精神崩壊
終了式が終わって明日から春休み。まっこと残念なことに部活が休みなので、俺は勇と一緒にいつものファミレスでメシを食っていた。メニューは俺がチーズハンバーグ、勇がおろしハンバーグ。二人ともドリンクバーをセットで注文した。俺はさっぱりワンタン烏龍茶、勇はシンプルな烏龍茶。
「ごちそうさん! チーズハンバーグなまらうまかばってん! 赤点も取らずに無事に進級できて、心配事は何もない! 麗ちゃんとの未来も約束されたようなもんだな!」
二人ともほぼ同時に食事を終えたところで、神威が会話を切り出した。
神威は麗をはじめ、顧問のカップちゃんを除く新聞部のメンバーにテスト対策をバッチリしてもらい、赤点を免れた。特に凄かったのは、数学で40点を獲得したことだ。これでも低いが、数学はいつも15点前後なので、飛躍的な成長を遂げたと言えなくもない。参考まで一部の科目の点数を挙げると、古文が50点、英語が60点、世界史が34点、保険体育は独学にも拘わらず、なんと満点の50点だった。
「赤点取らなかったくらいで未来が約束されるならマジョリティーは頑張るんじゃね?」
勇は『なまらうまかばってん』って何語だよ? と思いつつ切り返した。
「魔女? うちのクラスに魔女が居るなんて知らなかったぞ」
「留萌さんはねっぷに魔法をかけただろ?」
神威は毎度ながら訳のわからない解釈をしたので、機転を利かせた勇は上手く話を運んだ。『マジョリティー』というのは『多数派』という意味である。残念なことに、神威たちが通う学校で頑張ってテストに望むのはマイノリティー、つまり少数派である。
「おお! そうだった! 麗ちゃんは魔女だな!」
「そういやねっぷ、留萌さんの連絡先知ってるのか?」
「いや、連絡網に載ってる家電の番号しか知らないな」
「そうか、残念だな。春休み中は留萌さんに会えないどころか、家電に掛けないと声も聴けないのか」
ズコズコズコズコドカーン!! びゅびゅっ!! ぶちぶちぶちっ!! パッパラパー!!
神威の中で何かが弾けた。
「しまったあああ!! そうだったあああ!!」
おバカな神威は勇に言われるまで残酷な事実に気付かなかった。休み中は新聞部の活動もないし、家電に掛けるのはビビリなところがあるのでぶっちゃけ怖い。親父さんなんかが出てきたらと思うと色んなところがしょんぼり萎縮してしまうだろう。
「公共の場で騒ぐな」
「これが騒がずにいられるか!!」
この後すぐ、二人は店を追い出された。
◇◇◇
4月まで麗に会えない絶望感を抱いたまま帰宅した神威の心には、フラストレーションが溜まりまくっていた。
「ぐああああああ!! 麗ちゃあああん!! 麗ちゃん麗ちゃん麗ちゃああああああん!!」
なので、自室のベッドに蹲って頭を掻きむしりながら想い人の名をひたすら絶叫連呼するしかなかった。
「うるさいよ!! 麗ちゃんってなんなのさ!?」
またどっかから母チャンの怒鳴り声。うるさくて結構だ!! 俺は生まれてこの方これ以上の絶望を味わったことがない!!
「俺のエンジェルだよ!! 新学期まで会えないんだよー!!」
「ああそう! 残念ね!」
どこか呆れたような全然残念そうじゃない返事。一応俺に聞こえるように声のトーンが上がっていた。
「ああ!! どうすんだあああ!? この世の終わりだあああ!! 神様、もし居るなら教えてくれ!! どうしたら麗ちゃんに会える!? どうすれば時間を新学期まで早送りできる!? 教えてくれえええ!! って、俺が神様だったあああ!! 神威だからな!!」
ああだめだ!! この神懸かり的なシャレでさえ全然面白くねえええ!!
あぁ、どうしよどうしよ!! 春はヒグマが目覚めるし、去年の秋は札幌市内に出没したし…。やべぇ、麗ちゃんがヒグマに襲われるかもしれん。麗ちゃんみたいな、か弱くて優しい女の子がヒグマになんか襲われたらひとたまりもない。俺が傍に居て奥義の必殺カムイアタックでヒグマを撃退して麗ちゃんを守らなきゃ!!
でも、麗ちゃんって手稲区のどの辺に住んでるんだ。南口? 北口? 駅近? バス? バスなら系統は?
あぁ!! なんにも知らねぇ!! もしかしたらイオンモールで張ってればそのうち来るか!?
妄想をどんどん膨らませる神威。果たして必殺カムイアタックとかいう弱そうな奥義で麗を守れるのだろうか。
イオンモールとは、たまに留萌家が家族で買い物に出掛ける大型スーパーだが、そんな所でずっと張っていたら明らかに不審者だ。
「ウーピョウピョウピョウピョウピョウピョウピョ! ウピョーッ! きゅぴきゅぴきゅぴきゅぴ!! びいいっ! びいいっ! びゅああああああ!!」
ぐああああああ!! 精神崩壊だああああああ!!
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃきゅああああ!! どかーん!!」
「ちょっといい加減にしなさい!! さっきから悲鳴上げたり機械みたいな声出したり。っていうかよくそんな発音できるわね!」
痺れを切らした母チャンが俺の扉を乱暴に開けて部屋に踏み込んできた。人生最大のピンチなんだから放っといてくれ!! じゃなかったら麗ちゃんと会わせてくれ!! しかし俺を誉め讃えるのは善行じゃ。
「ぎゃあはっはっ! 機械みたいな奇怪な音など神たる俺に懸かれば容易いわ!」
「はいはい分かったから静かにしなさい!」
母チャンは部屋の扉を乱暴に閉めて出ていった。
「ああああああ!! ぐああああああ!! うあああああん!!」
ドンドンドンドン!!
母親が部屋を出て数十秒後、神威は再び発狂し、壁を叩き始め泣き出した。
「いい加減にしろっつってんだろバカ息子!! 発狂だけじゃ事足りずに壁叩いたりしたら隣の部屋に余計迷惑だろが!!」
神威は母親に鉄製のロープで手足を縛られ、口にガムテープを貼られたまま朝まで過ごした。
「ウパッ、ウパッ、ウパッ、シュパ~」
拘束からようやく解放された時、神威は口から全てを出し切って静かに昇天しましたとさ。
新学期、神威に更なる脅威が降り懸かろうとしていることに、本人はまだ気付いていなかった。
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次回から遅ればせながら新学期に突入です。神威に襲い掛かる脅威とは!?