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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
徒労と再挑戦
91/116

反省会の後


     *


「わぁあああああっ!?」


 視界が白と黒で明滅する。


(し、死んだっ!?)


 巨大な手の平に潰される経験を、どう表現したら良いのだろう。

 それはあまりに一瞬で、しかし体験としてはあまりに強烈。


 今の叫びとともに俺は飛び起きたらしい。

 自分の体の感覚が脳に伝わらず、慌てて自分の手足、体、肩などを触って確かめる。


 ……あ、柔らかい。


 どこか潰れていたり、痛みを覚えている箇所はない。

 どうやら無事のようではあるが、自分の手で触れた先の至るところに柔らかさを覚える。

 むにむにとした感覚。

 それを確かめるために見下ろした視界には、流線型の白い服。

 視界の両端には垂れ下がる黒く長い髪。


 自分があかりの体に戻っていることを認識する。

 同時に、周囲についても視界に入ってくるようになり、ここが自室であることにも気がついた。


「あ、あれ……?」


 場所はベッドの上。

 常夜灯のみが照らす部屋は薄暗いが、たしかに俺の部屋。


 左右を見渡すと、こちらを見ているゆうなを見つけた。

 とても驚いている様子。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」


 ゆうなは、ベッドの淵に腰掛けていた。

 それは飛び起きた俺のすぐ傍で、驚きながらも心配そうに俺の背中を擦ってくれる。


 俺の息は乱れていて、額には汗。

 嫌な夢を見て飛び起きたときのように、心臓が体を跳ねさせるほどに強く脈動している。


「落ち着いてね。ほら、お水持ってくるからね」


 優しく俺の背を擦ってくれていたゆうなは、俺の顔を覗き込み、頭を一度撫でてから立ち上がって台所の方へ向かっていった。


 急な心拍の上昇と、整理しきれない情報量による混乱。

 思考力が濃いもやの向こう側に追いやられてしまったような状況も、ゆうなが持ってきてくれた水を一杯飲み、促されるままに呼吸を深くしていくと、だんだんと落ち着いてきた。


(あ、そうか……)


 俺はあかりの体に。場所は俺の自室で、隣にはゆうな。

 つまり、あかりと会った後、俺は戻ってきてしまったのだ。


(しまったなぁ……)


 状況を少しずつ飲み込み始め、俺は頭を抱えて後悔する。


 おそらく、あかりの地雷を踏みぬいてしまったのだろう。

 ある程度の情報収集はできていた。俺なりの推測も立ちつつあった。

 あとはあの空間での探索を進めて……そうなるはずだったのに。

 口は災いの元。それを体現する形で、きっと俺は追い出されてしまったのだ。


 不意に、ゆうなの手が俺の肩に。

 それに反応して顔を上げると、目の前に何かを躊躇う様子のゆうながいた。


「えっと……あかり、じゃ、ないよね?」


 探り、尋ねる色合い。

 その質問に一瞬首をひねったが、ああ、とすぐに思い至る。


「ごめん、まだあきらだよ」

「そっか……」


 最初に謝罪が口をついたのは、先に頭を占めていた自己反省によるもの。

 答えを聞いたゆうなは明らかにがっかりした様子で、でも俺の背中を擦るのを再開してくれる。


「あかりには会えたの? それとも、また記憶は残ってない?」


 心配する気持ちを強く感じるゆうなの声色。

 それは俺のことを心配してくれているものでもあり、結果を案じているものでもあった。


 記憶は……。


 ゆうなに問われたのをきっかけに、俺は自分の記憶を掘り返す。

 そして、それが無事だったことに気づいた。


「あかりに会えたよ。そして、今度はちゃんと覚えたまま、起きることができた」


 あかりと会うために、俺はあの空間に向かっていた。

 会うことが目的だったとは言え、それが叶ったのなら、戻るチャンスでもあった。

 それは失敗したが、以前は失っていたあの場所での記憶を持ち帰ることには成功していたのだ。


 以前は記憶を失い、今度は失わずに済んだ。

 その差が起きている理由はわからないけど、事実として俺は覚えている。

 真っ暗な空間の異質さ、あかりの能力、遭った出来事――


 最後のそれが脳裏に蘇ったとき、思わず肩をブルリと震わせてしまう。

 それに反応したゆうなが心配してくれたが、とりあえず大丈夫であることは伝えておく。


 少し、頭の中を整理しておこう。


 俺は、ようやくあかりに会うことができた。

 暗中模索のあてのない調査だったのだから、それだけでも大きな前進と言えるだろう。

 あかりと会話した内容も、完璧にとは言えないが、かなりの範囲で覚えていると思う。


 加えて、俺があかりと会えたあの場所は、これまで全くと言っていいほど不足していた情報の、きっと根幹である場所だったのだろうと思う。

 あの真っ暗な空間はあまりに特殊で、現実の場所とは言い難い。

 それは、あかりの言うように精神世界である可能性もあり、俺が願うように世界の隙間である可能性もある。今はまだ、そのどちらが有力なのか判断できないが。


 その異質な空間であかりは、特殊な能力を身に着けていた。

 それは自分の姿を変身させるものだったり、空を飛ぶものだったり、体を巨大にするものだったり……。


 思考を巡らせているうちに、最後に起きたあれは、あかりがその能力を使ってのことだったことに気がついた。

 そういえば、とんでもなく巨大化してみたこともあったって言ってたな……。


 頭を振って、脳裏に焼き付きそうなトラウマの光景を振り払う。

 今はそんなことに囚われている場合じゃない、と自分に言い聞かせる。


(うん、大丈夫……大丈夫……)


 俺は自分の頬を軽く両手で叩いて、意識がしっかり覚醒していることを認識。


「ゆうな、俺が覚えているうちに全部話しておきたい。前みたいに忘れちゃうかもしれないからさ、聞いてもらってもいいかな?」


 今の記憶があるのは、今だけかもしれない。

 過去の二回は、そのほとんどの記憶がなくなっている前例がある以上、現状はあまり信頼できるものではなかった。

 それであればこその対策として、いつ不意に記憶が飛んでも大丈夫なように、ゆうなにできる限りのことを伝えたいと思った。


 俺が考えているのは、次のこと。

 あかりに会えた前進。俺が失敗した後悔。

 それらを踏まえて、俺は止まってはいけない。その思いが強く心を満たしていた。


 だから、次こそは――

 そう考え、部屋にある壁掛け時計に目を移す。

 時間は十時半すぎ。

 あかりの言っていたとおり、たしかに時間の経過は遅い。

 まだ時間がある。


 次のチャンスがあるのかはわからない。

 けど、それをみすみす逃す手はないと考え、俺はゆうなに、あの空間であったこと、あかりとのことを全て話したのだった――


     *


 俺があの空間であった出来事を話す最中、ゆうなはベッドに腰掛ける俺の隣に座り、ずっと俺の手を握っていた。

 俺の右手を両手で包み、俺の膝の上。小さく擦っていた。


「最後のは、まあ、そうよね……。あきらが良くないわね」


 一通りの話を聞いてもらった後。

 時系列で話したので、ゆうなが指す最後というのは、俺の反省点だったところ。

 全くもってそのとおりなので、俺はうなだれて反省するしかない。


 自分の気持ちを表現するのは難しいのだが、なんというか、あかりとはあまり相性が良くない気がする。

 つい自分を抑制できなくなるというか、怒りっぽくなるというか。

 触れ合った大半の時間、あかりもぷりぷりと怒っていたような気がするので、お互い様かもしれないが。


「あと、勝手に私の話を暴露しちゃったのもダメね。私、あきらだから話したのに」

「え、あ、ごめん……」


 俺の記憶の限り話したということは、あかりから話を聞き出すため、交換条件としてゆうなの話をしたことも含まれている。

 これに対しても、仕方なかったとは言え、勝手に伝えてしまったことに対する罪悪感もある。


 と、ゆうなからのデコピン。ちょっと強め。


「いたっ」

「ま、これで許してあげる。いつか、あかりにも伝えておかないといけないとは思ってたから、それが大幅に早まったって思っておくことにするわ」


 少し痛む額に手を当ててゆうなを見上げると、少し悪戯っぽい表情を浮かべていた。


「さて、あきらが話してくれた内容は、だいたいわかったわ。伝聞になるから曖昧になっちゃうかもだけど、全部忘れちゃうよりマシよね。それじゃあ、菅原さんと菊地原先生も呼んで対策を考えましょうか」

「うん、そうしよう」


 ゆうなの提案に、俺は首を縦に振る。

 たしかにゆたかたちに知恵を借りられるのは心強く、俺もそうしたいと思っていた。


 とは言え、その提案がゆうなから出たということには驚く。

 ゆうなはゆたかに対してあまり良い感情を抱いていなかったはずだ。

 思い返せば、ゆうなとホテルを出た後にゆたかたちと連絡をとったのも、ゆうな発信だったと思う。


 ゆうながホテル内で話してくれた内容を思い出す。

 きっと、これがゆうなの反省で、だからこんなにも協力的になってくれている。

 それを嬉しいなと思った気持ちを、そのまま声に出す。


「ありがとう、ゆうな」

「ううん、あたり前のことよ」


 何に対する感謝であるのか伝わったのだろうか。

 いっそ男らしいまでに優しく微笑みを返してくれたゆうなは、やっぱり俺の世界で付き合っていたゆうなとは別人なんだな、ということを強く感じた。


 それから、俺の携帯電話を使ってゆたかに電話を掛ける。

 二つほどのコールが鳴った後、すぐに応答があった。

 話を聞くと、どうやらまだ俺の家の近くのファミレスで待機してくれていたらしい。

 現状のようにあかりに戻れなかった場合の対策として、あるいはあかりに戻った場合にいち早く出迎えるため、と言っていたあたり、さすがだなと感心した。


 詳しい説明はうちに来てもらってからするとして、概要程度は電話越しに伝えておく。

 それから悩むようなゆたかの声が聞こえたが、少し小さな声で菊地原先生がなにか話しているのも聞こえてきた。

 聞くに、どうやらなにかの算段があるらしい。

 その圧倒的な速度に驚くが、菊地原先生の考える案ということで少し心配もする。


「じゃあ、よろしくね」


 最後に、もう十分もしないうちに到着するという旨を聞いて、俺は電話を切った。


 ゆうなやゆたか、そして菊地原先生も。

 こうして協力してくれる仲間がいて、本当に心強い。ありがたい。


 ……俺が元の世界で同じような目に遭ったとして、同じように助けてもらえるだろうか。


 考えるのは、俺のいた元の世界でのゆうなやたくやたちのこと。

 あかりの恋人や友人たちはこんなにも親身になってくれて、対して俺の方はどうだろうか。


 湧いた感情は、心配ではない。どちらかと言うと、希望。

 大丈夫。きっと、助けてくれる。

 もし、ゆうなやたくやが困っていたら、俺も助けたいと思う。

 それをお互いに思えるくらいの関係性は築けていたと思っている。


 過去、あかりに嫉妬したことがあった。

 けれど、その感情はもう薄い。

 愛されるのがずるいとか、ちょっとは思うけど、負のものではない。

 ただそれは立場から生じるもので、互いに思い合っていることには変わりない。

 それはゆうなの話と、あかりの話を聞いてよくわかった。

 一方通行でないそれは、ただ感情の示し方が違うだけ。表現方法だけのことだったんだ。


「ありがとう」

「ふふ、今度のはちょっとわからないかな」


 俺の言葉に、ゆうなは小さく笑って答えてくれた。

 この感謝は、あかりにも伝えないといけないな、と思った。


     *


「これを使おうじゃないか」


 宣告通りの時間が経った後、俺の部屋に鳴るインターホンの音。

 来客に応えて出迎えると、ゆたかと菊地原先生が来てくれた。

 二人とも少し息が上がっていて、駆けつけてくれたであろうことが伺える。


 そして、菊地原先生が手に持ったビニール袋をかざしての一言。


「それは?」

「睡眠薬だよ。これを使えば、ミステリースポットに行けるはずだ」


 想像もしていなかったものに、想像もしていなかった言葉。

 それを瞬時に飲み込むのは難しく、しかしゆっくりと融解していく。


「あー……」


 先にそう発したのはゆうなだった。

 玄関先で出迎えた俺の後ろ、ゆうなは腕組みをして何かを理解したような声をあげる。


 継ぐのは、ゆたかだった。


「すまないね、あきら。これを買いに行っていて少し遅れてしまったんだ。たまたま近くにドラッグストアがあって良かったよ。時間が遅かったもので、効き目の強いものは買えなかったけどね」

「そうね、その手があったわね。要は、意識を手放せば良さそうだものね」


 ゆうなの返答を聞いて、俺も理解してきた。


 菊地原先生が持ってきた睡眠薬は、俺がまたミステリースポットに行くために用意したものらしい。

 俺があかりのもとへ行くためには意識を失うのが必要だろう、というのは、既に仮説として立っていて、今回を経てほぼ立証されたと言っても良いだろう。

 また、先に俺の覚えていた記憶の概要を話していたおかげで、再びあの空間に行く必要を先んじて考えてくれたのだろう。

 この時間のないタイミングで、その行動は非常に嬉しいものだった。


「ありがとう、ゆたか。菊地原先生。すごく助かるよ」

「構わないよ、あきら。これは私の反省でもあるからね。協力は惜しまないよ」


 とても高い位置にあるゆたかの優しい笑みを見上げ、俺も小さく笑む。


「それじゃあ、あきらから詳しい話を聞く前に、薬を飲んでおこうか。効果が出るまで時間差があるみたいだからね。早めに飲んでおいて、ロスを抑えよう」


 ゆたかからの提案に、俺は賛同する。

 残り時間にどれほどのことをしなければならないのかわからない以上、効率よく時間を使えるに越したことはない。


 俺はお礼を言って菊地原先生から薬を受け取る。

 これを飲んで、たぶん俺のベッドの上で寝ればきっとまたあの空間に行くことができるのだろう。

 この睡眠薬を飲めば――


 そこまで思案して、一つの事実に気づく。


 ハッとした俺は、ゆうなの方へと振り返った。

 対し、既にゆうなはそっぽを向いていた。


「ゆうなに気絶させてもらう必要なかったじゃんっ!」

「あ、私、お水持ってくるわね」


 白々しく台所に向かっていったゆうなは、きっと俺よりも早く気づいていたのだろう。

 あんな風に――気絶するほどゆうなに責め立てられなくっても、この方法があったのだと。


 思わず頭を抱えて、後悔と羞恥が混じった感情に苛む。

 そんな俺の肩に、ゆたかがそっと手を置く。


「ゆうなは策士だね。狐みたいな子だ」


 それからゆたかと菊地原先生は、改めてうちに上がる。

 時間が立ったせいか、少しだけ菊地原先生が臭うような気がしたけど、まあ、まだ大丈夫そう。


 二人には手近なところに座ってもらい、詳細な事情を話すことに。


「それではあきら君、話してくれたまえ。それを聞いた上で私の予想通りなら、きっと良い提案ができると思うよ」


 自信たっぷりな様子の菊地原先生。

 その表情には、どこか高揚感も混じっているように見える。


「大きな成果をあげてくれたあきらには感謝を。私も、うまくいくと思っているよ」


 俺の手を握り、励ますように微笑みかけてくれるゆたか。

 その細く長い手は、ゆうなのそれとは違った感触で、でも同じように温かい感情を覚える。


 もっとも、水を持ってきてくれたゆうなによってすぐに引き剥がされるが。


「それじゃあ……」


 菊地原先生からもらった睡眠薬の箱を開け、箱の裏に書いてあった必要な錠数を取り出す。

 ゆうなから水の入ったコップを受け取り、少し細くなったように感じる喉で嚥下する。


 睡眠薬を飲むのは初めてなので、効果が出てくるまでにどれくらい掛かるのかちょっと不安に思うところはある。

 軽く説明を読んだ感じだと、三十分から一時間ほどで効き目が出てくるらしいのだが、後者だったらかなり時間が厳しい……。


 そんなことを思っていると、菊地原先生。


「すまないがゆうな君、私たちにも水をくれないか」


 その言葉の真意は、俺から記憶の限りを話した後。

 菊地原先生の考えていた提案を聞き、発覚することになった――


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