語り部による種明かし
俺の仮説と、あかりの仮説が、両方とも正解?
俺が言っていた「世界の隙間」は、あかりのいた世界でも俺のいた世界でもない隙間のような場所で、あかりの頭の中ではない。
あかりの言っていた「精神世界」は、あかりの頭の中の話という前提で、世界とは関係がない。
別の場所を指し示すそれは両立し得ないと思っていただけに、今のみそら先生の発言に強い疑問を覚えた。
「いやなに、ほんの小さな表現の違いさ」
みそら先生は少しおどけるように肩をすくめ、饒舌に続ける。
「あきら君の言う「世界の隙間」は、どこにあるかもわからない世界と世界の間のことを指すのだろう? あかり君の言う「精神世界」は、あかりくんの頭の中を指すのだろう? 私の言う“裏側”とは、そのどちらのことをも兼ねているよ。あきら君のいた世界からもあかり君のいた世界からも見えない場所が「世界の隙間」なら、それも“裏側”。あかり君の頭の中を覗ける人はいないのだから、それも“裏側”。どちらも何かの“裏側”であり、観測者から秘匿されているものであることには変わりないだろう?」
「いや、それは屁理屈、というか、ただの言葉遊びでは?」
呆れたような声色で返したのはゆたかだった。
少年のような見た目のゆたかに呆れた声を出されているという光景は、はたから見て面白いような、可哀想なような、複雑な気持ちにさせる。
「いいや、言葉遊びだけではないよ」
みそら先生はそれを意に介さないのか、嬉々としていた。
立てた人差し指を左右に振り、さもゆたかの指摘が甘いをことを批判するような動きをする。
「あきら君の「世界の隙間」は、おそらく私の考えている“裏側”と非常に近いものだろうと思っているよ。あきら君がどのように想像しているのかはわからないが、世界と世界は“裏側”同士がくっつくものだと私は解釈しているからね。そして、私は確実に別の世界から来ている。すでに男性の私と語り合い、その共通の見解を得ているよ。あきら君もそうだろう?」
「はい、まあ……少なくとも、俺はそう思ってます」
少なくとも、と表現したのは、みそら先生と違って、俺はあかりと同意見になっていないから。
「なら、世界が異なる者同士がこうして語らい合えるこの場所は“裏側”であり、あきら君の言うように「世界の隙間」であるというのが、私たちが観測している情報の中では有力と言えるだろう。私なりの表現を使わせてもらうなら「世界の裏側」としたいところだね」
みそら先生の言うことに、俺は同意する。
別の世界の人間同士が会えて、俺たちのいた世界のどんな物理法則にも当てはまらないおかしなことが起きる場所なのだから、俺はそう考えていた。
俺の考えをなぞらえるようなみそら先生の話に、賛同を得られた気持ちになり、嬉しくなる。
しかし、みそら先生が同意するのはそれだけではない。
「なお、あかり君の「精神世界」にも、私は同意しているよ。おっと、これは矛盾していないよ。君たちは言い争いに発展していたが、私からすればこれらは両立する仮説だからね」
その続ける内容が、今の俺には理解できない。
二つとも違う場所のことを指しているのだから、両立なんてありえないのに。
「先ほど君たちの肉体が変化したように、この“裏側”は肉体的な制約を受けないだろう? 肉体もまたある意味では観測者になり得るからね。肉体を伴っていたのであれば起きない変化が起きたということは、今この場に物理的な肉体は存在していないという可能性が出てくる。むしろ、肉体が質量保存の法則を崩して変形するよりは高い可能性と言えるだろう? その可能性を詭弁と吐き捨てることはできないはずだよ」
「なるほど……」
渋々納得するように、ゆたかは自身の髭が全く生えていない細い顎に手を当てる。
少年のようでもあるが、男性らしさが見えずゆたかの面影があるため、とても中性的に見えた。
「そして、物理的な肉体がないということは、今の我々は精神体で活動していることになる。先ほどゆうな君が言っていた魂のような状態と表現しても良いかもしれないね。そして、その精神体はどこに行くのかという問いだが、私はどこにも行っておらず、全員の頭の中がリンクしている状態の可能性が高いと思っているよ」
みそら先生は、自分の頭を指差して、続けて俺たちの頭も指差す。
「それぞれの頭の中であり、全員の頭の中でもある、といった状態だ。根拠たるものは薄いが、私のところにいたあきら君の話によると、この“裏側”に来た後に目が覚めたら、必ずあきら君の体に戻っているそうだから、幽体離脱のような行き先不明になりかねないそちらよりは――」
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
どきりと心臓が跳ねた感覚と共に、俺が慌てて口を挟む。
「おや、何か間違えたことを言ったかね?」
「そうじゃないんですけど……」
話を遮られたみそら先生はそう勘ぐったらしいが、俺が止めた理由はそうじゃない。
今のみそら先生の話の中に、聞かなければならない強い違和感を覚えたからだ。
「今、「私のところにいたあきら」って言いました?」
それが、俺が強烈な違和感を覚えたところだった。
みそら先生は、俺のいた世界から来たと言っていたから「私のところにいたあきら」と表現するのは俺のはずだが、俺たちはさっき見知ったばかり。
俺は今日一日あかりの体であかりの世界にいて、目が覚めたらの件について話せるのは今日しかないのだから、俺がみそら先生にその話をしていることはありえない。
今この場でその話をしていなかったはずだから、みそら先生がそのことを知っているのはおかしいのだ。
「そうか、たしかにこの表現では気になってしまうか。まだ君たちには話してない情報だから、その疑問は正しいものだね」
よく気づけたね、と言ってみそら先生が俺の頭を撫でてこようとするが、その手はゆうなによって掴まれ、止められた。
「私のあかりなんで――あ、いや、あきらか。まあどっちでも、そういうのはやめてください」
「おお、すまないね。子供のような見た目だと、つい」
なんとも男前なことを言うゆうな。
ゆうなから見れば、今の俺はあかりの姿だから、その俺が撫でられようとするのは許せなかったのだろうか。
イケメンと評するに値する顔とスタイルでそう言うのだから、特にキュンときたりはしないけど、非常に様になっていて、ドラマかなにかに出てきそうだなと思った。
みそら先生が反省しているようなので、ゆうなは若干疑いの目を向けながらもその手を離す。
その様子をなぜか悔しそうな表情になっている俺の姿のあかりが見ていたが、一体どういう気持ちだったのだろう。
それについては言及することなく、みそら先生は大きく盛り上がる胸の下で腕を組み、話を続ける。
「それでは、君たちに不足している情報を伝えよう。これは、先ほど私が言った「解決しようとしていた」の話に立ち返るものでもあるから、種明かしを進めるものでもある」
みそら先生は、自身の顔の前に人差し指を立てる。
口端を上げ、自慢そうな笑みを浮かべて語るそれは、
「――私の世界にも、別の世界のあきら君がいたよ。あきら君の体に、別の世界のあきら君の精神が入り込んでしまっていたんだ」
想定すらしていなかった、事実の証言だった。