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俺はレズになりたくなかった  作者: ぴーせる
ゆたかとゆうな
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取捨された選択の後


 本当に……本当に、ゆたかが犯人なのだろうか?


 ゆたかは、俺とあかりが入れ替わったなどという一見して馬鹿げた話を親身になって聞いてくれた。


 いや、聞いてくれただけじゃない。

 俺と一緒に――いや俺を先導するように対策、解決案を考えてくれ、自力では無理だと悟ると助っ人まで呼んでくれた。


 それはゆたかの好意に他ならない。

 そう思っていたのだが……ゆうなはそれを悪意と言う。


 ゆたかと菊地原先生、二人で導き出してくれた現在における最善案。

 レズビアンについて学ぶため、ゆたかとセックスをする。

 そこに導くためだけに、ゆたかは俺に協力的な態度を見せたのだと。


 そんなことがありえるのか?

 今まで見てきたゆたかは、全て偽りだったとでも言うのか?


 ……わからない。


 わからないけど、ゆうなの言葉に返せるのは、感情論。


 ゆたかはそんなことをするようなやつじゃない。あるわけがない。

 証拠もありはしない、そんな否定だけ。


 ゆうなの話を聞く限り、可能性はあるのだ。

 ゆたかが俺とあかりを入れ替わらせた犯人である可能性は。


 状況から考えてゆうなが一番怪しいと踏んだ、ゆたかと菊地原先生の推論と同様に。


「ねえ……」


 頭の上からゆうなの声。

 密着しているためか、少し痺れるような感覚と共に言葉が伝わってくる。


「あなたはどっちを信じるの?」

「どっちって……?」

「私と菅原さんよ。あなたはそのどっちを信じるの?」


 信じているって、それはその人自身に対する信用のことか?


 それに関してなら、二人とも十二分にある。


 ゆうなは嘘をつけない性格だから言わずもがな、ゆたかだってなかなか実直な性格をしていると思う。


 あかりのことで暴走してしまうのが何よりの証拠だし、ゆたかならずとも俺、あきらの友達であるたくやも信用にたる人物だ。


 だから二人とも信じているし、それを比較しようなど……。


「これは、どれだけあなたに信用されてるかによるの」

「……どういうこと?」

「わからない?」


 言葉を切り、ゆうなは俺から僅かに身を離す。


 密着はしていないにしろ、抱擁されていると取れる距離。


「私の菅原さんを疑う説は、あくまで推論。私はそれに違いないって思うけどね。でも、それだけで人を信じさせられるだけの証拠はない。あなたが渋ってるのが何よりの証拠」


 一つ息を挟む。


「でも、それは菅原さんの説も同じこと。二つの世界で私だけが性別が変わらないんだっけ? だから私が怪しいと。そんなの、私と同じ推論よ。決定的な証拠なんてあったもんじゃない。そうでしょ?」

「う、うん……」


 せっかく考えてくれたことを侮辱するようで嫌だが、たしかにゆうなの言う通りだった。二つの説ともに、状況からの推測に過ぎない。


「だからね、」


 ゆうなは淡く微笑み、言う。


「これはあなたが選ぶだけ。私と菅原さん。どっちが信用できるかって」

「え、選ぶって……」


 ゆうなの言葉に詰まる思いがする。


 言葉だけじゃない。

 差し迫ったようなゆうなの雰囲気にも当てられる。


「だってそうでしょ? どちらも同じ推測だけの仮説。そのどちらかを選ぶとしたら、それはあげた人の信用があるってことよ」


 そう……かもしれない。


 どちらかの仮説にあからさまな不備があれば別だが、両者共にそれらしきものを見つけることはできない。


 仮説自体の信憑性は五分五分といったところだ。


 だから、もしそこで二つの仮説に白黒つけようと言うなら、判断材料を他に見つけることになる。


 例えば、ゆうなの言う通り、仮説をあげた本人の信頼性。


 極端にするなら、片方は善人、片方は悪人のあげた仮説。

 そのどちらを選ぶか、というもの。


 こんなの、どちらを選ぶかなど改める必要もないことだ。

 善人は実は腹黒かったなどという引っかけがなければだが。


 そしてそれは今回の場合においても同じこと。

 仮説自体はどちらも甲乙付けがたい。

 とあらば、あとはゆうなかゆたかか、そのどちらかで判断するしかないわけで……。


「ねえ、選んで」


 優しくも強く、真に迫るようにゆうなは口を開く。


「浮気するつもりなんてなかった。そう言ったでしょ? あなたは菅原さんに騙されただけ。そう信じるわ。だから私を信じて。彼女である私を信じてよ」


 すっと目を細め、伏せる。


「もう裏切られたくない……。今度こそあなたは私を選んでくれるでしょ? レズビアンについて知ろうとしたとき、私を選んでくれなかったのと違って」

「う……」


 良く言って頭の良い、悪く言って卑怯な聞き方だった。


 二つの仮説、そのどちらとも決定打になりうるものがない現状、普通はどちらも視野に入れて模索するはず。


 が、それは許されない。

 今、何かしらの結論を迫られているのだ。


 形式上は、二者択一。

 ゆたかを信じるのか、ゆうなを信じるのか。


 そのどちらかを選べと迫られている。


 だが……負い目を晒されてなお二択と言えるのか。

 負い目を抉る形になるゆたかの仮説を、俺は選ぶことができると言うのか。


 ……そんなの無理だ。


 ここで間違えば、本当にチャンスを捨てることになる。


 二度と取り戻せなくなる。


 そんな状況で望まれない選択肢――ゆたかの仮説を信じるなどと言えば……。


 実質の一択――


 ……ゆたか、ごめん。


 ゆたかを信じていないわけじゃない。

 けど……ここでゆたかを選んだらダメだと思うんだ。


 決意を胸に、やんわりと俺を抱くゆうなの顔を見上げる。


「決めてくれた?」


 頷くと、俺の肩を抱くゆうなの腕に力がこもる。


「それで、もちろん――」

「ああ、ゆうなを信じるよ」


 ――言った。


 己の意思に反することはなくとも偽るそれを、俺はたしかに言った。


 途端、ゆうなの表情が花開いたように笑顔に変わる。


「本当? 本当に私を信じてくれるのね?」

「うん。俺はゆうなを信じる」


 ……これでいいんだ。


 嘘が苦手だと言われる俺でも、この嘘はばれない。


 だって、ゆうなを信じている点に偽りはないから。


「良かった……本当に良かったぁ……」


 安堵の言葉と共に俺を抱きしめてくるゆうな。


 先ほどまでの包むようなそれではない。

 力いっぱい、何かを噛みしめるようにぎゅうっと抱きしめてくる。


「ゆ、ゆうな……苦し……」

「ありがとう……ありがとう、私を信じてくれて……」


 抱きしめる腕の隙間を抜けてゆうなの肩を叩くも、聞く耳持たぬといった様子のゆうな。


 息が詰まるくらい苦しい……けど、それもいいか。


 言い方は悪いが、ゆうなの仮説は、ゆうなにとって非常に都合の良いものだ。

 浮気未遂に至ったのは事実と前置きするも、俺が自ら望んで浮気しようとしたんじゃない。ゆたかが言葉巧みに俺の意思をねじ曲げたのだと。

 そこまでして、ゆうなは俺自身が潔白であると信じようとしてくれた。


 だが、同時に不安でもあったはずなんだ。


 何かを固く信じるというのは、同時に疑問に感じてもいるということ。


 ゆうなの例で言うなら、俺は自分の意思で浮気したんじゃない。

 そんなことがあるわけない。

 きっと、ゆたかが作為的に俺を操ったんだと、そんな具合に。


 ゆうながあれだけ強く仮説を主張したのは、俺の心がゆたかに移ってるのではないかと思う不安を打ち消すためだったに違いない。


 だからこんなにも力強く俺を抱きしめてくれるのは、それだけ俺を思ってくれたということなんだ。


 ……さすがに、ちょっと苦しすぎる感は否めないけど。


     *


 ゆうなに力強く抱き締められ、触れ合う肌が汗ばむころ。


 いい加減に息苦しくなり、離してもらおうと口にするが早いか、先にゆうなが口を開く。


「ねえ、携帯電話貸してくれない?」

「携帯電話? 何に使うの?」


 ゆうなを見上げ、首を傾げる。


「菅原さんを呼ぶのに使うのよ。私、菅原さんの連絡先知らないから。あなたなら知ってるでしょ?」

「ま、まあ」


 知ってるとは言っても今日知ったばかりだけど、という言葉を飲み込み、代わりに疑問をぶつける。


「どうしてゆたかに連絡するの?」

「問い詰めるのよ」


 さっきまでの雰囲気から一新。


 ゆたかを疑う仮説を語っていたときのような、確固たるものを持っている目つきに変わる。


「犯人は菅原さん。それはわかりきったことでしょ? だからここに呼んで問い詰めるの。元に戻せって」

「そんな……」


 ゆたかを問い詰める……?


 それはゆたかを疑うということ。

 正確にはゆたかが犯人じゃないかと仮説を立てたところで疑いはあるのだが、今回のそれは一線を画している。


 そんなこと……。


「……できないの?」


 すっ、とゆうなの視線が鋭くなる。


「私を信じてくれる。そう言ってくれたのよね?」


 ……俺の答えを聞く気なんてないようだった。


 決まりきったことを、ただ順繰りこなしていくだけ。

 そんな印象を受けるほど、ゆうなの中でそれが決めつけられているように感じた。


 返答として何が正しいのか。


 俺はまた、ゆたかを見限るような選択肢を選ばなければいけないのだろうか。


 もしゆたかを呼びたくないと言えば、ゆうなは裏切られた気持ちになるだろう。

 ついさっき、俺はゆうなを信じると言ったばかりなのだ。

 それを舌の根も乾かぬ今言えば、手のひらを返したような印象を与えてしまう。


 できる限り、そういうことはしたくない。


 だが、だからといって、ゆたかを呼び出していいものか。


 ここでゆたかを呼ぶというのは、あれだけ協力してくれたゆたかを、それまでの行為は全て偽善だったに違いないと言い捨てることと同じ。


 ……そんなの、言えるわけない。


 ゆたかは友達だ。

 ゆたか本人とは一日にも満たない付き合いでも、あれほど友好的に接してくれたことを思えば、繋がりを浅く思えない。


 だから、例えゆたかが犯人である可能性をはらんでいようと、それを直接口にするのははばかられてしまう。


 でも……。


「ねえ」


 思考を断つゆうなの言葉。


「携帯電話、貸してくれるでしょ?」


 疑問が差し迫る。


 これは逃げられない問い。避けられない選択肢。


(……仕方ない、よな)


「……うん」


 今はこの選択しかできないけど……ゆうなと別れさせないために工面してくれたゆたかならきっと。きっと、俺の気持ちをわかってくれる。


 そう信じるほか、俺にはなかった。


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