今からでもしてくればいい。俺は徹夜して勉強させてやる気はないんだ」


「足手まといだと思ってる?」


「一言で言ってしまえばね。才能は豊かだ、自身の身を守るには申し分ないだろう。が、今回の件を解決するには足手まといだ」


 突き放すつもりでいるこっちの何を察したのか、息さえ靄となる寒気の中でフードが取り除かれ、隠れていた白髪が整えられた長さで首まで垂れ下がる。


「ワタシの髪、五年前は皆と同じ黄赤色(ブロンズ)。五年前、アイツに家族を殺されたショックで白くなったと医者は言った。一生白いまま戻らない。もしワタシを置いていくなら、アイツを殺るまえにどちらか死ぬことになる」


 さっきみせた憎悪が冷えた瞳を熱く、真剣な眼差しを向ける。


 断れば、言葉通りどちらかが死ぬのは明白だ。だがそれに怖気づいて協力を許せば結果が変わるという訳でもない。


「悪いが望む協力はしない」少女の手が拳を作る「付いて来るなら勝手にすればいい。話し掛けられれば、無視する理由ない場合答えるのが普通だ。殺る殺らないは互いに一緒だろ、運がいい方が瞬間を得れると思うけど」


 握り拳を解かぬまま、少女は呆然と慣れぬ観察を始める。


「そろそろ行きたいんだが。言ってることは理解できたのかな」


 立ったまま夢でも魅ていたのか、降らぬ雪を捉えていたような瞳は大きく弾けて口を開く。


「アナタにか、……感謝します」


「礼をされる謂われはないよ。ま、俺は行くから。後は勝手にしたらいい」


 寒気に濡れ、滑り易くなっている路を走る。自分の足音に重なりもう一つの足音がそれを付けるように走り出す。


 それを――二人の気づかぬ喫茶店の奥から見ていた、煙草を銜えた男勝りな顔が笑って呟く。


「毎夜の散歩にまた仲間が増えたか。こっちゃんも楽じゃないな」


 煙にぼやける視界に、二人を追う一つの影が走り抜けていった。






 深夜の路面はまだ硬い。これが朝方になれば、ぬるって歩くのがやっととなる。


 街は深夜を印象付けるように深い色に覆われて人の気配は嫌でも光源の周囲に集まっていく。その中に、どれだけ害を及ぼす存在が雑ざっていようと、誰も気づくことはない。


「目標を探すなにか、街にある?」


 被り直したフードを押さえ、後ろを走って付いて来る追跡からの疑問――恐らくは好ましくない答えになるだろう。


「誰も目標を探すとは言っていない。これは俺の趣味だ。夜の散歩が好きと言えばいいかな」


 駆けを止めぬまま、歪めた表情を正し次なる質問が靄と共に大気に発散する。


「散歩とは放浪(stroll)のこと? 散歩は走ってする?」


「ま、君の知ってる散歩とは似ていて、似てない。目標以外の行事に興味がないなら付いて来なければいい」


「行きます。ワタシここあまり知らない。街知るのは大切」


「そうか。なら、日頃下を走らない俺の方向音痴に付いてきて後悔が先に立たないことを知ってくれ」


 さすがに(ことわざ)まで勉強していない異国の術師は、首を傾げて口を閉ざす。


「っ――」


 どうやら談話はここまでのようだ。――北東へと進路を変える。


「趣味、視付けた?」


「喜ばしいことにね。ところで、そっちの術式で霊は殺れるのか」


「魔術、肉体ない死者に放った経験ない」


「俺も少し齧った程度だが。魔術は基本物理要素が多い。霊術は精神を敵対して際立てられた式だ。しかし、式の形によってはそっちでも悪魔払い(エクソシスム)が行われている。さらに源は同じ精神を生業にしているなら、骨を掴むことで効果を出す」


「言ってること分かる。コウ、出来るみたいに聞こえる」


「稚拙を笑わないなら手本をみせれる」


 再度唖然と開かれた瞼に乗る――。


「言霊、笑わないなら使える」


 ――仕返しの唖然にしてやられた顔を見て、口を和ませる少女。


「是非見本をみせてもらいたい。俺は言霊が苦手なんだ」


「紅茶淹れてくれる?」


 ああ下手でいいならと、目的の場所に着いた足が止まる。急停止だというのに略同時に足並みを揃え立ち止まったもう一つ歩行が、ゴミ溜まる路地へと向けた視線と再度略同時に向けられた。


 談話は商店街を抜け、目的の場所に辿り着くまで周りを気にすることはなかった。それだけに、事務所の寒く殺風景な場所から途端にガレージと小さな工場に挟まれたジメ暗い路地へ切り替わったような感覚だ。路地の奥には工場から出た廃棄物や、空き缶などの不燃ゴミが溜まっている。


 それだけならまだマシだ。捨てられているのが(ゴミ)だけなら文句は言わない。ただ一つ、注視すべき廃棄物は、黒い袋や何に使われるか解からない機材に囲まれた〈人〉。刻まれた布越しに赤黒い液を浮かび上がらせ、サラリーマンの代表を格好にしたような中年男は絶命している。


 人の死体は資源ゴミなるのだろうかと、ふと思ってしまった。


「日本殺人が日常?」


「それはどっかのスラム街、日本は殺人に煩い国だよ」


 ま、法外にしている国のが珍しいが。どっかの自由を掲げる国と違って殺人道具は簡単に市販されていないのだ。向こうからすれば十分煩い国の一つと言える。


 そんな法律議論は後日に。対処しなければいけないのは死体の上に浮かぶ存在。目も鼻も口もない、ただ青白い塊が炎のように盛って人の形をしている。


 形状が人の形だと視れた、つまり厄介な存在だということだ。


 普通霊魂は一番存在を保ち易い球体を形成する。それが生前と近ければ近いほど、力を持った霊となる。これなら、未熟な霊視があれば一般人にも視えるだろう。


「失礼だと思い聞く。視認は出来ているか?」


「ほんと失礼。派遣された人で霊視出来ない人はいない」


「派遣は初めてなんだ、大目に頼む」


 視れば成ったばかりの人型は、こちらに気づき喜びの産声で鼓膜を叩き、ドロドロとした産声に耳を押さえたくなる。


「近所迷惑な声だ。ま、聞こえてはいないだろうが」


「アレくらいなら足止め出来る。除葬(とどめ)、任せる」


 全く以って経験してもらいたくない日本のスラム街へと、異国の少女は恐れることなく踏み入る。


 気に掛かる言葉は一つ。彼女がさっきの教えを理解しているとすれば、足止めどころで終わるはずがない。なら何故最後を任せるなど有りもしない戯言を言付けた?


「〝血から泣く惹き地〟」


 愚問は真下へと突き出された二本の指に〈渇〉られ、導かれる。


 二声目を明らかな異状として発したドロけた発狂。地に杭となって沈む足なる形を見て叫ぶ。


「笑えないよ。見事だ」


「除葬を――」


 地に突き刺さり、両手を広げ天を仰視して叫びを上げた狂気の胸を背後から衝き抜いて、白き鳥が姿を現す。


「始動の言葉は適切なタイミングだ。だが俺には要らないよ」


 胸を貫かれた発狂はピタリと止まり。後ろに仰け反ったまま天へと発散して昇り始める。


「最近言霊の指導をしたが。俺より適任かもしれないな」


「コウ凄い。ワタシ気付かなかった」


 小さな拍手が叩き鳴る。


「帰ったら紅茶、淹れるよ。約束は守るべきだ。が、その前に」


 入ってきた路地の出口に目を向ける。


「二週間もつけてなにをしてるんだ、君は」


 路面に焼き付く影が揺らぎ。姿を現す――制度ある黒い服。

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