東京見物とその夜
火曜日、今日は一日かけて東京見物だ。
ということで、俺たち五人は新名所、東京スカイツリーの前に来ていた。平日なのに周辺は大賑わいだ。
「うおお、たけぇなぁ」
「武蔵と掛けて６３４メートルあるらしいな」
「ってか地面に寝そべって写真撮ってるヤツらなんなの？ みっともない」
「大した事ねぇなぁ東京。ガッカリだぜ」
「あちこちにゴミ散らかってる。マナー悪いね」
男二人がスカイツリーに見惚れる中、女性陣はインモラルな惨状に落胆している。確かに北海道と比べると首都圏のポイ捨ては著しく多い上、人の流れも整然としていない。
五人は微妙な空気の中、スカイツリーの中に入ろうと入場口へ向かったのだが…。
「入れなかっ、たああああああ！！」
「うるさい！！」
「うるせぇ」
「Ｆ〇ｃｋ！！」
「お、おいおい、なんかいつもより口調がキツイぞ」
心なしか普段より強い口調の三人に少しオドオドする神威。
「うるさいわね！ 機嫌悪いの！」
「俺は平静を装ってるぞ」
装ってるのかよ！
「入れねぇのはしょうがねぇけどマナーわりぃ観光客がマジでうぜぇ！！」
まぁ俺も納得だけどな。場の空気が悪くなりそうだから口に出さなかったけど。
万希葉と静香は露骨に怒ってるけど、勇まで怒ってたとはな。麗ちゃんはどうだろう。
「あ、あの、う、麗ちゃん…？」
先程から無表情で黙っている麗ちゃんに声を掛けた。
「なに」
あ、これヤバイ。雪まつり前の淡泊な声じゃなくて、これまで聞いたことのないドスの効いた声。明らかに不機嫌だ。麗ちゃんも怒るんだな…。
「いや、あの、ごめんなさい、なんでもないです」
麗の迫力に圧されて小さくなる神威。凄い圧力だ。
「そう」
ひいいいいいいっ！！ ごめんなさいごめんなさいごめんなさい！！
麗ちゃんって怒るとメッチャ恐い。
他の皆さんもご機嫌ナナメだし、時間は１１時５０分…。
「よし、んじゃとりあえずメシにするか」
ってことで、飲食街をうろついてみたのだが…。
「どこもいっぱいね」
「ああ、昼時だからな。オフィスの人たちが押し寄せてるな」
「おいおい東京はメシも食えねぇのか？」
「そこは札幌だって似たようなもんだろ。だが神たる俺は東京の穴場スポットを知っている。そこに行けば並ばなくてもメシ食えるぜ」
んで、俺は東京の穴場スポットに一行を案内したのだが…。
「空いてないわね」
「ああ」
「おいねっぷ、アタシらをおちょくってんのか？」
「いやいやいやいや、神たる俺でも知り得ぬ事象もさもありなん。申し訳ない」
マジかよ。マックとかケンタならどっかしら空いてると思ったのに学生だらけだ。あ、テスト期間だから昼には下校すんのか。
だがこれ以上他を探しても埒が明かなそうなので、結局ケンタでランチにした。
◇◇◇
ランチの後は気を取り直していざ東京タワー！ こっちは展望台に登れたぜ！ 高さは３３３メートルとスカイツリーより低いが十分高いぜ！
「うほーいっ！ ３６０度の大パノラマだぜ！」
東にスカイツリー、西に富士山、南に羽田空港、北には新宿御苑やサンシャイン６０！
「しかしビルとか建物だらけだな」
「皇居とか新宿御苑の辺りは緑があるけどね」
「人がいっぱい住んでるんだね」
「東京は札幌の１０倍近い人口だからな。いつかアタシらのバンドが東京進出したら人混みでサウンド掻き消されないようにしなきゃな」
「ストリートだったら思わず足を止めたくなる演奏がしたいわね」
「そこらへんは俺に任せろ！ ステージの周りで俺が雄叫びを上げて全裸で走り回れば注目されるぜ！」
「そんな事されたら私たちは知らない人のフリをするしかないわね」
「いや、むしろ起爆剤になるかもしんないぜ？ 裸で踊りたくなるナンバーってキャッチでヒットしたりしてな」
「おう静香、わかってるじゃねぇか。ジャパニーズミュージックは奥床しさ故に大胆さが足りねぇ。北海道の忌野清志郎が言うんだから間違いない」
「またテキトーなこと言って。でもパフォーマンスに大胆さが足りないってのはわかる。レディー・ガガみたいな奇抜なチャレンジも必要かもしれない。もちろん模倣じゃなくて私たちのオリジナルでね」
◇◇◇
ホテルに戻って夕メシ食ってユニットバスでひとっ風呂浴びた俺は、部屋を出て湯上がりの牛乳を買いに薄暗い廊下の奥まった所にある自販機コーナーへ向かった。
おおっ！
自販機コーナーに着くと、俺と同じく部屋に備え付けられた浴衣を纏った麗ちゃんが奥まった所にあるベンチにちょこんと座ってパック入りのヨーグルト飲料を啜っていた。
「お、麗ちゃんじゃないか」
「神威、くん…。何か買いに来たの？」
「おう！ 風呂上がりの牛乳をな！」
言って、俺は自販機でパック入りの牛乳をセレクト。ロボットが商品を取り出し口付近まで運び降ろす動作が面白くてニヤケちまうぜ。
ウィーン、ウィーン。
うほーいっ！ キャリイングミルクだぜ！
「面白いよね、この自販機」
「おお！！ 麗ちゃんもこの自販機の良さがわかるのか！！ 流石だぜ！！」
やっぱ俺と麗ちゃんって…。いや、なんか麗ちゃんに失礼な気がするけど喜びを共有できるのはガチで嬉しいわ。
「商品が出て来るまでに時間はかかるけど、なんだかドキドキする」
「だろだろ！！ このギュイインってアームが動くのがおうおう運ばれてるぜって感じでな！！」
流石だぜ！！ もどかしさでイラつくんじゃなくて運んで取り出し口に落ちる行程を楽しむイノセンスが大事だよな！！
「ふふっ、そうだね」
うおおおおおおっ！！ 麗ちゃんの天使のような微笑みが放つ矢が俺のバーニングハートを撃ち抜くぜ！！
「あの、神威くん、昼間はごめんなさい。強く当たって」
ん？ 急に何を謝ってるんだ？
…！
「ああ、あれか。いやいや、ぶっちゃけ麗ちゃんって怒ると恐いと思ったけど、マナー悪い奴らにイラついてたのは俺も同じだし、周りの人とかスカイツリーの関係者に迷惑掛けてみっともないよな」
「うん。私、インモラルな人って嫌いなの。でも、神威くんだって不快なのに、みんなを和ませようとしてくれてたんだね」
うおおおおおおっ！！ 麗ちゃんが、麗ちゃんが俺を理解してくれてる！！
俺は理解してくれた嬉しくて照れてしまい、顔面を熱くして頭をポリポリし始めた。マジで熱血して頭が痒い。
「いや、まぁその、なんていうか、アレだよ、アレアレ」
緊張と興奮で言葉が出ねぇ！！
「アレって？」
うおっ！ 麗ちゃんの上目遣い、何気にたまらん！
「いやぁ、なんつぅか、アレなんだよ」
いやでもなんだっけ。場を和ませようとして気を遣うこと。まぁ俺が気を遣っただなんて言う事じゃないし…。
「アレなんだ」
麗ちゃん察してくれたああああああ！！
「そうなんだよ、アレアレ」
「ふふふふっ」
「アハハハハ」
やべぇ、やっぱ俺、この女性の笑顔を守りたい。
雪まつりまで笑わなかったのは何か理由がある筈。問い詰める必要はないけど、ダークな理由だったとしても、そんなの忘れるくらい楽しい思いを沢山させたい。
相変わらず下心は抜けなくて、浴衣からチラつく色白で柔らかそうな胸元に目が行くけど、俺の気持ちは本当だ。
◇◇◇
飲み物を買うために部屋を出た一人の影があった。しかし当人は自販機コーナーが見えてきたところで歩みを止め、何も買わずに引き返した。
違う、違うちがう！ きっとそういうのじゃない！ 落ち着け。別に何か特別なコトしてる訳じゃないし…。
ご覧いたしまして本当にありがとうございます！
おやおやなんだかな予感です。
