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さつこい! 神威編  作者: おじぃ
北海道での日常編
14/69

歓迎会とその後で

 俺たち新聞部六名は今、大通公園をTV塔方面へ歩いている。


「水菜ちゃんは何処から引っ越して来たんだい?」


 見知さんが尋ねた。


「神奈川県の茅ヶ(ちがさき)って所です! サザンの桑田(くわた)さんとか、加山雄三(かやまゆうぞう)さんとか、徳光(とくみつ)さんとか、宇宙飛行士さんとか、いっぱい有名人がいますよ!」


 何故か宇宙飛行士さんだけ名前で呼んでないな。確か野口聡一(のぐちそういち)さんだろ。


「おっ、俺、茅ヶ崎知ってるぜ。悪友が湘南海岸(しょうなんかいがん)学院に通ってるからな! まあその人は藤沢(ふじさわ)に住んでるけどな」


 藤沢というのは茅ヶ崎の隣町で、ビックカメラや大型百貨店があり、湘南(しょうなん)で最も栄えている都市らしい。観光スポットで有名な江ノ(えのしま)は、藤沢市内にある。


「『ウミガク』ですかぁ! 私も引っ越さなければそこに行くつもりでした!」


 湘南海岸学院、略して『ウミガク』は、茅ヶ崎の海岸沿いにある高校で、生徒数は二千人を超えるマンモス校らしい。


 新学期二日目、今日までは短縮授業のため、午前中に下校となった。俺たち新聞部は新入部員の勇と水菜ちゃんの歓迎会を兼ねて、行き着けのファミレスでランチをする事になった。


 ファミレスに着いて、女性三人は奥のロングシート、野郎三人は通路側のチェアーに着席した。


 着席位置は以下の通り。


 見知 麗  水菜

 新史 神威 勇


 ケータイ読者さま、縦書き読者さま、座席表がわかりにくくございましたらお申し付けくださいませ!


 俺はとりあえずドリンクバーを人数分注文し、交代で席を離れ、各々好きなドリンクをカップやグラスに注いだ。


 麗ちゃん、新史さん、勇はハーブティー、見知さんはキャラメルマキアート、水菜ちゃんはアイスレモネード、俺は今日も刻みネギと冷え固まった脂の浮いたワンタンコーラ。


「ねっぷせんぱいの何ですかぁ~?」


 水菜ちゃんは俺のワンタンコーラに目を丸くした。他の面子はチラ見して、いつものアレだと確認した。


「これはな、ワンタンスープとコーラをブレンドしたオリジナルのスペシャルドリンク、『ワンタンコーラ』だ。飲むか?」


「固まった脂が浮いてて不味そうなのでやめておきます!」


「みんなそう言うんだよなぁ。美味いのに」


 美味しさを分かち合えず少し落ち込み、一口目を口にしようとした、その時!


「あの、音威子府くん…」


「ほい留萌さん!」


 麗ちゃんが、麗ちゃんが話し掛けてくれたああああああ!!


「それ、一口、貰っていい、かな?」


 俺もそうだが、他の四人も静かに麗ちゃんへ驚愕の視線を送った。


「おお!! どうぞどうぞ!! 飲み干してくれてもいいぞ!!」


 一年前に勧めた時は遠慮した麗ちゃんだが、フロンティアスピリットが芽生えたのか、ワンタンコーラに挑む姿勢を見せてくれた。俺は喜んで麗ちゃんにグラスを差し出した。


麗姫(うららひめ)、正気かい?」


 見知さんが心配そうに問う。


「実は、前から気になってて…」


 そうかそうかぁ! 前から気になってたのかぁ! 言い出せなかったんだな! 心を開いてくれてありがとう!


 柔らかそうな麗ちゃんの唇がストローを包み込む様子を、俺はついまじまじと見て唾を飲む。


 麗ちゃんはワンタンコーラを一口吸い上げて、無表情のままこう言った。


「ごめんなさい」


 だよねと言わんばかりの他四人。


「ありゃりゃ!? お口に合わなかったか。残念!」


 何気にショックだああああああ!! 麗ちゃんの中で俺に味音痴のレッテルを貼られたかも!!


 申し訳なさそうにグラスをそっと数センチほど俺寄りに戻す麗ちゃん。仕方ないさ。好みは人それぞれだからな。


 俺は気まずさを感じながらも、残りを飲もうと自らの口にストローを近付けたところで硬直した。


 あれ? これって間接キス!?


「どうしたねっぷ。調子悪いのか?」


 俺の心情を察したと見られる勇はイジワルな目で気遣うフリをした。見知さんも同じような目をしている。


「ねっぷせんぱい、もしかして間接キスに緊張してるんですかぁ?」


 うわああああああ!! 水菜ちゃん鋭い!! 脳内システムオーバーヒート!! 『カムイエマージェンシー』ランクB発生だ!! ちなみにランクAはもっと大変なアレやコレだが、これまで発生していない。


 大丈夫、なんて事はない!! これまでだって手作りチョコとか麗ちゃんの素手で握られたおにぎりを貰ったじゃないか!! 今回はそれが唇ってだけさ!! いや、でも唇はリミテッドエディションだろ!!


「そそそそんな事ないさ!!」


 懸命に正常性バイアスを働かせるも、取り繕えずキョドってしまった。


 自分で言うのも変かもだが、俺はスカートめくりを始めとしたイタズラの仕返しで女子たちから鈍器や爆竹を投げられるという非常事態を機敏に回避してきた。そんな事を繰り返すうちに自然と危機管理能力が培われたのだ。


 この『正常性バイアス』という言葉は、いつしか買った心理学の本で勉強したのだが、危険は懸念されるが、まさかそんな事態は起きないだろうという心理状態を指す。例えば外出時に空が雲ってるけど傘を持っていない。家まで取りに戻る時間はあるけど面倒だし、まさか雨は降らないよね。みたいなところだ。


 俺みたいに常に危険と隣り合わせだと、正常性バイアスは働きにくくなると思われる。


「音威子府くん、その、イヤなら、私が責任持って全部飲みます…」


 麗ちゃあああん!! 俺が麗ちゃんとの間接キスを嫌がる訳ないじゃないかあああ!! くそっ!! こうなったらヤケだ!!


 はむっ! ゴクッ、ゴクッ!


 俺は勢い良くストローにしゃぶりつき、ワンタンコーラを一気に飲み干し。残ったワンタン四つも一気に頬張った。


「ねっぷよくやった!」


 見知さんは俺を褒めてくれたが、間接キスをされてしまった麗ちゃんはどう思ってんだろう? こいつキモいとか思われてたり…。


 うわああああああ!! なんて事をしちまったんだあああ!! でも飲まなかったら飲まなかったで失礼な気もするし…。どっちにしろ不安が募るじゃねぇか!!


「ぐふっ…。炭酸の一気飲みはキツイっす!」


 でも間接キスは最高っす!! ワンタンコーラの味っした!!


「よっ! (おとこ)の中の漢!」


「ねっぷせんぱい、流石です! 昨日知り合ったばかりですけど」


 いつもならここで、苦しゅうないぞ! もっと褒めてくれ! とか言うところだが、麗ちゃんの気持ちを懸念すると出来なかった。


 それからというものの、見知さんと水菜ちゃんは二人して褒めちぎってくれたのだが、俺の内心は不安でいっぱいだった。

 この日の収穫といえば、見知さんの提案でみんなのケータイ番号とアドレスを交換したこと。これで麗ちゃんと連絡を取れるようになったが、俺の気持ち悪い間接キスが原因で嫌われてしまっていたら元も子もない。


 ◇◇◇


 あれから就寝に至る現在まで、俺の脳内を歓喜と不安が交錯している。


 歓喜というのは、麗ちゃんと間接キスをしたこと。


 不安というのは、麗ちゃんが口をつけたストローに俺が勢い良くしゃぶりついたことについて、彼女はどう思っているのか。気持ち悪いとか思われてないだろうか?


 っていうか麗ちゃんって普段どんな事考えてるんだ? 本や動物が好きだってのは知ってる。その他は?


 俺、麗ちゃんの事、殆ど知らない。好きな人なのに…。


 あれ? 俺、どうしてこんなに悩んでるんだ? 今までは女子に嫌われたら潔く諦めてきたじゃないか。


 俺、いつの間にか麗ちゃんを諦められないくらい好きになってたんだ。


 だから無理言って勇に部活入ってもらったりしたんだ。


 不思議で、知的で、何より天使のような無垢な笑顔が素敵な彼女に、こんなバカで何も満足に出来ない不潔な野郎が寄り添うなんて、とても許される事じゃない。それでも、彼女への一方的な感情が抑えられないんだ。


「嫌われたくねぇ…。嫌われたくねぇよ!」


 その夜、俺は蹲って拳で枕を叩きながら、生まれて初めて、恋の涙を流したんだ。

 ご覧いただき誠にありがとうございます。


 冒頭に名前の出た広視(年上フェチ)、アロハ(ツンデレ)、オハナ(清純系)というのは同時連載中の『いちにちひとつぶ2』の登場人物です。もしかしたらいつか『さつこい!』におじゃまするかもしれません。

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