coution
第三話目です。こんなにスムーズに話が書けるなんて初めての出来事です。
今回は魔法を使った戦闘シーンも描写してみましたが、戦闘そのものはそれほどありません。
長い長い前置きとしてこれまでの3話楽しんでくれれば幸いです。
目の前の光景に我を忘れた。暗闇にまばゆいばかりの火花が散り、少女の姿を照らしている。火花が散って一瞬明るくなったと思ったらまた暗くなり、また火花が散って明るくなる。そんなことの繰り返しだ。
俺は頭が痛むのを忘れてその光景に没頭していた。目の前に繰り広げられる光景が信じられなかった。のっぺらぼうの化物と朱色の少女が一進一退の攻防を繰り広げている。どちらが優勢なのかは全然分からないが、ときたま暗闇に浮かび上がる少女の顔はぞっとするくらい無表情だ。だが、最初に見せたあの恐ろしいまでに虚ろな目はしていない。かといって生気を感じさせる目ではない。なんの感情も読み取らせない能面のような顔だと、ふと思った。
そう、まるで機械のように、黙々と彼女は戦っていた。
戦う相手はのっぺらぼうのマネキンだ。大きさは普通の成人男性くらいで、だいぶ華奢な体系をしている。攻撃手段はその細い四肢なのだろう。武器を持っているようには見えない。唯一あるとしたら、あの禍々しく開いた大きな口だろう。まるで地獄の入り口のようにぽっかりとあいたその口は、少女の体に何度も喰らいつこうとしていた。その度にかわされて入るもののあの口に噛み付かれたらどれほど痛いことか。
そう考えてぞっとした。もしかしたら俺はアイツに食べられかけていたのかもしれない。いや、絶対そうだ。あと少し少女に助けられるのが遅かったら、俺の体はアイツに喰い散らかされていただろう。それこそ無残に、孤独に、慈悲も無く、ハイエナに喰い散らかされた獲物のように。
相変わらず頭はガンガンして吐き気がするが、必死になって少女の姿を追ってみる。火花の散る場所はまばらで、右に行ったと思ったら左に行ったり、そうかと思ったら空中で光ることもあった。それが何度も何度も連続で光ったとき、彼女たちは空でも戦えるのだと朧になった意識で理解した。
理解はできても信じられない。しかし事実として目の前にそんな信じられないような光景が繰り広げられているのだ。信じるしかないのだろうか、こんな不思議な光景を。
マネキンと少女の攻防はなおも続いている。かなり長い間戦っているように思えるが、実はそんなに長くは戦っていないのかもしれない。しかしそれはどうでもいいことだ。この頭の痛みと耳をつんざく騒音と目の前の光景が、そんな瑣末なことを忘れさせる。吐き気と興奮が一度にくるなんて初めての体験だ。この経験は、一生忘れられない体験となるだろう。
俺の顔に何かが引っかかった。水みたいに冷たい液体だ。それでいてヌメヌメしていて気持ちが悪い。背筋がぞくりとす
「っ!」
突然の咆哮。四方八方で響き渡る鐘の音の大合唱を超越するほどの化物じみた叫び声が鼓膜を震わした。まるで目の前で爆弾が爆発したみたいだ。思わず耳を塞ぐ。それでもちっとも音は小さくならない。それどころか脳が上下左右に成すすべもなく揺すられ、俺はまたしても吐捨物を撒き散らした。
それでも必死になって前を向く。まるでそれが義務であるかのように、俺は歯を食いしばって前を見る。
次の瞬間、青白い光が暗闇にぼわっと浮かび上がり、その光に照らされて少女の姿が明るみに出た。少女の目の前にはマネキンがいる。裂けるほど口を大きく開いて、天に向かって叫んでいる。その右腕は肩から先にかけてすっぽ抜けたかのように無くなっていた。青白い断面からなにかが滝のようにどばどばと流れ出ている。
少女の右手には刀が握られている。青白く照らし出された刀身は息を呑むほど美しい。てらてらした液体が剣先を伝いぽたぽたと地面に落ちている。たぶんあの刀で化物の右腕を切ったのだろう。たぶんなんの迷いも無く、一太刀で。
少女の左腕が上がった。一瞬の出来事だった。なにをするのだろうと疑問に持つまもなく、少女の左腕から光の奔流が飛び出していた。
まるで太陽の光に照らし出されたかのようだ。眩しすぎる。かろうじて直視できるくらいだ。
光の奔流はマネキンの全身を音も無く包みこんだ。光の隙間から見えるマネキンは天を仰いだ格好のまま、黒ずみ、最後は炭のようになってぼろぼろと消え去ってしまった。文字通りあの化物は消し炭になったのだ。
俺はただ呆然とその光景をながめているばかり。
ふと気がつくと、いつしかあの忌々しい鐘の音は消え去り、辺りは元の住宅街に戻っていた。街灯には明かりが点き周りの家にも灯がともっている。空には相変わらずの満月だ。変わっていることといえば俺のゲロが当たりに撒き散らされているくらいだ。
「大丈夫かしら?」
体がびくりとはねる。無意識的な防衛本能が働く。
「そんなに驚かないでくれる? いちおう私は命の恩人だし、あなたに敵意はないわ」
空を仰ぐと、そこには少女の姿があった。逆光になって顔は良く見えない。ただ体の端が月の光に照らされていて、やっぱり赤く染まっているのはいうことは分かった。
「……あんた……」
「みなまで言わなくていいわ」
高飛車な女だ。
「体の状態はどう? だいぶひどい目にあったようだけど、ちゃんと家に帰れるかしら?」
「たぶん……大丈夫だと思う……」
「そう、ならよかった。意外にあなた、運がいいわよ」
こんな目にあって、運がいいだと?
「……なにもんだよ、お前。さっきのは全部お前のせいかよ?」
「……語ってもしょうがないわ。あなたは自分の命が助かったことに感謝して、あとは全部忘れるといい。覚えていても良いことなんてなにもないから」
氷のように冷たい声だ。一瞬怯んでしまうほどの。でもそういうわけにはいかない。
「こんな目にあわされて忘れられるわけ無いだろ! ふざけんな!」
反応が無い。しばしの沈黙。
「そう……言い方が悪かったわね。ごめんなさい。じゃあこれはただの忠告として聞いて。今日のことは、本当に忘れたほうがいい」
「それじゃさっきの繰り返しだろう! 俺が知りたいのは!」
俺を無視して少女は飛踵を返すと、さっさと歩いていってしまった。なんだそりゃ? 俺を無視するんじゃねえ!
「待てよ!」
走り出そうとする。でも体が動かない。まるで金縛りにあってしまったかのようだ。そんな俺をおいて少女はどんどん離れていき……ついには闇の中に溶け込んでしまった。
まるでもとから闇の一部であったかのように、少女は闇と同化してまったく見えなくなっていた。意味の分からない状況に放り投げられ、聞きたいことも聞けず、俺の怒りと不快感は頂点に達している。人通りがなければ叫びだしていたところだ。
……人通り? そういえば先ほどまで誰もこの道を通らなければ、車一台と折ることは無かった。それが少女がいなくなった途端急に道行く人がちらほらと増え、車も少数ではあるが通りはじめた。それどころか体まで動くようになっている。
気味の悪い出来事だ。何から何まで気味が悪い。
でも今日の出来事は全て事実だ。
俺は、どうしたらいいのだろうか。