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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
問答は茶番のように
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想定済みの呼び出し


 部屋は、ある種の緊張に包まれていた。


 俺は白いシーツがよれたベッドに腰掛けており、自分でわかるほど肩を縮こまらせている。

 視線を下に向けると俺の膝頭同士が触れており、あかりの体は内股なんだなと改めて思う。


 そして、その正面には立ち佇むゆうな。


 こちらに体を向けているが、視線の先は俺ではない。

 ゆうなの手元――俺の携帯電話に向けられていた。


 携帯電話を操作する電子音のみが部屋を支配する。


 ゆうなの白い指が、確実に動作を先へと進ませる。

 少しして、ゆうながこちらに携帯電話のディスプレイを向けてきた。


「菅原さんの番号、これでいいの?」


 見ると、ディスプレイには菅原ゆたかの文字と、その下に電話番号の羅列。

 アドレス帳機能で登録されたゆたかの情報に間違いなかった。


「うん、それで合ってるよ。ゆたかに電話掛けたことないから、その番号で繋がるかは確認してないけど」

「そう、ありがとう」


 言って、ゆうなは再び携帯電話の操作に戻、二、三度の操作ですぐ通話モードに移行する。


 通話開始ボタンを押したのであろうゆうなは、俺の携帯電話を左耳に当てた。


 部屋が静かなためか、呼び出し音が微かながらに聞こえている。


 電話は、すぐに繋がった。


『もしもし菅原です』


 ゆたかの名字、そしてその声に間違いなかった。


 ゆうなの返答は、ゆたかの声が聞こえてからすぐ。


「もしもし菅原さん?」

『おや、その声は……』


 先ほどの呼び出し音同様、ゆたかの声も聞こえる。

 その声質はクリアと言えなくても、十分内容を把握できるものだ。


『おかしいな、こちらの携帯電話にはあかりの名前が表示されていたのだが』

「それで合ってるわ。今あなたに電話掛けているのはあかりの携帯電話。私はあなたの番号知らないからね。あなたに連絡取るために、あかりの携帯電話を貸してもらってるの」

『そうか。なら安心だ』


 たしかに今使われている携帯電話は、名義上あかりのものだ。

 だが違和感というか、少し前にゆうなからあきらは仮想上の存在だと言われたためか、“あかり”と呼ばれることに少なからず抵抗がある。


 まあ、口を挟むほどのものではないのだが……。


『ところで私に何の用だい? 私に電話を掛けてきたということは、それなりの理由があるのだろう?』

「もちろん。実はあなたに戻ってきてほしいの」

『戻ってきてほしい? それは、私が先ほど出て行ったあの部屋にかい?』

「そうよ。私たち、あなたに聞きたいことがあるの。電話越しじゃなく、直接会ってね」

『直接……』


 ふと思案するように言葉を切るゆたか。


 次句を発したのは、思考する間もないほどすぐのことだった。


『わかった、今すぐ出向こう』


 その言葉に、ゆうなは僅かに口角を上げた。


 ……ゆたかが来る。


 そう認識した瞬間、心臓がどきりと跳ねる。


 嫌な感覚だ。

 胸の内を締め付けられるような閉塞感に襲われる。


「そう、来てくれるのね。良かったわ」

『構わないよ。私も私で思うところがあったからね、ちょうどよかった』

「あら、あなたからも私たちに用事があったの?」

『君たちと言うより、あきらにね』

「え……?」


 電話越しに聞こえたゆたかの言葉に、思わず声が漏れる。


 が、話は俺を置いて先へと進んでいく。


『そういうわけだから、すぐにそちらに行くよ。そうだね……十分もあれば着くと思う』

「わかったわ。待ってる」

『ああ』


 そうしたやり取りの後、ゆうなは携帯電話を耳から離し、その通話を切る。

 携帯電話のディスプレイは通話時間の表示から待ち受け画面へと切り替わり、ゆうなの手からこちらに差し出され、


「はい、ありがとね」


 礼の言葉と共に、俺に手渡された。


 片手で渡すゆうなに対し両手で受け取り、膝に下ろす。


 半ば放心状態のようだと、自分でもわかった。


 ……ゆたかが来る。


 ゆうなの仮説を認めたのは俺だ。

 ゆたかを呼ぶよう、ゆうなに携帯電話を貸したのも俺だ。


 でも……気持ちの整理はついていない。


 ゆうなの言うように、ゆたかが犯人だと決めつけて責め立てるなんて、できそうにない。


 不安に思う気持ちが体に伝わり、指先から小さく震えてきてしまう。

 体の先から冷えていくような感じがした。


 と、不意に体を包む感覚。正面からゆうなが俺を優しく抱きしめている。


「大丈夫、私がついてる。だから怖がらなくていいのよ。二人でしっかり追及してやりましょうね」


 ……そうじゃないのに。


     *


 それから十分、いや十分さえ経っていないのかもしれない。

 それほど短い時間で、我が家のインターホンで来客を知らせるベルが鳴らされた。


 ……きた。


 おそらくゆたかに違いないそれを聞き、俺は腰掛けていたベッドから立ち上がる。


 が、同時に隣に腰掛けていたゆうなも立ち上がった。


 右手でこちらを制する。


「私が出るわ、待ってて」


 返答を聞く様子もなく、ゆうなはすたすたと玄関の方へ歩みを進める。

 しかし、なんだか手持ち無沙汰になり、結局ゆうなの後を追うことにした。


 応答されるのを待っているインターホンの受信機を差し置き、ゆうなは直接玄関へと向かった。

 着くなり、覗き穴から外を見る。


「菅原さんのようね」


 確認したらしいゆうなは、その手を扉の取っ手へ。


 と、不意に動きが止まる。


 どうしたのかと思い見ると、ゆうなの視線の先には扉のチェーン。

 あの先端の千切れたそれがあった。


 ……何か言われるだろうか。


 そう思うも、


「……」


 ゆうなの口の代わりに開かれたのは、玄関の扉。

 ギィ、と微かに軋みを上げながら扉が開いていく。


 その開いていく隙間から徐々に見える高身長の女性。

 ゆたかが、無表情に立っていた。


 ゆたかのその高い身長は当たり前のように相変わらずだ。

 たしか百八十四センチあると言っていたか。

 元の世界の俺の男友達にすら、それほど身長の高いやつはそういない。


 加えて俺はあかりとなり、二回りほども小さくなってしまったせいで、ゆたかとの身長差はかなりのもの。


 そのせいだろうか。

 なぜか……無表情に佇むゆたかから言い知れぬ圧迫感を覚えてしまう。


 何か責められるような感覚……。


「意外と早かったのね。もっと掛かるかと思ったわ」


 しかし、そう感じているのは俺だけのよう。


 何の気なしに、いや僅かに敵意を表面に出しながらも、ゆうなはゆたかに話しかけていた。


 対し、ゆたかは表情を消したまま答える。


「早く着いて当然さ。私からここに向かう道中だったからね。ちょうど良かったんだ」

「ここに来る……?」


 疑問をあげたのは俺だ。


「ああ。あきら、君に直接話したいことがあったからね」


 そう言えば先ほどの電話越しでもそう言っていた。


 俺に直接話したいことと言うと……何だろう? 皆目見当が付かない。


「それより先に上がらせてもらえないかい? この時期にもなると夜は冷えてね。上着がなくて困っているんだ」


 見れば、ゆたかは半袖シャツ一枚にジーンズとラフな格好。


 九月中旬の夜ともなれば、残暑厳しいとは言え十分に涼しくなる。

 肌に感じる肌寒い外気とゆたかの服装を思い、中に通すことになった。

 無論、ゆうなからの反対もない。


 こうして三人、再び我が家唯一のワンルームである居間に集結する運びとなった。


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