無力と恐怖
エレベーターを待つのも時間のムダと判断した神威と萌香は全速力で階段を駆け下り、無線の発報された位置へ急いだ。 無線機は鳴動したままだ。
神威は走るのに夢中で、いつの間にか萌香を引き離していた。
神威は座標を端末に表示されたルートを辿ると雑居ビルが建ち並ぶ、暗く狭い路地に辿り着いた。いかにも犯行現場という場所だ。
「万希葉あああっ!!」
走りながら全力で叫んだ神威だが、自分の声がこだましただけで返事は聞こえない。
そうだ、もしかしたら…。
神威は足音を発てないよう移動ペースを速歩きに落とし、鳴動している無線機を止めて周囲に耳を澄ました。
無線機の鳴動を止めるには、12桁の暗証番号が必要なので、本人以外には容易に止められない。また、襲われた際、犯人に破壊されないよう、ゾウが乗っても壊れない強度になっている。
因みに神威の暗証番号は『072145451919』、万希葉の暗証番号は『043627123243』となっている。神威の暗証番号は単純だが、万希葉の暗証番号は彼女の内なる想いが秘められている。
『ピピピピピピピピッ…』
神威は野獣並みの聴力で、僅かに聞こえる無線機の音をキャッチした。
「ハァ、ハァ…。やっと追い付いた」
「おう。萌香もブザー切ってたのか」
萌香もなるべく物音を発てないように追ってきたようだ。
「うん。マッキー、たぶん近くに居るね」
「だな」
徐々に近くなってゆくブザー音。警報機のディスプレイを見ると発信距離まで50メートルくらい。
入り組んだ路地の突き当たりを左折すると…。
「万希葉!!」
「マッキー!!」
そこに在ったのは、制服姿で地べたに一人座り込んでガタガタ震えている万希葉だった。よく見ると、ワイシャツのボタンが無くなって、胸元がはだけている。犯人は警報音に驚いて逃げたのか、この場に居ないようだ。
「ねっぷ、ルッツー…」
万希葉は力無く二人を見上げた。顔は涙でくちゃくちゃだ。
「どうしたのマッキー!? 何されたの!?」
萌香は今にも泣き出しそうに叫んで問い掛けた。
「おい萌香!! 今はそんなこと訊くんじゃねぇ!!」
滅多にマジギレしない神威だが、今回ばかりは違った。
「はっ! ごめんマッキー」
神威に怒鳴られてハッした萌香は、万希葉に向かって深く頭を下げた。
「ううん。大丈夫。ちょっとカラダ触られただけ」
これまで何度も神威に襲撃され、カラダのあちこちを触られた万希葉だが、事後の様子がそれと比べて明らかに違う。恐怖に怯えている。
「ごめんな万希葉。俺、メッチャ近くに住んでるのに万希葉を守れなかった」
神威は全身を震わせて、涙を滴らせている。
「ううん、ねっぷのせいじゃない…」
「ううっ!?」
バサッ!
「ルッツー!?」
「んん!?」
バサッ!!
「ねっぷ!?」
背後から忍び寄った誰かに麻酔薬を染み込ませた脱脂綿を鼻と口に押し付けられた萌香の神威は、相次いでその場に倒れ込んだ。
「なっ、なんなのよ、アンタ、なんなのよ…?」
袋小路で黒装束の何者かに、ただ怯えるしか出来ない。震える脚が、僅かに湿った土を鳴らす。
黒装束は無言のまま万希葉を見下ろし、一歩を踏み出した。
ヤダ…。こんなヤツにどうにかされちゃうなんて、絶対ヤダ!! 助けて、誰か助けて!!
万希葉は友や家族の顔を走馬灯のように思い浮かべ、息を荒らげながら祈った。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
万希葉、大ピンチ! 救世主は現れるのか!?




