空旅ひゃほーいっ！
１７時、新千歳空港駅の改札口付近。クラス全員が集まったことを確認した担任の大楽毛安夢は生徒一人ひとりに航空券を配った。
おおっ！ 俺の座席は左側の窓側じゃねぇか！ 雲の下で轟くカミナリが見えるぜ！ ひゃほーいっ！ でもカミナリは毎回見えるわけじゃないけどな！
１９時の便まではまだ時間があるので、１８時までは自由時間となり、俺たち５人はお土産など色々なお店が並ぶモールを歩いていた。
「ひこうきひこうきランランラ～ン♪ 勇、どうした？ 顔色悪いぞ」
スキップする俺の横で、勇は肩を落としている。ホームシックか？ それとも東京という危険な土地に踏み入れる恐怖か？
「そ、そんな事ない」
いや、そんな事あるだろ。明らかに顔色悪いぞ。
「長万部くん、大丈夫？ 調子悪いならお水でも飲む？」
心配そうな表情で勇に声を掛ける麗ちゃん。優しいなぁ。
「ありがとう。留萌さんはどっかの誰かと違って優しいな」
そうそう。どっかの誰かと違ってな！ っておいっ！
「おいおい！ 俺だって心配してるぞ！」
「その割に満面の笑みだな」
「いやぁ、俺って普段乗り物使わないからさ、飛行機に乗るのが楽しみでな！ 実はさっき電車に乗った時も雄叫びを上げたくなるくらい楽しかったぞ！ 特にタッチしただけで改札機のゲートが開いたのは感動した！」
アレはマジで感動したぜ！ 今度からＪＲ乗る時は切符買わなくて済むしラクラクだな！
次は飛行機！ 離陸する時の急加速がたまんねぇ！
「ねっぷ宇宙船に乗るんじゃなかったの？」
万希葉が訊いてきた。ここはボケなきゃな。
「きのう種子島行ったら門前払い食らった」
「「行ったのかよ！！」」
万希葉、静香がツッコミを入れた。麗ちゃんは奥床しいからともかく、勇はツッコミを入れる余裕もないようだ。
「ところでよお勇～」
軽い漫才が終わったところで、静香がニヤニヤしながら勇に絡み始めた。
「なんだよ」
「お前、飛行機怖いんだろ」
弱み握ったぜと言わんばかりの静香。
「なんだ勇！ そうだったのか！ 高度１００００メートルの雲の上は晴れてるんだぜ？」
「そうか、それは良かったな」
「良かったなじゃない。これから勇も一緒にワクワクを体験するんだ！」
◇◇◇
無情にも青冷める勇に構うことなく時は流れ、搭乗手続の時間がやってきた。
金属探知器のゲートをくぐり、飛行機と連接する通路を抜けて搭乗する。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいましたー！」
キャビンアテンダントに出迎えられて各々指定された席に着席してシートベルトを締める。
神威は左の窓側に着席。勇はその前列、万希葉が勇の隣、静香は通路を挟んで万希葉の隣。
多くの男子が万希葉と並んで座る勇に羨望の眼差しを向けているが、羨望の的は恐怖の渦中でちっとも愉快ではない。
「あ、お隣りなんだ」
「お、そうなのか！ よろしくな麗ちゃん！ 席は窓側がいい？」
うほーいっ！！ まさかの麗ちゃんと隣の席だぜ！！ これだけでも最高の空旅だぜ！！
「ううん、私は通路側でいいよ。景色、楽しんでね」
「あーりがとおっ！」
飛行機のワクワクと麗と隣席ということでテンションマックスの神威。
一方、前列では…。
ぶるぶるぶるぶる…。
「ちょっと勇、大丈夫？ 震えてるわよ」
「だひじょふぶ…」
「離陸するまで下向いてな」
勇は万希葉に言われた通り下を向いた。
やがて飛行機はゆっくりと走り出し、滑走路を目指して何度か右左折を繰り返す。
『うほーいっ！ 麗ちゃんと空旅だぜ！』
『長万部くん、大丈夫かな？』
『あぁ、人生終わる…』
『勇マジでヤバイわね。目が死んでる』
『東京がアタシを待ってるぜ！』
それぞれの思いが交錯する飛行機は、とうとう滑走路へ差し掛かった。
そして…。
グオオオオオオ！！
「うほほーいっ！！」
飛行機は時速２００ｋｍ前後まで一気に加速してそのまま離陸！ うほほーいっ！ 最高だぜ！
「勇！ 離陸したぞ！ 両手上げろ！」
「うは～っ…」
「ちょっと勇！ 口から魂出てるわよ！」
「「ハハハハハハ！！」」
神威に言われて両手を上げた勇は普段クールなこともあり学年の笑い者になったが、当の本人はムンクの『叫び』のような表情で意識を失いかけ、恥ずかしさを感じている余裕はなかった。
こうして貸切便は羽田空港を目指して大空へ飛び立った。
◇◇◇
飛行機は高度約１００００メートルに到達。景色を楽しむのも良いけど、せっかく麗ちゃんの隣なんだから会話を楽しもうじゃないか。
とか思いつつ、制服のスカートから露出している脚に目が行ってしまう男の性が哀しい。
さてさて、麗ちゃんといえば…。
「麗ちゃんは今どんな本読んでるの？」
麗ちゃんといえば読書だろ！
「今は、心理学のを読んでるよ」
心理学！？ 心理学の本は俺もノリで絶賛読書中だぞ！！
「マジで！？ 俺も読んでるよ！！ 心理学の本！！」
「えっ！？ そうなの！？」
そうですとも！ 将来の生業にするためにな！ 麗ちゃん俺の意外性にビックリしてるな。
「おう！ でも全然理解できなくてな！」
「そうなんだ。…なら、今度、私と一緒に勉強なんか…」
「マジで！？ 是非よろしくお願いします！！」
「う、うん。よろしくね」
ひゃほーいっ！ まさか心理学の本が麗ちゃんと過ごす時間をくれるとは思わなかったぜ！
ガタガタガタガタ！
「な、なんだ！？」
急な振動にビックリして、蹲っていた勇が跳ね起きた。
ポーン。
すぐにチャイムが鳴って、機長から乱気流に巻き込まれたためシートベルトを着用するようにという旨の放送があった。
「ひゃほーいっ！ 乱気流だぜ！」
機体は空中なのにまるで地震のようにガタガタと揺れる。
いやーたまんねぇなぁ、外はカミナリみたいだし、今日はラッキーだな！
神威はラッキーだと思っているが、言わずもがな乱気流は良い事ではない。
機長の放送があった直後、勇の席が乱気流とは無関係にガタガタと震え始めた。
「勇、このくらいの乱気流で墜落しないから大丈夫よ」
恐怖に震える勇を万希葉が『勇なのに勇ましくない』とか思いつつ宥めている。
「ありがとう万希葉。着陸するまで万希葉のこと好きになりそうだ」
あぁ、なに言ってんだ俺。でもお嫁さんはこういうしっかり者じゃないとな。万希葉がモテる理由解るわ。美人だしシャンプーだか香水だか知らんが適度に良い香りするってのもあるんだろうけど。あ、俺、飛行機以外の事考える余裕あるじゃん。などと思う勇。
「普段クールな勇がそんなこと言うなんて相当ご乱心みたいね。ってか着陸までって短っ！」
乱気流に巻き込まれながらも、貸切便は定刻通り羽田空港に着陸した。
結局、勇の告白は着陸というタイムリミットを迎えて受け流されたのであった。
ご覧いただき本当にありがとうございます！
離陸時の加速はワクワクしますｗ
空港間の移動だけでこんなにネタが出るとは…。
次回は最低限、都内のホテルまでは行かせようと思いますが、神威の子供っぷりを発揮させるとどうなるかわかりません。
