会話
私は、部屋にうずくまる。
冷たい床に冷たい壁。
日の光はぜんぜん入らない。なぜなら窓がひとつも無いから。
それに日の光が入ったとしてもここは暖かくならないだろう。冷たすぎて、ちょっとやそっとの日差しなんか意味が無い。それに、部屋に置かれたガラクタ共が温度を吸収してしまうだろうから。
無機質な機械のオンパレード。軽くカオスで倉庫かと間違えるような乱雑さ。全部ヒロコの私物だ。ここに積みおかれた機械は全て自称科学者兼魔法使いのヒロコがどこからか持ってきたか、もしくは自分で作ってみて失敗したガラクタのどちらかだ。ヒロコ曰く「ここにあるのはねー、ガラクタなんだけどガラクタじゃないのよ。この文明の科学力を軽く超えちゃってるんだから。そうねえ……かるく千年分くらいは超えちゃってるかなぁ……。まあよく分からないけど、とっても凄いんだから」とのことだ。ヒロコはいつも適当だからその言葉にどれくらいの信憑性があるかは分からないが、ヒロコが天才であるのは間違いが無い。私はその生き証人だ。
「あれ、こんな所にいたの?」
ヒロコのすっとぼけたような愛嬌のある声だ。
「ちょっと休んでたの。昨日は疲れたから」
「藍が疲れるわけ無いじゃない。精神的なものかしら?」
精神的なもの……といわれればそうかもしれない。昨日の戦いは肉体よりも精神をかなり磨耗する戦いだった。頭の割れるような鐘の音は一晩明けた今でも頭の中で響いているし、不快感はまだ完全に消えたわけではない。それにどことなく無気力で気分が悪い。けっこうな間戦いに明け暮れているはずなのに、どうしてまだまだ未熟だな、私。
「あんまりあれなら検査する?」
「昨日帰った後にもう検査したじゃない。それに、ヒロコは常に私をモニタリングしてるんだから、私がどんな状態にいるのかとっくに分かってるんじゃない?」
「それはそうなんだけど、全然異常なんて見当たらないのよね」
いかにも困ったという顔をするヒロコ。でもこんな顔をしてたって、ヒロコが本当に困ってないことなんて承知済み。内心面白がっているに違いない。ヒロコはそういう女なのだ。
「それこそ異常ね。ヒロコにも原因が分からないなんて。自称天才じゃなかったの?」
若干冷たく言ってみる。でもヒロコにはどこ吹く風だ。
「天才にも分からないことがあるのよ。むしろ分からないことが多いのが天才じゃないかしら?」
なぜならこんな屁理屈を平気で言えるし、本人はその屁理屈を本気で信じているからだ。これではちょっと皮肉ろうがなにしようが彼女にはビクともしない。反論して面倒なことになるのが嫌だったので首をすぼめて聞き流すことにする。
「昨日のアレが原因だとは思うんだけど、なかなか特定できなくて。うーん、私を困らせるなんてなかなかやるわね。私、そういうの燃えるの」
「アレって、鐘の音?」
「そ、藍が散々苦しんだあれ。あの時あなたの精神をモニタリングしてたけど、そりゃもう凄かったわよ。私が今まで見たこともないほど藍の感情が揺さぶられてて、ビックリしたわよ。調べてみたけどあの近くに鐘の鳴るような建物はひとつも無いから、敵の攻撃のひとつだと思うわー。鐘を武器にするなんて発想がぶっ飛びすぎてて面白いわね」
おほほほほと口を押さえて上品に笑うヒロコ。昨日あの鐘の音に散々悩まされた私の身にもなって欲しい。とてもじゃないけれど笑えない。
「そんな顔しないでよ、藍。そんな怒った顔されたら泣いちゃうじゃない。でもちょっと良いかも」
「怒ってなんかないわよ。それに最後の言葉、素で気持ち悪いわよ」
「いいの、気持ち悪くて。……あ、そういえば、昨日藍が倒したの、怨霊の類よ」
怨霊とは人が死んだあと、現世の怨み辛みによって死んだ人の魂が凶悪化したものをいう。人に取り付いて悪さをしたり、無差別に呪いをかけたりといろいろ迷惑なヤツだ。最近は特によく見かけるようになっているけど、そこは私の知ったことではない。
「そうだと思ってたわ。あいつらはいつも人の精神を好き勝手に荒らすもの」
人に乗り移らなくても怨霊は人間の精神を傷つけ、心を苦しめることができる。その力は生きていたときどれほどの憎しみを抱えていたかに比例する。ああ、ムカムカするわね。死んでから他人に当たるんじゃないわよ。いい加減にして欲しいわ。
「藍は怨霊が嫌いだったわね。私は好きなんだけどなー。恨みの力で魂が穢れて怨霊として具現化するなんて、なかなか研究のしがいがあるとは思わない? うん、あるのよ絶対!」
「私はまっぴらゴメンだけどね。なるべく出会いたくないし、戦いたくも無い」
ん、でも敵が怨霊だとハッキリしたのなら
「もう敵の姿が分かっているのだから、原因も分かっているんじゃないの?」
「そんな簡単には分からないわよ。怨霊って一口に言ってもいろいろいて、まあ、とにかく生きてた間にどんな恨みを抱いていたかによってその力の種類と強さが変わるのよ。今回の怨霊は特別な怨霊らしいのよ。だから藍の精神が完全にモニタリングできなかったの」
そんな話は初耳だ。怨霊は全て同じものだと思っていた。ならなおさら性質が悪いんじゃないかしら。ヒロコにしてはそこがいい研究材料となるんだろうけど。
「あんなに特殊な怨霊はなかなかいないわ。たぶん生きてたときによっぽど屈折した思いを抱いていたのね。それも常人では想像もできないレベルで。じゃなきゃあんな風に藍に干渉してこないもの」
怨霊は人間の魂を侵食しようとする。自分と同じように穢れさせないと気がすまないのだ。怨霊の恨みは相手を地獄のそこに落としても無くならないほど強烈で、深く大きいもの。まるで火のように燃え盛り触れたものを燃やし尽くしてしまう。
「う~ん、俄然興味がわいてきたわ。とんだ拾い物ね。研究者として、ここは一歩も退いちゃいけないわ。藍! さっそく昨日の怨霊の調査をしてきてちょうだい!」
こうなったヒロコは誰にもとめられない。火の玉のように飛びまわっては周りに迷惑をかけていくのだ。
「そう、分かったわ」
絶対嫌だけどヒロコには逆らえない。ホント、嫌なんだけど。