ホワイトデーイヴ
時は過ぎて3月13日、火曜日。麗ちゃんとの進展は相変わらず特にないけど、明日はホワイトデー。とびきりのプレゼントを用意して、一気に距離を縮めるぞ!
とはいえ、モテない俺がホワイトデーのプレゼントを用意するのは初めて。
あぁ、参ったな。どうしよ? 全身にチョコを塗り手繰って「俺をた・べ・て」なんてやったらドン引きされるどころか、最悪退学になる。そんくらい、バカな俺でも予測可能だ。それに何より、麗ちゃんに不快な思いをさせたくない。
札幌駅の改札前で電車に乗る女性二人を見送り、札幌駅周辺に住んでいるため電車に乗らない木古内新史さんという二年生の先輩ともそこで別れた。
女性二人の自宅最寄駅は、麗ちゃんは手稲駅、見知さんは手稲駅より二つ手前の発寒駅で、いずれも札幌市内だ。
俺はとりあえず札幌駅周辺をうろつき、インパクトがあって、尚且つ麗ちゃんが喜びそうなお菓子を探す。ホワイトデー前日とあって、駅ビルやデパートには特設売り場が設けられている。ゴディバ、モロゾフとか色々あるけど、どれにしようか迷ってしまう。そういえば、麗ちゃんの分だけじゃなくて、見知さんの分も用意しなきゃな。
「く~くっくっ、お困りのようだね」
だ、誰だ!? この甲高い声は何処から発せられてるんだ!?
氷点下の外とは違ってクソ暑い札幌駅の地下道を歩く俺に、何処からか誰かが声を掛けている。
「誰だ!? このイケメンを呼んでるのは!?」
雑踏の中、俺は叫んだ。
「ねぇ何あの子? 自分のことイケメンって言ってるわよ? 大してイケメンでもないわよねぇ」
「おかしな人が出るってことは、春がすぐそこに来てるのね~」
お~っとオバハンたち、甲高い声の主はシカトして俺にはバッシングですか。しかし甘いな。俺のクレイジーは年中無休だぜ。
「やあ、さきほどぶり」
どこからか姿を現した声の主は、肘を曲げて右手を上げながら挨拶した。
「新史さん!」
そう、この声の主こそ木古内新史さん。二年生の先輩で、新聞部の副部長。穏やかな性格で人柄も良いが、ジャーナリズムはしっかり持っている、クリーミー系イケメンだ。どうやら部長の見知さんと付き合っているらしい。雪まつりの翌週から一週間、風邪で学校を休んでいたが、もうすっかり元気だ。
しかし普段は爽やかな新史さんがこんなおふざけをしてるところなど、今まで見た事ない。やっぱ春が近付いてんのかな?
「実は僕もホワイトデーのチョコ、どれにしようか迷っていてね」
「あぁ、見知さんにですか。このこのっ! 見せ付けてくれちゃって!」
おふざけをした理由が気になりつつも、俺は普通に会話を続ける事にした。
「見せ付ける?」
「見知さんとラブラブなんでしょ?」
「だったら良いんだけどね…」
「なんすかぁ? ケンカでもしちゃってるんですかぁ?」
「いいや、してないよ」
「じゃあ倦怠期?」
「いや、実はそれ以前の問題で、僕と知内さんは付き合ってるわけじゃないんだ」
「えぇ!? じゃあ見知さんと付き合ってるのって誰だ!?」
驚きのあまり、思わず二度目の大声。一瞬だけ周囲の視線が集まった。
「えっ!? 知内さん、付き合ってる人居るの!?」
「だって、雪まつりは彼氏とデートだって言ってたし、新史さんだって同じこと言ってたから、てっきり俺は二人が付き合っているものだと思っていたわけですよ」
「あぁ、あれか」
何故か急に安堵した様子の新史さん。
そういや雪まつりに行った時、俺と麗ちゃんはほぼ一日中、大通公園の会場に居たのに、二人と会わなかったな。まさか一日中『つど~む会場』に居たわけじゃあるまい?
つど~む会場というのは、大きな雪像が展示されている大通公園とは別の会場で、札幌駅からバスに乗って30分くらいかかる、ソリ遊びやラーメンなどの屋内グルメがメインの、主に子供をターゲットにした会場だ。
「あれって?」
「いやいや、なんでもないんだ。気にしないで」
焦ったように笑顔で答えた新史さん。もしかして、雪まつりの時に見知さんと付き合ってた人と破局したからウシシシシって意味か?
◇◇◇
俺は疑問を抱えたまま、新史さんと一緒にホワイトデーのプレゼントを見て回った。見知さんへのプレゼントは新史さんより控えめなものを選んで、麗ちゃんにはとびっきりのプレゼントを用意しよう。
そんな事を考えながら特設売り場の商品棚を見ていると、麗ちゃんにピッタリのプレゼントは思いの外あっさり見付かった。
俺は確信した。これなら雪まつりの時みたいにとびきりの笑顔で喜んでくれる。もちろん見知さんへのプレゼントだって忘れず購入した。これでホワイトデーはバッチリだ。
新史さんは、見知さんへは俺から麗ちゃんへのプレゼントと同じものを、麗ちゃんへはお洒落な高級チョコを購入していた。
やっぱ良いよな、あれ。被るのも仕方ない。
◇◇◇
プレゼントを買ったところで、俺と新史さんは近くファミレスに入った。このファミレスはよく親友の勇や新聞部の臨時会議と称した食事会に利用している。ドリンクバーを注文すれば、スープも飲み放題という気前の良い店だ。
いつものようにドリンクバーを注文し、俺はワンタンコーラ、新史さんはホットハーブティーを嗜む。
ワンタンコーラというのは、ワンタンスープとコーラをブレンドした俺のオリジナルドリンクで、ワンタンスープなのにマイルドな甘味とシュワッとした炭酸の刺激を味わえるギャラクシーでミステリアスな新感覚ドリンクだ。この味をみんなで共有したいと思って勧めるのだが、未知への恐怖からか誰も飲もうとしない。美味いのに。
◇◇◇
ドリンク片手に、二人はボーイズトークを始めた。ワンタンコーラには例によって刻みネギと冷えて固まった脂が浮かんでいる。
「いやしかし、新史さんと見知さんがカップルじゃなかったとは、驚きです」
神威は司会者のような大袈裟な口調で会話を切り出した。
「僕は彼女が好きなんだけど、もし告白してフラれたら気まずくなりそうな気がしてね」
神威に対し、新史は少々意気消沈気味で答えた。
「あぁ、わかります。俺も好きな人居るんスけど、なんというか、いま一歩…」
釣られて神威の口調も少し沈んだ。
「留萌さんでしょ?」
「わかります?」
「わかるよ。彼女、笑顔に華があるよね」
ハーブティー片手に微笑む新史は気品があって爽やかな印象を受ける。実のところ、新史のファンは学年問わず多く、女子たちに『嵐』を巻き起こしているのを本人は気付いているが、それを鼻に掛けないので人気は更に加速。にも拘わらず、意中の相手、つまり見知に想いが届かないのが新史の悩ましいところ。
「えっ!? 新史さん、留萌さんの笑顔見たことあるんスか!?」
「だってほら、雪まつりの時…。あっ…」
思わず口を滑らせた新史は、ちょっと冷や汗気味。
「見てたんスか!? どこから見てたんスか!?」
「テレビ塔で待ち合わせしてるところから、かな?」
「最初からっスか!」
新史さんによると、雪まつりの取材は、同学年、同クラスにも拘わらず中々馴染まない俺と麗ちゃんを少しでも仲良くさせるために、顧問、新史さん、見知さん、つまり俺と麗ちゃんを除く新聞部のメンバーが企てたのだという。
雪まつりの当日は、俺や麗ちゃんに気付かれぬよう、三人で尾行していたらしい。道理で会場で会わない訳だ。そうなると、新史さんと見知さんがデートしていたというのは微妙に語弊があるが、グッジョブだぜ。サンキューでーす! バカな俺に超身近なダイヤの原石を発掘させてくれたんだもん。
こりゃ恩返しに新史さんと見知さんをくっつけなきゃな。三十路の顧問は…。まぁ頑張ってくれ。残念ながら俺にはその年代のコネはない。
せっかくキューピッドが三人も付いてくれてるんだ。この恋、絶対成就させるぞ!
突き進め!! 俺の、バーニングハート!! ひゃっほーい!!
今回のお話で、以前、名前だけ出ていた二年生のクリーミー系男子、木古内新史が登場! いつになるかわかりませんが、女性新キャラクターも登場予定です!




