カムイ&ファーム
6日、大型連休最終日の夕方、神威はエロ本を買いに街へ繰り出し何軒かのコンビニや書店を回ったが、お目当ての麗に似た女優が載っている本が見つからず、諦めて帰ることにした。あのような世界に興味のないタイプの麗に似た女優など、そう滅多に居ない。
いや~、ニンマリが止まりませんなぁ! その辺に麗ちゃん歩いてないかなぁ♪
着実に進展している麗との関係。それが堪らなく嬉しくて神威は終日浮かれモード。
実は昨日、麗からの誕生日プレゼントである強化ガラスのコップを両手で抱え、ニヤニヤと頬擦りしながら就寝したのは内緒だ。
「ねっぷー!」
帰り際に寄った吉野家で牛丼特盛ツユダク、お新香、みそ汁のセットを平らげた神威は、雪まつりの会場となった大通公園を歩いて自宅へ向かっていると、背後に満開の桜が咲くベンチに腰掛ける若い女性に呼び止められた。何故かいつになく愛想が良い。
「なんだ、万希葉か」
麗ちゃんが思い切って徒名で呼んでくれたのかと思って一瞬期待しちまったじゃねぇか。
「なんだとはなによ。それより、荷物持つの手伝って」
買い物帰りと思われる万希葉は、両手に大量の荷物を抱えていた。
「なんだお前、いつもケンカ売ってくる割に随分都合いいな」
「この通気性バツグンでムレにくい新作のパンプス履いてたら靴擦れしちゃって、歩くだけでもしんどいの。何か奢るから。ね? お願い!」
手を合わせて頼み込む万希葉。俺は行きつけのファミレスでデザートを食わせてもらうという条件で承諾した。
万希葉がベンチから立ち上がろうとした時、俺は一つ質問した。
「お前、いまタイツ脱げるか?」
「は!? こんな所で脱げる訳ないでしょ! なんかヤらしい事でも考えてんの!?」
「ちげーよ。ほらよ、これやるから、ファミレス行ったらトイレにでも入って靴擦れした所に貼っとけ」
言って、俺は万希葉に普段から持ち歩いている絆創膏を多めに四枚やった。
「あ、うん。ありがとう。ねっぷって、意外とマメなんだね」
「はっはっはっ! そうだろそうだろ! 苦しゅうないぞ!」
「まったく、すぐそうやって調子に乗るんだから」
「褒められたら素直に喜ぶ! それが俺の生き方さ!」
俺は喜びを表にしたところで万希葉の買物袋を持ち上げた。奥義『カムイハイパワー』の発動だ。
「重っ! そんなに何を買い込んだんだ?」
「軽音部で使うステージ衣装と修学旅行の時に着るものを少々」
見た目も重さも少々じゃねぇだろ。奥義を発動させてもかなり重かったぞ。
そうそう、今月第四週の月曜日から金曜日までの五日間、俺たちの学年では首都圏への修学旅行がある。
コースは一日目の東京を名乗りながら千葉県にある有名なテーマパーク以外は学校職員が許可した範囲内で自由に決められる。但し、ゲーセンとかカラオケみたいな娯楽スポットは禁止だ。
「ねぇ、ねっぷは何してたの?」
「ああ、俺はエロ本を探してたんだけど、ピンとくるのが見付からなくて諦めた」
「あ、そう」
万希葉は呆れたように返事した。
◇◇◇
ファミレスに着くと、万希葉は奥のロングシートに荷物を置いてトイレへ向かった。神威は通路側のチェアに座ってボタンでウエイトレスを呼び、自分が食べるチーズケーキと、万希葉が食べるティラミス、そしてドリンクバーを二人分注文した。
牛丼を平らげた後にチーズケーキを注文した神威は、何気に牛に関連した食べ物の組み合わせになったと気付いた。
「ありがとね。色々気遣いしてもらって」
「がっはっはっ! いいってことよ! ケーキ食わせてもらえるんだからな! 万希葉はドリンクバー何にするんだ?」
「私はホットロイヤルミルクティー。いいわよ、そんくらい自分で取ってくるから」
「いや、お前はここで貴重品を見張っとけ」
絆創膏貼ったからって、歩くのは良くないだろ。
思いながら、神威はドリンクサーバーへ向かった。万希葉には言われた通りホットロイヤルミルクティーを。自分にはいつものワンタンコーラを。今日もコーラにワンタンスープの刻みネギと冷え固まった脂が浮いている。
「うわっ、何これ?」
席に戻ると、万希葉は怪訝そうにワンタンコーラを見た。
「ワンタンスープとコーラのブレンド、名付けてワンタンコーラだ。飲むか?」
「やめとく」
「みんなそう言うんだよな~。美味いのに」
◇◇◇
「お待たせいたしました! チーズケーキと」
数分後、テーブルに注文通りチーズケーキとティラミスが運ばれてきた。
「はい、こっちです」
「ありがとうございます!」
ウエイトレスは神威と万希葉の前、どちらにチーズケーキを置こうか迷ったようなので、神威が誘導した。
「こちらはティラミスでございます! ごゆっくりどうぞ!」
「どうもで~す!」
ティラミスが置かれた時、万希葉が軽く会釈すると、神威はウエイトレスに愛想良く礼を言った。
神威はポニーテールのウエイトレスさんが結構可愛いなぁ。なんて思っていた。
「それじゃ、ありがたく、いただきまーす!」
「ちゃんと家まで荷物持ちしてよね」
「わーてる(わかってる)って!」
万希葉が住むマンションは、ここから神威の住むマンションより少し遠いが、そんなに離れていないので、寄り道しても帰宅するのに大して遠回りにはならない。
神威はケーキを一口入れたところで話し始める。
「前から気になってたんだけど、『万希葉』って名前、漢字がすごくね?」
万希葉は神威に目をやってロイヤルミルクティーを一口含んで返事をする。
「私の名前はね、お父さんが男と女、どっちが生まれてもいいように考えたらしいんだけど、色んな人に希望を与える人になって欲しいって願いを込めてつけたみたい。だからって訳じゃないけど、私は音楽の力でみんなに希望とか元気とかを与えられるミュージシャンになりたいんだ」
「おおっ、なんかすげぇな! 大丈夫だ! 万希葉は歌上手いし、なんかこう、ハートにギュインと響くからな!」
「えっ? そう? なんかねっぷに褒められると拍子抜けする」
万希葉は言いながらも頬をほんのり染めている事に神威は気付いていない。
「なんだと!? 俺は北海道の忌野清志郎だぞ!」
「はいはい。またテキトーな事言って。神とか奥義とか忌野清志郎とか、よく思いつくわよね~」
「俺の事よく観察してるな」
神威は万希葉の観察力に感心してハイテンションから急に冷静な顔になった。
「そ、そりゃ、中学から一緒だし、ねっぷ学校でバカみたいにうるさいから目立つし…」
神威の何気ない一言に、何故か動揺する万希葉。
「万希葉もそうやって憎まれ口叩いて、一体どんだけの男フッてきたんだ?」
「しょうがないじゃない。好きじゃない人にコクられたって付き合うつもりないもん。って、憎まれ口と関係ないじゃん」
大人びた容姿と軽音部のヴォーカリストという相乗効果で男女問わずファンの多い万希葉は、昼休みや放課後に呼び出されたり、待ち伏せされたりして日常的に告白されている。
「そういや万希葉って、あんだけコクられて誰とも付き合ったって噂聞いてないな」
「だって、付き合ってないもん」
「ふぅん。好きなヤツいないのか? 万希葉ならより取り見取りだろ」
「そ、そんなのねっぷに教える義理ないし」
「あ~そうですよね。天下の万希葉さまが俺みたいな変態とコイバナなんかしませんよね~」
「そうそう。ってか私、音楽バカだから恋に現を抜かす気にはならないの!」
何かをひた隠すように言い訳をする万希葉は、神威に対して失礼な事を言っているが、言われている本人はいつもの事だという感じで特に気にする様子もなく、脱力的な返事をした。
「なるほどな。ま、上手い事言えないけど頑張れよ! 万希葉の歌、割とマジで凄いと思ってるんだぜ?」
「ははは。サンキューねっぷ。でもあれはバンドのみんなの力があってこそだから」
「そうかもしんねぇけど、万希葉もその力のひとつだろ?」
「そうだね。うん、なんか元気出て来た! 別に落ち込んでた訳じゃないけど。ねっぷ、これからのステージもちゃんと見ててよねっ!」
「おう! ローアングルからバッチリ見ててやるぜ!」
「キモッ」
しかし万希葉は満更でもない様子で笑みを浮かべていた。
「冗談だって! でもステージは楽しみにしてるぜ」
俺には麗ちゃんがいるからな! 誤解を招くような事はしたらアカン!
それからしばらく他愛のない話をした俺たちは、いつの間にか日が暮れた事に気付き、そろそろ潮時と思って席を立とうとした。
「ねっぷが会計して」
万希葉は俺に千円札を一枚手渡した。ケーキとドリンクバーのセットは五百円なので、二人分だとピッタリだ。
「おう、サンキュー」
ぶっちゃけ俺のポケットマネーから払っても良かったが、お互い貸し借りなしの方が気持ち良いだろうと思って受け取った。
万希葉がわざわざ俺に会計をさせるのは、男のプライドを守ろうとの配慮だろう。きっとそんな心配りが出来るところもモテる要素なんだと思う。
ファミレスを出て、俺は肩がブッ壊れるくらい重たい荷物を運びながら、万希葉のファイト! とかガンバレ! の声をBGMに奥義を発動して万希葉の住む303号室の玄関まで辿り着いた。
ま、たまにはこういう日があってもいいか!
明日から学校だ!
「行くぞ! 気合いだ! 勇気だ! こんっじょーだあああ! 輝け! 俺のハイスクールデーイズ!!」
「はははっ、なにそれ!」
「俺の決めゼリフだ!」
「そう。今日はありがとう。じゃあまた明日ね!」
「おう! じゃあな!」
挨拶を交わして、万希葉は玄関の扉をゆっくり閉めた。
なんだ、万希葉って結構イイヤツじゃねぇか。
まぁそんな事、前から知ってたけどな!
ご覧いただきまして本当にありがとうございます!
今回は実は第一話から登場していた万希葉との組み合わせです。
実はかなり前から溜めていた在庫ですが、ようやく出すタイミングが来ました!