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清永さん・完

挿絵(By みてみん)



 故・清永泰正さん(享年29歳)


 孤高を愛する運転士。


 常に表情を一定に保ち感情を表に出さない閉鎖された人。何事に対しても自己完結型で他人が割り込む隙を与えず、かといって有能なわけでもない凡庸なタイプ。一見、ただの大人しい青年だが内部では荒れ狂うような感情が蠢いている。仲間内では『ネクラ』と呼ばれていた。


 初恋はルノワールの描いたイレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像。


 物言わぬ幼い少女の美しさに魅せられて以来、清永さんは意志のあるものを愛せなくなってしまった。絵画や彫刻、人形などの感情のない人間に対し異様に興奮する。自分を異常だとは自覚しつつも情動を止められることはなかった。


 自宅には数百点のセルロイドの西洋人形が並べられている。画家や彫刻家、人形師や剥製技士などに友人が多く、彼らの前では心を開いていた。葬儀屋にも幾人か知り合いがいて、意外にも交友関係は広かったりする。でも偏っている。


 義肢装具士の田中さんとは非常に仲が悪かった。平井さん繋がりで、篠原さん一家の事件の後に出会ったのだが、残り少ない生を燃やし尽くそうとしている田中さんと感情のないモノの前でしか自分を認識できない清永さんでは繋がりあうものが何一つなかったようだ。


 篠原さん一家の遺体を盗み出したのは清永さん。平井さんにそれは悪いことだと諭されたが「これを最後にするから」と涙を流して許しを請うた。その頃の清永さんはだんだんと自宅に作られた人形だけの世界と何千人の人々が行きかう職場の現実との間で四肢が引きちぎられるような思いをしていたようだ。


 田中さんの死の直後に篠原さん一家の剥製が完成。胸が躍るような思いで完成品を受け取ると清永さんはすぐに帰ろうとした。が、平井さんに止められて「田中さんに一目あって彼の冥福を祈ってくれないだろうか」と頼まれてしぶしぶ受諾する。


 顔も見たくもない相手をなぜに悼んでやらなきゃいけないのだろうと清永さんは不満だった。だが薄い布団に横たえられた田中さんの死体を目にした途端、彼は愕然とした。そして、まじまじと田中さんの顔を覗きこんだ。


『生前、あれほどエネルギーに満ち溢れていた彼が、今は意志のない人形のように眠っている』


 死という過程を、清永さんは実感したことがなかった。だが、田中さんだって亡くなれば篠原さん一家のような存在になることを、彼は初めて理解した。清永さんは胸の底が熱くなり、一種の感動を覚えていた。初めて田中さんを美しいと思うようになった。


 清永さんはそのまま、剥製技士の齋藤さんの家まで出向いていき篠原さん一家の剥製を預けた。帰る道々、夢うつつのままに、清永さんは歩いていた。頬は上気して高潮し、瞳は少女のように潤んでいた。フラフラと頼りない足取りだったが唇には笑みが浮かび、彼の目には光が宿っていた。


『死は生を浄化してくれる』

『死は、田中義和のようなうるさい人間も、宗教画のように静かな存在にしてくれる』

『死ねば、人形になれる』


 その晩、数百体の人形が見守る中で清永さんは自殺した。






ここまで忍耐強く読んでくださり、ありがとうございました。

ファンタジーだと思って色々目を瞑って頂けると嬉しいです。

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