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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
俺はレズになりたくなかった
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きっかけは些細に、衝撃は巨大に


『……はあ?』


 宙を浮いていたあかりは、疑問の声とともに地面に降りてくる。

 地に立ち、俺を見上げる表情は引いているもの。


『なにそれ? ミステリースポット? 世界の隙間? お前さ、言ってて恥ずかしくねえの?』

「は、恥ずかしくねえし……」


 大真面目に言っていた分、茶化されると顔に熱が帯びる。

 大層な表現をしている自覚はあるが、大層なことに巻き込まれていることにも実感がある。


 菊地原先生は、ミステリースポットと表現していた。


 あかりのいる世界でもあり、世界のどこでもない場所。

 あかりの姿を見た記憶を僅かに思い出し、ゆうなたちに相談して話し合い、得た結論がそれだった。


 なぞなぞのような、答えがあるかもわからない推論。

 しかし、俺はその場所にいて、あかりと相対している。


「お前の言う精神世界ってのも、あながち間違いじゃないとは思ってるよ。っていうか、精神世界って表現も大概あれだけどな」

『う、うるせえな、今さらだろ……』


 この真っ黒でおかしな力が行使できる不思議な空間は、まるでわからない。

 現実離れしている空間なのに、不思議と俺たちは存在している。


 俺は、元の体に戻り。

 あかりは、気ままに姿を変えて遊んでいる。

 そんなこと、物理的に肉体が存在しているのならありえない事象だ。


 あらゆる物理法則が破綻するのを幾度も目の前にしているのだから、それが現実世界で起きているとも、目の錯覚であると誤魔化すこともしない。


 だから、あかりはこれらは自分の頭の中で繰り広げられているものだと理解している。

 俺が、あかりの中にある一つの人格であると捉えているからこそ。


 でも俺は、俺自身はたしかに別の世界から来たのだと信じている。


 あかりのいた世界と、俺のいた世界。

 本来は交わり合うことのない別世界の二人が相まみえるとしたら、どこか。


 世界と世界が重なる場所、あるいは、もっとも近づく場所。

 世界の隙間、という表現は、このイメージからだ。


 別世界同士が寄り添うから、それぞれの世界で暮らしていた俺とあかりが会えている。

 そんな世界から逸脱せん場所にいるから、法則を逸脱するようなことができる。


 俺が別世界から来ているのが正しいとすれば、そうこじつけられるのではないか。


 ……我ながら、ぶっ飛んでるなぁ。


『まあ、その、世界の隙間だっけ? そこなら全部説明がつくって言うのか? 俺がこうやって色々できるようになっていることとか、お前が気にしてる制限のこととかさ』

「さあ、どうだろうな」

『お、お前なあ……!』


 呆れたのか、怒ったのか。

 どちらとも取れるような声を漏らし、あかりは俺を見る。


「そこはお互いの視点の違いがあるだろ? 俺がさっきお前の精神世界説に異議を唱えたみたいに、お前からすれば俺の考える内容は納得できないところがあるだろ。根本的に信じたいことが違うんだからさ」


 見たいもの、聞きたいもの、信じたいもの。

 それが違うと、同じものを見ても同じ話を聞いても、解釈が違ってくる。

 散々、痛感してきたことだった。


「ここが相当ありえないことができる場所だっていうのに、できないこともある。さっき言ったみたいに、精神世界っていう頭の中の出来事ならそんなことないと思うんだよ。想像すらできないことであれば別だけど、想像はできるのに、それを頭の中で実現できないなんてさ」


 あかりは大人のような姿に変身できて、空も飛べる。

 でも、ゆうなや友達を作り出すことはできない。


「何かしらの法則があるんだと思うんだ。普通ではありえないようなことでも、また別のなにかによって縛られているように思える。空想の世界なら縛られないはず。なら、ここも現実のどこかだと思うんだよ」


 現実のように法則があり、それによって縛られている場所。


「例えば、世界と世界の間なんてとんでもない場所があったとしたら、それはもうとんでもない法則なんてのがありそうだろ?」


 現実であり、非現実めいた場所。

 俺が別世界の人間であると思っているからこそ、世界の存在を認識して思い浮かんだ説だった。


 突拍子もないけど、証拠もないけど、不思議と腹落ちしている。


『お、お前、なんか、ゆたかみたいだな……?』

「そうか?」


 自覚はなかったけど、影響を受けているのかもしれない。

 ゆたかもそうだろうが、ゆうなや菊地原先生も含まれるかも。


 俺は、彼女たちのように自分で考え、行動することができなかった。

 それは俺の反省だし、こうしている今、できなければならないこと。

 だから、それができていた彼女たちのことを自然と意識しているのかもしれない。


 今日ほど、こんなにもわけのわからないことに頭を悩ませる日なかった。

 自分では無理だ、わからないとさじを投げてしまうだけの俺。

 頼った彼女たちは、それぞれの思惑を抱きながらも親身になってくれ、最後には背中を押してくれた。

 そうしてもらって来たここなのだから、意識しないわけにはいかないのだろう。


「菊地原先生って知ってるか? オカルト研究部の顧問なんだけど」

『いや、知らねえけど』


 あかりの姿をした俺と初対面だったと言っていたから、認識通り。

 そして、前の俺も話していなかったようだ。


「ゆたかがその人を呼んでくれてさ、菊地原先生ってパラレルワールドみたいな話にめっちゃ詳しいんだよ。難しくてよくわかんなかったけど、世界には世界膜っていうのがあって、それは歪むからたまに薄いところができて。そのうすーくなったところを俺の精神が通り抜けて、この世界に来たんだろうって言ってたよ」

『はあ……?』


 おそらく納得も理解もできていないような顔をしているあかり。

 大幅に省略しているし、今はそのどちらも難しいだろうと思うから、俺は話を続ける。


「菊地原先生が言うには、そういう場所をミステリースポットと呼ぶらしい。そこでは不思議なことが起きやすくて、平行世界からの精神の入れ替わりもあるかもしれないって言うんだ」


 それは今日の昼過ぎ、菊地原先生が俺に話してくれたこと。

 どこまで真実なのかわからない話ではあったけど、現状と照らし合わせると信憑性が高いように感じられる。


「だからきっと、この何も見えない空間のどこかに世界膜ってのがあると思うんだ。ここは世界の隙間。きっと世界膜があるのはこういう隙間で、薄い場所を見つけて向こう側に飛び出せば、元の世界に戻れるはず」

『それを、探そうって言うのか?』

「ああ、そうだ。あかりにも手伝ってほしい。ここは、お前のほうがずっと詳しいだろ?」


 腕を組み、考える表情になるあかり。

 だが、その思考時間は短い。


『嫌だね』

「そ、そうかい……」


 あかりが非協力的なのは知っていた。

 どういった経緯があったのかは記憶がないからわからないけど、少なくとも三回目に会っている今回のあかりは俺に対してネガティブな印象を持っていて、会ってそうそう相性が悪い。

 先ほどまで俺の質問に答えてくれたのだって、ゆうなの秘密を教えたという取引を経ているからのものだ。

 あと、俺に飛び方を指導したのも、今にして思えば「どうせできるわけない」と思っていたから、できない俺を嘲笑うためにそうしていたのかもしれないな。ずっとニヤニヤしていたし。


 ともかく、そういった認識はしていたからあかりからの協力を得られるとは思っていなかったので、この否定による衝撃は少ない。

 まあ、一緒に探すくらいしてくれていいじゃんか、とは思うけど。


『探すなら勝手にしろよ、無駄骨だと思うぞ? 世界膜だかなんだか知らねえけど、そんなものあるわけねえ』


 あかりは、ふいっとそっぽを向く。

 その毛先がふわりと浮き始め、また僅かな浮遊を始めていた。


 協力しないのはわかるが、どうにも言い方が引っかかる。


「なんで無駄だってわかるんだよ? 探してみなくちゃわかんねえだろ」

『俺が何日ここにいたと思ってるんだよ、もう記憶飛んだのか鶏頭が。せめてここから出てったときに記憶をなくせよ』

「ああ、そういえば……」


 後半のそれにムカつきはするが、得心もある。


『何日も同じところにいるわけないだろ。時間は死ぬほどあったんだから、もうとっくに何かあるか探し回ったりしてんだよ』


 あかりは言う。


 ここに来た当初、こんなに真っ暗で何もない空間に放り出されたのだから、まず怖くなって助けを求めて叫んだり歩き回ったりしたらしい。


 しかし、それによって得られた情報は皆無。

 いくら叫んでも返事はないし、どこかに反響するような感じもない。

 歩けど景色は変わらないし、行き着く先もない。


 しばらくして諦めて、不思議と恐怖も引いてきたからいろいろ試し始めて、覚えたのが変身や浮遊能力。

 手に入れた能力で遊びはしたものの、やっぱりどうにかしてここを出ようと考えて、得た能力を使っての探索もしたらしい。


 まずは浮遊で、しばらく上に向かって飛んでみたらしいのだが、結論は変わらず。

 いくら飛んでもどこにも行けないし、空気が薄くなったりとか宇宙空間的な場所に出たりとかいうこともなく、変わらない景色を傍目に上昇する感覚だけ。

 何時間か上に飛び続けてもそうだったので、諦めて地表に戻ろうとしたら、降りるときはほんの数秒で地面についたらしい。


 次に試したのは変身能力で、誰かや何かになるのではなく、とにかく大きくなってみたらしい。

 大きく、というのは、体そのものの巨大化。

 とにかく今の状態で何も見つけられないなら、とんでもなく巨大になったら何か見えるかもしれないと考えてやってみて、それも失敗。

 これまで経験したことないのに何故か体が巨大化する感覚はあったらしいのだが、それをどれだけ繰り返しても何も変わらず。


「い、いろいろやってたんだな……」

『当たり前だろ。一人でこんなところに放置されてみろ。やれることやってないと、頭がおかしくなりそうだわ』


 そんな中、たまにだけ現れる俺の存在は息抜きになったとかなんとか、そんなことを小声で付け足していた。


「いや……まいったな」


 既にあかりが探索をしていたことは聞いていなかったから、つい心が折れそうになる。

 もちろんそう言われたからって俺自身で探すのをやめたりはしないが、だいぶ希望が薄くなった気がする。


 菊地原先生の言っていたことが間違っていたのだろうか。

 願わくば、あかりがたまたま見つけられなかっただけであってほしいところ。


『俺は精神世界派だからな』


 ふわりと浮いたまま、その場を回転して俺の方を向くあかり。

 その表情は苦々しい。


『最初はどこかに連れ去られたものだと思って、ここの出口を探した。見つからなくて諦めかけたら、なんかとんでもない力が使えることに気がついた。その力を使って探してみても見つからなかったんだが、まあそもそもそんな力が現実世界で使えるわけがないしな。その辺りでお前が現れて、俺と入れ替わっただなんだとのたまうもんだから、俺は二重人格になったんだと思ったんだよ』


 右手の人差し指を立て、そこに同じく立てた左手の人差し指を合わせ、離すジェスチャー。

 俺とあかりを指している表現なのだろうということが察せられる。


『そんときのお前もパラレルワールドとかなんとか言ってたけどな。お前、ゆたかの影響を受けすぎじゃね?』

「俺の世界では、たくやだったけどな」

『いや、知らねえけどさ』


 記憶がないときの俺から聞かされていないのか、それとも俺の話を信じていないための表現なのか。

 俺を鬱陶しがるような動作で手の甲で払い、あかりは浮いたまま脚を組む。


 不意に視線が下に落ちる。

 見えそうで見えない。


『……お前なあ』

「わ、わざとじゃねえよ!」


 俺の視線に気づいたのだろう。

 今度は怒るような感じではなく、とにかく呆れている様子。


「さっきまでもそうだけどさ、お前が変に無防備なのが悪いんだろ! 俺と同一人物だってのに、なまじ見た目がいいからつい見そうになるんだよ!」

『そ、そんなことお前に言われても困るわっ!』


 動揺のあまり変なことを口走った気がするが、とにかく不可抗力だったことを訴える。


 ……いや、思いっきり変なことを言ってしまった気がするな?


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