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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
問答は茶番のように
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たわむ思考


 しかしそんなゆうなの動揺に気づいていないかのように、菊地原先生は言う。


「気になる。いや実に興味深い話だ。できることならその経緯について詳しく聞きたいが、」


 いや、そう見たのは俺の勘違いだった。


「――その様子では、直接聞くのは難しいようだね」


 好奇心を前面に押し出しているもののゆうなへの気遣いは忘れないよう。

 困った困った、と大して困っているようには見えない棒読みで言う菊地原先生。


 と、不意に声をあげれば、


「そうだ、ゆたか君にあきら君。私にこれまでの経緯を話してくれないかね?」


 また大根役者も驚くような手抜きの演技っぷりで、菊地原先生は手を叩いた。


 それに思うことはあれど、流れを遮るほどではないと無視。


 代わりに、これまでと言うと? とゆたかが聞けば、


「大学で私と別れてから、先ほど私がここで合流するまでのことだよ。深いことまで聞こうというわけではないが、しかし話してくれるだけ話してくれると、私としてはありがたいね」


 と言うのも、


「もしかしたら、あきら君の手助けになるかもしれないよ?」


 耳に届いた内容に衝撃を受け、俺は菊地原先生を見たまま硬直してしまう。


 ……俺の手助けになるかもしれない……?


 それは、俺が元の世界に戻ろうとすることへの話。

 菊地原先生が来てからというもの、いやそれよりも前から停滞し続けていたことだ。


 なぜそのことに繋がってくるのかはわからない。


 だが、それでも、


「……わかりました」


 俺を動かすだけの魅力が、それにはあった。


 そこには、ゆうなの言った仮説を信じたくない思いもある。

 俺が作られた人格などと言われることの、否定の証拠を掴みたい気持ちもある。


 そして何よりも、またすがれるかもしれない頼もしさに、俺は酔っていた。


     *


 俺が菊地原先生に言うのは、今までの大まかな流れだ。


 細かく言ってはきりがないし、今となっては確定的かも怪しいのだが、菊地原先生の言う制限時間も気兼ねする。


 だから、流れ良く話すことにした。


 まず俺とゆたかが大学でした選択は、菊地原先生の言うとおりセックスはするが、するのは指定外の俺の部屋にしたこと。


「俺の家の方が、ゆうなの家に近くて便利だと思ったんです」


 行為の後、ヒントを得てゆうなに会いに行く予定だったからそれが最良に思えて、しかしこの選択が間違いだったと気づくのはそれから先。


 着くまでにゆたかと悶着があったが、無事ゆたかにシャワーを浴びさせることに成功し、


「けど、そこにゆうなが来た」


 謝りに来てくれたと言ったゆうなに感動を覚えるも、すぐにゆたかとセックスしようとしていた危うい状況に気づく。


 気を動転させながらも何とかしようと、風呂場から出たばかりのゆたかと協力して誤魔化したが、


「誤魔化すための嘘がゆうなにバレて……」


 浮気未遂と断定され、別れましょう、とゆうなは言った。


 俺はそれだけは嫌だと泣いてごねて、ゆたかの説得の協力もあって俺たちは事情を話すチャンスを得る。


 しかしゆうなからの条件で、それを話すの俺単一となり、ゆたかは一度退出してしまう。


 だから、俺だけでもゆうなにわかってもらえように事情を説明しだしたのだが、


「それはやっぱり、俺が悪くて……」


 浮気になったのはセックスをする相手を、同じくレズビアンであるにも関わらずゆうなを選ばずにゆたかを選択したから。


 選ばなかったことこそ浮気なのだと、俺はゆうなに言われて気づかされたんだ。


 それから俺は、ゆうなに頬を叩かれ胸ぐらを掴まれて、でもそこでゆうなはこう言った。


「もしかしたら、今までのことは全部ゆたかのせいだったんじゃないか」


 俺とあかりの入れ替わり(ゆうなが言うには、それは俺の勘違いらしい)から、俺がゆうなに事情を話すまで。

 全てがゆたかの手の平の上で踊らされていたとするなら納得がいくと、ゆうなに諭された。


 それは俺の行動理由に逐一ゆたかが絡むからであり、それも意味深に見えるから。


 その結果、俺たちはゆたかをもう一度呼んで事実確認をしようとしたのだが、来たゆたかは怒っていた。

 ゆたかに憑いている祖父母の幽霊が俺たちの話を聞いており、それをゆたかに伝えていたからだ。


 そこでも悶着があったのだが、最終的に対立したのは俺とではなく、ゆうなとゆたか。


 ゆたかが怪しいのではないかという仮説を発案したのがゆうなだったから、この対立になったのだと思う。


 そこで俺にはどうしようもないいがみ合いが始まって慌てふためくところで、菊地原先生がやってきた。


「そういう流れです」


 言い終えた俺は息をつき、荷が下りたことから肩をなで下ろす。


 たった数時間でよくもまあこれだけ濃くなったものだと思う一方で、俺の話した内容に自信のなさも覚える。


 俺が話したことは事の簡略であり語弊が生まれかねないのもあるが、時折俺の推測が混じっていることもある。


 話の途中で誰かに訂正されるのではないかと勘ぐったが、結果的にゆたかと菊地原先生は黙って聞いてくれ、ゆうなは聞きもしないように身を縮こまらせているだけだった。


 ふむ、と俺が話し終えたことを認めるように菊地原先生が言うと、自身の腕を組む。

 内の右手を顎にやり、親指側の三本でそこを触り始めた。


 聞き終えた菊地原先生は何を言うのか身構えたところで、


「ゆうな君がオカルト嫌いというのは、本人が言っていたことなのかね?」

「あ、はいそうです。そうなんですけど……」


 ゆうながオカルトを嫌いだと言ったのは、何も一回だけではない。

 複数回、複数の話題に渡ってオカルトなどありえないと豪語していたのだ。


 だから、ゆうながオカルト嫌いであるのは間違いないと思う。


 だけど、一つ気に掛かる点がある。


「実はゆうな、オカルトに憧れていたんじゃないかなって思うときがあったんですよ」


 それは、ゆうなが最初にオカルト嫌いを明言したときのこと。


 たしかにゆうなはオカルトはありえないと断言していたのだが、その場にいたゆたかとの問答の末、その話の最後にゆうなはオカルトな能力についてこう言っていた。


『たしかに、欲しかった。昔は欲しかったわ』


「や、やめてよっ!」


 俺が菊地原先生に告げ終えた直後、叫びに近い声をゆうなが放つ。

 しかしそれは一歩間に合わなかったというところで、その事実にゆうなは愕然としたように眉尻を下げた。


 その様子は、まるで今の話を菊地原先生に聞かれたくなかったように思えるものだ。


 何故そうなのかという疑問は思い出した菊地原先生の言葉によって遮られた。


『勘ぐってはいけないよ、あきら君』


 だから俺は待つべきなんだと、今は菊地原先生の反応を待つことにした。


 その菊地原先生は、俺が二つ息を往復するだけの時間を持って考え、次のようにゆうなに聞いた。


「ゆうな君は変わったのかい? それともまた……」


 語尾を濁しながら終えた菊地原先生の言葉に、ゆうなは一瞬の戸惑い。


 眉根をぎゅっと詰めたが、小さな頷きで「後者です」と。


 途端、気の知れぬ菊地原先生は笑う。


「そうか、それは良かったよ」


 声には出さず、ただ安堵したように優しい笑みで。


「ありがとうあきら君、話してくれたおかげで色々なことが掴めたよ。君たちの経緯や私の疑問、これからの指針についてもね」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。もちろんそれは私の推測による仮説に他ならないものだがね」


 先のゆうなとのやり取りも気掛かりだが、菊地原先生の言葉にそれ以上の魅力を感じて食いつく。


 しっかりとした動作で頷いてくれた菊地原先生に、もはや尊敬を覚えるほどの頼りがいを感じた。


「先生、これからというと、何か具体的な解決法が見つかったんですか?」

「解決法ではない。私は現状の問題点を見つけたんだ」


 問うゆたかに対し、菊地原先生はそちらを向いて腰の位置にある両手を開く。


「問題点とは言うまでもない、君たち三人の問題点だ」


 菊地原先生は視線を俺たちへと回していく。


 まず隣に佇むゆたかを見、


「ゆたか君には個人的願望があり、恐らく有意識ながらも抑制しきれないそれが露わになっている可能性がある」


 僅かにだが、目を見開く反応を見せるゆたか。


 菊地原先生は視線を右に流し、ベッドに座り込むゆうなに。


「ゆうな君は、ゆたか君とは逆に自制しすぎるあまり暴走しているのだろう」


 びくり、と肩の震えるゆうなの動き。


 さらに流して、ベッドの傍らで立ち尽くしている俺に行き着く。


 菊地原先生と視線が合い、やや首を上げながら見た先には、


「だが一番の問題児は君だよ、あきら君」


 落胆の色を含んだ菊地原先生の顔があった。


「君には足りていないものがある。それを端的に言うなら、やる気。それが不足しているように思うよ」


 そこで終わるかと思えた菊地原先生の言葉はしかし途切れず、誰かが口を挟む前に、三人に向き直るようにして言った。


「おこがましいとは思うが、これから先は君たちに反省会をしてもらおう。とにもかくにもそれからだと私は思うね」


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