仮定は壊されていく
*
「……先生」
「すまなかった。いや、本当にすまなかったと思っているよ」
腰に手を当て仁王立ちするゆたかの目の前、フローリングの床に正座をして反省を強要されているのは菊地原先生だ。
その飄々とした表情や言葉に反省の色は少なく思うが、こうして菊地原先生が落ち着いてくれただけで充分だと思う。
……さっきまでの蛮行の数々は酷かった。
空気を読む気配など見せず、俺とゆたかを事後だと思い込み感想を執拗に迫るなどのセクハラ行為。
見知らぬゆうなに対しては、俺とゆたかのセックスに参加した第三者として扱い、もうお祭り騒ぎのように一人で盛り上がり。
それらを止めるため、菊地原先生の後頭部を思い切り叩いたゆたかの行動には爽快感を覚えたものだ。
いや、一応年長者に対する行為ではないと罪悪感も覚えるのだが。
とにかく、現状はすっかりと激変した。
ゆたかは相変わらず怒りっぱなしだが今までのような厳しさはなく、昼間にオカルト研究部の部室で見たような漫才染みた気楽なものだ。
一方のゆうなは菊地原先生の怒涛のセクハラに気分を悪くしたらしく、黙って俯きながらベッドの隅に腰掛けている。
俺はそのゆうなを心配して寄り添い、とりあえずの形で背中をさすることにした。
それを拒否されなかったのは、きっとゆうなも少しは落ち着いてくれたのだろう。
空気はすっかり弛緩し、そのことに俺は胸をなで下ろす。
こんな酷い形であれ、さっきまでのあれを壊すことができたんだ。
口には出したくないが、それでも菊地原先生に感謝している気持ちがあるのはたしかだった。
しかしどうしてか、俺はこの状況に違和感を覚える。
その原因としてあげられる候補は様々だ。
まずゆたかとゆうながお互いを気にしないようにしている沈黙や、大学教授であるはずの菊地原先生が一介の生徒であるゆたかに正座して反省の態度を見せている点。
数時間振りに、介抱の形とはいえゆうなとまともに触れ合えている俺自身も候補ではある。
だが俺が感じるそれは、上記には含まれない気がした。
何というか、雰囲気に感じるような曖昧な違和感ではない。
もっと圧倒的で、気付けた瞬間にあっと声をあげてしまうような決定的な違和感――
そのとき、つい先ほどまで怒りの表情を見せていたゆたかと目が合う。
ゆたかの表情は一転しており、何やら思案顔。
考えていた末に、たまたま俺と目が合ってしまった様子だった。
もしかして、ゆたかも俺と同じ疑問を……?
だとするとその疑問は、俺とゆたかの共通項ではないか。
そう考えた次の瞬間だった。
「あ」
俺とゆたか、どちらともなくその声を出す。
続けたのはゆたか。
「先生、いつものドリアン臭はどうしたんですか?」
それが俺たちの感じた疑問。
あれほど臭って仕方なかった菊地原先生の異臭が、今はどうしてか全くしていないのだ。
一般人であればそれは至って普通のことであるが、菊地原先生というフィルターを通せば充分すぎる違和感を持つ異常。
一体どうしたのかと、菊地原先生の返答に耳を傾ける。
「ああ、そう言えばこれはゆたか君も知らないことだったね」
あっけらかんとした、さも大したことのないような言い方。
「少し前に入ってきたのだよ、ここからほど近い銭湯にね」
「せ、銭湯ですか?」
俺が思ったのと同じ動揺の声を、ゆたかがあげる。
銭湯と聞いて思い浮かべたのはゆたかがゆうなについた嘘だが、それは関係なく、次に思ったのはうちの近所に銭湯があっただろうかという思案。
ここからほど近い銭湯に入ってきたと菊地原先生は言ったが、うちの近所にそれらしい銭湯はなかったような……。
「ああ、銭湯だよ。銭湯と言っても下町風情を感じるようなものではなく、チェーン展開しているような銭湯だがね。ここの最寄り駅の隣駅だったかな。そこのホームに銭湯の看板があったのを見て、ちょうど良いと思い入ってきたのだよ」
俺の顔の出やすさが際立ったのか、それともたまたま菊地原先生の話に被ったのか。
どちらにしても今の話の中で俺の疑問は解かれる。
「つまり、銭湯に入ってきたからあのドリアン臭は取り除かれたんですか?」
「そういうことだね。銭湯でなくとも、体をきちんと洗えば臭いはなくなるよ。しばらくすると元の臭いに戻るのだが」
ゆたかの言葉に菊地原先生はしたり顔で頷くが、
「なら、どうしていつもオカ研にくるときは臭いままなんですか」
菊地原先生を批判するように半目になってゆたかは返す。
しかし、菊地原先生は軽く笑って返答。
「なかなかゆたか君の厳しい反応が癖になってしまってね、ついやめられないのだよ。あの辛辣な言葉を受けられるなら臭いくらい我慢しようと思――まあ一番の理由としては、大学付近に銭湯がないからなんだがね」
最後のは嘘だ、絶対嘘だ。
話している途中、ゆたかがマジで怒った顔になったから切り替えただけ。
圧倒的に変態だなぁ、菊地原先生……。
はあ、と深いため息をつき、俺はゆうなの背中をさする作業に戻る。
それなりに時間をおいたからゆうなも落ち着いてきただろうが、今の話でまた気持ち悪くなった可能性もある。
というか俺ですら気分を悪くしたのだから、ゆうなも害したに違いない。
だからゆうなを心配する気持ちを第一に、やっぱり大きく感じるゆうなの背中をさすると、不意に呟きが聞こえてきた。
「菊地原先生がこんな人だったなんて……」
それは誰に向けたわけでもない、ゆうなの漏らした呟き。
続く言葉に「私の中の先生像が……」や「こんな最低な男の権化みたいな人なんて……」とあり、そこで俺は気が付いた。
そう言えばゆうなは、菊地原先生と面識があるようなことを言っていたっけ。
しかしそれと矛盾しているようなゆうな自身の呟きや、先ほどゆうなと邂逅した菊地原先生の反応もどうもおかしい。
ゆうなが一方的に菊地原先生のことを知っている、あるいはその存在だけを知っているような……?
「菊地原先生、」
今もなおゆたかにきつく睨まれて正座しっぱなしの菊地原先生に、俺はゆうなの背中をさする手を止めずに聞く。
「菊地原先生とゆうなって、もしかして面識あるんですか?」
そのとき、俺のゆうなの背中をさする手に僅かな反応が見られる。
びくりと小さな震えだった。
「ゆうな君と私がかね? 彼女との面識は……うむ、顔を見る限りではないと思う。私の記憶では、彼女と初めて顔を合わせたのは今日の昼、同じ電車に乗り合わせたときだよ」
今日の昼が初となると、やはりゆうなの呟きに疑念を抱く。
しかし、
「だが、おそらく彼女と話した経験ならあるよ」
「え、それって……?」
不用意だった対応に、俺は問う。
顔を合わせたことはなかったのに、話したことはある?
その疑問に答えた菊地原先生は、
「彼女は匿名、私は実名という形で電話したことがあるんだ」
「と、匿名……?」
ゆうなと菊地原先生が電話で話したことがあるというのも驚きだが、それ以上にその条件、ゆうなが匿名であったことが気になる。
どういうことなのか、それを問おうと口を開くよりも早く、
「せ、先生っ」
びくりとした震えと共にゆうなは顔を上げ、菊地原先生を止める。
見れば怯えているような表情で、自身の膝に置いていた手は拳を作っていた。
「安心したまえ、ゆうな君。私は無神経な方だが、人を傷つけるような無粋ではないよ」
対する菊地原先生の言葉は優しく、言葉通りゆうなを安心させるよう笑みを向けていた。
無神経なのは自覚あったんだ……と思う一方で、ゆうなにそうした言葉を向けた意味を理解する。
ゆうなと菊地原先生には、他の誰にも言えないような秘密がある。
それも、ゆうなからすれば絶対に知られたくないような秘密だ。
「勘ぐってはいけないよ、あきら君」
俺の思考を先行するように、今度は俺に向いた菊地原先生が言う。
「人は誰にも知られたくないことがあるはずだ。そしてそれを無理に勘ぐろうとするのは、あまりに無粋。わかるね?」
「は、はい」
口調には丸みを感じながらも、その実反論を認めないような言い方。
どこかゆたかのそれに似たようなところを覚えながら、俺は頷くしかなかった。
菊地原先生に勘ぐってはならないと釘を刺されてしまった手前、あまり深く考えるわけにもいかない。
考えるだけなら、とも思ったが、悲惨なことに俺は自分の考えを顔に出しやすい質らしいからそれも適わない。
だから代わりに考えるのは、俺に釘を刺した菊地原先生がうちに来た理由だ。
銭湯に入ってから来たというのは俺たちに気を遣ってのことだろうが、逆に言えばうちに来るつもりで銭湯に入ってきたということになる。
ならば、菊地原先生がうちに来た理由は何なのか。
聞くが早いと考え、俺は口を開く。
「菊地原先生は、どうしてうちに来たんですか?」
「あきら、そんなの決まっているよ」
返ってきたのは、予想外にもゆたかの声だった。
半目のままそれを菊地原先生に向け、
「どうせ先生は私たちにセックスの感想を聞きにきたんだ。先ほどもしつこく聞いてきただろう? それが目的だったに違いない。セクハラをしにわざわざ赴いたんだよ先生は」
うわ、めっちゃ毒吐いてる……。
さっきの菊地原先生の変態発言ですっかり敬う気持ちを捨てたのか、それとも今までからそうだったのか。
どちらにせよゆたかのきつい発言に、菊地原先生は苦笑を見せる。
「いやあ、相変わらずゆたか君は厳しいね。それが実に癖になるのだが、今の意見には否定させてもらうよ。私がここに来た理由はそれだけではない。私がそれだけの理由でこんな夜更けに訪ねるような常識外れの人間だと思うのかい?」
先生、「癖になる」などと言った舌の根も乾かぬうちにそんなことを言っても、全く説得力ないです。
というか、セックスの感想を聞きにきたのも、うちに来た理由の一つだったんですね……。
「じゃあ先生があきらの家に来た理由は何ですか?」
流れから当然の疑問を半目からさらに細め、もはや糸目のようになっているゆたかが問う。
それにはゆうなも興味があったようで、返答を待つように菊地原先生に顔を向けている。
だから俺もならうように菊地原先生に目を向けると、
「いやいや、あまり視線を向けないでくれたまえ。君たちのような美人に揃って見つめられると――いやすまない、話を続けよう」
ゆたかの表情が睨みに変わっていた。
「私がここに来た理由、それは単純な興味。ミステリースポットをこの目でたしかめたかったのだよ」
――ミステリースポット。
その言葉のオカルト性にハッとし、慌ててゆうなを見やる。
が、その表情に変化はない。
つい先ほどまでと変わらず、菊地原先生の次句を待つようにそちらに視線を向けているだけだった。
あれ……? と思う間もなく菊地原先生が続ける。
「ゆたか君やあきら君には話しただろう? ゆうな君もその様子を見る限り、それとなくは伝わっているようだね。――ここにはミステリースポットがある。姿形は見えずとも、たしかにミステリースポットはここにあるんだ」
正座していた菊地原先生は立ち上がり、俺たち三人の顔を順繰り見ていく。
「私はミステリースポットを見たい。今までいくつか“ミステリースポットではないか”と思える場所を見てきたが、今回はその顕著。私が推測する限り、たしかなミステリースポットがここにあるんだ」
だから、
「私は是非ともそれを見たく思い、ここにきた。一言で言うなら知的好奇心。それで納得してくれるかね?」
なるほど、と菊地原先生の話を聞き、納得の意を添えるように頷く。
本来なら顧問を必要としないオカルト研究部に率先して活動している菊地原先生のことだ。
あれだけの熱弁を振るえる対象であるミステリースポットがここにあるというのだから、そこに赴こうと思う動機は理解できる。
だが、そこに異議を唱えるよう手を上げたのはゆたかだ。
「先生、それではあまりに確信的な発言すぎませんか? さもここにミステリースポットがあることを確信しきっているような」
「確信しているよ。ここにあるのだよ、ミステリースポットは確実に」
自信たっぷりといった様子で鼻を鳴らす菊地原先生。
ふん、と鼻息が荒いところを見ると、どうやら鼻が詰まっているらしい。
そこにゆたかは、ですが、と言葉を挟む。
「ですが、先生がここにミステリースポットがあると見たのはあくまで推測の仮定からです。信憑性がないとは言いませんが、そこまで自信満々にされるほどではないと思います」
「仮説だけではないのだよ、ゆたか君」
眉を立て、さらに鼻息を荒くする菊地原先生。
さも、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのリアクションに胸焼けがする。
「これもゆたか君に話していなかったと思うが、実は私には秘密があってだね」
一歩、二歩を優雅を気取っているようにゆっくりと歩き、俺たちには背を向け壁と正面に向かい合う菊地原先生。
床がギシギシ軋むのはその肥えた体からだろう。
そうして歩みを止めた菊地原先生は語る。
「私には、ミステリースポットを嗅ぎ分けられる鼻があるのだよ」
くるりと振り向き、自身の鼻を指差す。
その動きで少しだけ嫌な臭いがしたのはきっとスーツに染み込んでいた分なんだろうな、と俺は思考放棄。
ゆうなは「ああ……」と小さな嘆きの声を漏らし、ゆたかは半目に。
痛々しいという言葉さえオブラートに包んだ生易しい表現に思えるほど、菊地原先生は独創的だった。
「その様子だと、どうやら君たちは信じていないようだね?」
言い、おそらく不敵に笑いたかったのであろう口元がだらしなく歪む。
信じるか信じないかと問われれば、そもそもよくわかりませんと答えそうになる。
菊地原先生の言っていたミステリースポットとは、俺の覚えが正しければ平行世界間にある世界膜の薄い場所。
それを指していた言葉のはずだが……それに臭い?
しかも菊地原先生はそれを嗅ぎ分けられるなどと言われても、まず理解まで落ちてこない。
まあこちらから聞かずとも自ら先を話すだろうと沈黙を守ると、案の定だった。
「まあ君たちがいきなり信じられないのもわかる。大いにわかっているつもりだよ、私は。私は君たちの理解者であろうと常日頃から君たちのことを思い」
「先生、いいから先を」
促すゆたかの声に、菊地原先生は少し寂しそうに「うむ」と答える。
「ゆたか君がそう言うのであれば……ではその証拠として、私は君たちに一つの事実を提示しよう。それは、私がここにいる事実だ」
「……?」
菊地原先生がここにいる事実が、ミステリースポット嗅ぎ分けられる証拠になる?
一見して噛み合わないそれらに首を傾げると、すぐにゆたかが発言。
「どういうことですか?」
それは俺と同じく結論に行き着いていないということ。
しかし菊地原先生は「ふむ」と頷くだけで口を開く様子を見せず、回答を良しとしない。
だから俺は思考を続ける反面、まるで謎解きをしているようだなと思う。
……さて、じゃあどうして菊地原先生がうちにあることが証拠になるのかというと――
「あかりの家がどうしてわかったのか、じゃないの?」
それはいきなりのこと。
そう発言したのは俺やゆたかでもなく、ましてや答えを知る菊地原先生でもない。
俺のすぐ隣、ベッドの隅に腰掛けているゆうなからの発言だった。
え、と驚きを声に出したのは俺で、ゆたかも目を見開いてゆうなを見ている。
その中で異質な反応を示したのは菊地原先生だった。
「ゆうな君、それはどういうことなのか説明してもらえるかね?」
身を乗り出すように聞いてくる菊地原先生。
ゆうなは躊躇うように「いや……」と前置きするも、引いてくれそうにない菊地原先生の態度に諦めを見せる。
「じゃあ言いますけど……先生がここにいる事実って言うのは、先生がここに来れた経緯のことだと思います」
「と言うと、どういうことだね?」
さらに問われたゆうなは気まずそうに眉をひそめ、解決策としてか俺に向き直りながら話を続ける。
「先生はそのミステリースポットとかいうやつの臭いがわかるんでしょ? で、あかりの家にはそのミステリースポットがあるっていう前提。なら、先生はその臭いを追ってあかりの家まで来たってことにならない?」
なるほど、と俺は感嘆しながら相づちを打つ。
菊地原先生はミステリースポットの臭いを嗅ぎ分けられる能力の証明として、菊地原先生自身が今この場所にいる事実を示した。
それは、菊地原先生が俺の家の場所を知らないだろうという前提に由来する。
そもそも菊地原先生と俺が会ったのは今日が初めてだし、俺があきらのころにも菊地原先生に該当するような人物に面識はない。
だから今日という日までに菊地原先生が俺の家を知ろうとするきっかけはなく、また今日知ろうとしても果たしてどうやって調べるというか。
個人情報の保護が厳しくされている現状、大学の教授だからといって関係のない生徒の住所情報を簡単に見聞きはできないはずだ。
だから菊地原先生がこうしてうちまで来れたのは、ミステリースポットの臭いを辿ってきた末だということに繋がり、その能力の証明……いや証明にしては薄い感はあるが、それでも菊地原先生の問いの答えにはなっているだろう。
「そうだね、ゆうな君の言うとおりだ。やや不備を感じるがそれで正しいよ。いや、実に素晴らしい」
パチ、パチと間をあけた拍手をし、菊地原先生はゆうなに向かって言う。
それはゆうなが正解を言い当てたことへの賞賛の言葉だ。
「何より特筆すべきは、解答を導くまでの早さだね。突発的な問いではあったが、いやだからこそ頭の回転の早さが際立ったと言うべきかね?」
菊地原先生が言うそれは、俺もひしひしと感じていた。
ゆうなが、恐らく解答を閃いたであろう最初の発言をしたのは、菊地原先生が問題を出してからそう経っていないときのこと。
俺がようやく問題の意図を整理しようと考えるや否やというところだった。
例えゆたかが質問をしていたときから先行して考えていたとしても、なかなか早いように思う。
少なくとも俺では追いつけないであろうスピードだ。
……ゆうなって、こんなに頭の回りが良かったんだ。
俺も知らないゆうなの一面を見て感心し、しかしそこで言葉を紡ぐのはゆたか。
「……おかしい」
何か引っかかりを覚えたように、眉をひそめてゆうなを見ている。
おかしいって? と俺が問えば、
「ゆうながそう答えられるなんて、私はおかしいと思う」
まるでゆうなでは答えられないはずだ、と言わんばかりの言い方。
「もちろんゆうなの答え自体に異論はないよ。菊地原先生が正解と言うのだから間違いないだろうし、私自身もそれで正しいと思う」
けど、
「けど、それをゆうなが言うのはおかしいんだ。――だってオカルト嫌いのゆうなが、ミステリースポットなんてそれらしいものを用いた問題に、冷静さを欠くことなく答えられるわけがないんだから」
ゆたか自身がゆうなを嫌いつつあることもあってか言葉の端々に棘を感じて否定したくなるが、言っている内容については俺も同意するものだった。
それは俺が先ほどにも覚えた違和感の正体。
「あきらならわかってくれるだろう? つい先ほどまで、オカルトに関連した話になるだけで執拗に激情したゆうなが、こんなにも冷静でいられるはずがない。そうだろう?」
振られ、またうつむいて座っているゆうなの横顔を見て躊躇うも、ゆたかに向き直って頷いてみせる。
それを良しと頷き返したゆたかは満足そうに微笑み、小さく息を吐いてからゆうなに視線を向ける。
「ゆうな、答えてくれるかい? 何も答えたことを問おうというわけじゃない。ただ私たちが解せないことを、少し説明してほしいだけなんだ」
言ってゆたかはこちら側に一歩寄り、腰をかがめてゆうなの顔を見ようとする。
「……」
その間も俺はゆうなの隣に腰掛けているが、ゆうなは黙って答えようとしない。
むしろうつむいている顔をより伏せて、見られることすら拒否するように動く。
側にいるからこそ聞こえる息遣いは少しばかり早く、いくらかゆうなが焦っているように感じた。
「私も気になる話だね」
そこで声をあげたのは菊地原先生。
夜になって伸びてきたひげを気にするようにあごに手をやって、
「ゆうな君がオカルト嫌いとは……いやはや、これはどうしたことかね?」
疑わしく思う問いというよりも、ただ興味からの言葉のようで菊地原先生の言葉尻は軽い。
なのに、
「……っ」
俺は見た。
まるで強く責められたように肩を震わせ、縮こまろうとするゆうなの姿を。




