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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
俺はレズになりたくなかった
88/116

飛んで跳ねて宙を舞う論争


     *


「なあ、あかり。お前はここを精神世界だって思ってるんだろ?」

『そ、そうだよ。だから何だよ?』


 あかりが赤面してわあきゃあ騒ぎ立てるのも一つ落ち着いたあたりで、俺から話しかける。

 対するあかりは、俺から距離を取り、正座の姿勢でこちらを見上げていた。


 どうやら先ほどのことが効いているらしい。

 姿は本来の小さなそれになっていて、ワンピースの裾をぐいと伸ばしており、その表情は恨めしそう。

 騒ぎ立てていただけあってまだ息は上がっていて、視線は俺を警戒するように鋭い。


 たしかに言ったのは俺だけどさ、元はと言えば……と続きそうになる言葉を飲み込む。

 話したかったのは、あかりの知ることについて。


「つまり頭の中、夢の中とか妄想の中って感じだろ? だったらさ、ゆうなを思い浮かべて、ここに登場させるみたいなことはできないのか? 本物のゆうなじゃなくて、想像上のゆうなってことになるだろうけど」


 先ほどのあかりの様子、ゆうなに会いたがっているような様子から考えたことであり、あかりがいるこの場所の情報を知るための質問でもある。

 もし寂しいのであれば、もし可能なのであれば、恋しいと思う相手を創造してみることができたりしないのか。

 これまで何度もそうしてきたように、あかりはこの場所において姿かたちを自由自在に変えることができるようだった。

 それは、この不可思議な空間に長いこと滞在していた経験によって得た知識だろう。

 体験に基づく知識であり、あかりはそれを己の能力であるかのように振る舞うことができている。

 まるでフィクションのような能力。

 リアルではありえない、魔法のような力に思えるそれ。

 果たしてどれだけのことができるのだろうか、という疑問が浮かぶのは、そう不自然なことではないだろう。


 俺はこの空間について知りたい。

 知って、どうにかして元の世界に戻るための方法を得たい。

 そのために必要なのは、情報だ。

 この空間はあまりに異質だから知りたいことは山ほどあるのだが、その中で探りやすいのはあかりが知っている範囲のことだろう。

 空間にはないけど、あかりには口がある。

 あかりが魔法のような力を使えるのは、きっとこの空間が及ぼしているためだ。

 それは、本人が言っていたことでもある。

 ということは、あかりの使う魔法のような力のことを知ることができれば、俺の知りたい情報につながるかもしれない。

 そういう目論見の質問。


『いや、それはできねえよ』


 対し、あかりからの回答は否定。


「できないって、試したのか?」

『ああ、試したよ。もうずっとここにいて暇だから、試せることは試したしな』


 あかりは右の手を前に、手のひらを自身に向け、広げたり閉じたりする。

 自分自身の力を確認するような動作。


『服装を変えたり、おっきくなったり、空を飛んだり。さっきも言ったみたいにそういうのはできるんだけどさ、ゆうなとか友達とか、他の人を呼んだりするのはできなかった。どう頑張ってもな』


 なるほど、と俺は頷く。


『こんな何もないところに何日もいたら寂しすぎて死にそうでさ、ゆうなと話したくて呼ぼうとしたことがあったんだけど、全然うまくいかないんだよな。頭の中でゆうなのことを思い浮かべて、変身するときみたいなコツでぐ~って意識してみるんだけど、何も出てきやしない。ゆうなじゃなくて、他の友達だって同じだったよ』

「そういう力なのか……それは残念だったな」

『ま、それがわかってから何日も経ってるから、さすがに慣れたけどな』


 慣れるものなのだろうかという疑問は、きっと体験したあかりにしかわからないことなのだろうと心のうちで落とす。


 なんとも変な能力だと、あかりの話を聞いて思う。

 あかりが、この場所においてできること。

 それは、姿かたちを変えたりするような、あかり自身にまつわること。

 あかりが、この場所でもできないこと。

 それは、あかり以外の――他人に及ぶようなこと。


 可能性として考えられるのは、この空間は自分自身のことにしか不思議なことが起こせない。

 もしくは、あかりが他人に及ぶ何かをするためのコツを掴んでいない、くらいだろうか。

 どちらも確たる証拠のないのだが、後者には少し違和感を覚える。

 あれだけ魔法みたいな力を使えるあかりが、どうしてゆうなを、他人を呼ぼうとするときだけ力を発揮できないのだろう、という疑問。

 一体どういう理屈で使える力なのかわからないけど、そう遠くないところにありそうな力の使い道だと思えるから、どちらかというと「自分自身にしか力を使えない」って考えたほうが自然な気がする。


 いずれにしても推論。

 だけど、これも情報。


「じゃあさ、あかりがやるみたいな変身したり、空を飛んだりするのって、俺もできたりするのか?」

『さあな、頑張ればできるんじゃね?』


 粗雑に返された返事。

 いわく、


『俺はできるようになったけど、やり方は教えらんねえよ? 指の動かし方って説明できるか? それと一緒』


 できるようになったのは突然のこと。

 無意識に近い領域の感覚として、それができるようになったのだと言う。


 ……いや、そんな天才肌みたいなことを言われても。


「いや、でもさ、ヒントとかないのか? どういうことを考えて、どこらへんに力を入れるとか」

『そんなん聞かずに、まずやってみろよ』


 あかりの口が閉じるが早いか、座っていたあかりの視点が上がり始める。

 また大人びた体になるのかと思ったが、予想は外れた。


 ――浮遊。


 足を崩していたあかりの姿勢、姿かたちもそのままに、あかりは宙に浮き始めていた。

 まるで、無重力空間に漂う宇宙飛行士のような動き。


 自分自身、不思議だとは思う。

 この空間は黒い霧のようなもので包まれており、地面と空中の境目もわからないはずなのに、あかりのそれが浮いているのだということを認識できる。


 思いがけず立ち上がる俺。

 それを見たあかりは、得意げに鼻を鳴らす。


『俺はこうやって飛べるけどさ、お前はどう? やってみ?』


 生意気さを感じる、挑戦的な笑みだった。

 俺の腰ほどの高さまで浮いたあかりは手足を投げ出し、いずれも地についていない。

 上を向き、他には何の予備動作もなくその体を上昇させていった。


 物音をさせずに人が動くというのは、こんなにも違和感をもたらすものだとは知らなかった。

 これまでも散々見せつけられてきたはずだが、人が目の前で何の道具も理屈もなく空を飛ぶ様を見せつけられると、再び頭を殴りつけられたような衝撃を覚える。


 気がついたときには、もうあかりは俺の手の届かない高さまで上昇していた。

 俺に披露するための浮遊を終えたのだろう、上昇をやめたあかりは口端をにたりと上げながら俺を見下ろす。


『ほら、ここまで上がって来、て……』


 あかりが最後に言葉を詰まらせたのは、俺の視線に気がついたからだろう。

 あかりが見下ろすということは、俺が見上げるということ。

 そのあかりの今の服装はワンピースであり、見上げれば当然その中身が――


『みるなやコラァアアアアアアアアッ!!』


 顔を真っ赤にした凄まじい勢いであかりが降ってきた。

 ぎょっとした俺は瞬間的に飛び退くことに成功して、直後には俺のいた場所に足先から突き刺さるあかり。

 その体勢はドロップキックのようなもの。

 どういう理屈かわからない強い衝撃に、俺の短い髪がはためく。

 あれに直撃していたらと思うとゾッとして、額に冷や汗が流れるのがわかった。


「い、今のは自滅だろ」

『ううう、うるせえ! 見上げたらどうなるかぐらいわかんだろうが!』

「お前もな」

『ぐぅ……っ!』


 完全なブーメランだったようで、あかりは言葉にしてすぐにぐうの音もでなくなる。

 いや、ぐうの音は出たか。


     *


 そんなあかりの自滅行動はあったが、それから少し時間を使って、俺もあかりと同じようなことができないか試みた。

 空を飛ぼうとしたり、服装を変えようとしたり、いっそあかりの姿になってみようとしたり。

 結論を言えば、全滅。

 羽根を生やすイメージをしても飛べないし、足の裏から何かがジェット噴射するのを期待して力んでみてもだめ。

 あかりの言う「感覚」がまったく俺には掴むことができず、ただ地面から少しジャンプしてみるだけの時間に終わってしまった。


 あかりにはできて、俺にはできない。

 納得しかねる感情もあるが、これもまた一つの情報だと思うことにする。

 あかりは、自分自身のことであれば自在に扱うことができる能力がある。

 しかし、俺にはそれがない。扱うことができなかった。

 この空間があかりだけを特別にそうしているのか、はたまた経験による差か。

 原因は推測の域を出ないものだけだが、新たな事実は得られたと言える。


『まあ、そう落ち込むなよ、パンツ覗き変態バカ』


 ふわふわと優雅そうに浮遊するあかりが声をかけてくる。

 先ほどまでの指導中と同様、やはりおちょくるような調子なのがムカつく。

 もちろん、後半の呼び名もムカつく。


 先ほどの反省を踏まえているのか、あれからあかりの浮遊はあまり高くまで上昇しない。

 精々何十センチか地面から足を離す程度のものであり、ワンピース下方の扱いにも気をつけているようだった。


「やっぱりさ、ここが精神世界ってのは変だと思う」

『お、なんだよ。その話をぶり返すのか?』


 身構える様子のあかり。

 そうは言っても、これまであかりから聞いた話をまとめると、やはり変だと思ってしまうのだ。


「精神世界だって言うなら、こんなに制限があるのはおかしいだろ? あかりはあかり自身のことにしか不思議な力は使えないし、同じ空間にいるのに俺は使えない。精神世界、頭の中だって言うなら、もっと何でもかんでも自由にできないと変じゃないか?」


 一人で繰り広げる妄想というのは、その際限を知らない。

 どんなことだってできるし、どんなことだって叶う。

 思うがままになるからこその妄想なのであって、その妄想は頭の中で行われることだ。


 あかりの言うようにここが精神世界なのであれば、さも妄想の中と同じように振る舞えて良いはず。

 それができないということは……というのが、俺の感じたことだった。


『いや、何でもできるのが当たり前みたいに言ってるけどさ、お前、精神世界行ったことあるのかよ』

「ん?」

『お前の思う頭の中ってのと、この精神世界のイメージが違ったってだけだろ? お前がどんな風に思ってたのかは知らないけど、実際の精神世界はこんな感じなんだよ。お前のイメージを押し付けんな』

「押し付けてるわけじゃねえけどさ……」


 あかりの言うことも、わからないでもない。

 俺が違和感を覚えているのは俺の感覚であり、事実と異なっているのであれば、独りよがり。

 しかしそれは、ここが精神世界である、という前提に基づくものだ。


「ここが精神世界って確証もないだろ? だったら、精神世界じゃない、どっか別の場所だって可能性もありうるだろ」

『いやいや、現実世界に空を飛べる人間なんていないだろ。どっか別の場所って、そんなことができる場所があるって言うのか?』


 あかりは俺を二重人格の一人格と捉えているから、そんな俺と会って話せる場所は自分自身の頭の中、精神世界であると位置づけている。

 頭の中で完結しているのだから、そうした考えに結びつけるのは容易なことだろう。

 しかし俺は、俺自身は別の並行世界の人間だと思っている。そう信じている。

 だから俺はあかりの一人格などではないし、きっとあかりは代わりに俺の体になっているだろうと思っていたから、こうしてあかりと会って話すことなど想像もしていなかった。

 どちらが現実的かと問われれば、あかりのそれだろう。


 ……わかっている。わかっては、いる。

 でも、俺はあきらだ。

 あかりとは関係なく、あきらとして歩んできた人生を覚えている。

 間違っているはずがない。

 だから、理解しない。


「ミステリースポット――世界の、隙間」


 口から出たのは、俺の考える可能性。

 世界のどこでもない場所。


「俺のいた世界と、あかりのいた世界。その隙間に俺たちはいるんだと思う」


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