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特にやることは無い  作者: 馬鹿面
1/1

初めの前

山田ってワードをただ出したかった。

 「お前は下衆だ」


 禿げた男は言った。爪の割れた人差し指を自分のデスクに一定のリズムで叩きつけながら、もう一方の手で広いでこを抑えていた。セットにため息もついている。

 「頭抱えてどうしたんすか? 一度抜けたものはもう戻ってきませんよ」

 俺はそう慰めてやったが、

 「今はそんなことを話してるんじゃない!」

 と、男は怒鳴る。切れ長の目は釣りあがり、顔が赤らんでいることもあり、まるで山奥に住む天狗のようだっだ。

 どうも機嫌が悪いようだ。ここは一つ励ましておくとしよう。

 「あ~、金貸しましょうか? 髪の生えた帽子って高いですよね」

 「そこはカツラでいいし、必要ない。……私の髪はふっっっさふっっさだ」

 教師が頭を揺らすと、それに伴ってわずかなワカメが舞う。

 「先生、疲れてます? いい病院を紹介しますよ」

 「···あぁ、紹介してくれ。お前の所為でストレスがやばいんだよ。おかげで毎日枕が毛まみれだよ……!」

 白髪交じりのバーコードを涙目で優しく撫でる男の姿は、どこか愛らしかった。写真を撮ってSNSに張り出したくもなったが、これ以上やるとバーコードどころか某波平になってしまう。それはそれで面白そうだと思う気持ちを、心の中に眠るかすかな善意が抑えてくれた。

 「はぁ、大学の頃はモテモテだったのになぁ······」

 中年の教師は、遠い過去に思いを馳せる。

 ………確かに、俺が入学してすぐの頃はもう少し髪があった。血の気も良かったし、日本人離れした鷲鼻は女性にとって十分に魅力的だっただろう。しかし、俺が転ぶふりをして教頭にタックルをきめた辺りからだろうか、先生の髪が急に薄くなりだした。肌は荒れ、目は窪み、彫りの深い顔には暗い影が目立つようになった。事情を知らない一年生からは気味悪がられ、そうでない二·三年生からは憐れみの目を向けられる。本当に可哀想な人だ。

 「言っておくが、私がこんな風になってしまったのは全部お前のせいだからな」

 「そんなの知らないですよ。環境に適応できない方が悪いんです」

 「その異常気象の当人がよく言う……」

 「今のたとえ面白いですね。もっとやってください」

 「私を馬鹿にしてるのか……」

 教師は一つ、ため息を吐いた。

 「お前は本当に屑だな」

 「そんなに俺のこと嫌いですか?」

 「まぁな。これ以上の嫌悪感はそうそう抱けんだろうよ」

 「またまたぁ。俺が二年生になってもまた担任してくれてるじゃないですか、ツンデレですか?」

 「ほざくな。他の人にはこんな思いをさせたくなかったからだ」

 「ならもっとMな人に代わって貰えばよかったのに」

 「それでお前に歯止めが利かなくなったらどうする? それを推薦した私が責められる」

 「八方ふさがりですね」

 「お前が改心すれば済む話なんだがな」

 教師は苦笑いをしながら、痛そうに頭に手をやった。

 「あっ、そういえば俺をここに呼び出した理由って何です? 早く帰って寝たいんですけど」

 「お前が話を逸らすからだろうが······。まぁとにかく、呼ばれた理由はわかってるよな」

 ······どれが理由か分からない。

 山田の靴をパクって女子更衣室に投げ入れたことか、授業中にスマブラをしていたことか、プールに玩具おもちゃのヒヨコを投げ入れた事か、山田にその罪をなすり付けようとしたことか、………。

 「あ~、教頭のカツラに育毛剤をひたひたに染み込ませたことですか?」

 「あ―――、そういや教頭、3日前に髪が濡れてたな。あれお前のせいなのか」

 「はい」

 「うん······、なんか一周回って感心したわ」

 「ありがとうございます」

 教頭なんざにも髪を生やしてあげたいという俺の素晴らしい慈愛の精神は、何故か人に伝わったようだ。

 「先生も育毛剤いります?」

 「いらない―――」

 「もうやってるからですか?」

 「……………」

 どうやら図星らしい。気にしているとは聞いていたが、まさか本当にやっていたとは。

 俺は先生の薄い頭をまじまじと見て言った。

 「やっててそれですか?」

 「…………………」

 もう一度、俺は先生の薄い頭をまじまじと見て言った。

 「やっててそれですか?」

 「………………………」

 聞こえなかったのか? さらにもう一度、俺は先生の薄い頭をまじまじと見て言った。

 「やっててそれですか?」

 「……あ~っ!! こほん、こほん―――」

 教師は逃げるように叫び、咳払いをすると、回転する椅子に一度座り直し、俺の方に真剣な眼差しを向けて言った。どうも真面目な話をするつもりらしい。

 「今回呼び出したのはだな······、まぁ一つは山田のことなんだが、もう一つは『部活』についてだ」

 山田はどうでもいい。部活·········、そういえばそんなこともあったな。人は嫌な事をすぐに忘れると言うが本当のことだったらしい。今まで『部活』なんてものはすっかり記憶の片隅に追いやられていた。そして山田はどうでもいい。

 「で、その部活が何なんです? またどこかしらに入れと?」

 教師は一拍おくと言った。

 「ああ、その通りだ。お前には部活に入ってもらう」

 「なら断ります。面倒は嫌いなんですよ」

 「そう言うな、今回は文化部だし多分大丈夫だ」

 何が大丈夫、だ。文句をたれようと思ったが、その前に教師が言葉を続けた。

 「お前が望まれている。相手がお前に是非入って欲しいと言ってくれているんだ」

 は? 一瞬、意味が理解できなかった。俺が望まれている? 俺に入って欲しい?

 「(自分でいうのもなんだが、俺の学校での評判は最悪だ。勧誘するやつなんてよっぽどの馬鹿か、よっぽどの理由があるか、どっちかなはずだ。馬鹿ならだませるし、理由の方も解ればいい感じに脅して儲けれるんじゃ······)」

 「――、今、絶対何か悪いこと考えてたろ?」

 担任の天狗のような顔が覗きこんできた。おっさんに顔を近づけられて気分が悪くなったが、出来るだけ顔には出さないように、

 「ただ、相手が俺を望んでるんだったら金をせびれるかなぁ~って思っただけです。それだけです」

 と、素直に答えておいた。担任は、正直に言えば良いってもんじゃないぞまったく、などと頭を抱えていたが、ため息を吐きながら、

 「これがお前宛の手紙だ」

 と、机の一番上の引き出しから、一枚の切り離されたルーズリーフを取り出した。4つ折りにされたそれを開けてみると、中には女の子らしい小さな丸文字で、こう書いてあった。


 宇喜多くんへ

      演劇部を助けてください  

              和泉佳奈より


 俺の口は、知らず知らずの内にこんな事を呟いていた。

 「えっ、無理」

 「お前に人情ってもんはないのか······」

 「ないですね」

 はぁ~っ。担任はまた一つ、大きなため息を吐いた。

一応連載ってことになってますが次はたぶんかなり遅くなります。

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