反省、幕間
「私から私の反省点をあげるなら以上だけど、あきらやゆうなからは何かあるかい?」
「俺たちから?」
「そうだよ、あきら。先生が開いてくれたこれは反省会だ。一方的に懺悔するだけじゃない、聞いてくれた相手からも反省すべき点を受け入れるべきだと思うんだ。そうでなければ反省会にならない」
そうですよね、とゆたかが問うた先は菊地原先生。
聞かれた本人は頷き、
「いやぁ、ゆたか君は飲み込みが早くて助かるね。うん、実に助かる。だが度がすぎて私の出番がないじゃないか、ん? いい加減、私は自分の影の薄さに懸念を抱きつつあるのだが、どうかね?」
「いえ先生はできる限り存在を薄くしていてください。女ばかりのこの空間に先生は不適格なので、厚かましくされると迷惑です。極力、ご協力を」
「き、厳しいね、ゆたか君は……」
俺もそう思う。
とりあえず菊地原先生の扱いについては置くとして、反省会の進行としてゆたかの提言は正しいよう。
ならば、ならって俺も考えを巡らせるべきなのだが……その前に一つだけ。
顔の位置まで右手を挙手し、
「ゆたか、ちょっといいかな? さっきゆたかが言ってたことについてなんだけど――」
「それは受け付けられないよ、あきら君」
遮ったのは菊地原先生。
見れば菊地原先生の表情はとても真面目に固められており、だからこそ今の発言を止められた意味がわからなくなる。
「な、何でですか?」
「わからんのかね? 恐らくこれから言わんとしていた君の発言は、ゆうな君が言うべきことと重複するからだよ」
そうした発言で一番の反応を見せたのは、やはり的にされたゆうなだった。
気が付けば、俺に背中を向け続けていたゆうなは菊地原先生の方に向き直り、視線さえ合わせている。
見える横顔は固く、苦虫を噛み潰したようなそれ。
「……私は、言いませんよ?」
「おや、言わないのかね?」
喉の奥からようやく絞り出したようなゆうなの声に対し、すぐさま菊地原先生はおどけたように肩をすくめる。
「ゆたか君も言っていたが、これはチャンスなのだよ? 頑固な性格の君からすれば、おそらく二度とないくらいのビッグチャンスだ。主催の私が言うのもなんだが、参加すべきだと思うがね」
「い、嫌です……」
「ほう、なら君はずっとひた隠しにするのかね? 例えもう二度とあかり君と会えなくなる可能性を孕んでいようとも」
「そんなこと……」
「前にも言ったが、これには強制力はないから好きにすると良い。決して私から言うことはないからね、君から言わなければ全ては闇に包まれたままだ。……だが、それでいいとは思わんのだろう? 違うかね?」
「……っ」
ゆうなは視線を右に、壁へと逸らした。
おかげで再び俺からゆうなの表情を見て取ることができなくなるが、
「菊地原先生、あんまりゆうなをいじめないでください。これじゃあ……」
「君はどっちの味方かね、あきら君」
「え……?」
「私は君の助けになるよう、ゆうな君を説得しているだけだ。君に損はないと思うのだが、何故止めるのかね?」
菊地原先生を止めたかと問われればそうなのだが、真意は止めるところではない。
こうも責められているゆうなの姿が気の毒になり、そうしたのだ。
けどそれは菊地原先生の厚意を削ぐ形になるのも確かで、目的を優先するなら協力すべきなのかもしれない。
でも、だからってこんな風にゆうなを……。
「あきら君、君は本当に何もわかっていないな。ゆたか君は自らを愚鈍と称したが、私はこう思うよ。この中で誰よりも愚鈍なのはあきら君だとね」
「――な、何だよそれっ!?」
かっと頭に血が上るのがわかった。
俺自身の言葉遣いにハッとした時には遅く、しかしそれの熱は冷めない。
「何で菊地原先生を止めたぐらいでそこまで言われなくちゃならないんですかっ? 俺には意味がわかりません」
「少し落ち着きたまえよ。見苦しいと思わんかね?」
「だ、だから……!」
「ストップだ、あきら。あまり声を荒げちゃいけない」
目の前には黒のシャツ。
熱中しすぎて気付かなかったらしく、いつの間にか俺と菊地原先生の間に割り込むゆたかの姿があった。
ゆたかは俺の方を向いており、いつの間にか中腰になっていた俺の肩に手を置く。
それがきっかけとなり、俺はまたベッドに腰掛けた。
「君は熱くなりやすいんだ。だからそうなったら、すぐ落ち着こう。ね?」
「でも、菊地原先生が……っ」
「そうだね、私もそう思うよ」
今度は踵を返して菊地原先生の方へと向き直る。
俺から見えるのは、ゆたかの広く真っ直ぐな背中だけ。
「先生、さすがに今のあきらに対する発言には納得がいきません。説明してもらえますか?」
「説明も何も、私は思ったままのことをあきら君に言っただけだよ、ゆたか君。それでは説明にならんかね?」
「なりませんね」
ゆたかが言い放つ。
「それ以前の発言にはそれなりの行動理由があったと理解できます。予測にしかなりませんが、先生とゆうなには二人にしかない秘密があるみたいですからね。ですが、あきらに対してそんな言い方する必要はなかったんじゃないですか? あんなけしかけるような、侮辱する言い方……」
「必要はあったよ」
菊地原先生が言い切る。
「あきら君はあまりに物事を把握しなさすぎる。いや本人からすればそんなことはないのだろうが、しかしそうした認識は邪魔でしかない。まだあきら君の番ではないが、今のうちからそう教えておくべきだと私は思ったのだよ」
例えば、と前置き。
「先ほど私が止めたあきら君の発言があるね? あれはあきら君があまりに即決すぎるから止めたんだ。本来ならその点についてはゆうな君が話すべきなのに、わざわざ先んじることはないだろう? だから私はそれを止めた」
俺から見えるのはゆたかの背中だけだが、それを通してもわかる菊地原先生の苛立ち。
いや、苛立ちと言うには色の薄く声音も語調も普段と変わらないものだが、しかしそうとしか取れない感情を受ける。
「今のこともそうだ。状況から察する予測にすぎないが、あきら君はゆうな君の秘密について何も知らないはずだ。なのにあきら君は恐らく同情からゆうな君を庇おうとしたのだよ。そうした行動がゆうな君のためにならないとも知らずに」
「先生……」
「私は間違っているかね? あきら君はもっと慎重に、自分をわきまえるべきだ。そうだろう?」
それに答える者はいない。
ただ沈黙が流れ、俺は何とも言い返せなくて下唇を噛む。
(まるで、俺が無頓着なことしかしてなかったみたいな言い方……っ)
まるで、ではないのだろう、菊地原先生からすれば。
俺のした行動は菊地原先生の邪魔。
そうした認識だった。
でも、
「わけ……わかんないし……」
何でこんなに言われなくちゃいけないのか、本当にわからない。
ゆうなを気の毒に思っちゃいけないはずなんてない。
いてもたってもいられない感情に流されたとはいえ、止めちゃいけないなんてこともない。
責められる理由は、どこだ?
「まだそんなことを言っているのかね?」
冷ややかな声が、ゆたかを挟んで聞こえてきた。
「ならば話そうではないか、君の気付いていない反省すべき点について、私の口からね」