ホワイトデーの新聞部
放課後、今日も待ちに待った部活の時間がやってきた。
「こんちはっ!? 」
あーおっ!! おっ、うおっ!! な、なんて光景だ!? 眩しい!! 眩し過ぎる!! 立ちくらみと心臓発作が!! ハァ、ハァ、いけねぇ、死んじゃいけねぇ、がんばれ俺! いまここでキュン死したら麗ちゃんとのステキな未来が…。
部室の扉を開けると、どうやら俺が最後に来たようで、見知さんと麗ちゃんがもきゅもきゅとリスのように両手でシュークリームを大事そうに抱えながら頬張っていて、見知さんはいつも通りほげぇ~、と幸せオーラ全開。麗ちゃんも表情が緩んでいるように見えて、心なしか幸せそうだ。二人とも小動物っぽくてベリーベリーキュート!! 特に麗ちゃんのもきゅもきゅしている姿は初めて見る激レアシーンで、ドギマギして心臓発作を起こしそうになると同時に、なんだか和む。
「うぃっす! ねっぷ!」
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは…?」
「こんにちは神威クン。キミを待っていたよ!」
見知さん、新史さん、麗ちゃん、顧問の『カップちゃん』の順で言った。麗ちゃんは教室でも会ってるけど一応という感じだ。うんうん、挨拶は何度しても良いもんな! カップちゃんはなんで俺を待ってたんだ?
なぜか涙目で革張りのパイプ椅子に腰掛けている顧問で絶賛婚活中の占冠蘭先生、愛称『カップちゃん』は、俺の姿を確認するなり物欲しげに目を輝かせた。何が欲しいんだ? 俺が麗ちゃんを好きでいる限りゾウさんはあげらんないぞ?
「神威クン、例の物を」
カップちゃんは俺に何か要求しているが、何のことだかさっぱり。
「今日は何の日?」
あぁ、そういう事か。
「ごめん。カップちゃんの分、忘れてた」
「えぇ!? なんでなんで!? 私、神威クンをこんな子に育てた覚えなんかないよ! 新史クンも忘れたみたいだし、先生もう帰る!」
残念ながらカップちゃんに育てられた覚えがないなぁ! 顧問なのに殆ど部室に顔出さないし。
「すみません。近いうちに何かご馳走します」
すかさず謝る新史さん。新史さんに非はないだろうに、さすがモテる男は違うねぇ。
「うん、ありがと。楽しみにしてる」
いじけたカップちゃんは半ベソをかきながら部室を出て行った。おいおい、生徒にメシ奢らせるのか?
まったく、珍しく部室に来たかと思えばこれか。カップちゃんからはバレンタインにチョコ貰ってなかったからすっかり眼中になかった。
それにしても、女性への気配りに長けてる新史さんにさえ忘れられるとは…。頑張れカップちゃん。きっと貴女に魅了される殿方が世界のどこかに居る筈。
「さてさて、ねっぷくん、まさか私と麗ちゃんへのプレゼントまで忘れたなんて事はないよね? 新史からはカップちゃんが部室に襲来する前に素敵なプレゼントをカツアゲさせてもらったよ。ね? 麗ちゃん」
「え? いや、カツアゲはしてません」
「ははは、麗ちゃんも言うようになったねぇ! 感心感心。お姉さん嬉しいぞぉ!」
「はぁ…」
カップちゃん絡みの微妙な空気が漂う中、見知さんがプレゼントを要求してきた。こらこら、カツアゲとか言って麗ちゃんを困らないでください。きっと麗ちゃんはカラスにさえパンを恵んであげるような優しい女の子なんだからな!
ほらほらカラスさん、パンですよ~。なんて言いながらカラスの目線に合わせてしゃがみ込みながらパンを千切って与えていそう。あぁ、想像するだけで可愛いなぁ。
そんな事を考えている神威だが、麗がパンを咥えて歩いている時、カラスの群れに襲われてパンを奪われた事は知らない。ましてやその時あんな事を考えていたなんて知ったら…。
「オフコース! こっちが見知さんので、こっちがうら、留萌さんのです!」
おっと、また『麗ちゃん』って呼ぼうとしちまった。
俺は要求されるまま、バッグから二人へのプレゼントを取り出した。
「むむっ? これは、バナナだね?」
「イエス! 見知さんにはバナナ貰ったんで、高級バナナでお返しっス!」
このバナナ、一般的なバナナの半分くらいの大きさで、一本300円という高級品。見知さんにはこれを五本、赤いリボンを括ってプレゼントした。
「そうかい。有り難く戴くよ。はむっ! ややっ!? なめらかな口溶けで酸味の少ないシンプルな甘味。さすが高級品だね!」
「いやぁ、喜んでもらえて何よりです!」
バナナを咥える見知さん、なんかエロい!
「あの、音威子府くん、開けてみていいかな?」
「どうぞどうぞ! ぜひどうぞ!」
麗ちゃんへのプレゼントには赤い包装紙が施されている。ぶっちゃけ中身は新史さんが見知さんにあげたヤツの色違いだけど、喜んでくれるといいな。
麗ちゃんは包装紙を決してビリビリ破くことなく丁寧に剥がしてゆく。こういうところを見ると、きっと優しい人なんだなと思う。
「あ、かわいい…」
ドキッ!
キタキタキター!! 麗ちゃんのポーカーフェイスが綻んだ!! 雪まつり以来の笑顔だ!!
「おっ、白クマさんかい? 私のは茶色いクマさんだから、色違いだね?」
俺と新史さんが用意したのは、チョコレートと一緒に15センチくらいの小さなテディベアが同梱されたもの。
良かったー!! あちこち回って選んだ甲斐があったー!!
「実はね、僕と神威くんで一緒にプレゼントを選びに回って、神威くんがこれを見付けたんだよ」
新史さん! さりげなく俺をプッシュしてくれてますね! サンキューでーす!
「ほほーっ、神威くん、なかなか良いセンスですな」
「いや、雪まつりの時、動物の雪像を見て留萌さんが動物好きっての知って、これなら喜んでくれるかなと」
「だってさ、麗ちゃん!」
見知さんが留めのワンプッシュで麗ちゃんの肩をポンッ! と叩いて揉んだ。見知さんもサンキューでーす!
「あ、ありがとう…」
うほーい! ハジケル笑顔というよりは照れてモジモジしてる笑顔だけど、こりゃたまらん! 今夜は眠れそうにないな!
それはそうと、麗ちゃん、雪まつり以来、見知さんとか俺以外の人とも打ち解け始めてきたっぽいな。そう考えると、こんな俺でも人の役に立てるんだなって実感が沸いて、恋愛感情抜きで素直に嬉しいという側面もある。
よっしゃ! 久しぶりに一歩前進! 小さな一歩は大きな未来へ! 気合いだ、勇気だ、根性だぁぁぁ!!
◇◇◇
夕方、いつも通り札幌駅の改札前で麗ちゃんたち部活のメンバーと解散し、俺は浮かれ気分で帰路に就いていた。
いやぁ、二人とも喜んでくれて良かったぁ! それにしても麗ちゃんの笑顔を見るとなんだか照れるなぁ!
「ひゃっほ~い! うほほほーい!」
嬉しくなった俺は思わず街中でスキップしてしまった。た~のし~いなぁ~!
「お巡りさん! あの人です!」
おっとあのババア、立ち話でいつも俺を悪く言ったりマッポーにチクったりしてるヤツだ。
「こらキミ! なに暴れてるんだ!?」
やべ、マッポー追ってきやがった! ここは奥義を使って逃げるしかない!
「逃走奥義、特急スーパーカムイダーシュ!!」
俺は律儀に立ち止まってスーパーヒーローのような台詞と変身ポーズをキメて、怒涛の速さでマッポーの脅威から逃れたのであった。
今回は早めの更新となりました。
神威の逃走奥義はJRの特急『スーパーカムイ』から取ったのですが、ご存知の方はいらっしゃるでしょうか。JR北海道の特急のグリーン車はコーヒーや緑茶のサービスがあってなかなか快適です。




