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仮説の否定


 探索の必要がない……?

 その疑問はこの場にいる全員に浮かんだものだったらしく、俺たちは顔を見合わせ、首を傾げる。


 みそら先生が続ける。


「さて、君たちに質問だ。この場所――闇然で幽々たるここを、どこだと思う?」


 大袈裟なしゃべり方で、みそら先生は視線を右に、左に。

 その視線の先には何もなく、ただの暗闇だけが見える。


 その質問の答えは、俺もあかりも知りたがっていたものだ。


「推測なら、できますけど」


 応えるのは俺。

 これが正しいのかはわからないが、前回ここに来たとき、思い浮かんだ仮説がある。


「表現はあれかもですが、「世界の隙間」だと思います。俺のいた世界とあかりたちのいた世界の間で、世界のどこでもない場所」

『ちょ……』


 そこに口を挟んできたのは、ずいぶんと大人しくしているあかりだった。


『違う、そんなとこじゃなくて……俺が思うのは――』

「ほう、君はあかり君という名前だったね? 自己を示す表現に「俺」を使うのか。俺っ子というやつだね? そういうキャラ付けなのかな?」

『や、あ、あの……』

「みそらさん、あかりが困るのでやめてください」


 小さくぼそぼそと話すあかりの言葉を遮り、みそら先生が興味深そうに問いを投げる。

 どうやら本当に人見知りを発動しているらしいあかりはどもり、そこに助け舟を出したのはゆうなだった。


「あなたにとっては気になるところかもしれませんが、そういう子だっていますし、触れてほしくないことだってあります。茶化さないでください」

『ゆ、ゆうな……』


 ゆうなはあかりを守るように抱きしめ直し、あかりもそれを受け入れている。

 もうずっとその状態だが、お互いにとって今はそうありたいのだろう。


 ふと、今日の昼頃にゆうなと電車に乗ったときのことを思い出す。

 あのときの俺はあかりの体で、慣れないひ弱さで大変だったところを、ゆうなが支えてくれたり守ってくれたりしたっけ。

 きっとゆうなは普段からあかりに対してそうあろうと振る舞っていて、中に俺が入っているときも、同じようにしてくれていたのだろう。

 今の様子を見ていると、そんな二人の関係性がよく見えてくる。


「ほら、あかり。さっき言いかけたこと、言って良いんだよ? 自分で言える?」

『う、うん……』


 それにしたって、やっぱり過保護すぎる気もするんだが。


 ゆうなに促されたあかりは、やはり小さな声で続ける。


『俺は、ここは俺の頭の中で、精神世界だと思う……。あきらは俺の二重人格で、俺の体を乗っ取ってるんだ……』


 それは、前回のここであかりが言っていた内容だった。

 あかりは俺と違い、ずっとこの暗い空間に置き去りにされている。

 もし世界の間で人格の入れ替わりが起きているなら、あかりは俺の体に入っていないとおかしい。

 俺だけがあかりの体に入り、あかりはここに取り残されているということは、世界の間で入れ替わりなんて起きていない。

 ただ俺という架空の人格が生まれ、あかりに成り代わっているのだと。


 状況や根拠は違えど、今日あった喧嘩の最中、ゆうなも同じようなことを言っていた。

 そのときのゆうなにとっての俺は、あかりがあきらという架空の人格を演じているだけのごっこ遊び。

 世界の移動など起きておらず、オカルトなことなど起きていないと。


 しかし、あれからゆうなは変わった。変わってくれた。

 自分の過去を語ってくれて、どうしてもそう否定せざるを得ないと言っていたゆうなは、今はどう思っているのだろうか。

 それが気になってゆうなの顔を覗く。

 視線が合い、意見を求めていることが伝わったのか、ゆうなは少し考え込む表情を見せた。

 しかし、続いたのは少し笑っているような、困っているような、なんとも言えない表情。


「ううん……私はノーコメントで」


 明らかな拒否反応ではなく、何かを言いよどむような。

 優しい手付きであかりの頭を撫でながら、俺から視線をそらした。


 おや、と首を傾げる。

 徹底的にオカルトを否定しようとしていたゆうなは意見を変えてくれたが、たしかに翻って肯定派になったというわけでもない。

 ただ否定はせず、一つの意見として受け入れたり考えたりしてくれるようになってくれたと思ったのだが……。


 ゆうなが閉口した反応に、俺が抱いた疑問。

 それは、ゆうなだったら気づいているであろう、あかりの唱える仮説の矛盾点だ。


 そこに割ってきたのは、ゆたかだった。

 姿勢良く、俺たちの頭上から凛とした声を発する。その色は気遣いのもの。


「まあ、気持ちはわかるよ、ゆうな。もし私が同じ立場だったらと考えると、理解できるよ」

「あなたが私と同じ立場になることはないわ」

「フォローしようとしているんだから、そういうことは言わないでおくれよ」


 苦く笑うゆたか。

 険悪な言葉を並べてはいるが、その雰囲気は尖っておらず、ゆうななりの冗談を含めているのが感じられた。


「あかり、いいかい?」


 続けるゆたかは膝に手を当て、姿勢を前傾。

 薄く平らな上半身は何事もなく、小さな子に話しかけるような優しい声のトーンであかりに話しかける。


「あかりに言う精神世界説も一理あると思う。だって、ここはこんなにも不思議な世界だからね。妄想だとか夢だとか、そういう頭の中で完結するような場所じゃないとおかしいって思うのは、たしかにわかるよ。でもね、」


 そこで言葉を区切り、左手は自分を指し、右手でゆうなを指す。


「あかりの頭の中に、想定していなかった私たちのような存在が出てきたのはどうだい? あきらから聞いたんだけど、私たちが来るより前は誰も呼び出すことができなかったんだろう? でも、私たちがここに来ようと思ったら来れた。あかりの頭の中に、その外側にいる人間が自由にアクセスできるというのは、変だと思わないかい?」


 それにね、と優しく諭すような口調でゆたかは続ける。

 ゆうなを指していた右手を、今度はみそら先生へと。


「みそら先生の存在はどうだろう? 私やゆうなはあかりがよく知っているから、あかりの意図しないタイミングで登場している可能性もあるよね。夢なら、脈絡もなく旧友が出てきたりすることもあるからね。同じ理屈だってありえるだろう。でも、みそら先生は?」


 対して、あかりの表情は暗い。

 口元はゆうなの胸に埋め、視線だけをゆたかに向けて見上げている。

 眉尻は下がり、怯えているようにも見える。


「みそら先生のことは、私たちの世界にいた男性の菊地原先生ことさえ、あかりは知らないだろう? 全く知らない人があかりの頭の中に急に出てこれるかな?」


 ゆたかの言っていることは、まさに俺が思っていたことだった。

 そして、ゆうななら気づいているであろうと思っていた疑問に繋がる思考でもある。


 そもそも、菊地原先生の提案を受け、俺たち全員でこの場所に来ようとしたのは、ここを菊地原先生の言うミステリースポット、俺が推測する世界の隙間という前提があったからだ。

 あかりが言うような精神世界を前提としてたら、俺が自分の部屋で意識を失ってあかりと会えたからと言って、じゃあ他の人も一緒に、なんて思考にはならない。

 この暗闇の空間がどこなのか正確なことはわからないにせよ、少なくともあかりのそれを否定していないと、菊地原先生の提案に乗ることはないだろう。


 ゆたかの発言を受け、あかりは抱きしめられているゆうなの服をきゅっと掴む。

 目尻を下げ、上目遣いにゆたかを見る。


『い、いじわる、言うなよ……』

「ふぁ……っ」


 あ、ゆたかが精神的なダメージを受けた。

 小さなうめきと共にのけぞり、上向きの顔に手を当てて何かに耐えるよう。


 なんというか、第三者視点で見ると、ちょっと滑稽だな。

 この後に続くものがあれば、俺が何度か経験したあの恐怖体験に繋がるのだろう。

 大学と俺の自室で起きた記憶に苦いものを思い出し、俺はゆたかの肩に手を置く。


「ゆたか、暴走するなよ?」

「ぜ、善処するよ……」


 ゆたかはふらふらとした足取りで、頭を抱えながらあかりから離れた位置へ。

 しゃがみ込み、体育座りになると、途端に小さく見えた。


「あの人、あれで隠してたつもりなのかしら……」


 不意に聞こえてきたゆうなの声は、かなり呆れているようなもの。

 で、あかり本人は何かを訝しむように眉根を詰めているが、状況がよくわかっていないようなので、つまりそういう相性だったのだろうな、と思う。


「菅原さんは離脱しちゃったけど、そんな風に言われちゃったら、私も黙ってるわけにはいかないわ」


 ゆたかに対する呆れた視線を外し、今度は甘く和やかなそれをあかりに向け直すゆうな。

 先ほどから何度もしているように、あかりの頭を撫で、そのなめらかな感触を楽しむよう。


 その光景はとても微笑ましいものだが、続く言葉は、俺に恐怖を与えるものだった。


「私はあかりの味方だもの。今からあなたの否定に、反論するわ」


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