この小説は削除された可能性があります
[この小説は削除された可能性があります]
パソコンに映しだされたその一行の文字を見て、俺は一瞬思考が停止した。
――――どういうことだ。
確かに昨日までこの小説はここのサイトに掲載されていた。それが面白かったため、こうしてブックマークにまで登録して今日また覗いたわけだが……
「なんで……ないんだよ」
それは、その小説の存在だけではない。
無いのだ。
その小説に関する記憶までもが。
どういうキャラが出てきて、どういうストーリーで、どういう終わり方をしたのか、なんにも思い出せない。
ジャンルは? ファンタジーか? 文学か? 恋愛か? SFか? 戦記か? 童話か?
信じがたい出来事に俺の頭は少しパニック状態だった。
たかがそんなことで大袈裟な、と思うかもしれないがこれはかなり深刻なのだ。
呪いの小説。
最近ネット上で話題になっている小説で、見たら死ぬと言われているものだ。
死。
そんな漠然とした1文字が俺の頭でエコーが掛かったように響き渡る。
嫌だ死にたくない。
こんな理不尽な事があってたまるか。こんなこと俺は認めない。
俺はマウスを滑らせ、呪いの小説に関しての情報を調べる。とにかく視線を走らせ、画面に食らいつくように見入った。
なぜ俺がこんなに必死なのか、なぜ俺がデマかもしれないことをあっさりと信じたか、それには一つの訳がある。
一週間前、俺の友人が面白い小説をネットで見つけたといってきた。そろそろ読み終えるから、終わったら紹介してやるといった。
けれど次の日にそれを尋ねてみると、
『あれ……なんだっけな確かに昨日読み終えたはずなのに、忘れちまった』
そう言って、適当にはぐらかされてしまったのだ。俺は当初「よほど面白かったから自分だけに留めておこうとしてるんだな」と思った。
しかし今になって考えてみると俺の友人はそんな意地悪では『なかった』。
なぜ過去形かというと、
――――その三日後に死んだからだ。
誰がって?
決まってるだろ、俺の友人がだよ。
学校の屋上からの飛び下り自殺。
いじめなどなんの理由も無しに、友人は堕ちた。
その理由はその時はまだわからなかったが今ならわかるきがする。
そう、呪いだ。
友人が俺にすすめようとしてきたのは間違いなく呪いの小説だったのだ。
カチカチッと暗闇の中でクリック音が響く。
数時間後に見つけたサイトは『呪いの館』と呼ばれるオカルトサイト。
なんでも心霊写真やネットでの噂を大きく扱い、一部の間では相当有名なサイトらしい。
俺はごくりと唾を呑むと、呪いの小説に関する記事を探し出す。
『真夜中に響くドアチャイム』……これじゃない。
『この戸を開けて』……これでもない。
『血に濡れた扇風機』……どんな扇風機だよ。
『プールの奥から』……これでもない。
それから俺は次々とページを進んでいった。しかしあるのはどれもありがちな話ばかりだ。
くそッ、ここにはないのか?
そう諦めかけていた時だ。
『この小説は削除された可能性があります』
あった。
ページの内容を見ずとも本能が告げている。これが呪いの小説に関する記事なのだと。
俺はそのページをクリックして先に進む。
『この小説は削除された可能性があります』
小説投稿サイト『let's become a novelist』に掲載されているいわくつきの小説。それを見たものは食いつくように見入り、読了したすぐあとにその記憶を失い、三日後に何らかの形で死を迎える。
噂では、このサイトで評価されなかった小説家の怨念が、命を代償に見せる呪いの小説になって現れたものだという。
正直なんじゃそりゃと突っ込みたいところだが、事実死人が出ている。これだけは変えようのない事実だ。
俺は『その呪いを解く方法』のボタンをクリックして次のページに進んだ。
呪解方法。
呪いを解くとされる方法は現状では二つ報告されています。一つはその小説の内容を思い出すこと、これはかなり困難で、普通に考えたら不可能でしょう。
二つ目は呪いの小説の対極に位置する『呪解の小説』をそのサイトに見つけ読了することです。その見つけ方は『Let's become a novelist』でホラーに位置する小説をひたすら漁ることです。どれが呪解の小説かはわからないので運が良ければ知らず知らずの内に読了しているでしょう。
ふざけるな、と俺は手に握るマウスをおもいっきり握りしめた。
あのサイトにホラー小説だけでもいくつあると思ってるんだ。それを全て三日以内に読むことなんて不可能に決まっている。
無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ。
絶対に不可能。
俺はもうこのまま死ぬしかないのか?
わけもわからない小説を呼んだのがきっかけで、わずか十年と少しのこの人生に終止符を打たないといけないのか?
嫌だ。それだけは絶対にゴメンだ。こんな下らないことで死んでたまるか。
俺は呪解の小説を探し出すことを諦め、呪いの小説の内容を思い出すことにした。
どんな小さな事でもいい、きっかけさえあれば芋づる式に思い出して行くはず。何らかのキーワードでもいい。
俺は呪いの小説に関する記事をネットを使ってさらに集め始めた。
一日目。収穫は得られず。
二日目。同上。
そして運命の三日目はあっという間に来た。この三日間学校にもいかず、ひたすらこもりきって調べていたのに尻尾すらつかめない。
恐らく呪いが執行されるのは日付が変わる時刻。つまりは午前0時ジャスト。あともう3時間もない。
「なにか、なにか、なにかないのかっ!!」
こんなことならダメ元で『呪解の小説』とやらを探しておけばよかったと心のなかで毒づく。
尚もジリジリと迫り来るタイムリミット。気がついたらもう11時半だ。
諦めにも似た感情が心のなかを支配する。
外は雨だ。ざあざあと雨粒が窓を叩く音が嫌に大きいな。
「雨……」
そうだ。たしか俺が見た小説はしきりに雨が降っている場面だった。
いいぞ、これなら行けるこれを基点に記憶を掘り返せば、10分足らずで―――――
ガンガンガンガン!!
不意に俺の扉を叩く音が聞こえた。この時間帯はすでに親は寝ている、起きているとしてもこんな風に乱暴に扉を叩いたりしない。
「父さん……?」
だが、それ以外だったら誰だというのだ。
父の悪ふざけであること望んで俺は震えた声でドアの向こうの人物に話しかけた。
だが、答えは帰ってこない。
代わりにドアを叩く音が止み、この世のものとは思えない奇声が発せられた。
「む、か、え、に、き、た、よ」
ゾゾゾオッ!! と俺の背筋が凍りついた。
まだ時間は15分以上残されてる、なのにもう来るなんてフライングも甚だしい。
「う、うわあああああ!!」
俺は反射的に窓をあけると雨の振る外へと飛び出していった。いつも以上に外が暗い。
なのに雫の一滴一滴が光球のように光り輝いている。
「そうだ、そうだ……!」
呪いの小説にはこんな場面があった。主人公は小学生の少女。
場所は……ここと全く同じ、雨の降る深夜の街!
少女は何かを求めて夜の街をさまよっていた。雨に打たれ、腰まであるロングヘヤーをびしょびしょに濡らしながら。
「ま、っ、て、よ」
後ろから声が聞こえてくる。
どういうことだ!? 今俺は全速力で走ってるんだぞ!? なのになんで声の大きさが一定なんだ!?
この三日間ろくに飯を食べてきていないせいか足取りが重い。それでも俺は後ろを振り返らず、耳ではなく脳に直接響いてくる奇声を無視して走り続けた。
大雨で氾濫する河川敷についた。泥色の水が轟々と音を立てて流れている。
あの声は聞こえてきていない。俺はほっと胸を撫で下ろすと、またあの小説に関する記憶を一つ取り戻した。
「そう、それで、少女はようやくある物を見つけたんだ。場所は川! そこに……」
「み、ぃ、つ、け、た」
ガシッと後ろから抱きつかれる形で俺は全身を拘束された。
死体のように冷たい身体。俺の腹部を押さえつける両手は腐りきった樹木のように所々が白骨が浮き出ていて、肉は緑色に変色してる。
「あ、た、し、の、お、に、ん、ぎ、ょ、さ、ん」
そうだ。思い出した。
それは一人のいじめられっ子の少女の話だった。
ある日の放課後、少女は意地悪な男子生徒にお気に入りの人形を川に投げ捨てられた。
少女はその夜人形を探しに川にいった。人形なんてとっくに流されてあるはずがないのに、だ。
そして少女は足を滑らせて川に落ちた。
「そうだろ!? これで全部話しは思い出した。これで――――!!」
「そ、れ、だ、け、?」
え? と俺は拍子抜けした声を上げる。俺が知ってるのはこれで全部だ。完璧に思い出したし、変なつっかかりも感じない。
「ま、だ、つ、づ、き、が、あ、る、よ」
ギュウッと俺の腹を締め付ける腕の力が強くなる。
そしてありえないことに俺の身体はそのまま持ち上げられて、川へと投げ捨てられた。
水の力が身体を粉々にするかのように押し寄せる。必死に顔を出そうとする中でその奇声は耳元で聞こえた。
「報復としてその男の子たちをこうやって溺死させたんだ」
足が掴まれた。
強い強い力によってより深く深く沈められていく。
意識が遠のく中、最後にこれだけが頭をよぎった。
あの小説はこの少女の怨念が具現化したものだったんだ、と。
そして少女は殺すことしか頭にない。
呪解の方法なんてはなっから……
「いつまでテレビ見てんのよ。それもあたしの部屋で」
「うわー今月に入って、もう5人もあの川で死んでるよ。なにかね、そんなに泳ぎやすいのかね?」
「無視ですか……あんな川で泳ぐ物好きなんてアンタだけよ。普通は呪いだとか考えるでしょ」
「呪いねーー……あ、そんなことよりネットで面白い小説見つけたんだけど――――」
参加表明は出したものの時間があまりに取れず、荒削りな作品になってしまいました(汗)
それでも少しはゾクリとさせることが出来たなら、こちらとしてはしてやったりといった感じです(笑)