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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
問答は茶番のように
69/116

二人との再会


     *


「さあ、話を始めましょうか」


 三人が部屋に上がり、それぞれ落ち着いた位置にいってゆうなが切り出す。


 俺はベッド側でゆうなは浴室側、そしてゆたかは玄関側にそれぞれ佇んでいる。


 両腕を胸の下で組んでいるゆうなの表情は、僅かに笑みを得て、ゆたかに向けられている。


「あなたからも話があるようだけど、それは後回しでいいかしら? できればこちらから話したいのだけど」

「いや、待ってほしい」


 そこにゆたかが分け入る。


「申しわけないが、私の方から話をさせてほしいんだ」

「あら、どうして? そんなに大事な話があるの?」


 疑問に小首を傾げるゆうなに、ゆたかはやや大げさとも取れる動きで頷く。


「ああ、君の話を遮らせてもらうほどだからね。私にとって――君にとっても大切な話だよ」

「……私にとっても?」


 ゆうなは怪訝そうに眉根を寄せる。


「そう、君にとっても。なぜなら、おそらく君が話そうとしていることと、私があきらに話そうとしていることは同一の話題だからだ」


 同一の話題――


 ゆうながこれから話そうとしているのは、俺たちがゆたかが今回の件の犯人ではないかと疑っていることだ。


 それと同一と言うと……。


「ちょ、ちょっと待って」


 右手を前に出し、俺が話の流れを切る。


「何でゆうなの話そうとしてることと一緒だって思うの? 俺たち、まだ何にも話してないぞ?」


 俺の疑問は、口に出したそのままだ。


 ゆたかには、今から話そうとしていることについて何一つ告げた覚えはない。

 この話をしようと行動を移してから、あったのは先ほどの電話と今までの僅かな会話だけだ。


 それなのに……。


「おや、あきらは忘れたのかい?」


 何でもないことのように、ゆたかは言う。


「私には、おじいちゃんとおばあちゃんが憑いているんだ」

「え……?」


 ゆたかに、その祖父母が守護霊として憑いていることは知っている。


 たくやにもそれが憑いていたし、ゆたかから直接話を聞いてお節介焼きなのはたくやのそれと違っておじいちゃんの方であることも聞いた。


 だが、それが何だと言うんだ?


 俺の疑問は、どうしてゆたかがゆうなの話そうとしていることを知っているかだ。


 もしゆたかの話そうとしていることとゆうなの話そうとしていることが本当に同一であったのなら、何かしらの手段をもってそれを成したことになる。


 その説明を請うて返ってきた答えが、今のゆたかの発言。


 ということは……、


「……あ」


 そこではっと気が付いた。


「何、どういうことなの?」


 俺のあげた声に反応し、ゆうながこちらに話しかけてくる。


 不機嫌そうにしているのは、恐らくゆうなが嫌いだと明言していたオカルト染みた話題になっているからだろう。


「ほら、前に一度話したことがあるだろ? ゆうなはあんまり好きじゃない話題だったみたいだけど」


 それは、俺とゆたか――正確には俺とたくや――が出会ったときの話。


 守護霊である祖父母が単独で動き、その授業で抜き打ちテストがあることをあらかじめ知れたあの話だ。


 今回の件は、話のそれと酷似している。


 つまり、


「俺とゆうなが話していたことを、ゆたかのおじいちゃんかおばあちゃん、あるいはその両方が聞いていた。でしょ?」

「ああ、それで合っているよ」


 肯定の形でゆたかが口を開く。


 だが、その表情は強く無に固められている。


「本来なら話し合いの結果は君たちから直接聞くべきだった。その場を立ち去った以上、そうするべきだと思ったからね」


 けど、と続ける。


「あきらには前にも言ったよね。私のおじいちゃんは、酷く世話焼きなんだ。私の意思に反するほどにね」

「……ちょっと待ちなさいよ」


 どきりとするような低い声。

 それをあげたのは、機嫌悪そうに目を細めているゆうなだった。


「あなたたち、何わけわからないこと話してるの? 守護霊? おじいちゃん? そんなの、いるはずないじゃない」

「いないことはないさ。君には見えないだけ――」

「うるさいっ! いないって言ったらいないのよ!」


 怒鳴られた声に、思わず体が弾かれたように震える。


 ゆうなは強くゆたかを睨みつける。


「前にも言ったでしょ? そういうオカルトなことは、ありえないの。あっちゃいけないことなのよ」

「……」


 あまりに断定的な言葉に、一瞬ゆたかは返す言葉を失う。


 少しの間を空けて、ゆたかは口を開いた。


「……だが、おそらく君と私の話は同じことだ。その説明はどうするんだい?」

「盗聴よ」


 即答。


「まだ答え合わせをしてないからよくわからないけど、もし合ってたらそれは盗聴よ。盗聴に違いないわ」


 そこでゆうなは視線をゆたかから逸らし、上に泳がせる。


「だってそうじゃない。それしかありえないわ。きっと、私たちが預かり知らぬところで盗聴器を付けられたのよ」

「そんなことは――」

「黙ってよ」


 ゆたかの反論をぴしゃりと断つ。


「ならどうしてあなたはさっき、何の躊躇いもなくこの部屋から出て行けたの? 盗聴器があるからよね? 盗聴器があるから、安心してこの部屋から離れられたのよね?」

「……」

「それでもし合ってても納得がいくのよ。盗聴器、盗聴器がこの部屋のどこかにあるんだわ。ね、そうでしょ?」


 疑問に向けられた視線は、他ならぬ俺だった。


「え、えっと……」


 ゆうなに返事を求められている。

 そしてそれは、肯定的な返ししか認めてくれない。

 ゆうなのそれは、そういう質のものだ。


 だからゆうな側に立つのなら、求められるのは頷き。

 添えられるのは、せめて「うん」と一言くらいなもの。


 それを求められることに気づきながらも、


「ゆうな……それは、ちょっとおかしいよ」


 俺は、躊躇いがちに首を横に振った。


「……なに?」


 急激にゆうなの声音が低くなる。


 それに言い知れぬ恐怖と不安が渦巻くも、俺の出した答えは変わらない。


「俺にはゆたかのおじいちゃんもおばあちゃんも見えないから、その二人が本当に守護霊なのか、証明することはできない」


 けど、


「けど、ゆたかは盗聴器なんか付けていない。付けられる時間なんてなかったよ」

「そうとは限らないじゃない。あなたが目を離した隙に付けた可能性があるのよ?」

「可能性自体はあるかもしれないけど……それはすごく低いよ。だって――」


 話すのは、ゆたかがうちに着いてから出て行くまでの行動。


 ゆたかはうちに着き、少しの会話はあったもののすぐにシャワーを浴びた。

 そして浴びている最中、ゆうなの訪問があり、浴び終わった直後には俺と会っている。

 その後は僅かに三人で話をし、結果、ゆたかはこの部屋を去った。


「これだけ詰まった行動をしていたんだ。盗聴器を付ける暇なんて、あるとは思えないよ」


 付け加える形で述べるのは、ゆたかがこの部屋に来た理由。

 それは、俺がラブホテルの代わりにと勧めたことだ。


 ゆたか主体の行動でないのだから、そこにゆたかの意思は入りがたい。

 つまり盗聴器を付ける準備をできるはずがないということ。


 そのことを告げ終えると、ゆうなは視線を下に向け、押し黙った。


「それにさ、」


 返答がないことを確かめ、俺は続ける。


 ……けど、思えばこのとき、俺は調子に乗っていたのかもしれない。


「ゆうなの言ってた、ゆたかがこの部屋を去ったときに躊躇がなかったって件、それもおかしいと思う」


 あれだけ肩身の狭い思いをしていた俺が、止められることなく話せられて気を良くしていたに違いない。


「ゆたかが盗聴器を仕掛けていたから、ゆたかは躊躇いなくこの部屋を出て行けたって、ゆうなはそう言ってたけど、」


 そうでなければ、下唇を噛み締め、握り拳を締めていた彼女に気づかないなんて……。


「その前にゆうなはこうも言ってたじゃないか。ゆたかが出て行ったのは、俺たちに真意を悟らせないためだって」


 また饒舌に、俺は語りすぎていた。


「これって、なんだか矛盾して――」

「――矛盾なんかじゃないっ!!」


 驚くような声だった。


 悲痛に叫ぶような、鼓膜を激しく揺さぶる声。


「矛盾なんてしてない! 矛盾なんてするわけがない! 私の中では正しいの! 私の中ではこれが正しいのよ!」


 怒鳴り、続け、繰り出す。


「菅原さんには盗聴器を付ける隙があったわ! あなたが目を離している隙よ! 例えば彼女がシャワーを浴びる前の脱衣所。例えば彼女が去る間際、玄関に。あなたはずっと菅原さんを監視してたわけじゃない。なら可能、ありえる話なのよ!」


 ぎっと俺を睨み、見下ろす。


「それに盗聴器の準備も可能よ! だって前々から用意しておけばいいんですもの、わざわざ今日に合わせる必要なんてないわ! 盗聴する気が前からあったなら全然余裕じゃない!」


 恨み、憎むような視線。


「あと彼女が出て行けた理由? 簡単よ、彼女は真意を隠し、かつ安心できる材料があったんだもの。矛盾なんてしてない! 二つの理由が重ねられただけなのよ」


 言葉を吐き出す彼女は、それこそ何かに取り憑かれているようだった。


「どう、反論できる? できるならしてみなさいよ、ねえ!」

「……っ」


 口を閉じ、沈黙しか返せなかった。


 ……ゆうな、どうしたんだ……。


 たしかに、俺はゆうなの意見に対してぶつかるようなことを言った。

 それは賛同を求めていたゆうなにとって、さぞ不愉快なことだっただろう。


 だが、それはここまで取り乱すほどのことなのか?


 怒りに似ているが、それとはどこか性質が違う。

 動揺にも近いかもしれない。


 そんな激情に、今のゆうなはのまれている。


「返事しなさいよ!」


 だん、と強く踏まれた床。


 そちらに意識を取られ視線を下に向けた途端、俺の胸ぐらが引っ張り上げられた。

 ゆうなが俺に近づき、両手で胸ぐらを掴んだのだ。


「ぅぐ……っ」

「あきら!」


 ゆたかの声が響くも、締められたワンピースの襟元が首に食い込み、言葉が詰まる。

 それどころか呼吸をも圧迫する。


 強く掴まれているせいで、体ごと持ち上げられて足がつま先しか着かない。


 く、苦しい……!


「ゆうな、落ち着くんだ!」

「あなたなんかに呼び捨てされる覚えはない!」


 引き離そうと分け入るゆたかに、ゆうなは肩でゆたかを押しやる。


「いいから手を離すんだ! そのままじゃあきらが――」

「大体何なのよ、さっきから“あきら”、“あきら”って!」


 意識が揺らいでくる。

 白く霧に包まれるように、フェードアウトする感覚。


「この子は“あかり”なの! あなたの言うような“あきら”じゃないのよっ!」


 おそらく、その瞬間に俺は突き飛ばされる形でゆうなから助けられた。


 が、意識は遠のく。


 腰から床に打ちつけ仰向けに倒れ込む感覚は、一枚隔てた向こう側のそれのようだった。


     *


 黒い空間。


 まぶたを閉じたときのような、ほのかに明るくも暗く閉ざされた空間。


 そこに、誰かいた。


 見えるのは白い姿。


 ……ワンピース……?


 白のワンピースを着ている、背が低く線の細い誰か。


 その人が手を伸ばせば届きそうなほど近くに立ち、こちらを向いて何か言っている。


 その人の顔は見えない。

 見えないけど、どうしてか何か話していることはわかる。


 声も聞こえない。

 聞こえないけど、その人の言葉は伝わってくる。


『――忘れんなよ』


 その人の――女の子の言葉。


 聞こえた瞬間、霧がかる。


 それは黒い霧。


 通常であれば白く見えるはずのそれの黒いものが、女の子を――俺の周りを包んでいく。


 あっという間に染まりゆく。


『――今度こそ、忘れんなよ』


 それが、その世界の俺が意識を失う直前に聞いた言葉だ。


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