婚約破棄がしたい。
「フィーリア、君には悪いが君との婚約は破棄させて貰う。」
人気のない学園の中庭で、目の前で金髪碧眼の王子がペリドットのような目を鋭くして言った。私に向けられる目は鋭いが、それでも長いまつ毛に高い鼻梁と引き締まった唇。乙女なら誰しもが一度は夢見る王子様、といったところだ。
そんな婚約者である彼からの言葉。
コンヤク、ハキ…?
婚約破棄…。
「俺はユーリと共に居たいと思う。」
そう言って金髪王子は隣にいる桃色の髪に栗色の目をしたゆるふわ子動物の女の子に微笑んだ。ぱっちり二重のかわいい系童顔少女であるこの子爵令嬢さんは学園内でとっても有名な人物である。毎日婚約者のいる有力貴族達を侍らす姿はさながら雌豹のようだとだれかが褒めていた。あ、中傷してたの間違いか。
「アレキ殿下…。」
そして桃色の美少女は顔を赤くしながらも王子に微笑みを返した。
私、ことフィーリア・アキサンドラは侯爵令嬢という立場を忘れ、
「…喜んで!歓迎します!」
と、満面の笑みで声を上げてしまった。
―――――――
七歳になりお父様に手を引かれて、婚約者となるアレク第一王子に初めてお会いしたとき、まるで絵本から出てきたような金髪碧眼の王子に心奪われるのは容易いことでした。
『ボクはアレキ・オブレイト。』
から始まった王子の挨拶は上の空すぎてほとんど聞き取れませんでした。
そんな私をお父様が小突いて自己紹介を促してきたので、慌てて私も自己紹介を始めました。
『わ、わたくしはフィーリア・アレキサンドラといいます』
ふと、自己紹介をしながら頭で思った。
アレキサンドラってかの有名な大王と似た名前の都よね、と。
そこでふと思った。え、かの大王?え、誰それ。なにそれ。
必死で思いだそうとして
アレキサンドラ、アレキサンドラ…。と頭の中でひたすら呟く。
アレキサンドラ…アレクサンドラ…アレクサンドリア……アレクサンドロス!!
と、思い出したのを最後に私の意識は途絶えた。
そして目を覚ました私は前世の記憶を取り戻した。前世での名前とか、自分の顔とかいつまで生きて、いつ死んだかは思い出せなかったが、重要なことを思いだせた。前世で私は歴史ヲタクだったのだ…。
婚約者の、それも第一王子のまえでぶっ倒れるという失態をやらかした私だが、何故か誰にも責められなかった。王妃様が『あら、緊張のしすぎかしらね。』といって笑っただけだったそうだ。おそらく多分、自画自賛になるけど私の儚げフェイスの賜物だと思う。私は巷では『儚い一輪の百合』の異名を持つことで有名なのだ。皆可愛い子には甘いってことよね、うんうん。
だがしかし、前世日本での記憶を取り戻した私に王妃の妻なんて肩身の狭い職業は絶望的だった。あれですよね、規則がらめの城で威厳を持って暮らすのですよね。そして権力争いとか家臣達の黒い陰謀に巻き込まれるやつですよね。前世では歴史ヲタクだったが、自分が歴史になるなどごめんだ。そして私は金髪碧眼の王子より、黒髪黒目を希望する!自分が銀髪にアメジスト色の目のことは棚に上げとくけど。
目が覚めて、心配する侍女達を制して真っ先に向かったのは、父の書斎だった。
『おとうさま、わたくしにはおうひはにがおもすぎます』
必死で七歳の口を回して言うも、娘に激甘親バカな今世での父は、
『フィーリア、お前は誰よりも美しいから大丈夫だ。』
という始末。うん、実に親バカである。しかし、父にめげずに泣き言を毎日言っていると優しいお父様(笑)は
『フィーリアがそんなに言うのなら…』
といって婚約を破棄する手紙を書こうとしてくれた。
しかししかし、今世での母は強かった。
『フィーリア、大丈夫。沢山お勉強をして、誰にも何にも言わせないくらい素敵な淑女になればいいのよ。いいえ、なりましょうね?』
父の書いた出来立てほやほやのお手紙は無残な姿となった。そして父も。
母の背後に般若が見えた私は、若干七歳にして諦めを悟った。
けれどお勉強はともかく、侍女達があれよこれよと世話をしてくれる毎日には、お茶会という女の戦地に挑まなければいけない日々には、総じて貴族という生活にはうんざりさせられた。日本での庶民感覚を思い出してしまえば、どうしてもなじめなかったのだ。私は高級レストラン並みのポタージュより具のないお味噌汁でいいです。ふう。
侯爵令嬢でこのザマだ。きっと王妃ではさらなる苦痛が待っているのだろう。
ああいやだ、王妃になんかなりたくない。でもお母様は怖いしどうしよう…。
そんなこんなで悩みながら十年という月日が経ちました。
え?破棄の計画?ええ、もちろん毎日考えていました。
必至に案をひねり出し、『ま、明日から頑張ればいいや。』でベットで直行はしていましたが。
そして現在に至ります。
―――――――――
「な、なっ…」
目の前で目を見開き口をパクパクさせるペリドット王子。別名アレキ第一王子。殿下が魚のようになってしまってたので、仕方なく私が今後の旨を話し出す。
「では殿下、本日中に私が王様とお父様に使いを送ります。双方同意の上での婚約破棄ということで早くて一か月以内には受理されると思います。それでは失礼しますわ。」
流石私。シュミレーション通りですわ。三行に簡潔にまとめることで浮かび上がる令嬢の気品。流石私。
さっそく解消のために推敲をして推敲を重ねた手紙を寮に取りに向かわねば!
ああ、良かった、本当に。まあ、今日この場がなかったとしても近々『殿下には私以外に惹かれている方がいるようです…』とか涙ながらに両親に訴え、破棄計画を企てていたけど。殿下も取り巻きの一人ということは既に周知の事実。そのおかげで同情の目が辛かったけど…。
にっこりと儚くない笑顔で軽く礼を取り、くるりと踵を返した私に後ろから声がした。
「き、君はそれでいいのか!?」
笑顔で振り向く。機嫌がいいのでゼロ円スマイル絶賛解放中である。
「もちろんですわ。」
無論だ。これから私はしばらく『好奇の目から逃れたい』とか言って両親を説得し、山に囲まれた自然の中で療養生活という名のお味噌汁生活を送る予定なのだ。ああ、楽しみ。
「殿下は意中の方と結ばれ、私は十年越しの思いが叶う。双方にとって利益しかありませんわ。」
「じゅ、十年越し!?き、君は十年もの間、俺との婚約破棄を望んでいたのか!?」
「はい。」
あ、これは不敬に当たるのかしら?でも最後だし別にいいわよね。そもそも一歳年上の殿下様とはこうして約束でもしない限り、学園でも会うことはないし。卒業したらもっと会うことはないし。ん、夜会があったか。ま、でもそれぐらいならいいか。
「……」
押し黙るペリドット王子。そしてなにやら不安気に王子をみる桃色美少女。そして再び踵を返そうとする私。
「くっ…」
苦しげに王子が呟く。
「…フィーリア、君との婚約は破棄しない!」
ばっと視線を王子に向ける私と桃色美少女。
ん?殿下はついに人語以外を喋りだしたのかな?
「え、ごめんなさい、殿下。上手く聞き取れませんでしたの。もう一度言って下さる?」
「フィーリア・アキサンドラ。君との婚約はこのまま継続する。」
「そ、そんな…アレキ殿下!私のことを愛してるって…」
涙をはらりはらりと流してペリドット王子に縋りつく桃色美少女。
え…。
コンヤク、ケイゾク…?
婚約継続。
え、私のお味噌汁はどうなるの?
「すまない、ユーリ。俺は君を愛している。」
「だったらどうして!?」
「本当にすまない。」
「うっ…もう、殿下なん、て…知りません!!」
そうして泣きながら走り去っていく桃色の乙女。
「婚約は継続するから、手紙を送る必要はないからな。」
そう告げると、桃色乙女とは反対の方向に去っていく殿下。
「嘘でしょう!!??」
こうして、またしても私、ことフィーリア・アキサンドラは侯爵令嬢という立場を忘れ声を上げてしまった。
最後までありがとうございました。
悪役令嬢ものが書きたい!と思って書き出しのですが・・・おかしいな。
1/30 誤字訂正(直すのが大変遅れてすみません)誤字報告ありがとう御座いました。




