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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
俺はレズになりたくなかった
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あかりの理想とゆうなの理想


 あかりの言葉は、俺からの返答がなければ静かに暗闇の空間に溶けて消える。

 恐らく訪れたであろう静寂も、俺の精神状況では正確に判断できない。

 単純に驚きという感情が脳内を満たす。


 あかりはゆうなと付き合っているはず。

 なのに、あかりはレズビアンになりたくなかった……?


『あ、本当はレズって言っちゃダメなんだろ? わかってるよ。さっき言ったみたいに、レズって言葉が差別語だってのは前にお前から教えてもらったんだ。これからは言わないように気を付けるよ。今のはあえてだからな』

「いや、そんなことを聞きたいんじゃなくて……」


 そんなこと、なんて言い方していいのかわからないけど、とにかく今はそこに注視している場合ではない。


「あかり、男になりたかったのか?」

『そうだよ。今し方、お前に言ったばっかりだろ。鶏頭か』


 それに、とあかりは続ける。


『たしか俺のタンスの中は見たんだったよな。そこん中に女物の服はほとんどなかっただろ? なるべく男っぽい服ばっか選んで、前から持ってた女物の服は捨てたんだ。男になりたいって思ったからな』


 言われ、思い出すのは俺があかりの体に入ったばかりの時のこと。

 その時、あかりの洋服ダンスの中を見る機会があって、あんまりな品揃えに驚いた覚えがあった。

 たしかにあかりの持っている服は、女物と呼べるものがほとんどなかった。

 憶えている限りで言えば、ゆうなに着させられた白のワンピースぐらい。


 あかりはさらに続ける。


『まあそうやって男になれるなんて思ってねえから、精々男っぽい振る舞いをしようと思ったんだ。手術とかするのは、さすがに怖いしさ』


 男っぽい振る舞い。

 それを目指して、男言葉を使うようになって、服も男っぽいものを選んだと言う。


『元から女の子女の子した性格でも趣味でもなかったからな。口調を大雑把な感じにして、服もパンツとか男物に見えるもの以外を買い直したぐらいだ。本当は髪の毛もバッサリいきたかったんだけど、それはさすがにやめてって止められたよ』

「止められたって、誰に?」


 決まってるだろ、とあかり。


『ゆうなだよ。髪の毛を切るって言ったら、ゆうなに止められたんだ』


 あかりが髪を切ろうとして、それをゆうなが止めた。

 そんな話、ゆうなから聞いていなかったから、これはこれで単純に驚く。


「髪を切るってどのくらい切ろうとしたんだ? ゆうなが止めるくらいだから……」


 目の前のあかりの髪の毛は、本来の姿とは変わっているものの、髪の長さだけ捉えればあまり相違しない。

 背中の中腹まで届くほどの長髪を切ると言い、しかも先ほど男っぽくなるためとも言っていたからには、


『バッサリ切ってショートにするつもりだったよ。政治家のおばさんとかがしてるような、耳が出るくらいショートにするつもりだった』

「すげぇ思い切りだな……」

『おうよ。思い切りよく美容室の予約までしたんだけどな、さっきも言ったみたいにゆうなに止められたんだ。だからお前も知っての通り、俺の髪の毛は長いままなんだけどさ』


 髪の毛を伸ばすとして、あかりの髪の長さになるまで、果たしてどれだけの年月が掛かるのだろう。

 昔、女友達に聞いた話では、単純に伸ばすだけだと枝毛が増えすぎてとんでもないらしいから、髪を伸ばすのはそれだけで色々な苦労が必要なのだろう。

 たぶんあかりもそうして伸ばした髪の毛を、バッサリと切る寸前のところまでいったのだから、それ相応と思いがあったのだろうと伺える。


 ただ、単に男っぽくなろうとしてそこまでするのだろうかという疑問もある。

 口調を変えて、服を買い換えて、長い髪の毛を切ろうとして。

 そうまでして男っぽくなりたかったのは、あかりも男になりたいと思ったから。


 なら、あかりが男になりたいと思った理由は?


『やりすぎだと思うか? 前にも言ったけど、考えがあってこんなことしてんだ。お前も俺の二重人格なら汲み取れよな』

「いや、二重人格じゃないからわかんねえし」


 俺の疑問が顔に出ていたのか、あかりが反応してくれたが、汲み取れと言われたところでどうにもならない。


『ま、教えてやるのもやぶさかじゃない。特別だぞ、特別』


 腰に手を当てて鼻を鳴らすあかり。

 大きくなった胸を強調するように背を反らし、なんだか挑戦的にも扇情的にも見える。


『やっぱりさ、女が女を好きになるのって変だと思うんだ。なんていうか、ぱっと見の違和感っていうか』


 個人的な意見だぞ、とあかりは付け足す。


『ゆうなは俺のことを好きだって言ってくれるし、俺だって好きだ。いや、好きになったっていうのが正しいな。この好きって気持ちはライクじゃなくてラブの方だってことも自覚してる。はっきりと恋愛感情だって断言できる』


 ハキハキとした口調。

 別世界での関係とはいえ、ゆうなは俺の恋人でもあり、こうして好きだ好きだと明言されるのは、やや複雑な気持ちになる。


『性的なことをされるのだって、相手がゆうななら嫌悪感はない。さすがにゆうなのサディストスイッチが入ってから襲われるのは勘弁だけどさ、まあそういう関係を楽しんでるところもあるし、悪くないと思ってる』


 こいつマゾなんだな、と心で思ったらすぐさま睨まれた。

 あかりの元の体で睨まれた時よりずっと迫力がある。

 っていうか何故バレたのか。


『そんな変な顔すりゃバレバレだってのバーカ。ちゃんと話聞けよ、もうやめるぞ?』

「いや、ごめん、続けて」


 素直に謝ったのが効いたのか、あかりは小さく咳払いして続ける。


『何度も言うけど、俺の個人的な心境は問題ないんだ。好きだって気持ちも、ゆうなという女と恋愛してるってことに対しても』


 違うのはここから。


『世間体ってあるだろ? 普通だったらこうあるべき、普通だったらこうしなければならない、みたいな考えで、その普通から外れたら世間体が悪くなるってやつ。女は男と付き合うもんだし、男はその逆。そういう世間体』


 あかりは顔をしかめていた。

 言いたくない、考えたくないことを話している。

 そんな感情が見える表情。


『俺は女だ。ゆうなも女だ。どっちも女として生まれて、どっちも女として生涯を送ってる。その二人がカップルになったら、どうなる?』


 あかりは一呼吸空ける。

 目を伏せ、一度開いた口を閉じてからまた開く。


『周囲から浮くんだ。女の見た目の俺とゆうなが恋人同士として振舞ったらさ、そりゃあ白い目で見られるし避けられるようにもなる。世間体が悪くなるんだ』


 拳を握り締めるあかり。

 続く声色から滲み出る憤りが伺える。


『そりゃあもちろん周りの勝手な意見だ。俺とゆうなは好きでやってるし、好きだからこそやってる。理解のないやつらなんて関係ないって割り切りたいって考えてるけど……ダメなんだ』


 次第に力が込められてくる言葉。


『我慢できない。俺とゆうなのことを差別したりバカにしてくるやつ全員ぶん殴ってやりたい。いつも死ねって思ってる』

「ぶ、物騒だな」

『うるせえ。お前も殴んぞコラ』


 さっきから握り締めている拳はそのためだったのかと少し引く。


 ふん、とあかりは小さく悪態をついて話を続ける。


『世間様の荒波に揉まれて溺れそうなんだよ、俺は。息苦しくて仕方がない。だから俺は逃げるんだ』


 不意にあかりが立ち上がる。

 すくっと立ち上がるのに合わせてあかりの顔を見上げたら、今度はいつの間にかあかりが元の幼い顔に戻っていた。

 背も低くなり、体も平らに。しかし、服装はそのまま。


 あかりは自身の首の後ろに両手を回し、手を払って背中にまで届く長い黒髪を大きくなびかせる。

 途端、扇状に広がった髪の毛も先が弾けた。

 文字通り散々に爆ぜ、霧のようにかき消える。


 驚く俺の目先に残ったのは、ショートカットになったあかりの姿。


『どうだ? ぱっと見で俺が男っぽかったら、知らないやつらからすれば普通のカップルに見えるだろ? そしたら奇異の目で見られることも少なくなる。それが俺の逃げ方ってわけ』


 きっと、これがあかりのしたかった髪型なのだろう。

 幼い顔や体つきはあかりを中性的に見せ、ふわりと毛先の浮いたショートカットが先ほどまでの印象を払拭している。

 男に見える、というよりは少年に見えると言った方が近い気もするけど。


『まあこういうことをしたくて髪を切ろうとしてたんだが、肝心のゆうなに嫌がられちゃったらな。言う事聞かずに切って、ゆうなに嫌われるのも嫌だし』


 あかりは二度三度、頭を横に振るう。

 その振るう動作に合わせ、不思議なことにあかりの髪の毛が伸びていく。

 元々の長さまで伸びたところで、いつの間にかあかりの服は白ワンピースに変わっていた。


 見せつけるように、あかりがくるりと回る。

 長くなった黒髪、白のワンピースの裾がふわりと舞う。


『ゆうなは、俺のこういうのが好きなんだってさ』


 こういうの、と指すのは今のあかりの髪や、その服装のことを指すのだろう。

 たしかにゆうなは俺と接するとき、可愛がることを楽しみとしているような節があったように感じていた。

 可愛いものが好きで、可愛いあかりが好き、ということなのだろうか。


『難しいよなあ。さっきのゆうなの話を聞いたら、やっぱり俺が男みたいに振る舞ったほうがいいバランスになると思うんだよ。なのに、ゆうなは嫌がってくるんだから、本当に難しい、うまくいかない』


 不服そうに口を突き出してあぐらをかくと、またあかりの姿は急成長。

 服装もシャツの姿になり、先ほどまでの長身のそれとなった。


 こうも目の前でコロコロ外見を変えられると、なんていうか、わかっていても信じられない気持ちになるというか……。

 小さくめまいを覚えながらも、両手をあげて大げさに意味がわからないといったニュアンスのボディーランゲージをしているあかりを見て、俺は口を開く。


「お前とゆうな、似た者同士だな」


 意外そうな表情を浮かべるあかり。


「さっきも言っただろ? ゆうなもお前と同じく、男になりたかった。お前みたいに男装したり「俺」って言ったりしなかったけどな。時期もやり方も違うけど、二人とも同じように悩んでたんだなって思ってさ」

『あー、たしかに。まあ、そうかもなあ……』


 考えるようにして、あかりは胸の下で腕組み。


「逆にさ、」


 ふと思いついた言葉を口にしてみることした。


「男装なら、ゆうなにしてもらうってのはどうだ? ゆうなが嫌がったのはあかりが男みたいに振る舞うことだろ? あかりは二人とも女っていうのが気になってる。なら、逆にゆうなに男装してもらって男みたいに振る舞ってもらうっていうのは――」

『それは嫌だ!』


 食い気味の否定。

 真剣な表情のあかりは、あぐらの前に手をつき、前のめりに俺の意見を否定する。


『俺はゆうなの女性らしい感じが好きなんだよ。憧れっていうかさ、本当の俺はちんちくりんでそういうのがないからさ』


 自分の体を見下ろすあかり。

 その姿は本来のそれに変わっていて、白いワンピースが包むのは薄く平らな体。


『ゆうなには、ゆうなのままでいてもらいたい。だから男装なんてしてほしくないんだよ。お前も俺のサブ人格なら、わかるだろ?』


 最後者のそれを頭の中で否定しつつ、あかりの言葉に違和感を感じた。

 違和感から生じるのは、推理、推察。


「もしかしたらそれ、ゆうなも同じことを思ってたのかもな」

『……どういうこと?』


 きょとんとする顔は少女のそのもので。

 粗雑な言葉遣いや「俺」という一人称を除けば、やっぱりあかりは可愛らしい少女の様相だ。


「今お前が言った言葉、そのままゆうなも思ってたんだと思うよ。あかりはあかりのままがいい。だから男装してほしくないし、髪の毛も切ってほしくないってな」

『あー……あー、なるほど。なるほどなあ……』


 言葉を切って顔をしかめるも、次第に納得した様子に変わる。

 不意に、みんながあかりの表情は読みやすいと言っていたのを思い出していた。


『ああもう!』


 突然大きな声を出したあかりは、あぐらをかいていた脚を正面に投げ出し、手を背中より後ろについて長座の姿勢になる。

 首をそらして上を向き、ばたばたと脚を上下に。

 それはわがままを垂れる駄々っ子のよう。


『うまくいかないよな、本当こういうのって! やだやだ! だからレズビアンは嫌なんだ! 障害が多すぎるんだよなあ!』


 あかりは上体と両腕を投げ出し、大の字になってその背を地面に預ける。


『……俺、ゆうなのことが好きなだけなんだけどなあ』

「おい、パンツ見えてるぞ」

『バッ――!?』


 さすがに雰囲気に見合わないことを言ってしまったと思ったが、こう、目の前に座っている俺がいるのにそんな姿勢になられたら否応なしに目に入ってしまうわけで。


 俺の言葉にあかりは慌てて体を起こし、ワンピースの裾の前側を両手で押さえて、真っ赤な顔をして俺を睨んでくる。


『お、おま、お前、そういうことはなあ……ッ!』


 ちょっとだけ、ゆうなの気持ちが分かった気がした。


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