春が来たぁぁぁぁぁぁ!!
月曜日、気合いで風邪を治した俺は、いつも通り遅刻ギリギリの時間に起きて、けれどバッチリ朝食を摂り、早く留萌さんに会いたくて胸を躍らせながらいざ登校! やほーいっ! とか叫びたい気分だけど、家でやったら母チャンに怒られるし、外でやったら警察のお世話になって学校に行けなくなりそうなので我慢した。いつもなら憂鬱な月曜日が今日は嬉しくてしかたない。
◇◇◇
いつものように始業5分前の8時25分に登校。既に殆どの生徒が登校していて、教室からはいつも通りワイワイガヤガヤと廊下に声が漏れている。
後ろの扉から教室に入ると…。
Oh!! 愛しのムァイエンジェール!! キミを一目見ただけで目眩がするぜ。
ドクン!!
ア~ォ、なんてこった、朝から胸が痛い…。左手を胸に当てると確かに鼓動が速まっている。うぅ、苦しい、フラフラしてまともに歩けない、けど、なんかイイ!!
最後部、中央の席でスクールバッグから教科書やペンケースを出して授業に備える愛しのマイエンジェル、留萌さん。心の中では「麗ちゃん」と呼びたい。いつもならとっくに準備を済ませて小説とか文字だらけの本を読んでる時間なのに。寝坊したか、電車が遅れたりしたのかな?
「おはよう留萌さん! 今日も雪が降ってるね! まだ登校したばっかりなの?」
「おはよう。うん、まだ来たばかりなの」
あれ? 麗ちゃんの口調は先週の金曜日までのように淡泊だった。そうか、クラスのみんなが居るから愛想良く振る舞うのが恥ずかしいんだな。このこのぉ、可愛いヤツめ。あれは俺だけに見せるとびきりの笑顔だってか!? いいねぇそういうの! 青春だねぇ!
「へぇ、寝坊でもしたの?」
「うん」
麗ちゃんが寝坊なんて珍しいな。深夜まで読書でもしてたのかな。俺も麗ちゃんとの明るい未来を妄想して夜更かししちゃったんだよな。あぁ、エッチしてぇな。こんな単純バカな思考回路だからモテないんだな。でもいいもんね~♪♪ 今年はバレンタインチョコ貰えたから。
◇◇◇
昼休み、ランチタイムの教室は今日もワイワイガヤガヤ。
「あの…、音威子府くん、ちょっといい?」
昼メシを食おうとバッグの中を漁っていると、俺の机の横に来た麗ちゃんに細々とした声で呼ばれた。
「おう! 留萌さん! ちょっとでもたっぷりでもどうぞ!」
「ありがとう、ちょっと廊下に来てくれる?」
「よろこんで!」
まさか、愛の告白か!? いやぁ、心の準備はバッチリですよ。
とりあえず、麗ちゃんの後ろに付いて廊下に出る。
「あの、これ、良かったらどうぞ。おにぎり三つも食べられそうにないので」
「マジで!? サンキュー!! ありがたくいただきまーす!!」
わぁい!! 麗ちゃんがおにぎりくれた!! 愛の告白じゃなかったけどガチで嬉しい!!
中の具はなんだろなぁ?
はむっ!!
「うん! うまい! 鮭かぁ! アスタキサンチンパワーが漲るぜ!」
アスタキサンチンとは、鮭のオレンジ色の成分のこと。白身魚の鮭の身がオレンジ色なのはアスタキサンチンが豊富なためで、産卵期に川を上る時のスタミナ源となる、鮭にとって非常に大切な成分なのだ。
「良かった」
「ありがとう留萌さん!! ごちそうさま!!」
「いえいえ」
さて、俺が持参したランチは五本で一房のバナナと板チョコ。ドリンクはバナナオーレ。まるでおやつ。いや~、だって嬉しかったんだもん。土曜日の雪まつりの取材で麗ちゃんから貰ったバレンタインのチョコバナナ。余韻に浸りたくてついランチらしからぬメニューをセレクトしてしまったのさ♪♪
「ねっぷ、どうしたんだ? 彼女が出来ないのを苦にサルにでもなったのか?」
カツサンドを貪り食う親友の長万部勇が心配そうな眼差しで俺に問うた。
「くっくっくっ、聞いて驚けっ!」
「聞かなくていいや」
「まぁ聞けって!」
言いながら、俺は対面して座る勇の左肩を叩いた。
「なんだよ?」
そうか、そんなに気になるか。じゃあ言ってやろう。とか考えてる今の俺、かなりウザイ。でも抑えられない。こんなの一生のうちにもうないかもしれない。
「春が来たぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺が叫ぶと同時に静まり返った教室。しかし視線はそんなに集まらない。俺が昼休みの教室で叫ぶのは鉄板。もうみんな慣れたのだろう。
「ねっぷサルの彼女でも出来たのかな?」
「恋人じゃなくて恋ザル?」
「ぎゃははっ! 何それ!?」
フッ、なんとでも言いやがれ、毎度斜め前の真ん中の席から俺をバカにする女子コンビめ! あまりにもバカにするから犯してやろうかと思った事もあったが、もうお前らに興味などない。
まぁ、「恋人じゃなくて恋ザル?」って言った上幌万希葉のことは好きだったんだけどな。スカートめくりしまくったら嫌われたから、これ以上嫌われないように潔く諦めた。
「そういやねっぷ、夏頃にも春が来たとか言って女バスの部長に告ったらフラれたんだよな」
あぁ、あれは夏休み前の出来事だった。女バスの試合を取材してる時に俺たち新聞部のメンバーにまでハチミツレモンをくれたのが嬉しくて惚れたんだ。
いつも笑顔が眩しい女性だけど、俺にハチミツレモンを差し出してくれた時の微笑みと、ユニホームの隙間から覗ける胸の谷間の相乗効果で恋が燃え上がったのは今でもハッキリ覚えている。
それで、翌日の月曜日の放課後に勢いで告ったら、「ありがとう。でも、ごめんね」と。そりゃ、あの日初めて会話した男に告られてオッケーするなんて稀有だし、俺だって自分が一目惚れさせるくらいイケメンでもなければ好かれるキャラじゃない事くらい理解してる。
あぁ、甘酸っぱい青春の1ページよ、俺はいま、新たな一歩を踏み出そうとしています。しかも今回は脈アリっぽいです。
「いや、今回は違うんだ。かなりキテるんだ」
「ふ~ん、で、誰なんだ? ねっぷに春を運んできたのは」
ヒソヒソ。俺は手で口を隠し、勇の耳元で留萌さんが好きだと告げた。
「うそぉぉぉぉぉぉ!?」
そりゃ基本的にスポーツ少女が好みの俺が謎だらけの文学少女が好きだなんて聞いたら驚くだろさ。
◇◇◇
土日の寝不足を補うためにぐっすり眠った授業が終わり、とうとう心待ちにしてた部活の時間がやってきた。
「やぁ音威子府くん、雪まつりは楽しかったかい?」
部室の扉を開けると二年生で部長の知内見知さんがお出迎え。ショートヘアで縁の太い眼鏡を掛けている。穏やかそうな顔付きだが、知りたがりでとても好奇心旺盛な女性だ。
「いやぁ、楽しいッスね! 雪まつり! 新聞部万歳! もちろん取材だってバッチリしてきましたよ!」
「そうかい、それは良かった! 素晴らしい記事を期待しているよ」
「お任せください! そういえば見知さんは彼氏さんと雪まつり行くって言ってましたけど、会場で会いませんでしたね」
「あぁ、広い会場だし、会わないのも無理はないよ」
言って、見知さんは微かに笑みを浮かべたように見えたが、気のせいだろうか。
「こんにちは」
Oh! マイエンジェルの登場じゃないか!
普段は俺と一緒に部室へ向かう麗ちゃんは、ホームルームが終わると時々図書室へ行くため、俺より2分くらい遅れて来ることがある。
「やぁ留萌さん! 雪まつりは楽しかったかい?」
見知さんは麗ちゃんに俺と同じ質問をした。
「はい、楽しかったです」
言葉とは裏腹に淡白な口調の麗ちゃん。楽しさを素直に表現できないんだな。
「それは良かった! 新聞、期待してるよ!」
「はい」
この日、俺たち三人は札幌駅まで一緒に帰路を辿った。
俺は電車に乗る二人と別れて近くの自宅マンションへ歩いている。
今日は麗ちゃんとあんまり会話できなかった。
でも、手作りおにぎり、美味かったぁ!
恋は焦らず、頑張るぞ!!
「気合いだ!! 根気だ!! 俺のバーニングハート!!」
「やだ何あの子?」
「不審者? やぁねぇ、警察呼ぶ?」
おっと、通行人に心の叫びが聞こえてしまったようだ。もしかして口に出してた?
まぁいいや、とにかく頑張るぞ!! おーっ
バレンタインやホワイトデーの熱が冷めないうちに集中投稿です。他の作品も執筆中です。