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興奮の紅潮は様々に変化する


「うそ……」


 そんなつぶやきは、誰から漏れ出たものだろう。

 耳に届いたそれが誰から発せられたものなのか判断できるほど、今の俺は冷静ではなかった。


 ――みそら先生の言うとおりになった。

 真っ暗だったこの世界が、みそら先生が指を鳴らした瞬間、真っ白な風景へと変貌したのだ。


 俺は驚き、周囲を見渡す。

 全てが白。ライトアップされたような光の白ではなく、ペンキを塗りたくられたような、あるいは何にも染まっていないキャンバスのような、色としての白。

 何もなく広さも距離感もわからない空間であることは変わらないのだけれど、光源の一つだってなかったこの空間が、見える限りの全てが白色で覆われている。


「ど、どうやって、こんなことを……?」


 そう質問したのは俺で、自分の声が耳に届き、その動揺具合を改めて認識する。


 質問した先であるみそら先生は、非常に満足そうな笑顔を浮かべていた。

 赤い口紅を引いた唇が三日月の形に曲がり、頬もやや紅潮。

 ふふ、という彼女がよく口にする笑いを携え、先ほどまでの流れを汲むように、仰々しく俺たちに向けてお辞儀をして見せた。


「さあ、どうだったかな? その様子では無事に成功したようだね。ちゃんと驚いてくれたようだね。いやあ、実に堪らない。これだよこれ、こういうのが堪らないんだ。してやったりというのはこういうことを言うんだね」


 早口にまくし立て、とても興奮しているようだった。

 年甲斐もなく、と思うのは、先ほど聞いた年齢のせいだろうか。

 みそら先生は、その勢いのまま話を続ける。


「君たちが述べてくれた推論は、どちらも正解であり、不正解であると言えるね。多義的なんだよ。だから、私がやってみせたようなこともできる。わかるかね?」

「いや、全然わからないんですけど……」


 何かを言っているようで、俺にはちっともわからないことを言われても。


「そうだね、それはそうだ。なぜならわかるように言っていないからね。いやいや、これは私の趣味だ。付き合わせてしまって悪いね。しかし癖だからどうしようもない。そう思って諦めてくれると助かるよ。ああ、でも今の私は種明かし役か。ちゃんと伝える努力はしよう。させてもらうつもりだが、いやあどうだろうね」


 みそら先生は、その若作りの成果も含めてかなりの美人だが、中身は別の意味でかなりのものらしい。

 饒舌な語り口に、俺はついていけない。


「ちょっと落ち着いて――」

「それじゃあ、次の変化を加えてみようか」

「は、はあ?」


 たしなめる言葉を遮り、みそら先生は大きく両手を広げた。

 戸惑う俺たちをよそに、またみそら先生は右手で指パッチンをする姿勢を見せてくる。

 早口ながらも明瞭な言葉で、また俺たちの誘導を始める。


「さあ、またイメージしよう。今度は自分自身に関する変化だ。私としては偏りをもたせたいところだが、まあ平等に。みんな、自分の性別が入れ替わる想像をしてごらん? ゆうな君、ゆたか君、あかり君の三人は男になる想像を、あきら君は女になる想像をしてみるんだ」

「せ、説明は後回しですか?」

「これに成功したら、しっかり説明してあげるよ、ふふふ」


 ウインクを飛ばして、みそら先生は笑う。

 明らかに振り回された始めた状況に危機感を覚えるも、そう言われては言うことを聞いたほうが良い気になってくる。


「さあ、想像できるかな? 自分が異性に変わることを想像しても良いし、身の回りにいる異性のことを想像してみても良いね。自分の顔や髪はこう変わって、体はこう変わって、声はこんな風になって、と、順番に想像していくと良いかもしれないね」


 この想像に関しては、俺は想像すると言うより、少し前のことを思い出せば良いだけだったりもする。

 楽なことではあるので、みそら先生が事細かに想像を促してくる頃にはすっかりイメージできているのだが、同時に嫌な予感も覚える。


(これをイメージさせるってことは……?)


 先ほど、理屈は全くわからないけど、俺たちに周囲の色が黒から白に変わることをイメージさせて、みそら先生が指を鳴らしたらそのとおりになった。

 それと同じ順序を辿って、今は俺たちが異性の姿になることをイメージさせているということは――


「あ……」

「さあ、始めよう、好奇心の旅路。異性へのカウントダウンだよ。さん――」


 みそら先生はまた数を数えおろし始める。


「ちょ、ちょっと待って――」

「に――」


 遮られた言葉は制止に値せず、俺が止めに入るのも遅かった。

 慌ててみそら先生の指を止めるために伸ばした手は、それを察知して頭上に上げて逃げられてしまう。


「いち――」


 そうした行動から、みそら先生が止める気がなかったことに気づくべきだったのだろう。

 上げられたみそら先生の右手を見上げているうちに、無情にもその時間はやってきた。


 ――パチン


 見上げていた右手が遠くに伸びていく感覚。

 いや、みそら先生の右手が伸びたのではなく、見上げる俺が縮んだのだろう。

 急に頭部に重さを感じるが早いか、視界の左右から大量の黒い髪の毛が降り注ぐ。

 これまで体に眠っていたであろう力が抜けていく感覚は、急激に心を窮屈にさせる。


 身にまとっていた衣服が変化するのは、なんとなく脱がされたときの感覚が近い。

 シャツとパンツ姿だったのに、慌てて見下ろせば白のワンピース姿。

 襟元まであった布地は消えて、鎖骨までを露出。

 両足を包んでいたパンツも消えて、膝上までしかないスカートの形状に。

 腕や脚が急に空気に触れ、途端にその頼りなさにドキリとする。


 変化は一瞬。馴染みは、約一日ほど。

 みそら先生が指を鳴らした瞬間、俺はあかりの姿に変えられてしまった。


「待ってって、言ったのに……」


 そうつぶやいた俺の声は、やはり甲高く、やや舌っ足らずに感じるそれ。

 先ほどまで聞こえていたあかりの声と若干違うような感じがするのは、自分の声を録音して聞いたときのそれと近い気がした。


 せっかく男の体に戻れていたのに……。

 もはや慣れてきたとも言える小さく弱々しい体を見下ろし、辟易としてうなだれる。


 止められなかった悔しい思いでみそら先生を思わず睨んでしまうが、ニタニタとした悪戯な笑みよりも、その周囲の様子に目が行った。


「わ、本当に変わった」


 まず目に入ったのは、俺の横。

 そちらを向くと、ゆたかがいたはずのところに立つ、背の低い男がいた。


 たくやに似ている、というのが第一印象。

 低めの身長に、華奢な体付きで、耳にかかるストレートの黒髪。

 服装はゆたかとそう変わらず、シャツとジーンズの姿。

 変わったと言えばシャツに書かれている文字が「翔太」に変わっていることくらいか。


 前情報がなかったら誰かわからなかったかもしれないが、みそら先生が仕掛けてきたことや自分の変化を考えれば、なんとなく想像がつく。

 最初はたくやに似ていると感じたが、どことなく雰囲気が近いだけで、よく見ると顔つきなどはゆたかに似ていて、ゆたかの弟と言われれば信じるかもしれない見た目だった。


「お前、ゆたかか?」


 両腕を肩の高さに上げて自身の姿を確認していたそいつに声をかけると、男にしては高めの声で返事。


「そうだよ。そういう君はあかり……に見えるが、そこにいるということは、あきらだね?」

「うん、当たり」


 男の子と表現したほうがしっくり来るだろう、変化したゆたかの姿。

 身長はあかりの姿になった俺よりも少し高いくらいで、目線がほとんど同じなことに驚いた。

 それはゆたかも抱いた感想だったらしく、「あかりの顔がこんなに近くに見えるよ」と言って、自分の頭頂に手を当てて、それを俺に向けて伸ばして身長差の縮まりを体感しているようだった。


「なるほど、これは面白いね。私のこれは咄嗟に思い浮かべたものだったけど、こうも変化するものなのか。あきら、どうだい? 私はちゃんと男の子になれているかい?」

「ま、まあ、たぶん……」


 顔つきがゆたかに近いというのも関係しているのだろうか。

 見た目や声が大きく変わったが、しゃべり方は元々の姿の面影を感じて、なかなかの違和感。


「あったものがなくなって、なかったものがなくなっているね。ほう、こんなことは初めてだけど、とてもリアルに感じるよ」


 そう言うゆたかは、変化した自分の体を見下ろしながら、胸や下半身を手でペタペタ触り始める。

 しっかりとジーンズの上から股間を触って存在を確かめるのには驚いたが、まあこれに関しては俺がとやかく言える筋合いはない。


 そして、そんな風に自分の体を触っているのは、他にもいた。

 ゆうなのいた場所に立つ、今度は背の高い男も同じような挙動をしていたのだ。


「へえ、これが……」


 聞こえる声は、低くて男性らしいもの。

 比較対象のない目測だが、その身長は男の姿だったときの俺以上、女の姿だったときのゆかた未満といったところだろう。

 その顔つきはとても端正で、美形のそれ。

 少し強めのパーマがかかっている茶髪で、色はゆうなのそれと似ている。

 服装は、白シャツの上に深い色コーチジャケットを着て、下はスキニー。

 清潔感があり、スタイルの良さも相まって、俳優のような雰囲気すら感じる。


 ゆたかと違って、ゆうなの面影を感じるところはない。

 強いて言えば茶髪くらいなもので、女性らしさの強かったゆうなの見た目からかけ離れている様相に、問いかける言葉に自信がなくなってしまう。


「ゆうな、だよな……?」

「ええ、そうよ。あなたはあきらよね?」


 その質問には頷いて答えたのだが、先ほど以上の違和感。

 たぶん男の姿だったときの俺よりも低い声なのに、その口調はゆうなのもの。

 あまりのミスマッチさに、ちゃんと頷けたかどうかさえ怪しい。


「あ、なるほど。その変な顔は私の声が原因ね。すごく低くなってて、いつもと同じ風にしゃべると変だものね。しゃべるたびに喉が震える感じがするわ。あ、喉仏がある」


 自身の喉に手を当て、出っ張っている喉仏を指でツンツン触っている。

 その行為はおかしなものだが、美男子が故だろうか、なぜか様になって見えるのが不思議だ。


「わ、腕に血管が浮いてるわ。自分の腕がこうなると、結構気持ち悪いのね。こういうのが好きな子の気持ちはわからないわ」


 着ていた袖をまくりあげ、自分の腕を確かめたりもしている。

 気持ち悪いとは言いつつも、手を握ったり開いたりして、それによって前腕の筋が動くのを面白がっているようでもあった。


 あかりの体から見ると、背の高い男はなかなか威圧感がある。

 特にこちらに向けられていないというのに、大きな体躯を目の前にして見上げると、それだけで居心地が悪い。

 顔は大層整っているので、たぶん精神的に女性であればキャーキャー騒ぐのかもしれないけど、今の俺からするとあまり近づきたくない印象のほうが強かった。


 そして、その美男子化したゆうなの後ろに、誰かがいるのが見える。

 そこにいたのはあかりだったから、そこを間違うことはないのだが、ガタイの良くなったゆうなの影に隠れていてよく見えない。

 俺、ゆたか、ゆうなの例に漏れなければ、あかりも男の姿になっているはず。

 そう思ってゆうなの背中側を覗き込もうとすると、その様子を察したのか、ゆうなはずいぶんと格好良くなった顔で笑う。


「あかりのことが気になるの? 面白いことになってるわよ。さ、どうぞ」


 どうやらすでにあかりの変化した姿を見ていたらしい口ぶりで、低い声に見合わない女口調。

 そう言って、ゆうなは横に一歩動き、背後にいたあかりが見え――


「……は?」


 そこにいたのは、あかり、のはずだった。

 結果がどうなっているかはわからないが、ゆうなやゆたかのように、男の姿になっているはず。

 いや、違う、男の姿になってはいるんだけど……。


 ――そこにいたのは、驚いた表情でこちらを見返す、俺の姿だった。


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