~命の還る場所~
《カイト……?》
《カイト、身体は大丈夫?》
《寝てなくてもいいの?》
【風】が、【光】が、心配そうに話しかける。
その【声】を聞きつけて、鳥や動物たちも集まって来た。
《カイト、起きて大丈夫なの?》
「うん! ……心配かけてごめんね。今日は凄く調子がいいんだ」
彼等の問いに、少年は笑顔でそう答えた。
「久しぶりに、みんなでお山のてっぺんに登ってみようよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ムーカイト島で一番高い処(山の頂上)に聳え立つ大木。
その木の上に登ると、普段は見えない外海を見る事が出来る。
少年は木の枝に座って、じっと海を眺めていた。
太陽の光を受けて煌めく碧い海。
(世界は、なんて綺麗なんだろう!)
少年は心の底から、そう思った。
「ぼくは、この世に生まれて……みんなと友達になれて本当に幸せだよ」
《カイト……》
少年の傍に集まって、共に海を眺めている彼の【友】たちは、もう少年の命がそう長くない事を知っていた。
それだけに、少年の言葉が心に沁み入る。
《カイト、ぼくたちもだよ》
その言葉を聞いて少年は嬉しそうに微笑んだ、その刹那!
少年の身体はバランスを失って空を舞う――
《カイト――――っ!?》
直ぐ傍に居た動物たちの絶叫が響く。
《大丈夫よ、心配しないで》
《私たちが助けるから!》
【風】が、少年の落下の速度を和らげる。
【大地】が、【草】が、【花】が、クッション代わりとなって少年の身体を優しく受け止めた。
《……カイト?》
《カイト……っ!》
「……うっ! あ、ああ……ごめん、ね。心配……かけちゃった、ね」
友の呼びかけに少年は薄っすらと目を開けて、消え入るような声でそう答えた。
《…………》
「……大丈夫だと思ったんだけど、ぼくは……もうダメみたい、だ」
《カイトっ!》
「ごめん、ね。ぼくが死んだら、この島も死んじゃう。みんなも一緒に……。だから、少しでも長く……ぼくは生きなくちゃって、そう思ったんだけど……。ごめん……ね、ぼく……」
《カイト、分かってるよ。君がぼくたちの為に頑張ってくれてた事、みんな知ってる。分かってる!》
《だから、もういいよ。……もう、休んでいいんだよ》
【友】の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
幾粒も、幾粒も──
それを見た少年の瞳からも一粒の涙が零れ落ちた。
(ありがとう。じゃあ……君たちだけでも、島から離れて)
少年にはもう、声を発する力は残されていない。
それは彼の心の声。魂の叫び。
少年は“翼あるもの”にそう告げた。
《ううん、ぼくたちも一緒に逝くよ》
《私たちは渡り鳥じゃない。遠くまでは飛べないから》
その言葉を聞いて、少年の表情が曇った。
(やっぱり。……ぼくの所為で、みんなが……)
《それは違うよ、カイト。ぼくたちは君の為に生まれた存在。君と共に生きて、君と共に逝くんだ》
(えっ?)
長い間、海底に沈んでいたムーカイトが海上に浮上してより十年。
たった数年でムーカイトは緑豊かな【楽園】へと生まれ変わった。
それは、ノンマルタスが偉大なる幻の大陸から受け継いだ【科学】の力だけで成し得た事ではない。
空が、海が、大地が――
風が、光が――
島を取り巻く全ての精霊たちが、碧い髪の愛し子を育む為に力を尽くした。
大自然と科学が織り成した奇蹟の島。
それが【ムーカイト島】。
そして精霊たちは、愛し子が哀しまぬように。
孤独な想いをさせぬように。
彼の為に命を育んだ。
それこそが島に生きる【生命】(勿論、ノンマルタスの都から共に来た動物たちも居るには居たのだが……)
(でも、それじゃあ~みんなは、ぼくの為にっ!?)
《ううん、ぼくらは死ぬんじゃないんだよ》
《そう! 私たちはカイトと一緒に帰るの。だから哀しまないで》
(帰、る?)
《そうだよ。カイトが何時も話してくれた、海の都――ノンマルタスの国へ! 白い雪の降る、美しい君の郷へ!》
(……帰る? みんなと一緒に?)
《ああ!》
少年に記憶はない。
ノンマルタスの都で生を受けた彼だったが、産まれて間もなくムーカイトへと旅立った彼に故郷の景色は残されてはいない。
けれど、父が話してくれた。
限りなく漆黒に近い碧の中、舞い散る白き花――マリン・スノー。
白い石造りの美しいノンマルタスの都。
其処に住む銀の髪の心優しい人々。
《其処には、きっとカイトのお父さんとお母さんも居るよ。ぼくたちが帰るのを待っててくれてる筈だ》
(そう、だね)
少年は嬉しそうに微笑んだ。
(きっと、待っててくれるよね?)
《ああ!》
(友達、沢山連れて行ったら喜んでくれるかな?)
《うん! きっと喜んでくれるよ》
(帰ろう! ぼくたちの郷へ。白い雪の降る都へ。父さんと母さんが……ううん、きっと一族のみんなが待っていてくれる)
僅かに残った百名足らずの人々が、滅び逝くノンマルタスの都と運命を共にしてより十年――
唯一残されていたムーカイトは、少年の脳波が途絶えた瞬間、己の最期の使命を遂行した。
ムーカイトのメイン・コンピューターはゆっくりと島を海底に沈めると、その全機能を停止。
ここに、ノンマルタスはその痕跡を地上から永遠に消し去ったのだ。
たった一度の過ちを悔いて、更なる海の底に沈んだ一族。
世界を支配する力を持ちながら、それ故にひっそりと生きる事を選んだ。
何時か、地上の人々と共に暮らせる日を。
地上の人々が手を差し伸べて迎えに来てくれる日を!
その願いを胸に秘め、精一杯生きて、そして滅んで逝った……これは、そんな哀しき一族の物語。
――でも、ね。
ぼくは決して不幸じゃなかったよ。
ナナミお姉ちゃんにも逢えたしね。
きっと地上の人々は、お姉ちゃんみたいに優しくて良い人たちなんだと思う。
ぼくはみんな大好きだよ。
空も海も大地も……
世界はこんなにも綺麗で優しいのだから――