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1話 花見に行きました

朝の光が差し込むキッチンで、青年は慣れた手つきで包丁を動かしていた。

トントントン、と小気味いいリズムが響く。


その合間に、かすかな鼻歌がこぼれる。


湯気立つ鍋からは出汁のやさしい香り。

卵焼きの甘さと、炊き立てのご飯の匂い。

それらは春の空気に溶けて、やわらかく広がり

まだ眠っている兄弟たちの部屋へと

そっと届いていくようだった。



「よし……あとはウィンナーを焼いて……あ、そうだ。

昨日竹下さんからいただいたお漬物も出そうかな……」


独り言のように呟きながら、青年―― 式守椿(しきもりつばき)は冷蔵庫をそっと開け、

ウィンナーの袋とお漬物の入ったタッパーを取り出す。


その時、廊下の向こうから足音が近づく。


「……おはよう、椿。って、何だこのすごい量の料理は……」


寝癖をつけたままキッチンに入ってきたのは、長男の秋桜(しゅうおう)

目の前の光景に、思わず眼鏡をかけ直す。


椿は振り返り、にこりと笑う。

「おはよう秋兄。だって今日は兄弟4人でお花見だよ?

お花見用のお弁当と朝ごはん、両方作ってたんだ」

ウィンナーの袋を開けながら自慢げに微笑む。


「……まだ作るつもりなのか」

「もちろん。うちには育ち盛りが二人もいるんだから。これくらいは必要でしょ」

そう言いながら、コンロにフライパンを用意し火をつける。


「朝ごはんって……もう弁当で足りてないか、それ」

「それはそれ、これはこれ」

あっさり言い切る椿に、秋桜は苦笑しながらポットに水を入れた。


その横で、椿はウィンナーに良い焼き色がついていくのを見つめ、

満足げに頷く。


「桜たちはまだ寝てるの?」

「今日は日曜だぞ……あいつらが自分から起きてくるわけがない。

特に桜は中学生になっても朝が弱いのは変わら―」

「……うるせぇな……聞こえてるぞ」

タイミングよく、廊下の奥から不機嫌そうな声が飛んできた、


パーカー姿の四男、(さくら)が、ふらふらと現れてテーブルに突っ伏す。


「お?珍しいな。自分から起きてくるなんて。

花見だから気合入ってるのか?桜」

秋桜が笑いながら頭をわしゃわしゃ撫でる。


「ちょっ……やめろって。子ども扱いすんな」

顔を赤くしながら手を払いのける桜に、椿がやさしく声をかける。


「おはよう桜ちゃん。今日は桜ちゃんの好きなもの沢山お弁当にいれたからね」

「……ん…ありがと…」

桜はそっぽを向きながらも、小さく返事を返す。


「ん?ちょっと待て桜。椿と俺と扱い違くない?兄差別か?」

「……うるさい。秋兄はうざい」

「はがぁ!!ちょっと椿!反抗期!桜が第二次反抗期に入ったぞ!」

「そういうこと言うからだよ」

呆れたように笑いながら、椿は漬物を小皿に移す


――そのとき。


ドタドタドタッ、と階段を駆け下りる音。


「おはよー!めっちゃいい匂い!あ、唐揚げじゃん――いただきっ!」

三男の紫陽花(しいか)が勢いよくキッチンに飛び込んできたかと思うと、

そのまま弁当箱に手を伸ばす。


「ちょっと、クソ兄貴。何つまみ食いしてんだよ!」

「やだなぁさくちゃん!これはつまみ食いじゃなくて味見でしてよ~

ほらぁ、さくちゃんもあーん」

「いらねぇよ!気持ち悪い!」

「こらこら、朝から騒ぐな」


兄弟の声が重なり、静かだったキッチンが一気に賑やかになる。


椿はその様子を見て、小さく笑い

そっとお弁当のふたを閉じた。


今日のお花見は、きっと賑やかで楽しい一日になる。

そんな確信が、胸の奥にふわりと灯った。


「ほら、朝ごはん準備できたよ。みんな席に座って」


椿がテーブルに味噌汁を並べながら声をかける。


式守家では『全員揃ってから食べる』という暗黙のルールがある。

誰がどんなに忙しくても、朝だけは四人で顔を合わせる。

それが、この家の”家族の形”だった。


秋桜がお茶を持って席に着き、

紫陽花も「はいはいーい」と席につく。

桜は姿勢を正して席に座り直す。

最後に配膳が終わった椿が席に着くと


「いただきます」


四人の声が重なり、食卓にあたたかい空気が満ちていく。


桜は湯気立つ味噌汁の入ったお椀を両手で包み込む。

じんわりとした熱が、指先から伝わってくる。

湯気の向こうで目を細めながら、そっとひと口。


やさしい出汁と、少し甘めの味噌の味が、

体の奥にゆっくり染みていく。

思わず、ほぅと息がこぼれた。


「……うまい」

ぽつりとこぼれた声に、すかさず反応する影がひとつ。

「お?さくちゃん珍しく素直じゃ~ん」

「うるせぇよ!」


桜が顔を真っ赤にして睨みつけると、

秋桜が苦笑しながら注意する。


「こらこら。朝から騒ぐなっていってるだろう?ご近所迷惑になるだろうが」

「そういう秋兄の声が一番大きい時があるけどねー」

「なっ!?それはお前たちが喧嘩ばっかりするからだろ?!」

「うわぁ人のせいにしないでよ。ねぇさくちゃん?」

「俺に同意を求めるな」


いつものやり取りが始まりかけた、そのとき。

椿が、すっと箸を置いた。


――ぴたり。


三人の動きが止まる。

笑顔のままなのに、なぜか逆らえない空気。


「……静かに食べようか」


「「「はい」」」

三人はそろって姿勢を正す。


それを見て、椿はふっと笑った。

「……よかった。ちゃんと美味しそうに食べてくれて」


今度は自分も味噌汁をひと口。


窓の外では春の光がやわらかく揺れていた。

四人の笑い声が重なって、式守家の朝は今日もにぎやかに過ぎていく。



――


朝ごはんを食べ終え、食卓の空気が落ち着いた頃。

椿は軽く手を叩いた。


「よし、そろそろ準備しようか。

桜ちゃん、その格好じゃ寒くなるから着替えておいで。

紫陽花ちゃんはレジャーシート持ってきて。秋兄は飲み物の確認お願い」

それぞれに役割を振る。


――が。


「……桜ちゃん?」

椿が振り返ると、桜はソファに座り眠そうに舟をこいでいた。

そんな様子をくすりと笑う。


「桜ちゃん、早く準備してね」

軽く声をかけて、椿はそのまま準備に取り掛かる。


「……うん…」

桜は言葉だけは返すが、体は全く動かない。


紫陽花がにやりと笑い、桜の背中を軽く押す。

「ほらほらぁ、さくちゃん。花見行くんだろ?早くお着替えしましょうねー」

「……っうるさいなぁ。言われなくたって着替えるって!」

桜がむくれながら立ち上がると、紫陽花は楽しそうに肩をすくめた。


その様子を横目で見ながら秋桜が冷蔵庫を開けながら呟く。

「またあいつらは……ったく…。えーっと飲み物は……お茶と水と……、

あ、桜!ジュースは持ってくかー?」

「べ、別にどっちでもいいし……」

廊下に向かいながら桜が小声で返す。

だが耳まで赤いのを、秋桜は見逃さなかった。


「椿兄ぃ、レジャーシートってどこにしまったっけー?」

廊下から大きな声で紫陽花が呼びかける。


「あれ、昨日玄関横に置いてなかったっけ?」

「あ、そうだった!」


バタバタと廊下を走る音が聞こえ、

椿はため息をつきつつ、準備を再開しようと手を動かした瞬間―

今度は階段上から桜の声が響く。


「椿兄さん!靴下がない!」

「自分の部屋にあるでしょ!」

「ないー!」

「あるでしょーよく探しなよー」

「見当たらないんだって!」

「えー…ちょっと待ってて」


椿が作業を中断し、廊下にでて階段下から声を出す

「いつもの所にしまってないのー?」

「片方づつしかないんだよー!」

「そんなはずないでしょ。僕がこの前揃えてしまったんだから」

そういって階段をゆっくり上がっていく。


そしてしばらくすると2階から

「いつもの所にしまったはずだよ……

ってなんでこんなタンスの中ぐちゃぐちゃになってるの?!」

という椿の慌てた声と「ごめん」と桜の謝る声が聞こえてきた。


家中に兄弟たちの声が飛び交う。


秋桜は飲み物をクーラーボックスに詰めながら、ふっと笑った。

「……相変わらずだな、うちの朝は」

春の光が差し込む玄関で、

式守家の“いつもの賑やかさ”が今日も変わらず続いていた。


玄関には、暖かな光が差し込んでいた。

椿は弁当の入った保冷バッグを持ち、

秋桜はクーラーボックスを肩にかける。


「よし、準備はできたか?」

秋桜が声をかけると、椿は頷き、紫陽花がレジャーシートを掲げて見せた。


「もちろん!俺はオッケー!完璧!」

「紫陽花が”完璧”って言う時は大体完璧じゃないんだよな……」

秋桜がボソッと呟く。

「え~大丈夫だってー」

へらへら笑う紫陽花をジト目で見てから、

秋桜はまだ降りてこない桜に声をかける。

「桜!もう出かけるぞー!」

「今行くー」

という声と共に、階段の上からバタバタと足音が響いた。


「さくちゃーん、随分準備に時間かかってたねー?」

「うるさいよクソ兄貴」

桜はむくれながら、玄関に座り靴を履き始める。

その横で、紫陽花がポケットを探って首をかしげる。


「……あれ?スマホどこだっけ?」

「ほら出た」

秋桜がため息をつく。


椿はあきれたように腕を組む。

「さっきソファでスマホいじってなかった?」

「そうだった!」

紫陽花が慌てて靴を脱ぎ、取りに行く。

椿は「まったくもう」と、呆れたように笑った。


桜が靴を履き終え、立ち上がった。

「……よし」

どこか嬉しそうな声。


秋桜が玄関の鍵を手に取り、兄弟たちを見回す。

「もう忘れ物はないな?特に紫陽花」

「はいはーい大丈夫ー」

「僕も大丈夫」

「……うん」


「じゃあ……行ってきます」

少しだけ間をおいて、


「父さん、母さん」

玄関に飾られた家族写真にそう告げると、


扉の隙間から春の風が、ふわりと吹き込んできた。

四人は顔を見合わせて、自然と笑う。

そして――外へ。

きっと今日も、賑やかな一日になる。


――

玄関を出ると、少しだけ冷たい風がふわりと頬を撫でた。

桜はまだ少し眠そうに目を細めながら、兄たちの後ろを歩く。


「いや~、花見ってテンション上がるよな!

屋台とか出てるかな?俺、焼きそば食べたい!」

「さっき朝ごはん食べたばっかだろうが、

それに椿の弁当があるだろう?」

秋桜が淡々と突っ込む。


「やだなぁ、もちろん椿兄ぃのお弁当は食べるけどさ、

屋台で食べる焼きそばが美味しいんじゃん!わかってないねぇ秋兄ぃは」

「そんなに食べれるなら止めないが……自分で買えよ」

「えぇ?!買ってよ兄ちゃ~んおねがぁい?」

紫陽花は上目遣いで秋桜を見つめる。


「焼きそばか……」

桜が小声でつぶやくと

椿が顔を覗き込む。

「桜ちゃんも焼きそば食べたいの?」

「いや……別に……」


「秋兄ぃ!ほらさくちゃんも食べたいって!」

「食べたいなんて言ってねぇし!」

桜は慌てて顔をそむけるが、耳はしっかり赤い。


椿はそんな二人を見て、くすりと笑った。

「まぁお弁当は食べきれなかったら家に帰ってから食べればいいし……

屋台で他に食べたいものあったら言ってね」

「やったぁ!さっすが椿兄ぃはわかってるぅ!秋兄ぃも見習った方がいいよ」

紫陽花がジト目を向ける。

秋桜のこめかみがぴくりと動いた。


「おい!椿!お前が甘やかすからこいつらが調子に乗るんだぞ!」

「えぇ僕?」

「俺をそのクソ兄貴と一緒にするな」

「やだぁこわーい」


そんなやり取りをしながら歩いていると、

前方に大きな桜並木が見えてきた。


「わぁ……」

桜が思わず立ち止まる。


満開の桜が風に揺れ、花びらがひらひらと舞い落ちてくる。

紫陽花が嬉しそうに叫ぶ。

「うわ、めっちゃ咲いてるじゃん!最高!」


「写真撮ろうか?」

椿がスマホを取り出す。

「いや、まず場所取りだ」

秋桜が冷静に周囲を見渡す。


「さすが秋兄、父親みたいだね」

「誰が父親だ」

椿の言葉にあきれたようにため息をつく。


紫陽花が笑いながら肩を叩く。

「まぁまぁ、秋兄ぃ。そんなに眉間にしわ寄せてるとしわが取れなくな―」

秋桜が無言で片手を伸ばし、紫陽花の顔をわしっとつかむ。

そのまま、ぐぐぐ……と力を込めた。


「ちょ!痛い!秋兄ぃ!!痛、ねぇ!!力強いって!!」

ギブというように、秋桜の腕を数回叩く。


そんな兄たちを横目に

桜はというと、桜並木を見上げたまま、ぽつりと呟いた。


「……きれいだな」


ぽつりとこぼれた声。

風に揺れた花びらが、ひらりと舞う。


椿はその横顔を見て、やわらかく微笑んだ。

「うん。来てよかったね」


秋桜も片手に力を加えたまま笑顔を見せる。

紫陽花はというと、

「ごめん!ごめんって!」

慌てて謝り、ようやく解放される。


秋桜はレジャーシートを広げる場所を見つけ、

紫陽花は「ここいいじゃん!」と走り出す。


桜は少し遅れて兄たちの後を追いながら、

ひらりと落ちてきた花びらを手のひらで受け止めた。


――今日の花見は、きっと忘れられない。

そんな予感が、胸の奥で静かに膨らんでいく。



「ここ、いいんじゃない?」

紫陽花が指さしたのは、大きな桜の木の下。

花びらがひらひらと舞い落ち、地面には薄いピンクの絨毯が敷かれている。


秋桜が周囲を見渡し、静かに頷いた。

「人も少ないし、日陰もある。ここにしよう」


紫陽花が勢いよくレジャーシートを広げる。

風がふわっと吹いて端がめくれ、桜が慌てて押さえた。


「ちょ、飛ぶって!」

「さくちゃんナイス!」

「ナイスじゃねぇよ!」

そんなやり取りに、椿がくすりと笑う。


「はいはい、二人とも。荷物で押さえるから」

保冷バッグなどでレジャーシートの端を押さえる。


「お弁当いつ食べる?」

紫陽花は待ちきれない様子で弁当箱を覗き込む。


「お前、さっきも言ったが朝ごはん食べたばっかだろ?

花見をしろ!」

「何言ってんの秋兄ぃ、花見と言えば食べながら見るから楽しいんじゃん!」

「さすが、高校生。食べ盛りだね。別に食べてもいいけど」

椿が指をさす。

「あっちに屋台出てるみたいだよ?」

「え?!まじ?!さくちゃん!行こうぜ!」

紫陽花と桜がワクワクしながら屋台のほうへ向かう。

その背中を見送りながら、椿は小さく息をついた。


(……こういうのも、なんかいいな)


4人で出かけることは、そう多くはない。

だからこそ、こういう時間が少し特別に感じる。


「椿」

ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、秋桜がペットボトルを差し出してきた。


「準備ありがとな」

「……どうしたの、急に」

「いや、たまにはな」

ぶっきらぼうに言いながら、秋桜はそのまま視線をそらす。


椿は少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。

「うん。どういたしまして」


――そのときだった。

バサァッ!


突然、強めの風が吹き抜けた。


舞い上がる桜の花びらと一緒に、レジャーシートの端がめくれ上がる。

「あっ、やばっ――!」


その上に置いてあった弁当箱が、ぐらりと傾いた。


「ちょ、ちょっと待っ――」

「危なっ!」


秋桜がとっさに手を伸ばし、弁当箱を押さえる。

同時に椿も駆け寄り、シートを押さえた。


数秒後――風は嘘みたいに収まる。

「……セーフ、か」

秋桜がほっと息をつく。


「危なかった……」

椿も胸をなで下ろす。

秋桜に向き直ると目が合い、くすりと笑う

「すごかったね……今の風」


秋桜がふと手を伸ばす。

「頬に花びらついてる」

「えっ、あぁありがとう秋兄」

ちょっと照れ臭くなったのか、椿は顔を赤らめながら俯く。


秋桜はその様子に気づき、少しだけ目を細めた。

「……風、強いな。シート、もう少し重し増やすか」

気遣うように話題をそらしながら、

秋桜は弁当箱の位置を整え、

椿の隣にしゃがみ込む。


椿はまだ少し照れたまま

レジャーシートの上に落ちてきた花びらをそっと指で払った。

「うん……そうだね。

紫陽花と桜、戻ってくる前にちゃんとしておかないと」

「アイツら、絶対走って戻ってくるからな」

秋桜が苦笑する。


その言葉に、椿もつられて笑った。

「うん……想像できる」

二人がシートを押さえながら整えていると、

遠くから元気な声が響いた。


「秋兄ぃ!椿兄ぃ! 見て見て! 焼きそばあった!!」

「たこ焼きも買った」

紫陽花と桜が、屋台の袋をぶら下げて全力で走ってくる。


「ほらね」「ほらな」

椿と秋桜が同じタイミングで言い、

二人は顔を見合わせて、ふっと柔らかく笑った。


「お前ら、走るなって……転ぶぞ」

秋桜が呆れたように言うが、声はどこか優しい。


「だってさ! 焼きそばが俺を呼んでたんだよ!なぁさくちゃん?」

「俺に振るな。クソ兄貴」

桜が即ツッコミを入れる。


紫陽花は袋を広げ、得意げに中身を見せつけた。

「見ろよ!秋兄ぃ!このソースの香り!絶対うまいやつだぜ!」

桜もつられて覗き込む。


椿が手を差し出す。

「はいはい、まずは手を拭いてからね。ほら、ウェットティッシュ」

「はーい」


紫陽花は手をふき終わるとたこ焼きの箱を開け、

「うわっ! めっちゃ熱そう!」

と嬉しそうに箸を伸ばす。


「おい、紫陽花。熱いの苦手だろ」

秋桜が言うと、紫陽花は胸を張る。

「いや、今日の俺はイケる気がする!」

「根拠のない自信やめろ」

桜が冷静に突っ込む。


紫陽花はたこ焼きを箸でつまみ、

「ふーっ……ふーっ……」と必死に冷ましながら口に運ぶ。


「……あっっっつ!!!」

「言わんこっちゃない」

秋桜がため息をつき、椿が笑いながらお茶を渡す。


桜は焼きそばを一口食べて、

思わず目を輝かせた。

「……うまっ」

「お!さくちゃんさくちゃん!俺も焼きそば食べたーい!」

「ちょっ近いって!」

「いいじゃんかよぉ!ほらほらさくちゃんもたこ焼き食べな?な?」

そういうとたこ焼きを桜の口元に運ぶ。

「~~ッ!自分で食べるからっ!ソースが落ちる!」


二人がわちゃわちゃしている横で、

椿はペットボトルを開けるとこくこくとお茶を飲む。


春の風が吹き、

桜の花びらが四人の周りをふわりと舞った。


――こういう時間が、やっぱり一番好きだ。

椿は心の中でそっと思った。


紫陽花と桜が屋台フードを抱えて戻ってきてから、

レジャーシートの上は一気に賑やかになった。


焼きそばの香り、たこ焼きの湯気、

そして桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。


そんな中、椿がふとスマホを取り出した。

「ねぇ、せっかくだし写真撮らない?

4人で花見なんて、滅多にないし」


紫陽花が即座に反応する。

「でも誰が写真を―」

そう言いかけたころには、

すでに椿が近くにいた女性にスマホを渡し写真をお願いしていた。


「ほんと、こういう時の椿兄ぃは行動力あるよね」

「アイツは昔から兄弟の中で一番行動力があるんだよ」

秋桜があきれたように笑った。


「じゃあお願いします」

椿が戻ってくると紫陽花が楽しそうに桜の腕を引っ張る。

「よし、さくちゃん真ん中な!」

「なんで俺が真ん中なんだよ!」

「可愛いから」

「~~ッ!!可愛くねぇ!!」

桜が真っ赤になって反論するが、

紫陽花はまったく聞いていない。


秋桜が静かに桜の背中を押す。

「ほら、行ってこい。

桜が真ん中だと写真がまとまるんだよ」

「……秋兄まで……!」

桜はむくれながらも、

結局レジャーシートの中央に立つ。


紫陽花は桜の肩に腕を回し、

「はい、さくちゃん笑って~」

とニヤニヤ笑う。

「笑わねぇよ!!」

椿はそんな二人を見て、

「はいはい、自然な顔でいいからね」

と優しく声をかける。


秋桜は桜の反対側に立ち、

少しだけ桜の肩に手を添えた。

「桜、ほらカメラ見て」

その声が妙に落ち着いていて、

桜は一瞬だけ目を伏せた。


――なんか、こういうの……悪くねぇ。


風が吹き、花びらが四人の周りを舞う。

女性は優しく笑うと。

「じゃあ撮りますよ、3……2……1……」

と声をかけシャッターボタンを押す


その瞬間―

桜は、ほんの少しだけ――口元を緩めた。


カシャッ。

春の光の中で、

四人の姿が一枚の写真に収まった。


女性にお礼を言いスマホを受け取ると、

椿が画面を確認して、目を細める。

「……うん。すごくいい写真だよ」


紫陽花が覗き込み、

「さくちゃん、めっちゃ可愛いじゃん!」と騒ぐ。

「うるせぇ!! 見せんな!!」

桜は真っ赤になってスマホを奪おうとするが、

秋桜が軽く押さえて止めた。

「桜。いい表情してるよ」

その一言に、

桜は言葉を失い、

視線をそらした。

「……知らねぇし」

でも、その声はどこか柔らかかった。


春の風がまた吹き、

花びらが四人の肩にそっと落ちる。


「ねぇねぇ椿兄ぃ!お弁当も食べたい!」

紫陽花がお弁当をちらちら見ながら目を輝かせる


「フフッ、いいよ。食べようか」

そういうと椿はお弁当の蓋を取る。

その瞬間―

ふわっと温かい香りが広がった。

唐揚げ、卵焼き、彩り野菜、混ぜご飯のおにぎり。


椿が朝から鼻歌まじりで作っていた、あの“式守家の味”だ。

「うわ、めっちゃ美味そう!」

紫陽花が目を輝かせる。


秋桜も、普段は控えめな表情を少し緩めた。

「椿、いつもありがとう。……本当に助かってる」

「えへへ、どういたしまして」


桜はというと、じっと弁当箱を見つめていた。

椿がそっと声をかける。

「桜の好きなやつ、ちゃんと入れてあるよ」

「……知ってる」

桜はそっぽを向きながらも、箸を伸ばす手は嬉しそうだ。


「「「いただきます」」」」

四人の声が重なり、春の空気に溶けていく。


桜が唐揚げを一口食べた瞬間、目がぱっと開いた。

「……うまっ」

「さくちゃん良かったねぇ」

紫陽花がすかさず嬉しそうに話しかける。


「いちいち紫陽兄はうるさい!」

秋桜が苦笑しながら、桜の頭を軽く撫でた。

「ゆっくり食べろ。喉につまらせるなよ」

「子ども扱いすんなって!」


そう言いながらも、桜は撫でられた場所をそっと押さえている。

椿はそんな三人を見て、胸の奥がじんわり温かくなった。


――この瞬間のために、朝から頑張ったんだ。

桜の木の下で、

4人の笑い声が風に乗って広がっていく。


春の光に包まれた、

式守家らしい穏やかで賑やかな時間だった。


屋台フードとお弁当でひとしきり盛り上がったあと、

レジャーシートの上には、ゆったりとした時間が流れ始めた。


春の風は温かく、

桜の木の枝が揺れるたび、

花びらがひらひらと舞う。


紫陽花は早々に横になり、

「うわ~……眠くなってきた……」

と大きなあくびをする。


椿が笑いながらタオルをかけてやる。

「食べすぎなんだよ、紫陽花ちゃんは」

「だって屋台が俺を呼んでたんだもん……」

「幻聴だよ。病院行けクソ兄貴」


桜がぼそっと突っ込むが、

その声もどこか眠たげだった。


秋桜は飲み物を片付け終えると、

桜の隣に腰を下ろす。


「桜、眠いのか?」

「……眠くねぇし……」


そう言いながらも、

桜のまぶたはゆっくりと落ちていく。


春の陽気は、13歳にはあまりに心地よかった。


ふらりと身体が傾き――

桜の頭が、秋桜の肩にそっと触れた。


秋桜は驚いたように目を瞬かせたが、

すぐに表情を緩め、

桜の頭が落ちないようにそっと支える。


「……寝ちゃったね」

椿が小声で笑う。


「桜、こういう時だけ素直なんだよね」

紫陽花が寝転んだまま呟く。


秋桜は桜の髪を軽く撫でながら、

静かに答えた。

「素直じゃなくてもいい。

こうして安心してくれるなら、それで十分だ」


その声は、春の風よりも柔らかかった。


ふと見ると、椿も目を細めていた。

春の光に照らされて、まばたきがゆっくりになっている。


「椿も眠いのか?」

秋桜が声をかける。


「……うん。ちょっとだけ……」

椿は頬を指でこすりながら、

レジャーシートの端に座り直す。


「寝てもいいぞ。俺が見てるから」

「え……でも……」

椿は一瞬ためらったが、

桜が秋桜の肩で気持ちよさそうに眠っているのを見て、

ふっと表情を緩めた。


「……じゃあ、少しだけ」

椿は膝を抱えて座り、

少しだけためらってから――


秋桜の肩に、そっと寄りかかった。

そのまま、ゆっくりと目を閉じる。


紫陽花は寝返りを打ちながら、

「兄弟で昼寝とか……平和すぎ……」

と呟く。


秋桜は二人の頭をそっと見比べ、

静かに息をついた。


「……こういう時間、悪くないな」


春の風が吹き、

花びらが三人の肩にそっと落ちる。


その瞬間、

式守家の“春の午後”は、

ゆっくりと、穏やかに、時間を止めた。



――


しばらくして、

桜の木の影が少しずつ伸び始めたころ


紫陽花が大きなあくびをしながら起き上がる。


「ふあぁ~……よく寝た……」

「フフッ寝すぎだよ紫陽花ちゃん」

椿が笑いながら紫陽花にかけていたタオルを慣れた手つきで畳む。


桜はというと、

秋桜の方に頭を預けたまま、スース―と寝息を立てていた。


そのことに気づいた紫陽花はすっとスマホを取り出すと

カシャシャシャシャと連写する。


「……ん……」

シャッター音に気づいた桜が小さく唸って、ゆっくり目を開ける。


秋桜が優しく声をかける。

「起きたか。そろそろ帰るぞ」


「……帰る……?」

桜はぼんやりと顔を上げ、

自分が秋桜の肩に寄りかかっていたことに気づく。


そして――

一瞬で顔が真っ赤になる。


「っ……!!」


カシャカシャシャという連写音が再度なり

ばっと桜が顔を上げると

にんまりと嬉しそうに笑う紫陽花が、桜にスマホのカメラを向けていた

「なっ……!なに撮ってるんだよクソ兄貴!!!」

桜はとっさに紫陽花のスマホに手を伸ばす。


紫陽花はその手をするりと避けると

「さくちゃん、めっちゃ可愛い寝顔だった~!」

と嬉しそうに笑う。

桜は再度顔を真っ赤にして立ち上がると、

紫陽花のスマホを奪おうとする。

「~~ッ!うるせぇ!クソ!消せよ!!」

「え~やだよ。それにもうクラウドにもあげちゃったから

本体から消しても無駄だよぉ~」

「はぁ?!!ふざけんなよ!クソ兄貴!」

桜はへらへらと笑う紫陽花の襟をつかんで前後に揺らす。


椿はくすくすと笑いながら

桜の髪についた花びらをそっと取ってあげる。


「ほら、花びらついてるよ。

……フフッよく寝てたね」

「……寝てないって言ってるだろ……!」

桜はそっぽ向くと唇を尖らせる。


「さぁ、遅くなると冷えるから、もう帰ろう」

秋桜がゆっくり立ち上がると片付けを始める。


「あ~あ、明日からは学校か……やだなぁ」

紫陽花がため息をつきながら、ごみをまとめたビニール袋をぎゅっと締める。

秋桜が眼鏡を指で上げながら睨みつけ低い声で言う。

「おい、教師の前でよくそんなこと言えるな」

「学校に身内がいると思うと余計嫌になるんだよ」

紫陽花がべぇと舌を出して不快感を表現する。


椿が笑いながらレジャーシートを畳み始める。

「いいじゃないか。秋兄と一緒に学校行けるなんて」

「良くないよ!椿兄ぃならまだしも秋兄ぃはすぐ怒るし」

「お前が学校でふざけたことするからだろ!」

「あ~あ、秋兄ぃは学校でも過保護で嫌になるよ」

「まぁまぁ。そんなこと言うもんじゃないよ。

 秋兄は兄弟思いなところがですぎちゃうだけなんだから」

「……椿。それフォローにはあんまりなってないぞ」

「そう?まぁ僕は秋兄のそういうところ嫌いじゃないよ」

「椿兄ぃ……秋兄ぃを甘やかしちゃだめだよ。調子に乗るから」

「お・ま・え・が言うな!!!」

秋桜が紫陽花の頭を押さえる。


そんな様子を桜は黙って見つめ、はぁと深いため息を吐き。

「いいから……早く片付けろよ」

とつぶやいた。


片付けも終わり、4人は桜を名残惜しそうに見上げる。

「来年もさ……また来ようよ」

「そうだな。来年も来よう兄弟4人で」

椿と秋桜が寂しそうにつぶやく。

二人の横顔をみて紫陽花がフッと笑う。


「……俺来年は彼女と行きたいな」

桜は何も言わず、静かに紫陽花の頭を殴った。


春の空に、またひとひら花びらが舞う。

式守家の家族構成


長男:式守 秋桜 (しきもり しゅうおう)

年齢:25

職業:高校教師(国語)

呼び方:兄弟は呼び捨て


次男:式守 椿 (しきもり つばき)

年齢:23

職業:大学生+アルバイト

呼び方:秋兄、紫陽花ちゃん、桜ちゃん


三男:式守しきもり 紫陽花しいか

年齢:17

職業:高校2年生

呼び方:秋兄ぃ(しゅんにい)、椿兄ぃ(つばきにい)、さくちゃん


四男:式守 桜 (しきもり さくら)

年齢:13

職業:中学一年生

呼び方:秋兄、椿兄さん、クソ兄貴or紫陽兄しいにい

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