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スーサイド

 新しい武器を新調したボクたちは、十分マージンを取った攻略済みのダンジョンに潜っていた。慣れない装備を使っての初めての実戦になるため、不測の事態が起きづらくするためだった。


 ボクは考えていた計画を今日実行する事にした。


「チャート、腕を怪我してしまってな。治してくれないか」

「分かったよ」

 ダンジョンにある安全地帯に入ったところでレナードが言った。新しい武器の細かい取扱いが出来ず、いつもなら受ける事のないような攻撃を彼は受けていた。モンスターの牙でざっくり切り裂かれた腕が痛々しい。

 剣を置いて周りを警戒することなく座っているレナードの傍に、ボクは駆け寄った。ジェイドは今使った武器に異常がないか確かめており、ジリナは安全地帯の外を警戒していた。誰もボクの事を危険視していない。何と不意打ちをしやすい状況だろうか。

 レナードの腕の傷に触れてスキルを発動させる。ボクの手から優しい青い光が溢れ出し、触れた場所の傷が目に見えて消えて行った。最後に腕に着いた血を拭って治療は完了。

 レナードは立ち上がると、手の平を開いたり閉じたりをしながら調子を確かめだした。

「よし、大丈夫だ。ありがとな、……チャート?」

 レナードは疑問の声を上げる。ボクがいきなり彼に抱き付いたからだ。身長差が大きく、ボクの顔は彼の胸元くらいにしか届かず悔しかったが、今はそれが丁度良かった。ボクの顔を見られずに済む。彼の顔を見なくても済む。

 左腕を彼の背に回して逃げられないようにし、右腕で護身用の短剣を抜いた。

「……っ!」

 レナードはボクの動きに気が付いたようだ。咄嗟に体を捻って脱出しようとする。体格差と筋力差によってすぐに脱出されるが、一瞬動きを止めることくらいはボクにも出来る。ボクはそのチャンスを使って彼の背中を斬りつけた。

「……ッ! チャートッ!?」

 すぐさまボクを振り払ったレナードは飛びすさり、距離を取る。レナードが激しく動いた拍子に吹き出した血がボクの髪にかかった。与えた背中の傷は浅く、致命傷には程遠かったが、それでもボクは勝ちを確信した。

「うぐ……っ!」

 ボクを問いただそうとしたレナードは突然体を痙攣させてうつ伏せに倒れた。体を痙攣させている事から生きているとは分かるが、動き出す様子はない。短剣に塗った麻痺毒が効果を発揮したのだ。ボクが飼われていた時に、麻痺耐性を取得するまで何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も飲まされた麻痺毒だ。その効果はボクが身をもって知っている。アルバイト中に得た情報を頼りに非合法の店から仕入れておいたが、想像以上に便利な代物だった。


 ボクの能力では彼らには着いては行けず、人格も破綻していて彼らに迷惑しかかけない。それでも彼らはボクにここに居て欲しいと言ってくれるだろう。ボクも彼らにそう迫られれば、状況に流されて彼らの傍にいるだろう。……けれど、ダメなのだ。もう辛いのだ。自分では彼らへの逆恨みを止めることは出来ない。そんな自分自身が大っ嫌いだ。だから、


 これから自分の居場所を破壊する。未練が残らないように。


 ジェイドとジリナも異変に気が付いたようだ。ボクに警戒心を抱いている。さぁ、ここで全てを清算しよう――




 ジェイドが振り抜いた剣の軌跡を見て、美しいと思った。

 ここがボクにとってのターニングポイントだ。その緊張感ゆえか神経が鋭敏になり、集中力が増しているのが分かった。普段はとらえきれない彼の剣がやけにゆっくりに感じる。振り下ろされた剣を短剣で受け流そうとして気が付いた。斬撃がやけに軽い。

 おそらくボクを無力化するために手加減をしているのだろう。ボクはその方が戦いやすいと内心でほくそ笑んだ。

 ボクの拙い斬撃はすべて、彼の剣に受け止められて有効打を与えることが出来ない。それどころかかすり傷一つ与えることが出来ない。スキルなしでここまでの領域に迫るにはどれだけの鍛錬が必要になるのだろうか? スキル持ちと無能者(スキルなし)に隔たる力の差を再認識させられた。

 ジェイドの剣がボクの手首の健を切り裂こうと迫る。ボクを無力化するには的確な判断だろう。足や胴では解毒薬の瓶を割ってしまいかねない。しかも、比較的ボクの命を危険に晒さずに剣を握れなくする事が出来る。

 それを確認した瞬間、ボクは一気に彼の懐に踏み込んだ。このまま行けばジェイドの剣はボクの胴を真っ二つにするであろう。ジェイドが急激に剣速を緩めたのが分かった。それでも剣は止まらない。急激に距離を詰めた事で、ボクの短剣が彼の脇腹を浅く抉ったが、同時に振るわれた剣がボクの右腕を斬り飛ばした。

 ジェイドが体を痙攣させてその場に崩れ落ちる。ボクの右腕は肩から切り落とされ、短剣と一緒にべちゃりと不快な音を立てて壁にぶち当たった。斬撃耐性があって、ジェイドが手加減したのにここまでの差が出てしまう。しかし、高位の剣術スキルと経験による絶望的な力量差は、不殺のハンデと毒、痛覚遮断のスキルによって覆された。


 ジェイドが倒れた瞬間に、ボクの体の周りに多種多様な魔法陣が浮かび上がる。ジリナが構築した状態異常を誘発させる魔法だろう。

 ボクは魔法の発動を確認すると、苦悶の表情を顔に張り付けてふらふらとジリナに近づいた。

「酷いよ、ジリナお姉ちゃん……、体が熱いよぉ……」

「――ッ!」

 ジリナは泣きそうな顔で苦しそうに胸をかき抱いた。そして、そんな隙を晒したジリナに近づくのは容易だった。

 ボクの接近に気が付いたジリナは咄嗟に後ずさったが、彼女を逃がすつもりはなかった。ジリナの身長はレナードよりも低く、精一杯背伸びをすれば何とか彼女の顔くらいの背丈にはなれる。ボクは残った左腕で彼女の頭を抱き寄せ、無理やり下を向かせながら嗤うと、唇を奪った。舌を入れて唾液を絡ませ、ボク自身を十分に味あわせる。

 それからどのくらい時間が経っただろうか? 何時間もこうしていた気もするが、十秒に満たなかった気もする。気が付くと、我に返ったジリナに突き飛ばされてボクは地面に倒れていた。

「はぁ、はぁ、いきなり何……を……っ?」

 顔を赤くしたジリナは、突然体を震わせ、その場に崩れ落ちた。顔が赤くなったって事は少しは気持ちよくなってくれていたのかな? そうだといいな。

「ジリナ、ボクには状態異常の魔法はほとんど効かないし、口の中に毒を含んだところで何の影響もないんだ。ごめんね」


 聞こえているかも分からないジリナに向けて呟いたボクはよろよろと立ち上がり、切り落とされた右腕の回収に向かった。出血がひどく、頭がガンガンと痛む。靄がかかったように視界が悪い。なんとか拾うことが出来た腕を傷口に当てて癒し手のスキルを使うと、切り落とされた腕がくっついた。元のように動くようになるまで数週間はかかるが、軽く動かす分には問題ない。

 そこで部屋の中でまだ動いている影がある事に気が付いた。

「……凄いね。この毒は怪物(モンスター)には効かないけど、ゾウくらいなら動けなく出来るのに」

「はぁ、はぁ……なんで、そんな泣きそうな顔をしているんだ? チャート」

 動いた影はレナードだった。顔は青白く、目の焦点はあっていない。それでも彼は剣を杖にふらふらと立ち上がった。ぼろぼろで傷を負っているけれど、それでも立ち上がって来る姿にボクは英雄の姿を見た。

「『なぜ?』とか『どうして?』じゃなくて、ボクの心配なんだ……。変なの」

「お前がここ最近何かに悩んでいたのは知っている。俺はお前を救いたいんだ」

 レナードは力強い光を瞳に宿してそう言った。ああ、やっぱり眩しい。ボクには眩しすぎて、見ているだけで目が焼き切れてしまいそうだ。

「……ッ! ああッ! やっぱり! やっぱりだッ!! ボクはそんなレナードの事が大っ嫌いなんだッ! なんで、ボクをこんな生きづらい世界に連れ出したのッ!? なんでみんなはボクみたいなクズと一緒にいるのッ!? 分からない……、分からないッ! 本当に大っ嫌いだッ!!」

 ボクは泣きながら彼に向かって駆け出した。ほとんど動かない右手に握っていた短剣を、左手に持ち替えて斬りかかった。

 レナードは体の重心を落すと、本当に麻痺毒が全身にまわっているのかと疑いたくなるようなキレのある動きで剣を振りぬく。その斬撃は正確無比に、慣れない左手に握ったボクの短剣を弾き飛ばした。

 勢い余ってボクの体も地面に弾き飛ばされ、ポーチに入れておいた解毒薬の瓶が地面に転がった。

 ……良かった。割れてはいないみたい。

 流石にこれ以上の追撃ができるほど機敏には動けないらしく、レナードは剣を杖にしてふらつく体を支えた。

 ボクにも気力と体力の限界がきたようで、ふらふらと立ち上がるのが精一杯のありさまだ。

「――――――――――――ッ!」

 ははっ! レナードが何か叫んでいるけど、それを意味のある言葉として聞き取れるほど集中できないや……。


 これ以上の戦闘は無理だと判断したボクは、()()うの(てい)でこの場から逃げ出した。――負け犬のように。


スーサイド:自殺を意味する単語だが、カードゲームでは自分のライフやカードを犠牲に高い効果を得ることをいう。


カードゲーム的な意味でのスーサイドを行うキャラが大好きです。スキあらばスーサイドを戦略に織り込もうとします。

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