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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
問答は茶番のように
78/116

ゆうなの独白


     *


 私がレズビアンってことに気付いたのは、確か小学生のころだった。

 今まで友達としか思っていなかった女の子に抱いた感情が、ちょっとおかしかったの。


 あれ、って思った。

 その子を見てると胸が高鳴って、その子と遊ぶと他の子と遊ぶよりずっと楽しい。

 朝、学校に行ったらその子の姿を探して、夜、寝る前にはその子のことを思いふける。


 恋だって理解したのは、他の子たちが話してる恋バナと同じようだったから。

 自然と馴染むように、私はその子に恋してるんだってわかったの。


 でも、すぐに思ったわ。

 私、変なんだって。


 だって女が女を好きになるなんて、恋愛感情を抱くなんて普通じゃない。

 みんなは男の子を好きになるのに、私だけが女の子を好きになるなんておかしい。


 そういうのって、思春期だと一種の憧れの感情から擬似的な恋愛感情に発展することがあるらしいって聞いたことあるわ。

 可愛いとか綺麗とか、そう羨む感情が慕う感情になって、同性を好きになったように錯覚しちゃうことがあるんだって。

 私も、そうだったら良かったのに。


 そのうち、その子は彼氏を作って、自然消滅的に私の初恋は終わった。

 私の気持ちを知られないまま終わったのは、今にして思えば運が良かったわ。

 当時、告白して、万一私がレズビアンだって周りに知られちゃったら、きっといじめられてただろうから。


 でね、私、思ったのよ。

 男になりたいって。


 性同一性障害だっけ、私のはそういうことじゃないの。

 少し自慢だけど、私、男の子から何度か告白されたことがあるの。

 それも結構本気なやつ。

 でも、私は全然その気になれなかった。

 男嫌いでもないし、告白されて嫌な気持ちになったわけでもない。

 なのに恋愛対象として、告白してくれた人だけじゃない、男の子をそういう目で見られなかったのよ。


 だから私は女の子しか好きになれないんだって理解して、思ったの。

 それなら、私は男じゃなきゃおかしいんじゃないかって。


 単純で安直な考えね。

 普通の人が異性を好きになるなら、普通になるために私もそうなるべきだって。


 私は自分が女であることに不満はないの。

 女の体に違和感の一つもないし、女としておしゃれするのも好き。

 そう考えればただのフェミのレズビアンなんだけど、当時はそんな知識がないからどうしていいのかわかんなかった。

 だから男になりたいって考えたの。


 私が男なら、私が女の子を好きになったって普通のこと。

 好きになった子に告白するのだって普通。

 思い悩まずに済むんだ。


 でも私は子供で、どうしようもなくバカだった。

 望んだのは、まるでご都合主義な夢物語だったのよ。


 ある日、朝起きた私は男になってるの。

 理由は何でもいい。

 魔法だとか病気だとか、考える度にその理由はころころ変わって。

 でも不思議と家族も友達も、学校の先生たちだって男になった私のことを認めてくれるの。

 戸籍はちゃんと男に変わっていて、名前もゆうなから男らしい名前……そうね、例えば、ゆうたみたいに変えてくれて。

 誰も気味悪がったりいじめてきたりしなくて、時間の経過と共に男の私は日常に馴染んでいく。

 そして私は女の子に恋して、でもそれは体からすれば普通のことで。

 何もかもうまくいって、ハッピーエンド。

 私はその子と結ばれて、何の苦労もない幸せな恋愛するの。


 本当、バカみたいな夢。

 夢見がちにありえないことばかり願って、思えば現実逃避の一環だったのね。

 目的と手段がごっちゃになっちゃってる感じ。

 わざわざ男にならなくても、願うなら男の子も好きになれるように思えばいいのに。


 昔から、私は思ったら融通きかないとこがあるから。

 きっと最初に思った解決法が男になるってことで、それ以外を考えることさえしなかったんでしょうね。


 それこそ、憧れね。

 自分がなれるはずのないものだからこそ、望んでなりたくなってしまう。

 隣の芝は青くて然るべきものなのよ。


 ありえないってことくらい、当時でも理解してたわ。

 わかってたからそれを夢として想像してたんだし、ありえないことだって思いながらも心の隅ではあるかもしれないなんて期待してる節があって。


 子供が現実を理解するのは、意外と呆気ないものでね。

 私のときは、何のきっかけもなかった。

 例えば、いると思っていたサンタさんがお父さんだって気付いたとか、そんなんじゃ全然なかった。

 ふとわかったのよ、私の望む力が手に入ることなんてないんだって。


 特に絶望もしなかったわ。

 気付いたときがあっさりしていたみたいに、そんな力が手に入らないって認めるのもすごくあっさりしてた。

 私はそんな力がほしいなんて周囲に漏らしたことは、一度だってなかったからね。

 独りで勝手に思って独りで勝手に否定して納得しただけ。


 でも、それと同時に思ったことがある。

 望んだ人に与えられない力なら、そんな力はこの世界にありえないんじゃないかって。


 だって、性同一性障害なんて病気がある世界なのよ?

 もし私が神様で力を授けられるなら、悩んでる人に力をあげる。

 苦しんでる人が少しでも救われるように、ご都合主義にだってそうしてあげる。

 でも、そんなのはあった試しがない。

 あった試しがないから病気が認知されて、苦しむ人がいるのよ。


 もちろん私の望みはその人たちに比べてちっぽけだわ。

 私のは、一般的な性的指向との違いに対する悩みから逃避するためだけの願い。

 だから私の願いは叶えられるわけがないんだけど、でも私より苦しんでる人だって助けられてない。

 これってつまり、そんな力はないってことの証明よね。

 または神様が力を与えるほど優しくないってことの証明。

 私はそう信じたわ。


 もしこれでその力があったとしたら、どれだけ理不尽なことか。

 その力があったなら、救われるべき人が救われなくてどうするのよ。

 望まない人がその力を使われて、不幸になってたらどうするのよ。

 そんな嫌な可能性を信じるくらいなら、私はないことを信じる。

 そんな力はないって、私は信じることにしたの。


 その力がないなら、助からない人がいてもおかしくないじゃない。

 どんな力でもどうしようもなければ、諦められるじゃない。


 でも、力があることを認めちゃったら、仕方ないなんて思えなくなる。

 私の感じる理不尽は、どうしようもない理不尽だから甘んじていられるの。

 けどその解決策があることを知っちゃったら……。

 そんなのって、ないでしょ?


 もし説明できないような力があるって認めてしまったら、私の願いを叶えられる力があるかもしれないって希望を抱いちゃう。

 そんな淡い希望なんて、私を苦しめるだけ。

 だからオカルトな力は信じたくない。


 ……でもね、やっぱりあるかもしれないって思う気持ちだってあるわ。


 例え矛盾していても、そう思うの。

 だって私は、ご都合主義を夢見てたような女の子だったのよ?

 もう二十歳を超えた歳でも、やっぱり希望は持っちゃうの。

 そんな力があったらいいなって思う気持ちはあるし、菅原さんの力だってあるかもしれないって思う。


 あきらのことだって、そうかもしれないって考えられないこともないわ。

 でも、私には信じたくない気持ちがあるから。


 言ったでしょ、私は融通がきかない女なの。

 私は、私の中で帳尻を合わせようとしてる。

 私の中でつじつまが合わなくちゃいけないの。

 だって私はそう決め込もうと頑張ってるんだから。

 それを崩されたらかなわないのよ。


 私って、すごくメンタルが弱いの。

 いつだって自分が崩れないように必死。

 どんなときでも自分に一貫性を持ってなくちゃ、自分が自分でなくなっちゃうみたいで怖いの。


 人には多面性があるってよく言うけど、私にはよくわからない。

 極端な性格だからね。

 あれもわかるこれもわかるじゃ、曖昧すぎてわからない。


 昼、あきらに言ったよね。

 私は男嫌いだって。

 あれね、昔はそうじゃなかったの。


 さっきも話したけど、私、男に告白されたって嫌な気持ちはしなかった。

 男に何か嫌なことをされたこともない。

 それでも男を嫌いになったのは、レズビアンはそういうものだって、私の中で思い込むことにしたからよ。


 だって、普通なら好きになれるはずの男の子が、別に嫌いでもないのに好きになれないなんておかしな話じゃない。

 だから私はこう思い込むことにした。

 私がレズビアンなのは、男嫌いが原因だって。


 その方がありきたりでわかりやすいでしょ?

 男が嫌いだから女の子を好きになるしかなかった。

 当然の成り行きってやつ。


 もちろん、男嫌いだから必ずレズビアンになるとは限らないのはわかってるし、そういう人も理解してる。

 でも、私の中ではそれが一番整合性を保てたの。

 私はメンタルが弱いから、自分の中の整合性を保つので精一杯なのよ。

 だから嫌いでも何でもなかった男を嫌いになるように努力して、同じようにオカルトなことはどんな些細なことだってありえないって否定する。

 じゃなきゃ、私は私の整合性を保てなくなっちゃうから。


 だから、もし崩れちゃいそうになったら、私は少しでも可能性がありそうな現実的なことを模索する。

 あきらが二重人格であると定義したのも。

 菅原さんが原因だって唱えたのも。

 菅原さんに憑いてる幽霊の証明を盗聴だって言ったのも。

 全部、オカルトみたいな力を否定するための思い付き。

 その場で考えたでっちあげだったのよ。


 でね、私のそうした咄嗟の嘘って、時々だけどそれらしくなっちゃうことがあるの。

 初めはちゃんとそうじゃないってわかってるのに、段々とそれっぽくなっちゃうのよ。

 理屈をこねてるうちに、って言うかさ。


 これが問題。

 さっきも言ったけど、菅原さんが原因だって言い出したの。

 あれだって、初めはただの思いつきみたいなものだったの。

 あのときはただ必死にあきらは浮気をしようと思ってしたんじゃないって自分を思い込ませるために頭を回して、結果として漏れ出た案にすぎなかった。

 でも考えて、あれこれ理由を付け始めて、あれって首を捻った。

 もしかすると、もしかするかもしれないって。


 私が言い出したのはほんの小さな思い付きだったのに、考えてみればみるほどそれらしい理由が付け加えられていくのよ。

 自惚れするように、私は自分の案を信じ込めるようになったわ。


 きっと、私は私を思い込ませるのが得意になっていたのね。

 いつもいつも自分を思い込ませようと頭を働かせていれば、上達しててもおかしくないでしょ?

 私、菅原さんは嘘をつくのがうまいって言ったけど、もしかしたら私の方がうまいかもしれない。

 自分を騙すための嘘なら、きっと菅原さんにだって負けてない。

 ううん、誰にも負けない気がする。

 だってそれだけいつも、私は私をごまかすために必死だったんだから。

 情けないことだけど、ね。


 だから、かしら。

 例え相手が菅原さんでも、今は申しわけなく思うわ。

 私の嘘のせいで色々かき乱してしまって。

 私は私の仮説を信じてるとはいえ、事実だもの。

 私のした悪いことと言えば、そういうことだからね。


 ……でも皮肉なものよね。

 私が思い込むようにしたのは自分の中の整合性を保つため。

 本心が崩れないようにするためだったのに、今では自分の本心にだって嘘をついてる。

 よくわからなくなる。


 一つの嘘が膨らんでいくの。

 この嘘を守るために、また嘘をつかなくちゃいけなくなる。

 その嘘も更なる嘘を呼んで、私は嘘でまみれていく。

 坂に転がした雪玉みたいに、もう私には手に負えない。


 本当、私は私がよくわからない。

 私の中の本心は、果たして一貫性を保とうとするそれなのかどうかがね。


 そして綻びは出ちゃうもの。

 私があきらをあかりと呼んだりしたのは、そういうこと。

 あきらをあきらだって認めちゃったら、私は入れ替わりなんておかしな力を認めなくちゃいけなくなる。


 でもね、あきらの言動は、あかりに似ているようでどこまでも違うのよ。

 さっき、あきらは私の頭を撫でたよね。

 あれ、もしあかりがやってたらもっとぎこちない動きだったと思う。

 私、あかりにあまり頭を撫でさせなかったもの。

 なのにさっき、撫でてた手付きはすごく慣れてた。


 他にもそうしたことはいっぱいあるの。

 でも、それは私の中で認められない。

 認めたらダメになるってわかってるのに……私は弱いから、綻びが出てしまう。


 別れましょう、なんて言ったでしょ?

 あきらと菅原さんがしようとしてたことに気が付いたとき、私は思わず言っちゃったの。

 本当に思わずだった。

 あなたのことをあかりだと本気で思ってたら、あんなこと言わない。

 私、あかりにベタ惚れだからね。


 たぶん、どうにかしてまた私の方を向いてくれるように、それだけ考えたと思う。

 それでもああ言っちゃったのは、あなたをあかりだと信じ切れていなかったから。

 それが表に出ちゃうくらい動転しちゃったのよ。


 矛盾ばっかりね、私。


     *


「ごめん、ぐちゃぐちゃした。うまくまとめられなくて……よくわからなかったよね」


 ゆうなの独白は、そうして締められる。

 苦い表情をしつつ、どこか照れくさそうに唇をきゅっと結んで。


 ……ゆうなの言いたかったこと。

 それを整理するには、まだちょっと至らないけど。

 意図は何となくわかる。


 これがゆうなの反省。

 俺がこの世界にきて、それからあったことのネタばらし。


 あそこでああしたのはこういう理由があったから、ゆうながそう言うには過去の暴露が必要で。

 それを踏まえようとしたからゆうなの気が滅入っていって、こんな締めくくりになったのだと思う。


 俺の右手は、話が始まる前と変わらずゆうなの膝の上。

 ゆうなの両手に優しく包まれ、少し汗ばむくらい温かい。

 それが小さく震えているように感じたのは、俺の錯覚だろうか。


「どうして話してくれたの?」


 俺の問いは、今までそれを拒んでいたゆうなが、ここにきて何故話す気になったのか。

 そのきっかけは何だろう、ということ。


「理由はたくさんあるわ」


 言いよどみなく、ゆうなは言う。


「菅原さんに先に反省されて、自分の頑固さが腹立たしくなったこと。菊地原先生がムキになってたのを見て、私にも似たようなところがあったんだろうなって反省したこと」


 あと、


「最初にも言ったでしょ? あきらにだから話せたの。こうして二人っきりになれたから」


 俺の右手を包むゆうなの手が動き、変化があったのは握られる手の形。

 恋人同士がよくするように、指と指を絡ませるように握りなおされた。


 握られる手から感じるゆうなの体温は温かくて、肌はすべすべとして柔らかい。

 俺が男だったときに握ったゆうなの手よりも優しく感じるのは、手の大きさの違いからまるで包まれるようになっているからだろうか。


 たしかに柔らかいゆうなの手だが、幾分かそうでないように思うのは、俺の手がゆうなのそれより華奢になっているから、相対的にそうなのだろうか。


「菅原さんは、やっぱり嫌い」


 どこか拗ねるようにして、ゆうなは正面を向いて言う。


「自分の悪かったところを言うなんて、普通ならなかなかできることじゃない。それも菅原さんが白状したのは、彼女が今日してしまったことだもの。私だったら、あんな風にみんなの前で謝ることなんてできないわ。だからそうした菅原さんは、色々思うけど、すごいなって思う節もある」


 それは独白の続きみたいに、ゆうなに語られる。


 声色は落ち着いていて、静かな室内に小さく響く。


「でも……いや、だから菅原さんが嫌い。簡単に言っちゃえば嫉妬。私は菅原さんみたいになれないから彼女に嫉妬するの。だって彼女のそうした行動は、あきらのためにしてるのよ? もちろん自責の念も動機になってるかもしれないけど、それでも私よりずっと良い。自分を誤魔化すためにあきらを傷付けた私なんかより、よっぽどね」

「そんなこと……」

「あるよ。そんなことある」


 自らを虐げるようなゆうなの言葉に、咄嗟に否定しようとするも、それはゆうな自身によって止められる。


 握られている右手に力が加えられ、きゅっと締められる。


「泣かせちゃったじゃない、あきらを。別れましょうなんて、心にもないことを言って」

「あ……」


 そうだった。

 俺はゆうなに別れの言葉を言われて、泣いてしまった。

 そんな俺がゆうなに傷つけられてないなどと言うのは、あまりに白々しいことだった。


「本当は私だって、菅原さんのように反省したかった。あの場で謝れてたら、もっと事がスムーズに進んだだろうし、菊地原先生がムキになることだってなかったかもしれない」


 ゆうなの話は続く。

 淡々としているのに寂しげな雰囲気なのは、その話している内容からか。


「そういえば菊地原先生があきらを責めてたあの時、先生がムキになってたの、あきらは知ってた?」


 聞かれ、少し考えてから首を横に振る。


「あの時って、菊地原先生が俺の反省すべきところを言ってた時だよね? 怒ってるのはわかったけど、ムキになってたことまでは……」

「なってたわ。菊地原先生は私情を挟んでムキになってたの」

「私情って?」

「先生はイライラしてたのよ。私の頑固なところとか、パラレルワールドに来てしまうなんて非常識なことが起きているあきらに対してね」


 菊地原先生が苛ついていなかったと言えば嘘になるが、それをゆうなや俺に向けていたとはどういうことなのか。


「うまくいかないことへの苛立ちは、私が原因ね。先生が発案した反省会を潰したのは私だもの。潰す以前も、私の乗り気じゃない態度に憤り、あるいはもどかしさくらいは感じてたと思う」


 それを知りつつも動かないくらい、私は頑固だったんだけどね、とゆうなが小さく笑う。


「あきらには、きっと羨ましさと妬ましさが混同してたんだと思う」

「羨むって、俺を?」

「そう。菊地原先生ってパラレルワールドについて語れちゃうくらい好きなんでしょ? 何かミステリースポットっていうのも嗅覚でわかっちゃうみたいだし、あきらに対して羨むのは当然じゃない。同時に妬む気持ちもあったかもしれない。あきらだけパラレルワールドに来てずるい、みたいにね」

「ずるいって……」


 俺からすれば、すっごく困る以外に何もないのに。


「だから菊地原先生はイライラしてたんだと思う。そんな羨ましい状況にあって、ちっともやる気の見えないあきらにね」

「やる気はあったって――」

「うん、わかってる。大丈夫だから」


 俺の右手を握るゆうなの両手に力が込められる。

 それは俺を押さえつけようとする力ではなく、その言葉と同様の意味合い。


「紛らわしくてごめんね。私はやる気の“見えない”って言ったの。あきらにやる気がない、なんて言ってないわ」


 思い返し、上がりかけていた溜飲を下げる。


「見えないって、菊地原先生からしたら、ってこと?」

「そう。あきらからすれば、きちんとやる気があった。でも菊地原先生からすれば、結果を出せていないあきらにはやる気がないように見えてたのよ」


 結果を出せていない、という言葉に何か返したくなったが、それでも詰まってしまうのが悲しい。


 ゆうなは続ける。


「だから菊地原先生はあの時、あきらに対してあんな言い方をしたんだと思う。これって、菊地原先生が私情を挟んでムキになってるって思わない?」

「まあ……」


 断言こそしないが、小さく首を縦に振る。


 もしゆうなの言う通りだったとすれば、それらはたしかに菊地原先生の私情であると言えなくもない気がしてくる。

 もっとも、考え直せば俺にも非が出てくるわけだが。


「私があかりの部屋からあきらを連れ出した理由はそれ。冷静じゃない菊地原先生にあの場を任せられなかったし、」


 次ぐ言葉は小さく、部屋の空気に溶け入るように弱々しい。


「……あんな先生、見たくなかった」


 その言葉を聞いて、以前から抱いていた疑問がいよいよ鎌首をもたげてくる。


 今なら聞けるだろうと、そういう思いで俺は口を開いた。


「ねえ、ゆうなと菊地原先生って、どういう関係なの?」


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