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アップルケーキに愛をこめて  作者: セリ
アップルケーキに愛をこめて2 ~ギムナジウム入学篇~
38/78

6  王宮奉仕は草むしり  Ⅰ

 その日の午後――――。


 バウマンが逮捕されたとレオンさんから連絡があり、ユリアスさんとリーザさんと僕は『ヤークト』に出掛けました。


「学校には3人揃って風邪をひいたと届けてあるからね」


 馬車の中で、細身のスーツとアスコット・タイをお洒落に決めたユリアスさんが、すまし顔で言います。

 長い足を組みプラチナブロンドの髪を払う姿は美しく、男性的な性格なのに女性的な色気も感じられて、ユリアスさんは本当に不思議な人です。


「賭博業者や盗みとの関わりを説明するのが面倒でね」

「先生だって聞きたくないでしょう。聞いたら、対処しなければいけなくなってしまうもの」


 愛らしいリーザさんは水色のギンガム生地にレースとリボンを散りばめたドレスを着て、頭頂に水色の大きなリボンを飾り、にっこり微笑んでいます。


「はあ……」

 先生に嘘をつくのは悪い子だと骨の髄まで沁み込んでいる僕は、相変わらずのスーツと蝶ネクタイ姿で、『嘘も方便』『大人の処世』と自分に言い聞かせるのでした。







 放課後の『ヤークト』はフィアの学生で混雑していて、僕達はレオンさん達が座るテラス席に同席しました。

 ユリアスさんとリーザさんと僕の前に紅茶が置かれると、ブルーノさんが丸テーブルに身を乗り出し、緊張をほぐすようにこほんと咳払いを一つ。


「昨夜のうちにバウマンは警察部隊によって逮捕され、身柄は内務省に拘束されてる。ベッケラート首相直属の文官が立ち会い、取り調べは陸軍情報部がやってる。確かな筋から仕入れた情報だが、バウマンの裏帳簿に載っていた名前は公表されるようだ。高名な人々が賭博で多額の借金を作ったという事実で世論に衝撃を与え、一気に賭博禁止法制定に持って行く気らしい」


「僕からは、バウマンの店と縄張りについて」 


 マテオさんが、にこやかに手を上げました。


「バウマンが逮捕された後、店は№2が仕切ってたんだけど、昨夜のうちに暴動が起きたんだ。アレクから巻き上げた金で買収したんだろう、暴徒を引きつれたフォルクがバウマンの金庫を開けて、金をばらまいた。阻止しようとした№2一派と金に群がった連中が揉み合いになって、そこに登場したのが№3一派。金に群がった連中に№3一派が加勢して、№2一派を店から叩き出した。僕の感触だけど、№3とフォルクは最初からグルだったんじゃないかな」


「バウマンが戻った時にどうなるか見ものだが、もうそれは俺達の問題ではないな」


 レオンさんが苦笑いを浮かべて言い、僕はフォルクという名に顔をしかめました。あんな悪党、ぼっこぼこに殴られてしまえばいいんだっ。


「ラーデン侯爵の処遇は、国王陛下の裁定待ちだ。今朝早くラインハルト王子に例の封書を渡したけど、遅くとも2、3日中にはこちらの条件通りに決定されるだろうと言っていたよ。アルットは無罪放免、真犯人は国外逃亡、ラーデン侯爵の名は表には出ない、スパイ事件の真相は闇の中、ということになるらしい」


「そうか。……感謝する。ラーデン家にとって有り難い裁定だ。こんなに早く事態が動くとは」


 トーニオさんの言葉に、ユリアスさんは紅茶をかき混ぜながら、嬉しそうに微笑んでいます。


「良かったですね、ユリアスさん」

「ありがとう、エメル。みんなのお蔭だ。心から感謝してる」

「それから、これを。もう必要ないだろうけど、一応渡しておくよ」


 トーニオさんから1枚の紙を渡されて、ユリアスさんはさっと視線を走らせました。


「王宮の女官推薦書? まあ、ユリアスったら」

 リーザさんが覗き込み、驚いたように手で口を押えています。


「最悪の場合、フィアを退学して働こうと思ってね」

「ユリアスはラーデン女侯爵になるんだから、推薦書はわたしが頂くわ」


 笑顔でユリアスさんから紙をぶん取り、真剣な顔つきで読み始めたリーザさんに、僕は尋ねました。


「リーザさん、働くつもりなんですか?」

「ええ。王宮の女官なら、お給料もいいんじゃないかしら」

「弟さんのことは私が引き受けると言ったはずだよ」


 ユリアスさんの憂い顔を、哀しげに見やるリーザさん。

 もしも爵位を継ぐことが出来たなら、リーザさんの弟を一時的にラーデン家の養子としラーデン邸に住まわせると、朝食の席でユリアスさんが言ったんです。


「貴女に頼ってばかりでは、わたしの気が済まないのよ。学校の休みの日だけ王宮で働けるかどうか、聞いてみるわ」

「僕にも手伝わせてください!」


 思わず言ってしまいました。ラーデン侯爵家の危機は去り、用心棒の僕は当然必要なくなって、つまりクビです。

 家に帰って大人しくケーキを焼くのもいいけれど、王宮で働いてみるのも面白そうです。

 

「エメル。王宮で働くのはまずい……」


 僕の隣に座るレオンさんが焦った口調で言い、向かいのトーニオさんが笑いながら説明してくれました。


「王宮で働く男どもときたら、女に手が早いので有名なんだ。リーザちゃんとエメルちゃんはさしずめ、さあ召し上がれと皿に乗せられた御馳走みたいなものだな」


「リーザとエメルが出仕すると言うなら、私も行こう。男どもを蹴散らしてくれる」

「早まるな、ユリアス。世の中そういう男ばかりじゃないから。これ以上男嫌いになってくれるな」


 ほぼ戦闘モードに入っているユリアスさんをなだめるようにブルーノさんが言い、マテオさんはブルーノさんの隣で楽しそうに目を煌めかせています。


「僕も手伝うよ。トーニオを除いて僕ら3人、王宮奉仕の常連だから。王宮のことなら、まかせて」

「おまえも早まるな、マテオ」


 ブルーノさんは今度はマテオさんをなだめにかかり、僕は首をかしげました。ブルーノさん、王宮が苦手なのかな。


「王宮奉仕って何ですか?」

「フィアの懲罰の1つで、校庭の草むしりでは軽過ぎると判断された場合、王宮に送られる」


 嫌な思い出でもあるのか、ブルーノさんの口調は鬱々としています。


「何故か作業着で玄関の草むしりをやらされ、何故かその日に限って出仕を命じられた親が王宮にやって来て、鉢合わせする。気まずいの何のって。あれは絶対に、学校側の嫌がらせだな」

「親が来そうになったら、トイレにでも隠れればいいんだ」


 マテオさんがあっけらかんと言い、ブルーノさんに睨まれて両手を上げました。


「親が来そうだと、どうやって分かるんだ」

「臭いを嗅げよ」

「犬か、俺は」


 僕は笑いながら紅茶を飲み、心は早や王宮へと飛んでいました。


 次の休日にユリアスさんとリーザさんと僕が王宮で試用されるよう、トーニオさんが話を通してくれることになりました。

 と言っても、最初は恐らく外仕事になるだろうということだけど。


 心配だからとレオンさんとブルーノさんとマテオさんも来てくれることになり、ブルーノさんが「最近は真面目にやってるのに王宮奉仕か」と、こっそりぼやいたのを知っているのは僕だけです。






 馬車で帰って行くユリアスさんとリーザさんを見送った後、ネフィリムに乗ろうとして乗れませんでした。

 トーニオさんが僕を抱き上げ、自分の馬に乗せてしまったんです。


「わっ」

 叫びながらレオンさんを見ると、目をすがめトーニオさんを睨みつけています。


「俺の馬に乗ったことがないだろう?」

 トーニオさんは、レオンさんの無言の抗議を無視する気です。

 僕はトーニオさんの馬に慣れてないから、がちがちに硬くなってトーニオさんの前に座りました。


「そんなに緊張しないで。何もとって食おうというんじゃないから。別の意味では食う気まんまんだけど。時々エメルが美味しそうなケーキに見えるんだよねえ」


「あの、えっと、王宮の仕事を紹介してくださって、ありがとうございました」

 僕は、必死に『食べる』から話を逸らそうとしたんです。


「どういたしまして。ねえ、エメル。もしかして俺が君を口説いてると思ってる? それで話を逸らそうとしてる?」

「誰が聞いても口説き文句だろう」


 隣を進むネフィリムから、殺意のこもったレオンさんの視線と声が飛んで来ます。


「これは、王宮対策。あそこはロクでもない男どもが徘徊する魔窟だから、エメルに耐性を付けて貰おうとしてるんだよ。全く免疫がないからねえ。君のそういう所が可愛いよ」


 そう言ってトーニオさんは僕を両手で力一杯抱きしめ、息が出来なくなった僕は足をばたばたさせました。


「こらこら、暴れるな。馬が怯えるだろう」

「怯えてるのはエメルだ。いい加減にしろよ」


「少しくらい、いいだろう。う~ん、ずっと抱きしめていたいけど。やっぱりエメルちゃん、痩せ過ぎだな。胸を大きくする体操って知ってる? 手を使った、誰でも簡単に出来る体操なんだけど」


「……体操?」

「そいつの言うことを本気にするなよ」


 レオンさんの言葉が耳をよぎり、僕は学校の体育の時間によくやる全身体操を思い出しました。あんな感じ? 手を使う?

 トーニオさんが耳元で囁いた、信じられない説明――――。


「……って、トーニオさんの手を使うんじゃないですかっ!」


 抗議すると、トーニオさんは声を上げて笑いました。


「あははは」

「だからそいつの言葉を真に受けるなと……」


 レオンさんは呆れ返り、首を振っています。


 それからリーデンベルク邸に着くまでの間、レオンさんの殺意まみれの視線と僕の抗議にも負けず、トーニオさんは王宮のロクでもない男たちがどうやって女性を『落す』かを延々と囁き続けたんです。


 ぐったりした気分で家に戻った僕を、執事のニクラスさんが迎えてくれ、

「お帰りなさいませ、エメルお嬢様。旦那様と奥様はダイニング・ルームにいらっしゃいます」


 走ってダイニング・ルームに入ると、お茶を飲んでいたパパとお母様は、僕を見るなり立ち上がりました。


「パパ!」

 最後に会った時から、随分時間が経った気がします。飛びつく僕を、しっかり抱き留めてくれたパパ。


「エメル。侯爵家はどうだった? 楽しかったか?」

「はい、とても」


 ディリアお母様が両手を広げ、僕を優しく抱きしめてくれました。


 ここが、僕の家です。家族が僕の帰りを待ってくれている家。僕はもう一人ぼっちじゃない。


 目を閉じ隣家の声を聞きながら空想にふけることは、もうないんです。一人で夜を過ごすこともない。話しかければ、家族が応えてくれる。


 そう思うとしみじみとした喜びが込み上げ、振り返るとレオンさんとトーニオさんがいてくれて、僕ははち切れそうな幸福感で満面の笑顔になっていました。





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