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田中さん

挿絵(By みてみん)



故・田中義和さん(享年33歳)


 悲劇の義肢装具士、田中さん。


 子どもの頃、誤って機械を足に挟み右足首を切断。貧しいながらもトラック運転手の父と洋裁を営む母の元、幸せに育つ。中学生の頃から自分と同じように四肢を失った人たちのために働きたいと願い始めた。


 学校に通いながら独学で勉強を続けるが中学三年、市立高校への進学が決まったある日父親が仕事中にサラリーマンを轢き殺してしまった事から生活が一変。業務上過失致死により刑期を課せられはしなかったが、多額の賠償金を請求される。


 殺人者の家、と噂され近所からは白眼視をされ、扉や門は毎日のように落書きやゴミでいっぱいになった。「殺人者の息子」と呼ばれ学校で虐めを受けるようになりつつも田中さんは義肢装具士になる夢を捨てず、精一杯勉強に努めた。


 ところが近所の子どもの投石により割れたガラスが田中さんの母親の目を突き破り両目とも失明。洋裁の仕事を続けられなくなり、家庭を支える基盤が崩れる。賠償金の支払いに首が回らなくなった父親は田中さんに『幸せになりなさい』と遺書を残して首を吊った。


 生命保険により多額の賠償金は支払われたが、仕事を続けられなくなった母を支えるため田中さんは進学を断念。義足での肉体労働は身体に多大な負担がかかったが、田中さんは忙しい合い間を縫って勉強を続けた。彼は義肢装具士になる夢を捨ててはいなかった。


 働きながら大検合格を獲得し、工業大学工学部の夜間コースに入学する。不屈の闘志を抱き続けていられたのは「絶対に幸せになる」という父親の残した言葉を忘れなかったから。賠償金を全額払い終え、ようやく夢見ていた義肢装具士の仕事に就くことが出来たとき、田中さんは30歳になっていた。


「仕事で身を立てることが出来るようになったら嫁さん探すよ。母に孫を見せてやりたい、まあ、ほとんど見えないだろうけど」


 酒の席でそう語っていた田中さんはところが、31歳の時健康診断でスキルス胃癌が発覚。既に末期的状況で、後は延命処置を施すぐらいしか出来ないと医者に言われ自暴自棄になる。友人の彫刻家・平井さんが見舞いに来た時に、初めて田中さんは弱音をこぼした。


「俺の人生は一体なんだったんだろう。何も残せずに死ぬ運命なんだろうか。死にたくない、けどそれ以上に、どこかに俺の生きた証を残したい」


 数日後、平井さんは田中さんに最後の仕事を依頼する。篠原さん一家の欠損した四肢を補ってみないかといわれ田中さんは困惑する。「本当は自分の仕事だったのだが、剥製でも人間だった篠原さんたちに彫刻した手足で補うだけでは弔いにならない」と平井さんは語った。


 田中さんは悩んだ挙句、その最期になる依頼を受諾した。倫理的な問題を超えて尚、自分の内側に滾るものを感じたのだ。こうして田中さんは篠原さん一家の義肢装具へ取り組むに至った。


 平井さんとの共同作業の中、田中さんは何度も倒れそうになったがその度に己を奮い起こした。この仕事が終わるまでは死ねない、と見る者を戦かせるほど鬼気迫る表情で篠原さん一家の義肢を作り上げていく。


 医者には自宅の畳の上で死にたい、と頼み込み、死の床で作業を続ける田中さん。ようやく完成させた頃、静かに息を引き取った。田中さんは死の前日、筆記で平井さんに手紙を残していた。


「俺はいつも自分の人生は何のためにあったのだろうと考えていた。人生の幸せも快楽も知らずに、この年でこうなることになり、自分の不幸ばかり呪っていた。だが、夫を亡くし息子を亡くし一人取り残される母の人生こそ、一体何だったのだろうと今では思う。親父が幸せになれと残して逝ったとき、必ず幸せになってやろうと心に決めたものだが、こうなった以上は、自分よりも母の幸せを願ってやりたい。どうか、今回の仕事の依頼料は全額母に渡して欲しい。

貴女には色々世話になった。感謝してもしきれない。礼を言わせて貰う。


義和」


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