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ボクが生まれた日

 雨が降っていた。

 ザーザー、ザーザー、いつまでもいつまでも雨は降りやまない気がした。




 みんなを傷つけて一人になったボクは、何とかダンジョンから脱出した。怪物(モンスター)に対する戦闘力が皆無のボクだけでダンジョンを抜けられるのか? という点が気掛かりだったが、別にここで死んでもいいとも思っていた。

 幸か不幸か『エクウェスロード』で身に着けた知識のおかげで無傷で脱出することが出来たのだが。

 ダンジョンを脱出したボクはすぐさまに拠点にしている街を離れた。化け物じみた回復力を見せたレナードが解毒薬をジェイドとジリナに飲ませれば、ある程度は動けるようになるだろう。

 以前『エクウェスロード』の名声を忌々しく思った賊が襲い掛かってきたときに、今回使用した麻痺毒の効果を検証した結果、解毒薬を投与してすぐに何とか動けるほどまでは回復するのは分かっている。流石に全力で戦闘できるほどでは無いので、そんな状態でダンジョン内をうろつくことはしないだろう。しかし、万が一の事を考えて即座に街を発ったのだ。英雄気質のレナードなら本当に追って来るかも知れないという謎の信頼があった。


 いくらか遠くの街に着いたボクは、ボロ布を纏って顔を出来るだけ隠した。働き口を探すこともせず、ダンジョンに潜る事もせずに、ぶらぶらと街を歩き回って時間を潰すだけの日々を送っていた。今までダンジョンに潜って溜めたお金と、夜のアルバイトで稼いだお金が相当額残っていたので、しばらくは何もせずにいても暮していけそうだった。

 ボクは無意味に街を歩き回り、浮浪者がよくたむろしているスラムの一角に座り込んで一日を無意味に過ごしたりした。

 ぼんやりと近場のダンジョンに向かう冒険者パーティを眺めていると、やけに心がざわついた。自分の中の何かがぽっかりと無くなってしまったような喪失感に苛まれて、何もやる気が起きなかった。


 今日も何もやる気が起きないまま道の隅に座り込んでいると、ポツポツと雨が降ってきた。道行く人は急いで雨宿りできる場所まで駆けて行くか、雨具を纏って道を歩いている。しかし、なんとなくボクは雨宿りをする気は起きなかった。ジリナに体を冷やすなとはよく言われていたが、そんな言い付けを守る気は起きなかった。

 雨が大降りになって人通りが完全に途絶えてもボクはフードを目深に被って俯き、そのまま座り続けた。ボクの持つ耐性には急激な環境変化に対応するためのものもある。普通の人が凍傷で死ぬような場面であろうと死ぬことはない。

 今のボクはなんとなく雨に打たれていたい気分だった。

 その場に座り込んだままでいると、レナードとジェイド、ジリナの三人と過ごした日々が思い出された。

 ボクが落ち込んでいるとジェイドは隠し持った飴玉こっそりとくれた。ボクの事を食べ物があれば機嫌を直す単純な女だとでも思っていたのだろうか? 実際に機嫌が直ったのだけれど。

 ジリナには服屋に連れ込まれた。人の事を着せ替え人形だとでも思っているのだろうか? 終わる頃にはへとへとで、悩みなんて忘れたのだけれど。

 レナードは落ち着くまで隣にいてくれた。落ち込んでいる姿を見られるのが(しゃく)で、虚勢を張っているうちに気分は持ち直せた。

 無性に三人が恋しくなった。ボクを追ってこないようにとあんなことまで仕出かしたのに、自分勝手なことだった。


 ――ボクは何処で間違えたのだろうか?




「探したぞ? チャート」

 突然、横から声をかけられた。驚いて振り向くと、ボクのすぐ隣には雨具を羽織った赤毛の男がいつの間にか座っていた。

「……レナード。なんで……?」

 今のボクの顔は呆けてとても見られたものではないだろう。いつの間にか溢れていた涙が、雨に紛れて見えづらい事が幸いだった。

「なんでって言われてもなぁ……。あんな泣き叫んでいたお前を放っておける訳ないだろう?」

 レナードは困ったなというように頭を掻きながら苦笑した。

「そんなッ! ボクはみんなを殺そうとしたんだよっ!? なんでそんな奴を追って来るの!? ……ああ、そうか、ボクを殺しに来たんだね? あははっ、それもそうかっ!」

 ボクは今、何を言おうとした? 何が『迎えに来てくれたの?』だ。どこまで彼らに甘えるつもりだ。咄嗟に彼らがボクを探すであろう理由を挙げ、出かけた言葉を飲み込んだ。あながちこの考えは間違っていないのかもしれない。それだけの事をボクはしたのだから。……だから、なんで、


「その考えは間違えだな。俺はお前を迎えに来たんだ。チャート・エクウェスロード」


 なんで、ボクの欲しかった言葉をくれるんだよっ! なんでッ!

「うう……、うぁぁああああああああああああああああっ!」

 ボクはもう、涙を堪えることが出来なかった。




 気が付くとボクはレナードの腕に抱き付いて泣き腫らしていた。我に返ると気恥ずかしくなって、急いでレナードから距離を取った。ボクの顔は羞恥で真っ赤に染まっているだろう。

「もういいのか?」

「……うん。ありがと」

 いそいそと彼から離れてそっぽを向いたボクに、レナードは問いかけた。恥ずかしくて(じか)に顔を見られないが、きっと優しい表情をしているのだろう。

「場所を変えるぞ。こんな所にいたら風邪をひくからな」

「……うん」

 レナードは取っている宿に向かって歩き出した。体力を削られているボクの速度に合わせて歩いてくれているようだ。

「……どうして、ボクを迎えに来たの? みんなを殺そうとしたのに」

 ボクは気になっていた事を聞いた。今度は素直に『迎えに来てくれたの?』と問いかけることが出来た。

「お前の事が心配だったからだ。それに、本気で殺すつもりはなかったんだろう? 使った毒は麻痺毒な上に痛みを(やわ)らげる効果もあった。それに、わざわざ解毒薬まで用意しておいて何を言っているんだ」

「……」

 ボクの考えた穴だらけの計画なんてうまく行ってはいなかった。ボクなんかに踊らされてくれるほど、彼らは馬鹿じゃなかった。

 先に進むたびにバシャバシャと水を蹴る音が鳴った。

「……帰ったら、お前が考えていた事全部、洗いざらい吐いてもらうぞ。これはパーティメンバー全員の総意だ。逃げることは許さんからな」

「…………うん」

 ここまでの事をしておいて、説明なしという訳にはいかないだろう。ボクは少し考えて頷いた。

「まぁなんだ。ジリナのやつは怒るとかなり怖いからな。覚悟しておけよ」

「……分かってる」

 レナードとジェイドが彼女の尻に敷かれているのをいつも見ていたので分かっているつもりだ。しこたま怒られる事は覚悟しておく。


 話しながら歩いていると、視線を感じて振り向いた。

 振り返ると、今まで前を向いて話していたレナードが真剣な表情でボクの目を見つめていた。

「それとだな、あの時必死だったお前は聞こえてなかったかもしれないから、もう一度言うぞ」

 そう言ったレナードには有無を言わせぬ迫力があった。確かに、あの時の戦いで彼が最後に叫んだ言葉は聞き取れていなかった。

「いいか、チャート。もう二度と自分をクズだなんて言うな」

「…………うん」

「よし、約束だ。それじゃあ行くぞ」

 そう言ったレナードはゆっくりと歩き出した。ボクは彼の服の裾を掴んでその後に続く。いつの間にか雨は降りやんでいた。




 彼らの宿泊している宿に着くと、ジェイドは無言で飴玉を差し出して来た。ジリナはボクを見ると抱き付いて大泣きしてしまった。

 約束通り、考えていた事や今までの行動をすべて吐き出すと、レナードとジェイドは難しい顔をし、ジリナには普段の様子からは想像もつかないほど厳しく怒られた。特に体を売っていた話をした時は、視線だけで射殺されるかと思った。

 それでも、みんなの元に戻ってからは『ゲームみたい』ではなく、初めてこの世界で生きているんだと思えた。


 ボクの悩みはまだ解決できてはいないけれど、それでも、彼らと共にこの世界で生きていける。そんな気がした。


これにて偽りヒーラーの黎明完結です。


かっこよさそうな漢字を探した結果、自分でもタイトルが読めなくなりました。

息抜きのつもりで書いたのに、息抜きにならないほど暗い話やん。思った以上に文量が多いやん。


何はともあれ、最後まで付き合ってくれた方、読了ありがとうございました!

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