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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
俺はレズになりたくなかった
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同族とはウマが合わない


 嘘だ、と思ったのが最初の思考。

 それから少し遅れ、何故か納得し掛けている自分に気が付く。


 慌てて首を横に振り、自分自身の考えを振り払う。


「いや、そんなわけないだろ。あかりはそんなに身長高くないし、もっと子供っぽかった」

『好きで子供っぽい見た目してんじゃねえよ! それにちゃんと聞いてたか? 今の見た目は、お前の知ってる俺の姿とは違うって言ってんの』


 俺の知っているあかりの姿とは、おおよそ大学生、いや高校生にすら見えないだろう発育不足のあの姿のことだろう。

 それと目の前の女が違うのは一目瞭然だが、『今の見た目』と言うからには何かあるのだろうか。


 例えば整形……いやそんなレベルの話じゃない。

 仮にこの女があかりだとしたら、とんでもない技術を用いなければこの外見にはなり得ないだろう。


 なら、もっとオカルト染みた何かであれば――


「成長した?」

『こんな短期間で成長するか! 俺はあれでも成長しきってたんだよ! いやまだ成長の余地はあったよきっと!』


 何が言いたいのかよくわからない。


『変身したんだよ、へ・ん・し・ん』


 語尾を大きく口を開いてハキハキと言われたが、なかなか理解するところまで落ちてこない。


 変身って何だ?

 パッと思いついたのは仮面ライダーとか魔法少女とか、フィクションの中の存在の名前。

 まさかあかりに変身する能力があって、変身したら今の大人びた外見に変貌するわけでもあるまい。

 もしそんな力があったらゆうなやゆたかが知ってて俺に教えていそうなものだし、彼女らにひた隠しにしていたのなら俺に教えている理由がわからない。


『納得いかねえ、みたいな顔すんなよ』

「だって実際そうだし」

『わかった、証拠見せてやるよ。それならバカみたいな顔してるお前でも理解できるだろ』


 何かにつけて俺を下に見てる発言が余計だが、何か見せてくれるようなので俺は黙って頷くことにした。


 それから起こったことは、俺は人にうまく伝えることができない。

 そう言い切れるほどその出来事は曖昧模糊としていて、それでいてとてつもなく強烈で。

 とにかく現実に起きたこととは思えないことを目の前でやって見せられ、即座に理解しろと言う方がよっぽどおかしいだろう。


 結論から言えば、俺の目の前にいた女はあかりになった。


 正確には俺の知っているあかりの見た目――ちんちくりんな発育不足のそれに変貌した、と言えば良いか。


 『いくぞ』と言った女が目を閉じると、不意に白い霧のようなものが女の周囲を包み始める。


 周囲から湧いて出たのか女の体から湧き出てきたのかはわからない。

 女の体に張り付くだけの範囲にだけ湧いた白い霧は、あっという間に女の全身を包みきり、女のシルエットとほぼ同等になる。


 何が起きているのか理解できないまま呆然とその光景を見ていると、今度はその白いシルエットが縮み始めた。

 幼体化とでも言うように、背がみるみる縮み、あわせて手足や胴体も縮んでいく。

 結果として出来上がったのは幼児体型のそれで、その姿にシルエットが固まった途端に白い霧がすうっと消えていく。


 そして出てきたのが、俺の知っているあかりの姿をした女だった。


 服装にも変化が生じている。

 先ほどは俺と同じシャツにパンツルックだったが、今度は白のワンピース――ゆうながプレゼントしたそれを着ている姿になっていた。


 満足げであり、俺の顔を見上げるなり『ふん』と鼻を鳴らされ、俺は思う。

 よくわからないけど、なんかムカつく。


『終わったぞ、どうだ?』


 発したのは、先ほどと比べて幾分も舌っ足らずに聞こえる甲高い声。


 見れば、最初に目に付く俺の鎖骨よりも低い位置にある頭頂。

 伸びる髪の毛は肩に届くくらいで、その一本一本が錦糸のように細くなめらか。

 各パーツの小さい顔はとても幼げに見え、視線を下ろしていってもそう感じることに変わりはない。


 全くないと言っていいほど薄い胸に、細いもののくびれのない腹。

 腰から下は少しふっくらとしていて、続く脚も柔らかそうな印象を受ける。

 太くはなく細い方だと思うし、身長から考えれば妥当な脚の長さだが、先ほどのそれのように目を見張ることはない。


 頭の先から足の先まで眺めた後、鏡越しに見たそれを思い出し、おおよそ特徴が合致していることを認識する。

 こいつはあかりに間違いない。

 つい先ほどまで俺が成っていたあかりに、俺の目の前にいる女は成ったのだ。


『あ、勘違いしないように言っておくけど、こっちの方が本当の姿だからな? さっきの方が変身した後って扱いだから』


 そんなこと言われたって、今は正直どっちでもいい。

 とにかく俺の眼前で繰り広げられた現象が、あまりに非現実的すぎて思考が滅入ってくる。


「ど、どうやって……」

『どうやってって、変身の仕方か? 俺にもよくわかんねえよ。何となくできそうな気がして、やってみたらできたんだ』


 もう何を言っているのか、俺にはまるでわからない。


 俺の目の前にいるのは、あかり。

 どうしてどのようになっているのかはわからないが、こいつは先ほどの美人に変身する能力がある。

 ……なんて言われてもなぁ。


『あのさぁ、せっかく人が正体明かしてやったんだから、もっと清々しいリアクションしろよ。正体明かしてやった甲斐がないだろうが』


 そんなこと言われてもなぁ……。


『なんか俺のこと信じてないみたいだけど、そういうのやめろよな。心の底じゃ何となく理解してんだろ?』


 心の底では理解している。

 そう表現した言葉に図星を突かれたような気持ちになり、それがまた俺を動揺させる。


 理解しているなんて、ありえない。

 現実として受け取るにはあまりに常識離れしていて、手品にしてはざっくばらんとしすぎている。

 そんな現象を披露されて、はいそうですかと容易く理解できる脳みそを俺は有していない。


 なのに、何だって言うんだ。

 本当はわかっている、ただ頭の中の理性だけがそれを否定している。

 そう言いたげな抑圧されている心境こそが、俺の中の真実として捉えられようとしている。


 わけがわからない。


『じゃあさ、俺の髪の毛に注目して見ろよ』


 小さく嘆息をつき、あかりは自身の髪の毛の一房を掴んで俺に見せてくる。


 とりあえず見てみるが、特に変哲もない。

 黒い髪は艶やかで細く、俺が女だったら羨ましく思うようなものだが、それはあかりの髪の毛としては普通の状態。

 それを見せられたところで何を思えば良いというのか。


『ちゃんと見えるだろ? なあ、それって何でだ?』


 何でって、俺は特別目が悪いわけじゃないし。

 目の前に差し出された髪の房が見えないような環境にあるわけでも――


 考え、ハッとした。


 真っ黒な背景。

 その中で、光の当てられていない黒い髪を艶の具合まで見えるはずがなかったのだ。


『ここってさ、すっげえ真っ暗だろ? 何で真っ暗なのかよくわかんねえけど、俺らから見えるところには明かりなんて一つもない』


 あかりの言っていることに間違いはない。


 周囲は変わらず真っ黒な視界のままだし、光源になりえるものは見当たらない。

 普通なら暗闇。

 街灯のない夜道は酷く暗いと聞くが、ここは月や星の明かりもないのだからそれ以上のはず。


 なのに、俺は見えている。


『髪の毛だけじゃねえな。俺とお前、どうして光もないような場所で、お互いの姿がバッチリ見えてんだ?』


 出掛けた言葉は喉の奥で詰まる。


 わからない。

 どうして光の閉ざされたこの場所で、俺はあかりの姿を視認し、同じ漆黒の色と言っていい周囲の黒とあかりの髪の黒を区別できているのか。

 答えを教えてくれる者は、ここにはいない。


 ただ、俺には目の前の事象を鵜呑みするしか手段がなく、そうしなければ頭の中がショートしそうだった。


『要するにありえねえところなんだよ、ここは』


 それは俺の求めていた答えでないにしろ、あかりなりの解釈。


『変身する力なんて持ってなかった一般人の俺がそうすることができて、意味わかんねえ真っ暗闇の中でも別に問題なく見えるものは見えてる。そんなの、ありえねえだろ?』


 俺は言葉もなく首肯する。


 もし俺の頭がおかしくなったのでなければ、おかしいのは周りの方。

 短絡的な消去法で導き出したそれも、そう信じるだけの価値があるように思えた。


『それにさ、お前はありえねえことをありえねえって言う資格なんてないからな?』


 あかりは俺の顔に向かって指を指し、不機嫌そうに言う。


『お前、さっきまで誰の体の中に入ってたよ?』


 その答えこそが、俺を納得させるには充分な材料足り得るものだった。


 もういいや……。


 それは諦めに似た感情だったが、堕落したものではないことも理解している。

 できるものはできる、そうなっているものはそうなっている。

 そうでなければ、俺とあかりが出会ういわれなどなかったのだから。


『お前、バカだよな』

「きゅ、急に何だよ」


 いきなり大きな目を半目にしたあかりは、ため息混じりにそんなことを言う。


 唐突にバカ呼ばわりされるいわれだってない。


『こういう会話、お前と何回したと思ってんだ?』

「何回って、別に……」


 今回が初めてだろ、と言い掛けた言葉は喉の奥で詰まる。


 瞬間、勘ぐる。


「前にもあったのか?」

『あったよ。やっぱり覚えてなかったんだな。そんなことだろうと思ってたけどよ』


 やれやれ、と言ってあかりは肩を竦める。


『で、今度も全部忘れたのか? っていうか今度はどうやってこっちに来た?』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。まだよく理解できてない」

『お前の理解なんかいらねえよ。お前を殴るかどうか決めるために、お前がここに来た手段を教えろって言ってんだ』


 ころころと変わるあかりの表情は、今度は憤りのそれに変わる。


 あかりのことがまるでわからない。

 あたかも先ほどまでのやり取りを以前にもしていたかのように言うし、その答えを言う前に勝手に怒ってここに来た手段を教えろと問うてくる。


 それに『今度も全部忘れたのか?』って――


『いや、やっぱ聞くまでもねえ。お前の煮え切らない態度見てたら、それだけで殴りたくなった』

「す、ストップストップ! 何でそんなに俺にあたりが強いんだよ!」

『うるせえ変態野郎! 俺の体に勝手に入り込んで、俺の彼女に手ェ出してる野郎なんざ殴って当然だ!』


 俺が反論する間もなく、あかりの拳が俺の頬骨を捉える。

 低い身長から繰り出されるそれはアッパーのようで、前後不覚になるぐらいにはクリーンヒットだった。


 それは一発ノックダウンのようで、殴られた拍子に仰向けに倒れた俺は天を仰ぐ。


 殴られた頬と地面に打ち付けた後頭部の痛みもあったが、ひっくり返ってみて気付いたことがある。


 天と地に境目がない。

 見上げた色は黒、見下げた色も黒。

 地平線のような区切りなどなく、のっぺりとした色合いのそれが全面に塗りたくられているだけのような印象。


 それがただの暗闇ならまだしも、俺を殴ったあかりの姿は目を凝らすまでもなく克明に見えるのだから、やっぱりここはおかしなところだ。


 あと、いつの間にか俺の上にあかりが跨がっていることにも気が付いた。


『それで、今度はどんな方法でこっちに来たんだよ? 吐かねえとぶん殴るからな』


 さっきは聞かなくても良いって言ってたくせに結局聞いてこようとしてたり、殴るぞとか言って数秒前にはとっくに殴っていたり。

 突っ込みどころが多かったのもあるが、とにかく殴られた痛みと怒りでまともに応えようという気が湧かない。


 というか、今のでいい加減カチンときた。


「暴力女め」

『よし決まり』


 瞬間、腕を振り上げて殴りかかってくるあかり。


 大振りのそれを何度も食らっていれば、喧嘩の経験がない俺でもある程度動きが見えるようになってくる。

 俺の額めがけて振り下ろされた拳を、首を傾いで回避すると、すぐ耳元からゴチンと硬い打撃の音。


 ざまあみやがれ、暴力女。


『いってぇっ!? 避けんなよボケ!』

「じゃあ殴ってくるなよ! こっちは殴られて痛かったんだからな! 蹴っ飛ばされるし、アッパーされるし!」


 すぐ近くで大声出されてうるさかったので、負けじとこちらも声を張り上げる。

 この際だ、と苛立ちは言葉の潤滑油となり得る。


「さっきから思ってたけど、お前変な要素多すぎなんだよ! 中学生ばりに発育悪いし、口も悪いし一人称が「俺」だし、手癖も足癖も悪いし。変身するし情緒不安定だし!」

『一気に言い過ぎて意味わかんねえよド変態ボケ! 俺だってお前に言いたいことが山ほど――』


 ぎゃあぎゃあ喚き立てるあかりに応戦して売り言葉に買い言葉。

 それが落ち着きを見せたのは、もう数十分経ってからだった。


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