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アップルケーキに愛をこめて  作者: セリ
アップルケーキに愛をこめて
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1  始まりの不幸

パパの再婚で男爵令嬢となったエメル、14歳。ママができたのは嬉しいけれど、超絶美形の兄二人のセクハラ攻撃に驚愕。パパとママは新婚旅行を兼ねて領地に行ってしまい、自分の身は自分で守るしかない。だから僕は男の子になる! 自分を僕と呼び、男の子の服を着て戦うんだ! 

 何からお話すればいいでしょうか。まずは自己紹介。


  僕の名前は、エメル・フォン・リーデンベルク。十四歳。れっきとした女の子です。


 僕がなぜ自分を僕と呼ぶようになったのか。

 それはもう悲劇としか言いようのない出来事が原因でした。

 ことの発端は、パパの再婚です。


 僕のパパときたら自慢にも何にもなりませんが、三回結婚し三回離婚しています。

 離婚の原因はすべて、パパの浮気。


 とびっきりの美男子で、妻子があるにも関わらず女性たちが寄って来ることを差し引いても、離婚の非はパパにあります。

 どうしようもないパパと最初の奥さんとの間に生まれたのが、僕です。


 三度の離婚の後、二度と結婚はしないと誓ったにもかかわらず、パパは男爵未亡人の婿となりました。

 継母のディリアさんは、とてもいい人です。

 僕に優しくしてくれるし、何よりもあのパパがぞっこん惚れ込んでるんです。

 だからいいんですが、問題は継母には連れ子がいたってことなんです。


 それも怖ろしく美形の息子が、二人も。


 兄の方は、トーニオ・コンスタンツ・フォン・リーデンベルク、十七歳。

 弟はレオン・クラウス・フォン・リーデンベルク、十七歳。


 お気づきでしょうが、二人は同い年です。


 トーニオさんはディリアさんと最初の夫との間に生まれた実の息子ですが、トーニオさんがまだ幼い頃、両親は離婚されたそうです。

 その後ディリアさんは再婚し、連れ子だったのがレオンさん。


 5年前、ディリアさんの再婚相手が馬車の事故で亡くなられた後も、二人は兄弟としてディリアさんに育てられたんです。


 今回の結婚に際し、パパは言いました。

「何が心配と言って、お前の身に降りかかる不幸ほど心配なものはない。向こうには飢えた若い雄狼が二匹もいるんだ。か弱いウサギを狼の前に差し出すようなもんだ。これは何とかせねばならん。ああそうとも。父親の威信にかけて、何が何でも絶対に何とかせねばならん」


 その何とかというのが何なのか。

 僕はてっきり、結婚をあきらめるものとばかり思っていました。


 パパの幸せを願ってはいるものの、僕にとって狼とは浮気マニアのパパなんです。


 その狼が、世の女性たちにいかに凄惨な地獄を見せるかを幼少の頃から身をもって体験した僕にすれば、狼に「飢えた」だの「若い」だのが加わると、これはもう逃げ出す以外に方法は無いように思えたんです。


 ところがパパが何とかしようと僕を連れて行ったのは、王都クラレストにある理髪店でした。

 そこで僕は、女の子の命たる長い髪をばっさり呆気なく切られ…………ああ、その時の心境たるや!


 涙目の僕の目の前で女の子の命はモップで手早く集められ、ゴミ箱の中に消えました。

 何よりも僕の髪は癖っ毛で、雨の日なんかはボワっと広がるタイプのシロモノです。

 男の子のように短く刈られ熟練の理髪師でさえ苦労してセットしているその髪を、この先どうやって撫でつければいいんでしょうか。


 がっくり肩を落とした僕は、そのあとパパの行きつけの洋装店に連れて行かれ――余談ですがパパは王宮の兵士という薄給の身でありながらとんでもなくお洒落で、また余談ですがディリアさんはハンサム且つ屈強な戦士のパパに一目惚れしたそうで――そうして僕は男の子の服をごっそりあてがわれたのでした。


 パパは言いました。

「お前はあの『あばずれドロシー』に似て、綺麗な顔をしている。そこのところが心配でならないよ」


『あばずれ』は聞かなかったことにして、ドロシーは僕の実母の名前です。

 母は舞台女優でしたが、今は再婚して遠国に住んでいます。


 パパは綺麗な顔と言ってくれたけれど、僕にはそうは見えませんでした。

 だって洋装店の鏡の中にはスーツを着て蝶ネクタイをつけた、薄茶色の髪と茶色の目の小柄で痩せっぽちで目だけがぎょろぎょろと大きい、男の子がいたんですから。


 パパはさらに言うんです。

「背筋を伸ばせ。なよなよしていると付け入られる。髪に触れるな。OKのサインになる。仕草に気をつけろ。しなをつくるなど、断じていかん」

 パパは、実体験に基いて言ってるんだろうと思いました。

 その道ではプロ中のプロですから。


 僕はパパに連れられて、二人の兄に会うためにリーデンベルク邸へ行くことになりました。


 王都郊外のランツにある兵士宿舎に男爵家の紋章のついた馬車が到着すると、物見高い人々が僕たちを囲みました。


 婿入りするパパに対し「男の嫁入り」と陰口を叩く声も聞こえ、僕が小さくなっていると、

「愛さえあれば、他のことはどうでもいい。無視しろ」

 とパパは言い、上機嫌で人々に手を振ったりします。

 愛がすべて――――パパのポリシーなんです。


 僕たちが住むトライゼン王国は、農業と牧畜を主要産業とするのどかな国です。


 ランツから王都クラレストに至る石畳の街道沿いには牛や馬や羊が草を食む丘陵が広がっていて、大半は貴族や大地主の領地です。


 馬車がクラレストに入るや景色は一変し、いかがわしい貧民街や賑やかな商店街やお金持ちの大邸宅があって、都会の洗練と喧騒が一緒くたになっているように見えました。


 王宮を中心として貴族の重厚な邸宅が立ち並ぶ中、灰色がかった黒っぽい煉瓦造りのリーデンベルク邸は威風堂々としています。


 大理石床のホールを抜け椋材の広い舞踏室を通る間、僕の口はあんぐりと開いたままでした。

 高い天井、華麗な装飾を施した柱、絢爛たる絵画の数々。


 部屋数は全部で五十あり、僕たちはディリアさんの私的なサロンに案内されました。

 サロンは一階に三つ、二階と三階に一つずつあるそうです。


 勿忘草色わすれなぐさいろの壁紙。薔薇色のカーテン。高価な黒檀に精巧な象眼を施したテーブル。薄紅色のソファ。

 花の咲き乱れる中庭に面したその部屋が、二人の兄と僕との初顔合わせの場所となりました。


 二人とも黒のフロックコートで正装し、目を見張るほどの美形です。

 兄のトーニオさんはさらさらの金髪が肩まで伸び、瞳は透き通るような青、優雅で大人びて見えます。

 弟のレオンさんは緩やかに波打つ黒髪が襟足にかかり、底の知れない黒い瞳で、雰囲気は何となく不良っぽいというか、でも真摯な目をしていました。


 パパとディリアさんが仲良く中庭に出て行った後、僕はトーニオさんに手招きされました。

 レオンさんはサロンの隅にあるベンチに腰かけて雑誌を読み始め、隣にトーニオさんが退屈そうに座り、僕は二人の間に座るようにと言われました。

 言われた通りに座ると、トーニオさんがいきなり顔を近づけてきたんです。


「君、初めて?」

「は?」

 トーニオさんは、曖昧に微笑みました。


「大丈夫、俺にまかせて。優しくするから」

 唇と唇が触れそうになり、僕は呆気にとられ、硬直したまま動けませんでした。


「キスから始める? それとも手荒なのが好み?」

「あの、あの、あの……」


 僕はようやくのことで後ずさり、背中にレオンさんの腕が当たって振り返りました。

 レオンさんは雑誌を読む姿勢を崩さず、冷たい一瞥を僕にくれるだけです。


「ふわふわの茶色い綿帽子わたぼうしみたいな髪だねえ」

 トーニオさんが僕の髪に指を入れてすき始め、僕の方はぶるぶる震えました。


 トーニオさんが言ってることの意味ぐらい、僕にだってわかります。

 でも、そんなのあり得ない。

 貴族の子弟で規律正しい王立ギムナジウムの学生が、こんなこと言うなんてあり得ない。


「君、人形みたいだね。色白で目がおっきくて。うん、とびっきり可愛くて俺好み。――さて、お遊びは終わりにして、キスから始めよう」

 そう言って僕の肩を抱き、のしかかるように唇を近づけたから、僕の中の学生像は木っ端微塵に吹き飛びました。


「き、き、きゃあああああ――――――っっっっっ!!!」

 僕は、多分生まれて初めての絶叫を、二度三度と続けました。

「きゃああああ――っっっ、きゃあああ――――っっっっ!!」


 当然パパとディリアさんは驚いて、飛んで戻って来ます。

 僕がよろめきながら立ち上がるとトーニオさんはおなかを抱えて大笑いし、僕は目をぱちくりさせました。

「何がおかしいのっ」


 トーニオさんは涙を拭きながら、笑いながら、言うんです。

「――そんなに――真剣に受け取られると――困るんだけど――あははは」 

 僕は、顔が真っ赤になるのを感じました。……かれかわれたんだ。


「どうしたの?」

 ディリアさんが尋ね、

「ああ。トーニオがまた、悪い冗談で困らせたんだ」

 レオンさんが僕をちらっと見て、何でもないことのように答えます。


「ごめんなさいね、エメルちゃん」

「いえ、気にしてませんから……」

 パパを見ると、心配そうに僕を見ていました。


 僕はこの時、わかったんです。パパは正しいって。なよなよしてると付け入られるって。


 僕は、決めました。


 今この瞬間から、男の子になる。男の子になって自分の身は自分で守る。二度と悪い冗談なんか、言わせないって。

 その時以来、僕は自分を僕と呼ぶようになったんです。

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